ウルフロッドの宝物庫
遅い昼食を終えると、ジオスティルはシャルロッテたちを宝物庫に案内した。
昼食の間も宝物庫に向かう道すがらも、シャルロッテは何か言いたげな視線をジオスティルからちらちらと向けられていたが、特に何も言われなかったのであまり気にしないことにした。
「ここに、ウルフロッド家の資金が入っている」
「わぁ」
「すごい……」
「こんなにたくさんのお金、はじめてみた」
そこは地下室だった。
一階にある埃を被った書庫の奥、本棚の隙間の床の一角から降りることができる場所だ。
地下室は薄暗いが、ジオスティルが光玉を出現させて照らしてくれた。
地下室には絵画や宝石や壺、それからたくさんの金貨が所狭しと雑然と詰め込まれている。
光玉で照らされて輝く金貨や宝石の数々は眩しく、目に痛いほどだった。
驚くシャルロッテやロサーナやニケの隣で、ジオスティルは落ち着いた様子で口を開く。
「災禍が起こり、両親はここに全ての金や価値のあるものを運んだようだ。俺にはただの光る石と、食べることもできない金の塊に見えるが」
「光る石と、食べられない金の塊が、ウルフロッドの地から出るとそれはそれは大切なものに変わるんです。皆が欲しがるものに」
「そうなのだろうな。君も欲しいか、シャルロッテ?」
「私は……」
「欲しいのなら、全て君に――」
「ジオスティル様、それは困ります。私は、お金は要りません。ここにいさせてもらうだけで十分ですから」
「これは俺のものだが、俺のものは、君のものでもある」
ジオスティルが生真面目に言う。
冗談で言っているというわけではないようだった。
シャルロッテは困ってしまい、ロサーナに助けを求めるように視線を送る。
ロサーナは微笑ましそうに、目を細めた。
「シャルロッテ様は、辺境伯様の資金を使用して、人を雇おうとしているのでしょう? でしたら――いただくことはできないとしても、共同管理者としてウルフロッド家の資金を守っていくというのはどうでしょうか」
「共同管理者……家令のようなものですね」
「ええ。辺境伯様は今まで魔獣と戦うことしかしてこなかった方ですから、資金の管理も杜撰だと思われます。もし人が増えたら、盗もうとする者もあらわれるかと。だから、シャルロッテ様が管理を変わってさしあげればいいのではないでしょうか」
「盗む者がいるだろうか、ロサーナ。俺は恐ろしいと思われている。恐ろしい俺から、金を盗む者がいるのか?」
不思議そうに、ジオスティルはロサーナに尋ねた。
そういえばと、シャルロッテは思い出す。
ジオスティルはゲルドに多すぎるぐらいの支払いをしていた。
ゲルドはそれを当たり前のように受け取っていたが、どう考えても払い過ぎだ。
辺境まで荷運びをしてくれる感謝の気持ちも含まれているのだろうが――あれは、ジオスティルが金に無頓着だという理由もあるのかもしれない。
そのあたりをきちんと教えるほど、ゲルドも親切な男ではないだろう。
払うと言われれば、遠慮せずにいくらでも貰うようなしたたかさのある男だ。
「世の中には様々な人がいますから。地下室には鍵をかけておいた方がいいですね。鍵は、シャルロッテ様に。シャルロッテ様が鍵を持っていることを知っているのは、私とニケだけです。もし鍵が奪われるようなことがあれば、私たちを疑ってください」
「ロサーナさんやニケを疑うなんて」
「もちろん、そんなことはしません。苦労はしてきましたが、そこまで心は堕ちていないつもりです。あくまでも、可能性の話ですよ」
「わかった。ロサーナの言う通りにしよう。シャルロッテ、地下室の鍵はここに。これは君が持っていてくれ」
ジオスティルは壁にかかっている美しい組紐を持ってきて、シャルロッテに渡した。
組紐の先には鍵がついている。鍵穴に差し込むための鍵である。
そんなに大きなものでもない。紐が長いので、首からかけると服の中へと鍵をしまうことができた。
「ジオスティル様、資金は、ジオスティル様のため、それからここに暮らす人々のために、大切に使いますね」
「君のために使ってくれ」
「それはできません。……お気持ちだけ、頂いておきます」
「これで、人を雇うことができる?」
「どうでしょう。辺境伯領の噂は、国の人々に伝わっているのでしょう?」
ニケとロサーナに尋ねられて、シャルロッテは頷いた。
「私は、あまり世間のことに詳しくなかったのですが、荷運びのおじさまたちは、辺境伯領はおそろしい場所だと言っていました。でも……働きたい人も、王国にはいると思います」
「人が多く働くようになれば、それだけ多くのお金が必要になります。現状、辺境の地での税収はありません。雇ったところで、資金がなくなってしまう可能性も……」
「確かにそれはそうですね。たくさんあるものも、使ってしまえばなくなってしまいますし」
ロサーナの言葉に、シャルロッテは頷いた。
その言葉の意味はよく分かる。ハ―ミルトン伯爵家がその典型だ。
元々伯爵家は豊かだった。けれど、その豊かさ以上に金を使ってしまったのだ。
「あの、辺境伯領にある虹色水晶というものは、高価なのですか?」
「それはもちろん。ダイヤと同じぐらいに価値のある宝石です。昔は、王国中から買い付けにくる商人がいました。私の夫が加工した虹色水晶はそれはもう評判がよくて」
いつも落ち着いているロサーナが、嬉しそうに破顔して、明るい声で言った。
それから恥ずかしそうに口元に手を当てる。
「すみません、夫の話になると、嬉しくなってしまって。……でも、今はもう誰も虹色水晶の加工をしていません。そもそも水晶が手に入らないのです。水晶の洞窟周囲には魔獣が多く、その中には恐ろしい魔獣が住み着いてしまったようです。夫は水晶を取りに行き、命を落としました」
シャルロッテはジオスティルを見上げた。
空色の瞳が、シャルロッテを見返して、視線だけで言いたいことを理解してくれたように、軽く頷いた。
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