大きなスライムの襲撃
はじめて収穫したトウモロコシははち切れそうなほどにぷっくりとした黄色い粒が並んで、一本一本がシャルロッテの顔よりも大きく、さくりとかじると甘かった。
ゆでたトウモロコシだけで十分にお腹がいっぱいになり、食事を終えるともう起きると言い張るジオスティルを無理やり寝かせた。
「シャルロッテ。俺も、動ける」
「ジオスティル様は、十分に睡眠を取らないといけません。栄養をとって、よく寝ること。それがとても、大切です」
「それは君も一緒だろう。昨日の夜、君は俺と一緒にいてくれた」
「私は、明け方までは眠っていたのですよ? 一晩中起きていたジオスティル様とは違います。昼間は、心配なことは何もありません。何かあったら呼びますから」
「シャルロッテ……俺は、その……なんと言えばいいのか」
ジオスティルの部屋でベッドに寝かせたジオスティルの顔にかかった金色の髪を、シャルロッテは指先で払う。
さらりとして指に絡まない金糸のような髪がベッドのシーツに広がっている。
「時間が、惜しい。……眠ってしまえば、皆と過ごす時間が、記憶が、減ってしまう気がして」
「ジオスティル様……目覚めても、寝ても、また目覚めても、私たちはここにいます」
「あぁ。……わかっている。だが」
「気持ち、少しわかる気がします。それは、ジオスティル様が今の時間を、楽しいって思ってくれているから。それはすごく、嬉しいです」
形のいい額に手を置いて、瞼が閉じるように撫でる。
長いまつ毛が伏せられて頬に影を作るのを、シャルロッテはしげしげと眺めた。
「私も同じ。今の時間がとても、大切で愛しいものだって、思います。もっと楽しい毎日を過ごすために、今はゆっくり眠りましょう?」
「……あぁ」
「眠れないときは、子猫を数えるといいのですよ」
「子猫……」
「子猫がいっぴき、子猫が二匹、子猫が三匹、蜘蛛の巣でゆれて、ゆらゆら、ゆらゆら」
「子猫が、何故蜘蛛の巣に……?」
「私もよくわかりません。グリーンヒルドの子供たちが、よく歌っていました。子守歌なんですって」
「子守歌……」
「あんまり楽しくなったので、もう一匹もおいでと呼びました」
ジオスティルの額を撫でながら、小さな声で歌う。
やがて穏やかな寝息が聞こえはじめたので、シャルロッテはジオスティルの部屋を後にした。
(この優しい人が、笑っていられる場所をつくるために、頑張らなきゃ)
疲れに倦んだ顔色はよくなったが、夜になればジオスティルは再び魔獣討伐に出かける。
昼間もきっと、何かあれば起きて戦う。
とても一人きりで、続けられることじゃない。
早く、ウェルシュの言うように大精霊たちを助けにいくべきだろう。
それが根本的な問題の解決策だとすれば――。
だが、今はまだ無理だ。
人は食べなくては死ぬ。眠らなければ死ぬ。
心身共に疲れ果てているジオスティルの体調を整えて、万全の状態で討伐に出かけなくては――命を落としてしまうかもしれない。
(でも、食料の問題はどうにかなりそうね。畑を広げて、野菜をつくって、備蓄を増やして……)
掃除や洗濯は、ロサーナが行ってくれている。
ニケが野菜を収穫したり種を植えたり、草刈りも手伝ってくれる。
それだけで、シャルロッテの時間に余裕ができる。だから、ジオスティルが眠るまで傍にいることもできる。
どんなにありがたいかと思う。
「ロッテ!」
「どうしました!?」
畑の手入れをするために外に出ると、ニケが名前を呼んだ。
切羽詰まった声に驚きながら駆け寄っていく。
すると――そこには、ぷにちゃんの体を二回りぐらい大きくしたぷにぷにの魔獣が数体、ぼよんぼよんと揺れていた。
「ぴ~……」
ぷにちゃんがぽろぽろ泣きながら、ニケの後ろに隠れている。
ニケはクワを持って、魔獣に対峙していた。
「ぷにちゃんのお友達……?」
「急に現れたんだ……お友達って雰囲気じゃないみたい」
『シャルロッテ。こいつらは魔獣。ジオスティルを呼んできて!』
「……ジオスティル様を」
今、眠ったばかりなのに。
これからも、魔獣が出るたびにジオスティルを起こすのだろうか。
休んでくれと言ったのはシャルロッテなのに。これではジオスティルはシャルロッテたちを守るために、ろくに休むこともできない。
「うん……!」
シャルロッテは小さく頷くと、ニケからクワを受け取った。
ぷにちゃんもニケの背後から飛び出すと、自分よりも体の大きな魔獣に向かって跳ねていく。
魔獣たちはぷにちゃんにしか興味がないようで、ぷにちゃんを取り囲んで押しつぶしたり、ぶつかったりを繰り返した。
『なに、あの子。いじめられてるみたい』
「ぷにちゃん、もしかして魔獣たちにいじめられて、逃げてきたんじゃ……」
『魔獣が魔獣をいじめるなんてこと、あるかしら』
「ともかく、今助けます!」
シャルロッテはクワを振り上げる。
本当は剣がいいけれど、今はクワしかない。
幸いにして、魔獣たちの動きはあまり速くない。
それにぷにちゃんを取り囲んでいて、シャルロッテに注意を向けていない。
振り下ろしたクワは魔獣の体に食い込んで、透明なゼリー状の体にぷつりと穴を開けた。
たっぷり水を入れた皮の水筒に切れ目を入れたように、中から水が溢れてくる。
そのまま魔獣の一匹が、弾けて消えた。
他の魔獣たちがシャルロッテを虚な瞳で一斉に見る。
ぷにぷにの体からびゅっと水を飛ばして、シャルロッテの足や腕をじゅっと焼いた。
その傷が、たちどころに塞がっていく。
ウェルシュの羽が輝いている。傷を癒す魔法がシャルロッテにかけられて、傷を塞ぐと共に痛みも消え失せた。
この魔獣は、あまりつよくないかもしれない。
よろめきそうになった体勢を立て直し、片足で踏み込んで二匹目に近づくと、クワを振り下ろす。
そして、三匹目。
ばしゅ、ばっしゅっと、同じような手応えと共に、魔獣ははじけ飛んで消えた。
消えた魔獣たちから黒い煙のようなものがたちのぼり、それは丸い塊となって空の向こうに飛んでいった。
「やった……」
「ロッテ、つよい……」
『馬鹿! 怪我したじゃないの、ばかぁ!』
「ぷぎゅ……!」
シャルロッテは魔獣を蹴散らすことができた興奮のまま、ニケを抱きしめ、ぷにちゃんを抱き上げ、ウェルシュを掴むと小さな体に頬ずりをした。
魔獣は――倒せる。
魔法でなくても、倒すことができるのだ。
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