育つ野菜
東の空からのぼった太陽が、森と草原に囲まれたウルフロッドの地をやわらかく照らした。
「とても、綺麗です。ジオスティル様」
「綺麗、か。あまり、考えたことはなかった」
「ジオスティル様にとって、ここは辛い思い出ばかりある場所、ですよね。だから綺麗というのはよくないでしょうか、ごめんなさい」
「そんなことはない。この地は、俺が守らなくてはいけない場所だ。だから……君がこの景色を、綺麗と言ってくれて嬉しい。おそろしい土地だが、嫌わないでいてくれると、嬉しい」
「嫌うなんて、しません」
シャルロッテは背後のジオスティルに体を預けるようにすると、その精悍で美しい顔を見上げた。
青白いばかりだった肌は、血色がいい。目の下にあった隈も、今は薄くなっている。
それでも疲れていることに変わりはないだろうが、少しでもジオスティルの負担を減らしたいと思う。
「ジオスティル様。……私、時々でいいですから、お邪魔はしませんから、ご一緒していいですか?」
「一緒に……?」
「はい。こうして二人でいれば、お話しができます。ジオスティル様が眠っている間は、私が見張りを変わることもできます。だから、一人よりは二人の方が、いいかなと思って……」
「ありがとう、シャルロッテ。……本当は君に無理をさせたくない。だが、今は君を頼りたいと思ってしまっている」
「頼ってください。沢山、頼ってください。一人でできることには、限りがあります。それに……一人は、寂しいですから」
「……ありがとう、シャルロッテ」
「はい!」
ジオスティルが申し出を否定しなかったことが嬉しい。
一人きりでできることには限りがあり、やることが多ければ多いほど追い詰められてしまう。
何も考えられなくなるほどに、目の前に山積みになった仕事のことでいっぱいになる。
シャルロッテは身をもってそれを知っている。
だから――ジオスティルが穏やかな生活を送ることができるように、解決方法を一緒に模索していきたい。
シャルロッテとジオスティルは、辺境伯家に戻った。
エルフェンスは辺境伯家の入り口前の庭に降り立ち、先に降りたジオスティルがシャルロッテを抱き上げて、エルフェンスの背から降ろした。
「ロッテ! 辺境伯様!」
その途端に、ニケが駆け寄ってくる。
「ニケ、どうしました、魔獣ですか……!?」
「違うよ、そうじゃなくて……」
ニケはぷにちゃんを抱き上げていた。
ニケの隣にはウェルシュがふわふわと浮いている。
「畑にお水をあげてた。畑にいこうとすると、ぷにちゃんがついてきたから、昨日みたいにぷにちゃんに水を飲んで貰って、雨みたいに、しゃわしゃわって畑に水をまいた。そうしたら……」
「そうしたら……」
「植物が、どんどん大きくなって……!」
ニケがシャルロッテの手を引いた。
手を引かれるままに、ジオスティルと共に昨日耕して種をまいた畑へと向かう。
そこには、すっかり大きく育った野菜の姿があった。
「ぷにちゃんで水をまいただけなんだよ。そうしたら、ぐんぐん成長して……」
「まぁ、すごい」
「すごいな……」
シャルロッテは芋の葉に手を伸ばす。
手のひらのように大きく広がる葉の育ち方から見て、もう収穫できるぐらいにはなっている。
倉庫でみつけた種も育っていて、背の高いトウモロコシや、小麦、それからズッキーニやトマト、ナスもできている。
昨日シャルロッテが耕した畑は、テーブル二枚分程度。
そのあまり広くない畑に、わさっと、作物が茂っていた。
「ぷにちゃん、すごいです。本当に不思議な力があるのですね!
『魔獣なのに。変なの』
「ぷぐ」
シャルロッテはぷにちゃんの頭を――頭がどこなのかはよく分からないが、ともかく頭と思しき部分を撫でた。
ぽよんぽよんと水っぽい体が揺れる。
ウェルシュは不思議そうに首を傾げている。
「もしかしたら、いい魔獣もいるのかもしれません」
「どうだろうな」
「突然変異かなにかで……ともかく、野菜が育ちました。この調子なら、街の人たちの分の食料も育てられますね、きっと」
「……ねぇ、ロッテ。ロッテは、あんな連中も助ける気なの?」
シャルロッテの言葉に、ニケが不満そうに眉を寄せる。
シャルロッテは宥めるように、ニケの頭も撫でる。
「そんなことは言ってはいけないですよ」
「でも――あの人たちは、シャルロッテに石を投げたのに!」
「私にも悪いところがありました。ニケ、……皆きっと、困っているんです。誰かのせいにしないと、生きていけないぐらいに」
「……うん」
「ともかく、野菜ができてよかったですね! 朝ご飯は、トウモロコシを茹でましょうか。ニケ、できた野菜を収穫しましょう」
「わかった」
「ジオスティル様は、少し眠ってください。朝ご飯の時には、呼びますからね」
「俺は……」
「一晩寝ていないんですから、眠らないと駄目です。ほんの少しでも眠って、体力を回復してください」
「……分かった」
ジオスティルはシャルロッテの手を名残惜しそうに握ると、頷いた。
野菜の収穫をひとまずニケに任せて、シャルロッテはジオスティルを部屋まで送ってベッドに寝かせた。
ジオスティルは一人で大丈夫だと言っていたが、寂しそうに見えたので、そうせずにはいられなかった。
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