十歳での惨劇
夜が明けていく。
それは今のシャルロッテにとっては、明るく希望に満ちた風景だった。
かつては夜明けを恐れた。一日がはじまると、今日は一体何を言われるのだろうかと、心の奥で恐怖という種を芽吹かせて水を与え続けていた。
今は、違う。
この景色はもしかしたらジオスティルにとっては苦痛に満ちたものかもしれない。
だから――口には出せないけれど、ジオスティルと二人で見る朝焼けはとても美しい。
「――俺が、十歳の時。俺はいつものように兵士たちと共に魔獣の討伐に出ていた。魔獣は夜間に現れる。皆それに気づき、討伐は夜行われた。……夜に戦える者は、少ない。十歳にもなると、俺は今と同じぐらい魔法が使えるようになり、ほぼ一人で魔獣たちを相手にしていた」
「十歳は、まだ子供です」
「そうかもしれない。……あのときの俺が、何を考えていたのかはよく覚えていない。皆が俺を恐れて、腫れ物に触れるようにあつかった。化け物と、影で言われていることも知っていた。だから少しでも認めて貰おうと、役に立とうとしていたのかもしれない」
シャルロッテにはジオスティルの気持ちがよくわかった。
立場は違うけれど、その感情は――シャルロッテにも馴染みがあるものだったからだ。
幼い頃はまだどこかで、頑張れば愛してくれるのではないかと期待していた。
頑張れば、母は撫でてくれるのではないか。父は、褒めてくれるのではないかと。
幼い頃の自分の記憶を辿っているようにも感じられて、シャルロッテは切なげに眉を寄せる。
愛されないのだと気づいて、愛されたいという渇望を心の奥底にしまって、鍵をかけた。
今はその隠していた渇望の塊を、優しく撫でられているような感覚に、涙がこぼれそうになる。
今はジオスティルの話だ。
自分の感情に浸っている場合ではないと、シャルロッテは軽く唇を噛んだ。
「自分のことを、振り返ることは今までなかった。今思えば、寝不足もあったのだろうな。夜間は魔獣を倒し、昼間も魔獣が現れれば連れて行かれる。元々体は丈夫なほうではなかったが、徐々に不調が出始めて、魔獣を討伐している時以外は、寝込んでいるような状態だった」
「……ご両親は、ジオスティル様を守ってくださらなかったのですか?」
「両親は、俺を嫌っていた。それに……俺を産んだせいで災禍が起ったと、皆から責められてもいた。辛かっただろうと思う」
ジオスティルは両親を恨んでいないようだった。
それよりもむしろ、哀れむような口ぶりだった。
「ある日。……夜間の魔獣討伐の最中に、俺は、居眠りをしてしまった。居眠り――目眩がして、気づけば、倒れていた。目を覚ましたときには明け方で……辺境伯家が魔獣の群れに襲われたあとだった」
「え……」
辺境伯家が、襲われた――。
シャルロッテはその言葉を心の中で反芻する。
それは、つまり。
「すでに、手遅れだった。辺境伯家に住んでいた者たちのうち、半数以上が魔獣に食われた。魔獣たちは屋敷の中に入り込み、眠っていた者たちを食らった。逃げ惑う者たちを引き裂いた」
「……そんな」
「すまない。……こんな話、聞きたくないな」
「そんなことはありません。ジオスティル様……お辛かったですね。本当に……」
シャルロッテは言葉を詰まらせた。
辛かっただろう、苦しかっただろう。
そんな言葉では言い表せないぐらいに――。
「俺のせいだ。俺が……眠ってしまったから。両親は死に、使用人たちや兵士たちも半数以上が死んだ。残った者たちはしばらくは、辺境伯家に留まっていたが……少しずつ家から逃げるようにしていなくなり、気づけば一人になっていた」
「それは、ジオスティル様のせいではありません……!」
「ありがとう、シャルロッテ。だが、俺のせいなんだ。俺がうまれて災禍が起り、多くの者が命を落とした。俺には皆を守る力があったのに――倒れてばかり、いて。できるかぎり、眠らないようにしていた。……あのときのように、失敗をしてしまわないように」
「……違います、ジオスティル様。それは、違います。ジオスティル様は眠ったわけではなくて、疲れて、体が限界で倒れてしまったんです。それは、ジオスティル様だけに、皆が責任を押しつけたから……!」
泣いてはいけないと、我慢していた。
けれど、ジオスティルの言葉が痛かった。
誰かを責めることもせず、自分自身を責め続けているジオスティルが――あまりにも綺麗で、切ない。
「シャルロッテ……すまない。君を泣かせたいわけでは」
「私も、泣きたいわけではないのです……ただ、ごめんなさい。涙が、止まらなくて。全部、全部……ジオスティル様のせいではないのに……どうして、ジオスティル様はただ、魔法が使えてしまったという、それだけなのに」
「……ありがとう、シャルロッテ。そんな風に、俺に言ってくれる人はいなかった。君は、優しい」
「優しくないです。私は、今、とても怒っていて……! ジオスティル様を守らなかった、大人たちに。責任を押しつけた、人たちに。私は……私は一緒に、戦います。あなたと一緒に。もし私に何かあっても、それはジオスティル様のせいではありません」
「そんなことを言わないでくれ。……君になにかあるなどと、考えたくない」
「ごめんなさい。でも、先に言っておきたくて。これ以上ジオスティル様が、誰かの命を一人で背負わないように」
「……君の命は……背負いたいと、思う。俺は、君を守りたい。今までは皆を守らなくてはと、考えていた。皆とは……名前も、顔もない。この土地に住む人々だ」
ジオスティルはそう言うと、シャルロッテの顔を背後から覗き込んだ。
腫れた瞼を閉じるようにして、両目の上に大きな手をあてる。
「誰かを……名前を持つ誰かを守りたいと感じたのは、これがはじめてだ。……シャルロッテ。俺はそれを、嬉しいと思っている。自分のことなどどうでもよく、俺の生活は自堕落で不摂生で……自分のために魔法を使おうと思ったことはなかった」
ふんわりとしたあたたかさを感じた。
涙で腫れた瞼から、すっと腫れがひいていく。
「これは、治癒魔法。ウェルシュの魔法を見ていて、こういう使い方もあるのかと思った。君が来てくれて、俺は……君から頼られるぐらいに、健康にならなければと、思っている。……すまない。何を言いたいのか、分からないな、これでは」
「わかります。ジオスティル様。十分、伝わっています」
シャルロッテは目を閉じる。
この優しい人が――笑って欲しいと、強く思った。
ジオスティルが心の底から笑うことができるような居場所を――作りたい。
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