移住者たち
食卓が賑やかになった。
大きな縞々ヤマメと茸のソテー。芋のスープ。にんじんのラぺ。桃のサラダと、顔ぐらいある大きなパン。
ハンナの持つパン切り包丁がパンをスライスして、それぞれの皿にパンを乗せてくれる。
食事の最中は、今までの街での苦労を忘れるかのようにニケがここにきてからあったことを、得意気にウィリアムたちに話した。
シャルロッテが魔獣を倒したこと。ぷにちゃんが植物を育てること。
ジオスティルが風呂を沸かしてくれること。ロサーナが釣りをして大きな魚を採ったこと。
ニケの語る辺境伯家での生活は、鮮やかに色づき輝いている。
ウィリアムとハンナはそれを微笑ましく、頷きながら聞いていた。
それからジオスティルを見捨てて辺境伯家から去ったことを、何度も謝った。
ジオスティルは困ったように「気にしていない」と言った。
二人が家を去ったのは、イリオスが行方不明になったからだ。二人だけではない。
兵が逃げ、辺境伯家から人が去っていったのはイリオスがいなくなったから。
それぐらいイリオスは皆にとって希望の光だった。
そのイリオスがいなくなってしまったことで、人々の希望は失われてしまったのだ。
「そんなにすごい人だったのですね」
「明るい男だった。俺を、子ども扱いしていた。そんなことをするのは、イリオスぐらいだった」
「偉ぶらなくて、いいひとでした」
「自慢の息子だった。遅くにできた一人息子でな。だから、どうしても諦められずに幾度も捜索に出かけた。しかし、何の手掛かりもなく」
「どこかで生きていると、信じているわ」
皆が口をそろえてイリオスを褒める。
今イリオスがいてくれたら――力になってくれるだろう。
「とても頼りになる男性なのですね。無事に、帰ってきてくださるといいですね」
見たこともない男に思いを馳せるシャルロッテの隣で、ジオスティルは目を伏せると小さく息を吐いた。
そんなジオスティルの様子に、ロサーナとハンナは目を見合わせて、微笑ましそうにそっと笑んだ。
翌日から、約束通りに数頭のエルフェンスと共にミトレスに向かった。
ジオスティルはエルフェンスの形をした獣を何頭もつくりだせる。
それに乗って街の者たちが辺境伯家に、荷物を抱えてやってくる。
アスラムの姿はなかった。話をしようにも、どこにいるのかはわからなかった。
農家をしていたというベルーナとその娘でニケの友達のテレーズ。
建築職人だったというシルヴェスタン。
虹色水晶の加工職人で、ロサーナの夫の同僚だったというロベルト。
ミトレスの街でも比較的穏健派だった人たちだと、ロサーナが教えてくれた。
まずは皆で畑を耕して、食料を確保する。
狩猟が得意な者は林へ。
人が増えればその分食料も増えるが、土をつくり作物さえ植えてしまえば、ぷにちゃんの力で収穫は容易かった。
ニケとテレーズがぷにちゃんの吐き出す水をあびて、きゃっきゃとはしゃぎまわっている。
それを、ウィリアムとハンナが微笑ましそうに眺めている。
魔獣の脅威など忘れてしまうぐらいに平和な光景だった。
移住者が増えると誰が誰だかわからなくなってしまう。
給金を支払うと言った手前、人の管理ができないというのは問題である。
ロサーナに頼み、ジオスティルと共にシャルロッテは人の名簿を作った。
今は人数が少ないからいいが、もっと増えた場合には、混乱してしまう気がしたからだ。
人が増えたので、一階の部屋が徐々に埋まり始めた。それでも広い屋敷だ、空き部屋の方がまだ多いぐらいだが。
ハンナとロサーナに言われて、ジオスティルの部屋は二階へと移動した。
それに伴って、ジオスティルが倒れた時にすぐに気づけるようにと、シャルロッテも二階に移り住んだ。
ジオスティルの体調は以前よりはいいが、時々は青ざめたり、食事がすすまなかったりもする。
これはユグドラーシュが朽ちたせいで、ジオスティルの身に余るほどの魔力がその体の中で凝ってしまうからなのだとウェルシュが言う。
ミトレスにはまだ残っている者たちがいるが、人の移住も保存食の確保もいち段落ついた頃。
そろそろ鉱山に魔獣を討伐しにいこうと話していた時のことだった。
「ミトレスが心配だなぁ」
そう、シルヴェスタンが言った。
三十半ばの男性で、筋肉質な腕には可愛い狐のマークが入っている。
以前はフォックステイル建築所という建築屋の主だったのだという。部下たちは失ってしまい、今は一人だ。
短く刈り込んだ髪に無精髭のはえた強面の男だが、ニケやテレーズを腕に捕まらせて持ち上げたり振り回したりして遊んでくれている。
人が増えたので大き目の浴場をつくろうと言って、辺境伯家の敷地の一角に、林から切ってきた材木を積んでいる。
長く切らなかったせいで「好き放題木がはえて、これじゃ森が死ぬ」と嘆いていた。
「ミトレス、心配ですか?」
「あぁ。ある程度こちらに移住してきただろ? あちらに残っているのはアスラムと、そのとりまきたちばかりだ。あいつらはアスラムの死んだ親父に従ってたが、同時に憎んでるだろ」
「憎む……何故でしょうか」
「それをロッテに言うのはなぁ」
「そうだぞ、シルヴェスタン。余計なことをロッテに言うんじゃない」
材木の加工を手伝っているロベルトが言う。
虹色水晶の加工職人だったロベルトは、シルヴェスタンとは違い細身で繊細そうな男である。
眼鏡をかけていて、癖のある黒髪を紐で縛っている。
手先が器用なのだ。木材にかんなをかけて滑らかにする手つきが手慣れている。
「木くずが多くでるから、焚火でもしようか、ロッテちゃん。芋を焼いたら美味しい」
「はい!」
「ニケやテレーズも喜ぶなぁ」
「そうですね、喜んでくれます。ところで、アスラムさんのお父さんを憎んでいるというのは、アスラムさんのお父さんが、夫のある女性に手を出していたからですよね」
「知ってるのか、ロッテ」
「ロッテちゃんの口からそんなことをききたくなかったなぁ……」
シルヴェスタンは頭を押さえて、ロベルトは首を振った。
「私は大人ですよ、二人とも。それぐらいで驚いたりはしません。酷いことだとは思いますが。……アスラムさんはそんなことはしていなかったのですよね」
「そうだな。あいつは親父のあとをついで、偉そうではあったが潔癖な男だったな」
「まぁ、自分の父親のあんな姿を見ていれば、女性が苦手にもなるよ」
二人に挨拶をしてシャルロッテはすぐにジオスティルの元へと向かった。
今日もミトレスに行く予定だったが、アスラムを探し出して話さなくてはと思う。
二人の不安が伝染したように、シャルロッテの心にも不穏な影が落ちていた。
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