髪を切る
ジオスティルに頼まれて、シャルロッテはハサミと剃刀と櫛、お湯や布を用意した。
ジオスティル様の首元に布をかける。
櫛でとかして、お湯で少し湿らせて切りやすくする。
「入浴前でよかった。首や体に切った髪が残ると、チクチクしますから」
「髪を……切ったことは、なかったように思う。そうなのだな、知らなかった」
「はい。そうなのです。だから、切り終わったらお風呂でよく洗ってくださいね」
「わかった」
「では、切りますよ」
手にしたハサミで、ジョキンと、まずはおおざっぱに長い髪を切り落とす。
床に金の髪がちらばり、それはまるで黄金色の川のように見えた。
「……すごいな。頭が軽くなった」
「そんなに違いますか?」
「あぁ」
「ふふ、では、整えていきますね」
ハ―ミルトン伯爵家では、シャルロッテは自分の身なりは自分で整えなくてはいけなかった。
だから、グリーンヒルドに買い物に出たときに、髪切り屋の手伝いを時間を見繕ってはしていて、手伝いの礼として、伸びた髪を整えて貰っていた。
髪職人ほどうまくはないだろうが、髪をまっすぐ切りそろえたり、おくれ毛を剃ることぐらいはできる。
チョキン、チョキンと、髪を短く切りそろえる音が響く。
鏡のある部屋である。
元々は使用人の支度のための部屋だったのだろう。
大きなドレッサーの中には、櫛やハサミ、それから化粧道具なども入っていた。
後ろの髪を整えて、前髪も目にかからない程度に切る。
小さな羽箒で首や顔にかかった髪を払い落として、櫛でとかし、もう一度全体を整える。
チャキチャキと、鋏の音だけが部屋に響いている。
西日の落ちる室内で静かに目を閉じているジオスティルの髪を切っていると、まるで神様の姿を彫っている彫刻家になったようだ。
短くなり過ぎないように、毛先がガタガタにならないように慎重に鋏で整えて、細かいところは剃刀で削いだ。
「できましたよ、ジオスティル様」
「――ありがとう」
もう一度細かい毛を払って、首にかけた布をとる。
長い金の睫毛のはえる瞼をあげると、空色の瞳が露わになる。
鏡に映ったジオスティルは、髪の長い時よりも幾分か若々しく、そして精悍に見えた。
「どうでしょうか、髪職人ではないので、そんなにうまくはないのですが」
「十分、綺麗にしてもらったように思う。自分の姿かたちについては、いいのか悪いのかは分からないのだが」
「素敵です。髪の短いジオスティル様も、とても素敵ですよ。私は……貴族の集まりを知りませんが、晩餐会などに参加する貴公子のようですよ」
「そうか。……本当に、軽いな。心も体も、軽くなった気がする」
ジオスティルは立ち上がると、落ちた髪を掃除しようと箒を持つシャルロッテの手をとった。
「シャルロッテ。これからは、君に心配をかけないようにする。俺も、君と共に、頑張りたい」
「ジオスティル様は十分頑張っておいでですよ。今日も夜は、出かけるのでしょう?」
「あぁ」
「私も一緒に行きます。順番に見張りをしましょう? そうしたら、半分ずつ、眠ることができますから」
「だが」
「一緒に頑張ると、言いました」
「……そうだな」
「それに、お金は使うとなくなってしまいますから、できれば虹色水晶の洞窟の魔獣を倒しにいきたいです」
「洞窟の魔獣を?」
シャルロッテは頷く。
ロサーナの話を聞いてから、ずっと考えていたことだった。
「かつてのウルフロッド領を取り戻すために、お金は必要です。ですから、虹色水晶がまた採掘できれば……職人の方々も、まだ残っているかもしれません。そうしたら、仕事ができますよね。ゲルドさんも、元々は虹色水晶を買い付けにきていたのでしょう?」
「あぁ」
「ですから」
「わかった。そのためには、俺が昼間動ける必要があるな。竜の討伐――ウェルシュの願いをかなえるためにも。シャルロッテ、俺を助けてくれるだろうか」
「もちろんです!」
入浴をすませて、シャルロッテはジオスティルに少し眠るように言った。
日が落ちるころに起きだしてきて、外で食べることのできる保存食と、水袋に果実水を入れて、ジオスティルと共にエルフェンスに乗って出かける。
(なんだか、特別なお出かけみたいで少し楽しいわね)
元々、シャルロッテは短い睡眠に慣れている。
寝ずに仕事をすることも多かった。
とはいっても、かつての日々には楽しさなど少しもなかった。
楽しんではいけないのだろうけれど、夜更かしも、ジオスティルと共に食料を持って出かけることも、シャルロッテにとっては新鮮で楽しいことのように思えた。
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