炎の精霊アマルダと火炎竜
採掘場の奥へ奥へと、シャルロッテたちはすすんでいく。
いくつかの分かれ道があったが、ここではウェルシュが役に立った。
『強い魔獣の気配がする。こっち』
といって、シャルロッテたちを案内してくれたのだ。
岩肌が露出しているだけの、外の景色が一切見えない坑道というのは、それだけで恐怖を抱かせるものである。
元々ジオスティルはお喋りな方ではないし、シャルロッテも必要以外のことはあまり話さない。
アスラムも同様だ。
そのせいで、次第に口数が少なくなり、沈黙が訪れる。
沈黙が訪れると、先の見えない暗闇から、恐ろしい何かが襲い掛かってくるような錯覚を覚える。
たとえば、無数のぬるりとした腕のような何かが。
それとも、顔のない人の姿をした何かが。
暗闇の向こうから、こちらをじっと見つめているような――。
「シャルロッテ、アスラム。止まれ」
ジオスティルに言われ、シャルロッテは足を止める。
前方から、何かがこちらに向かってくる気配がする。
ばさばさとした羽音が聞こえる。
それは、蝙蝠だった。けれどただの蝙蝠ではない。その体はシャルロッテの顔ぐらいに大きく、翼の中央には小蝙蝠の胴体はなく、ただただ人の口のようなものがある。
人の口には、牙がはえている。だから、口をもった翼、という表現が正しいのだろう。
『出た、出たわ! 魔獣よ、やだー!』
「ぴー!」
ぷにちゃんとウェルシュが大慌てでシャルロッテの背後に隠れる。
シャルロッテは短剣を抜いた。アスラムも、ボウガンを魔獣に向かって構える。
ジオスティルの放った光線が、魔獣の群れを焼く。
雷や炎は、狭い坑道で使用するのは危険だと判断したのだろう。
真っ直ぐに飛ぶ光線が魔獣の体を貫いて、内側から弾けさせるようにして消し飛ばした。
光線から逃れた魔獣が、ジオスティルやシャルロッテではなく、ウェルシュとぷにちゃんに向かっていく。
必然的に、その前にいるシャルロッテに襲いかかってくる。
「わ……!」
「シャルロッテ!」
「ごめんなさい……!」
シャルロッテは、手にしていた短剣を魔獣に向かって突き出した。
噛みつこうとしてくる口の中に短剣が突き刺さり、魔獣はばたばたともがいた。
ジオスティルがその翼を掴み上げると、青い炎と共にぼっと魔獣が燃え上がって消えていく。
アスラムの矢が何体かの魔獣に突き刺さり、ぼたぼたと鳥を落とすようにして、魔獣を射落とした。
「……戦えるんだな、俺も」
「シャルロッテ、怪我は」
「大丈夫です。剣が刺さりましたよ、ジオスティル様」
「そうだな。よかった。……だが、危ない」
「はい。気をつけますね」
ジオスティルは心配性である。
怪我はないかと、シャルロッテの顔や手にぺたぺたと触れてくるので、シャルロッテは微笑んだ。
アスラムが射落とされて消えてしまった魔獣が残した矢を拾って、矢筒にいれている。
「邪魔か、俺は」
「……どうしてそう思うんだ?」
「邪魔なんて、そんなことはありませんよ」
「お前たち……いや、なんでもない」
アスラムは呆れたように首を振った。
それからシャルロッテの足元で震えているぷにちゃんを掴みあげる。
「魔獣たちは、この……」
「ぷにちゃんとウェルシュです」
「ぷ、ぷにちゃんと、ウェルシュを襲おうとしていた。魔獣に恨まれているのか?」
『ぷにちゃんは魔獣の中でもいじめられっ子だったんでしょ。あたしは、精霊だから。魔獣の敵のようなものよ。だって大精霊様たちの眷属だもの。大精霊様たちが元に戻れば、ユグドラーシュの中にいる精霊王様を助けられるのよ。それって、魔獣にとっては嫌なことでしょ。あいつらに、意思があるかはわからないけど』
「ウェルシュたち精霊は、魔獣の天敵ということですね」
「それは今しゃべったのか? 俺には何も聞こえない」
アスラムが肩をすくめる。
「今のがウェルシュの言う強い魔物か」
『違うわ。もっと奥。もっと強くて怖いものがいる』
「もっと先に、強いものがいると言っています、ジオスティル様」
「わかった。早く、終わらせよう。日暮れまでには、戻らなくては。残してきた者たちが心配だ」
「はい!」
シャルロッテたちは、採掘場をさらに奥へとすすんでいく。
掘りつくされた道を抜けると、岩肌の凹凸が目立つようになってくる。
その先は、採掘途中と思われる広い空間へと続いている。
広間のような空間だった。
光玉に照らされた壁からは、虹色水晶と思われる、虹色に輝く鉱物が所々突き出している。
宝石に囲まれたような美しい採掘場の行き止まりの広間に、それはいた。
炎にあおられたようにして、体があつい。気温が高いのだ。
それもそのはずで、採掘場の最奥にいたのは、炎の竜だった。
シャルロッテは竜というものを見たことがない。けれど不思議と、それが竜だと一目見ただけでわかった。
トカゲに似た体躯だが、もっと大きい。鱗のある体に、蛇に似た金の瞳。
燃え盛る炎の翼を持っていて、その炎がまるで灼熱の太陽の下にいるようにして、空間の温度をあげていた。
竜が、ぎろりとシャルロッテたちを睨む。
『―――――けて』
シャルロッテの頭の中に、声が響いた。
『―――――――――たす、けて、あなたは。あなたは、シャルロッテ。森の民の、子供』
それは女性の声だった。
ウェルシュがシャルロッテの髪を引っ張る。
『炎の大精霊様だわ! こんなところにいたのね!』
「ジオスティル様。炎の大精霊様だと、ウェルシュが……」
『ウェルシュ!』
その時、どこからともなくウェルシュに似た炎を纏ったような小さな何かがあらわれた。
炎の蝶のような翼を持った、猫に似た姿をした小さな少女である。
猫と少女を混ぜたような姿かたちをしている。
『アマルダ……!』
ウェルシュは水の精霊。だとしたら、その小さな少女は炎の精霊なのだろう。
言葉を交わす前に、炎の竜はむくりと起き上がると、大きく口を開いた。
その口から放たれた炎が、壁や床を舐めるようにして空間いっぱいに広がった。
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