ジオスティルの決意
◇
幼い頃の記憶なんて曖昧なもので、幾度も夢に見る自分自身を俯瞰しているような光景が本当に自分自身の記憶なのかさえはっきりとは分からない。
しかし、俺を忌避するたくさんの目は、嫌悪と怒りと拒絶と怯えの入り混じったそれだけは覚えている。
「ジオスティル様、こちらです。どうぞそのお力で、魔獣たちを焼き払ってください」
「はい、わかりました」
櫓が組まれ、炎が燃えている。
炎は遠くまで照らすことはできない。だが、俺にそう命じる兵士の強張った横顔を見ることはできる。
森から、轟々と音を立てながら魔獣たちが現れる。
指先に意識を集中すると、パリパリと雷が纏わりついた。
物心ついてから、俺の身の内にある魔力の制御の仕方や扱い方は自然に覚えることができた。
物を壊さないよう、誰かを傷つけないよう、感情的にならないように意識し続けていたら徐々に力を押さえることができるようになったし、その逆に、力をある種の形として発現できるようにもなった。
魔獣を倒すということは、幼い俺にとってはさほど難しくないことだった。
知らないものは作れない。
俺の身の内にある魔力――魔力と、呼ばれているもので作ることができるのは、炎や水や雷や、風。
全てを焼き払う炎や、木々を薙ぎ払う雷、切り裂く突風や渦巻く水。
それは、想像できる。想像できるものはつくることができる。想像できないものはつくれない。
魔獣を倒すには、炎や雷で全てを打ち壊し燃やし尽くせばいい。
そういった魔法は単純で、威力をおさえなくてもすむので簡単だ。
多くを倒せば倒すほどに褒められるのかと思っていた。
褒められたいと思っていた。両親に。家の者たちに。よくやった、と、一言でいい。
言われたかった。
「呪われた子。お前の顔など見たくない……!」
「どうしてこんなことになってしまったのか……ジオスティル、部屋から出てくるな。お前の顔を見ると、お前の母の心が壊れてしまう」
魔獣と戦っている時以外は、俺はずっと部屋にいた。
母さんは俺の顔を見ると金切り声をあげてわめき、父さんは疲れと怒りが入り混じった目で俺を睨み、冷たい声で言った。
そして――あの日。
疲れていたし、眠かったのだろう。
魔獣の討伐を命じられてから、ろくに眠っていなかった。
時々うとうとすることもあったが、すぐに起こされた。
昼の魔獣討伐にも駆り出されるようになり、夜も森を見張って。
それでも自分に役割が与えられていることは、嬉しかった。
呪いの子、悪魔の子、厄災の子。
様々な呼ばれ方をしていたが、それでも――戦う力があれば、要らないといって捨てられることはない。
皆の役に立つことができている。
それを嬉しいと、思っていた。
月が煌々と輝く夜の、黒い森からぼこぼことあふれるようにして湧き出てくる魔獣の一軍を打倒して、少し気が抜けたのかもしれない。
――気づけば、草むらの中に倒れていた。
朝靄が、森の手前の草原を支配している。
夜露に濡れた草が、俺の羽織っているローブを濡らした。
ぱちりと目を開くと、紫色から青へと変わっていく空が見えた。
美しいと思った。
このまま、世界に溶けて消えてしまうことができたらどれほどいいだろう。
「朝……?」
一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。
がばっと体を起こすと、辺境伯家を取り囲むようにしている黒い群れが見えた。
辺境伯家を襲った魔獣たちを倒した時には、両親も使用人も兵士たちも、大半が命を落としていた。
生き残った者たちは俺に何も言わなかったが、その視線が雄弁に感情を語っていた。
――お前のせいだ。
――お前が、殺した。
――お前はわざと、魔獣を見逃して辺境伯家を襲わせたのだと。
せめて責められたら、弁明もできた。
しかしもう、誰も俺に話しかけてこなかったし、だれもが本当の化け物に対するように、俺を拒絶し恐れていた。
だから――。
「ジオスティル様、まだ起きていていいのですか? 無理はしないで、眠ってください。大丈夫、どこにもいきません」
恐ろしい力を持っている俺に、両親を見殺しにした無力な俺に――優しく微笑んでくれるシャルロッテを、失いたくない。
シャルロッテは伯爵家で、辛い目にあっていたのだという。
ハ―ミルトン伯爵家のものたちは残酷で、シャルロッテの話を聞いたときは怒りを覚えたが、けれど同時に心の底で喜びも感じていた。
彼らがシャルロッテを追い詰めたから、シャルロッテは俺の元へ来てくれた。
それはよくない感情だ。
そんな風に思うのは、間違っている。
けれどその感情は、どうしても胸の奥にこびりついて離れてくれない。
「シャルロッテ。頼みがある」
「頼み、ですか?」
「あぁ」
一人だった。孤独だった。それでいいと思っていた。
日々、役目を果たす。
辺境の地を魔獣たちから守るのが、俺の仕事だ。それしか、できることはない。
日に日に体調は悪くなる一方だった。
自分のことなどどうでもよくて、食事をすることも面倒だった。
気絶するように、時折短い眠りにつく。吐き気と眩暈がおさまらず、いつも耳鳴りがしていた。
だが――シャルロッテが来てくれて。
ベッドで眠り、食事をして。シャルロッテと、話をして。
彼女の明るい声は――明るく、笑顔でいようとしてくれる彼女の存在は、あの日見た朝焼けのように美しい。
吐き気も眩暈も消えて、耳鳴りもしない。
全て、彼女のおかげだ。
俺は彼女を守る。そう約束をした。俺は、シャルロッテを――失いたくない。
かつて失ってしまった、多くの命のように。
それなのに、シャルロッテは俺を残してどこか遠くに行ってしまおうとする。
「髪を、切って欲しい。……長すぎて邪魔なんだ。だが、自分では切れない」
「綺麗なのに、勿体ないです」
「気づけばのびていた。それだけだ。だから、切って欲しい」
「……わかりました」
思えば、怠惰な日々を過ごしていた。
記憶に浸り、自分を責めて、繰り返し繰り返し、自罰的な夢を見て。
けれど――もうそんなことはしない。
俺はジオスティル・ウルフロッドであり、この地を守る者なのだから。
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