お裾分けと人材募集
明るく、笑顔で、元気よく。
それが──シャルロッテの処世術だった。
暗い顔をして小さな声で話しかけても誰も答えてくれない。
それどころか、叱られる。相手が苛立ってしまう。痛い思いをすることもある。
だから、まるでそれは人間ではなく人形みたいに。
顔に貼り付けたような笑顔を浮かべて、悲しいことなんて何一つないかのように。
本当の自分なんて、わからない。
ただ目の前に横たわる倒木を乗り越えて。踏み越えて。前に進むことしか。通り過ぎる日々を、必死で生きることしか考えられなかった。
そんな自分にどこかで気づいていたし、心の奥底にある虚しさに気づかないふりをしていただけだった。
ハーミルトン伯爵家から逃げて得たものは、自由の翼だ。
ジオスティルの傍では、シャルロッテの心はまるで翼を得たように軽い。
皆が、シャルロッテの話を聞いてくれる。一緒にいてくれる。
ここにいることを、肯定してくれる。
それがどれほどシャルロッテを救ってくれたのか、感謝してもしきれないぐらいだ。
もちろん、不安はある。うまくいかなかったらどうしよう。誰も、話をきいてくれなかったら。
失敗してしまったら。考え出したらきりがない。
けれど、動く前から諦めたくはない。
どうにもならない閉塞感に箱詰めにされたようにして緩やかに窒息していくぐらいなら、箱の外がどんな場所であったとしても、箱から飛び出したほうがずっといい。
怖い目にあっても、絶望しても。
生き延びることのできる可能性があるのだとしたら。荒野を歩く旅人でありたい。
「辺境伯家の広い敷地が無事なこと、証明しにきました! こちら、お庭でとれた野菜と林でとれた果物です。川で釣ったお魚もありますよ! どうぞ、皆さんで召し上がってください!」
ミトレスの、石を投げられた広場で麻袋に入った野菜や果物、桶に入れてきた魚を置いて広げて大声を張り上げる。
シャルロッテの隣にはジオスティルが静かに立っている。
「おぉ……本当だ。新鮮な魚など見たのは何年ぶりだろうか……」
「まるで女神様のようです……」
まずはじめにやってきたのは、杖をつく夫と、夫を支えながら歩いてくる夫婦だった。
頭に白いものが混じり始めている老夫婦だ。
先日食料を届けた時には見かけなかった方々だとシャルロッテは記憶を辿る。
ミトレスにはさほど人がいないから、老夫婦の姿は一度見たら嫌でも覚えているだろう。
二人とも枯れ枝のように細く、やつれている。
「エオルゼン夫妻。久しぶりです」
「坊っちゃん」
「申し訳ありません、坊っちゃん。挨拶も、今までせずに……」
ジオスティルは顔見知りらしく、短く挨拶をした。
二人とも、深々とそして恭しく頭をさげる。
「そして娘さんも、すまなかった。先日は、石を投げられて怪我を……」
「私らは、家から出ずに見ていたんだよ。本当に、ごめんね」
「いえ、いいんです。この通り元気ですから! それよりも、お二人はジオスティル様のお知り合いですか?」
「あぁ。儂らは、昔、ウルフロッドの兵士団の兵士長をしていたイリオスの父と母でな」
「シャルロッテ。ウィリアムと、ハンナだ。ハンナはウルフロッドの侍女頭だった。ウィリアムは、俺が幼い頃に兵士長をしていて、それをイリオスが継いだ。兵士団は、街を守るためにミトレスに長く駐屯していた。イリオスが、行方不明になるまでは」
ジオスティルの説明に、ハンナは瞳を潤ませる。
「皆が、息子は死んだと言いました。けれど坊ちゃんは今でも、行方不明と……生きていると言ってくださるのですね」
「魔物討伐に出たきり、帰ってこないのだろう。誰もその消息を知らないのだから、行方不明だ」
「儂らもいつか、息子が帰ってくると信じて、この地に留まっていました。坊ちゃんに声をかければ、ミトレスでは裏切り者扱いされます。……儂は年老い、弱くなりました。食料を得るために、この地で生きるために、坊ちゃんにひどい態度をとり続けていました」
「今更、謝ったところで、許してもらえるとは思っていません。ですが、ロサーナとニケがお二人とともに行くのを見て、私たちも共に行きたいと……この通り、夫は足が悪くなり、役には立たないかと思いますが」
「……あの、足は怪我を?」
シャルロッテはハンナに尋ねる。
引きずるように足を動かしていたウィリアムだが、それは兵士であったときに負った怪我が原因なのだろうか。
「いえ。原因は何かわからないのよ。だんだんと、動かなくなってきてしまって」
ロサーナが、ミトレスでは立場が弱いものは十分に食料を分けてもらえないのだと言っていた。
ウィリアムもハンナも話してみるとその声は若々しく、見た目よりも年嵩ではないのかもしれない。
だとしたら──。
「グリーンヒルドの薬草売りさんが、言っていました。十分な栄養が取れないと、体が動かなくなってしまうのだって。足や指先が、痛みとともにつっぱってしまうのだそうです。もしかしたら、栄養をたくさんとって動かす練習をしたら元に戻るかもしれません」
「……お嬢さん、しかし儂は、十分な食事をもらえるような立場にないのだ」
「じゃあ、一緒にきてください。皆がお腹いっぱい食べることができるように、畑を作っているのですよ。誰かがお腹を満たして、その陰で誰かが食べられないなんて……そんなことは、ジオスティル様はしません。自分の食べ物も、今まで皆さんに渡していたぐらい、皆さんのことを考えている方なのですから」
家の中からこちらを見ている街の人々にも聞こえるように、シャルロッテは大きな声で言った。
「しかし……」
「過去のことなど気にしていない。二人とも、イリオスの帰りをずっと待っているのだろう。自分の体をまず労わるべきだ。共に来れば、食事に困ることはない」
「坊ちゃん……」
とうとうハンナが、ぼろぼろと泣き出した。
それをウィリアムが支える。
その様子を見ていた街の人々の中から、幾人かが、シャルロッテたちの元にゆっくりと近づいてくる。
「今の話は本当か!?」
「何かの罠ではないんだろうな……!」
「うちにも、ロサーナと同じで小さい子がいるの……もし今の話が本当なら、私も……」
魚や果物などを近くで見て、驚きと疑いの声をあげる人々に、シャルロッテは持参してきたフライヤーを見せた。
「今の話、本当です! 罠なんかじゃありません。でも、辺境伯家には人手がなくて。だからこれを見てください!」
鉱山の魔獣を討伐するというフライヤーと、人材募集のフライヤー。
両方を、人々にぐいぐいと押し付ける。
人材募集の方は、内陸に配るものでもあったが、街の人々にもできることなら協力してもらいたい。
「鉱山の魔獣を倒すって!? 虹色水晶がまた手に入るのか……!?」
「畑が作れるの? 作物なんて、できないこの土地で……」
「今までの生活に、戻ることができるのか……?」
「騙されるな、皆!」
フライヤーを読んだ皆の瞳に希望の光がともり始めた頃、苛立ちと嘲りが内包した怒鳴り声が、広場には響いた。
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