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悪意の連鎖



 ウルフロッド家は賑やかになったが、空から見下ろすミトレスは人が減ったせいかより廃墟という印象が強くなっていた。

 その街の広場では異様な光景が広がっている。


「ジオスティル様!」

「あぁ」


 ジオスティルはエルフェンスを下降させる。

 シャルロッテの腕の中でぷにちゃんが体を震わせて、ウェルシュが『なにをしているの、ニンゲンは』と呟いた。

 広場には棒がたてられている。

 その棒にはアスラムが縄で縛られていた。

 立ったまま両手を一つにまとめられて、はりつけのようにされている。


 はりつけにされるまでに暴行をされたのだろう。

 その体の至る所には打撲の跡があり、顔も腫れあがっていた。


「アスラムさん!」


 エルフェンスから降りると、シャルロッテはアスラムに駆け寄った。

 ぐったりと頭をさげていたアスラムは、声に気づいたように顔をあげる。

 それから、どこかぼんやりとシャルロッテたちを見た。

 砂漠をさまよう旅人が、蜃気楼の中に人影を見たような虚ろな視線だ。

 

 いったいいつからこの状態なのだろう。

 その唇は乾燥して、肌からも水分が失われている。


「――近づくな」


 助けようとしたシャルロッテにアスラムは掠れた声で言った。

 虚ろだった目つきに剣呑な光が宿る。全てを拒絶するようにして睨みつけてくるアスラムから一歩引いて、シャルロッテは伸ばした手を握りしめた。


「でも、ひどい怪我です。このままでは……」

「このままにはしておけない。他の者たちは?」

「荷物をまとめて、辺境から逃げた。金目のものと食料をすべて持ってな」

「そうか」

「近づくな……! 帰れ、俺に構うな!」


 ジオスティルはアスラムを縛る縄に触れる。

 その縄は鋭い刃物で切ったようにすっぱりと切れて、はらはらと地面に落ちた。

 解放されたアスラムは支えるものがなくなったせいか、ぐらりと体が揺れて膝をつく。

 シャルロッテも地面にしゃがみ込むと、その体を支える。


「触るな……」

「怪我をしています。放っておけません」

「生き恥を晒すのなら、ここで死にたい。この街にはもう俺しか残っていない。はりつけにされて干からびて死ぬのは、似合いの末路だ」

「どうしてそんなこと……」

「何があった。アスラム、話せ。話さないと、わからない」

「放っておいてくれ……」


 ジオスティルはシャルロッテの腕の中にいるアスラムを軽々と抱えあげると、エルフェンスに乗せた。

 それから、治癒の魔法をかける。

 打撲の跡や切り傷などは消えていくが、治療の魔法では失われた体力までは回復できない。

 そのまま眠るように気絶してしまったアスラムを連れて、シャルロッテたちはウルフロッド家に戻った。


 アスラムを連れて帰ったジオスティルたちを、ウルフロッド家に移住してきた者たちは一歩離れた場所から見ていた。

 ニケとテレーズだけは無邪気に近づいて来て、ぐったりとして動かないアスラムを覗き込む。


「街長、何かあったの?」

「アスラムさん、死んじゃったの?」


 死んだのかとあっさり口にして聞いてくるテレーズの頭を、シャルロッテは撫でた。

 辺境の子供たちにとって、死とはすぐそばにあるものなのだろう。


「大丈夫です。少し、疲れているだけですよ。休ませてあげますね」


 ジオスティルがアスラムを抱き上げようとするのを、大柄な体格のシルヴェスタンが変わった。

 空き部屋に運び込む間に、皆に街で何があったのかをシャルロッテは分かる範囲で説明した。


「アスラムの傍に残っていた取り巻きはさ、みーんな、自分の妻を死んだアスラムの父親に差し出したような連中さ。自分たちが優遇されるために、そんなことをして。それで、あたしらに偉そうに振舞ってたんだ」


 テレーズの母のベルーナが言う。

 ロサーナも物憂げに、小さく溜息をついた。


「アスラムはそういったことはしませんでしたが、父の罪は子の罪であるかのように、逆恨みをされたのでしょう」

「あの街から人が減って、アスラムに頼り生きることをやめたんだろうね。街から去る前に、恨みを全てアスラムにぶつけた。……私たちからしてみれば、アスラムもあの連中も同じだってのに」


 ロサーナの言葉を継いで、ベルーナが苛立たし気に言った。「アスラムは……あの父親の傍にずっといたんだ。諫める人間は、皆、あの街じゃ生きていけなかった。仕方ないさ」ハンナがとりなすように言って「さぁ、仕事に戻るよ」と、ベルーナたちを連れて行った。


 部屋の扉が閉じられて、ベッドで眠るアスラムとジオスティル、シャルロッテが残される。

 ややあって扉が叩かれて、ロサーナがお茶とクルミ入りのクッキーをカートに乗せてやってきた。

 シャルロッテがお礼を言うと「すみません、私たちも最初は、シャルロッテ様やジオスティル様に冷たい態度をとっていたのに。手のひらを返したように、今度はアスラムさんのことを悪く言って」と、申し訳なさそうに頭を下げる。


「気にしないでください。色々あったのですよね、ミトレスの方たちは」

「でも、私たちよりも若い方に責任を押し付けるようなことばかりです。ベルーナやシルヴェスタンたちとは、私が話します。だから、アスラムさんのこと、よろしくお願いします」

「任せてください。きっと、大丈夫ですよ」

「シャルロッテ様が大丈夫と言うと、本当に大丈夫というような気がしますね」


 ロサーナは微笑んで、礼をすると出て行った。

 くるみ入りのクッキーを、ウェルシュがさっそくさくさくと食べ始める。


『よくわからないわ。あたしには、全員同じニンゲンに見える。シャルロッテとジオスティルだけは別よ。シャルロッテはあたしの声を聞いてくれるし、ジオスティルには精霊王さまみたいな魔力があるもの』

「ぷぐ」

 ウェルシュは自分の顔ぐらいに大きいクッキーを、ぷにちゃんの上で齧っている。

 食べきれない分をぷにちゃんの口がありそうなところにぐいぐい押し込んだ。

 ぷにちゃんの口の中にクッキーがまるごと飲み込まれていく。


「そうですね。……同じ形をしているのだから、喧嘩をせずにいられたらいいのですけれど」

「シャルロッテ。アスラムとは俺が話す。君は休んでいていい」


 シャルロッテはジオスティルの指先を、軽く掴んだ。


「私も一緒にいます。二人きりよりも、いいと思います」

「あぁ。……分かった」

「はい。ジオスティル様、一緒に歩く約束をしました。だから、私に遠慮をしたりしないでください」

「……ありがとう」


 ジオスティルはシャルロッテの指先から手を離して、その手を、指を絡めるようにして優しく握った。

 

 

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