アスラムの主張
アスラムが大股で風を肩で切るようにしてずかずかと現れると、集まっていた皆が波を引くようにしてさがっていく。
「ウィリアム、ハンナ! 今まで足の弱ったお前たちの面倒を我が父上が見てきたというのに、今更化け物の元へ行きたいだと!? 恩知らずめ!」
「アスラム。お前はまだ──まともだろう。お前の父は食料の配給を理由に夫のある女にまで手を出し……一部の取り巻きにだけ、甘い蜜を吸わせていた」
「それは……!」
ウィリアムが低くよく響く声で言う。
その声はどこか迫力があり、在りし日の、兵士時代の彼を彷彿とさせるものだった。
その指摘にアスラムの白い頬がかっと紅潮する。
赤銅色の瞳を見開き、黒い髪をぐしゃりとかきあげた。
「それは──父も、責任に押しつぶされそうだったのだ。ただそれだけだ。だから……仕方ないんだ。全ては、化け物が魔獣を呼んだせいだろう!」
「それは違います! ウェルシュ、きてください!」
『いいけど。なぁに』
姿を隠していたウェルシュが、シャルロッテの呼びかけに応えるようにして、ぱっと顔の横に現れる。
大きく伸びをして、ひらひらと輝く粒子を纏う羽を広げる。
「この子は、精霊です。魔獣ではなく、精霊。精霊は──」
『あなたたちがこの地に住むよりもずっと前から、大地を守ってきたもの。精霊王様の眷属』
「古くからこの地を守ってきてくれた、神様の御使いです」
精霊王というものがどんな存在なのか、シャルロッテにはよくわからない。
きっとそれは、神様のようなものだろう。
この国では──神とは、国王陛下のことだ。
神殿に祀られているのは、王国を興した初代国王陛下の神像である。
だからもしかしたら、他に神様がいると口にしてはいけないのかもしれないけれど──。
シャルロッテの言葉に、集まっている皆からさざめくような声が広がっていく。
「ウェルシュたち精霊の王が倒れてしまったから、魔獣が現れたのだとウェルシュが教えてくれました。私は、精霊の声が聞こえます。魔獣が増えたのは、ジオスティル様のせいではありません……!」
「神を騙る詐欺師め!」
「いや──どうしてお嬢さんが、そのことを知っているんだ……?」
「長年、ウルフロッド家が守ってきた秘密を、どうして……」
アスラムの言葉を遮り、ウィリアムとハンナが、驚きの声をあげる。
シャルロッテの前に膝をつこうとするウィリアムを、ハンナが支えた。
「辺境伯家の奥に広がるラドルアナ大森林の本当の名は、精霊の森。古くから、森の民が住む場所だ。彼らは神である国王陛下と反目し、陛下に従わなかったまつろわぬ民。彼らが崇めているのは、精霊だった」
「彼らは……精霊の声を聞くといいました。けれど……精霊も彼らの存在も、ウルフロッド家の守る秘密でした。彼らは森から出ない。森から出ないように、見張る役目が、ウルフロッド家にはあったのです」
頭をさげるウィリアムとハンナの語る『森の民』とは、まさしくシャルロッテの祖母のことだ。
祖母は、森の民だったのだろうか。
「森の民の信じる神の話が広まれば、王国民は惑うだろうと、国王陛下はお考えでした。彼らがウルフロッドの地に魔獣を放ち、王国を支配しようとしているとも」
ウィリアムの傍までウェルシュが飛んでいって、軽く首を振った。
『森に、人が住んでいた。彼らは確かに、あたしたちの声を聞いた。あたしたちはずっと起きているわけじゃないから、眠って起きたら、いなくなってしまったけれど』
「ウルフロッド家でもその話は一部のものしか知りません。辺境伯様が亡くなり、もう誰も……儂とハンナ以外は、その話を知るものは、いないはずなのに」
「精霊の姿など誰も見たことがなかったのです。けれど、不思議な力でロサーナたちを守ろうとしてくれたのを見ていました。この異変は……神罰なのですね」
がっくりとハンナが肩を落とし俯いた。
二人が語るのは、シャルロッテも知らない話だ。
ジオスティルに視線を向けると、ジオスティルも初耳らしく、軽く首を振った。
「黙れ! 老人たちの昔話になど興味はない! 神とは国王陛下のことだ、それ以外の神を騙るなどと……!」
「しかし……」
「アスラム様、敵意のない魔獣など見たことがありません。本当に、精霊なのでは……」
「今では、ウルフロッド家に一番近しい者は、ウィリアムだけだ。ウィリアムは真実を話しているのでは……?」
「精霊の声をきく女神が、この地に遣わされたのではないか。このままここで隠れ住んでいたとして、待っているのは破滅だけだ。俺は、虹色水晶の加工をもう一度したいのだ……!」
人々から口々に責めるように言われて、アスラムは鼻白んだ。
そして、憎々しげにシャルロッテとジオスティルを睨みつけて、いいことを思いついたとでもいうように、口の端を釣り上げた。
「なるほど……わかった。……あなたたちのいうことを、聞こう」
「……ありがとうございます、アスラムさん」
突然態度を変えたアスラムに戸惑ったものの、シャルロッテは礼を言った。
街の人々の大多数が、ウィリアムやハンナの態度を見て、それからシャルロッテたちの持ってきたフライヤーを読んで、考えを変え始めているようだった。
だから、アスラムも皆のために頑なな心を開こうとしてくれているのだろうか。
「ただし条件がある」
「条件?」
ジオスティルが静かな声音で聞き返した。
「あぁ。俺は君たちに従おう。その代わりに……信じられるという確証が欲しい。君たちが俺たちを騙そうとしているわけではないという確証が」
「どうすればいいですか?」
「シャルロッテ。俺と結婚しろ」
「え……」
「……何を言っているんだ、アスラム」
「シャルロッテは、お前の妻か、ジオスティル」
「違うが……」
「ならば構わないだろう。俺はシャルロッテの夫となり、お前を……いや、あなたを、辺境伯様を信じてついていこう。街のものたちをまとめて、あなたを支える」
「……それは」
ジオスティルは首を振った。
シャルロッテは言われた言葉を理解するまでに時間がかかった。
(アスラムさんと、結婚をする?)
そうすれば、シャルロッテたちを信用してくれる。
けれど──。
「土地の外から来た見知らぬ女が、俺たちを騙していないという確証はどこにある!? 俺はこの街の代表だ。俺と結婚をして誠意を示せ、シャルロッテ。それとも、その程度の覚悟もなく街のものたちを扇動しようとしているのか?」
「……私は」
「駄目だ」
シャルロッテが答えるよりも先に、ジオスティルが言った。
その空色の瞳には、冷たい殺気のようなものが満ちていた。
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