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落雷の夜を過ごす



 長年薄暗い場所で過ごしてきたからだろう、シャルロッテは夜目がきく。

 ロサーナもニケも眠っているのだろう、しんと静まりかえった館を慎重な猫のように足音を立てないように静かにすすむ。

 長い廊下を歩き、石造りの階段をあがる。

 館は広く、まだ上階には行ったことがない。

 ともかく外に出ようと、階段を探しては上へ上へとのぼっていく。


 三階に辿り着き、階段をのぼりきると屋上に出た。

 屋上の扉は特に鍵もかかっておらず、手で押すと僅かに隙間ができる。


 長い間誰にも開かれたことがなかったのだろう。

 ギギッと軋む音を立てて、重たい扉は開いた。

 開いた途端に外から風が中に吹き込んできて、シャルロッテの髪や寝衣をばたばたと揺らした。

 

 扉の隙間に体を滑り込ませるようにして、シャルロッテは外に出る。

 風に煽られて、シャルロッテが外に出ると、扉はばたんと閉じた。 


 風が強い。ビュッオオッと、音を立てながら吹きすさぶ風によって、シャルロッテの体はよろめいた。


「ジオスティル様……!」


 シャルロッテはよろめきながら、屋上の端まで駆け寄る。

 屋上をぐるりと囲むような作りになっている、胸ぐらいの高さがある外壁に掴まって空を見上げる。


 暗い夜空に閃光が走り、雷鳴が轟く。

 室内では遠く小さく聞こえていた雷鳴も、外に出るとはっきりと聞くことができる。

 辺境伯家の奥には黒い塊のような広大な森が広がっている。


 その森の手前に落雷が幾本も落ちて、雷の雷撃が地面を走り抜けていく。

 光に照らされて、一瞬だが――影のような獣たちの姿が見えた。


 それは巨大な虫のような姿だったり、異形の動物だったり。

 一体一体が大きく、恐ろしい形をしている。


「……魔獣」


 ミトレスで見た魔獣が、森から湧き出るように何体も現れては雷に打たれて消えていく。

 空に――黒い翼を背中からはやした、ジオスティルの姿がある。

 片手をあげると、夜空に大きな円形の輝く幾何学模様がいくつも浮かび上がり、幾本もの雷が魔獣たちを貫いた。


「ジオスティル様……」


 シャルロッテは、じわりと涙が滲んでくるのを感じた。

 毎夜、こうして――ずっと、一人で戦って、この地を守ってきたのだろうか。

 泣き言も言わず、誰にも頼らずに。

 化け物だと言われて、石を投げられて――嫌われ誤解されることも厭わずに。

 

 たった一人で。

 具合が悪くて倒れても、誰も――ジオスティルを助けなかった。

 それなのに、皆を守るために自分の身を削るようにして、働き続けている。


 息が詰まる。

 苦しくて、シャルロッテは自分の胸の上の寝衣をぎゅっと握りしめた。


(私も、一緒に戦うことができたらいいのに。役に立つことができればいいのに)


「ジオスティル様!」


 雷鳴がやみ、静寂が訪れる。

 森は静まり、吹きすさんでいた風もおさまった。

 シャルロッテはもう一度、大きな声でジオスティルを呼んだ。

 静かな夜空の下で、その声はよく響いた。


「――シャルロッテ」


 ひらりと、シャルロッテの元へとジオスティルが飛来してくる。

 背中の翼が屋上までやってくるとするりと消えて、とん、っと軽快な音を立てて屋上へ降り立った。


「シャルロッテ、どうしたんだ? そんな姿で。夜は冷える。部屋に……」

「ジオスティル様。私……何か、お手伝いできること、ありませんか……? ジオスティル様にばかり、大変な思いをさせるのは嫌です」


 なんだか胸がいっぱいになってしまい、シャルロッテはつっかえながら言葉を紡いだ。

 できることなどないと分かっている。

 けれど、ジオスティルの姿が、かつての自分の姿と重なった。

 一人きりで、やることは山積みで。

 苦しかったし、辛かった。

 シャルロッテはジオスティルの元で救われた。だから、少しでもジオスティルの役に立ちたい。


「心配、させてしまったな。すまない」


 ジオスティルは自分のローブを脱ぐと、シャルロッテの体にかけた。

 それから、その体をローブにくるむようにして、前あわせの部分のリボンを結ぶ。


「俺は、大丈夫だ。君のお陰で、本当に調子がいい」

「でも」

「君は、眠っていてくれ」

「ジオスティル様は……」

「朝までは、森を監視する。魔獣がうまれるのは夜。夜が明ければ、異常発生はおちつく」

「……ウェルシュが、魔獣は消しても消しても、うまれてくるって」

「そうなのだろうな。おそらく、ウェルシュの言うとおり、ユグドラーシュをどうにかしないと、終わらない。だが、今は、できることをするしかない」


 ジオスティルがシャルロッテの背を押して、室内へと戻そうとする。

 シャルロッテはジオスティルの腕を掴んだ。

 今部屋に戻っても、たぶん眠ることはできない。


「私も、朝まで一緒にいては駄目ですか? 今日だけ、ですから」

「……一緒に?」

「はい。……夜明けまでは、あと少しです。だから、一緒に」

「……構わないが、いいのか」

「はい。私が、そうしたいのです」

「わかった」


 ジオスティルは指を弾く。

 すると、屋上にエルフェンスが現れる。

 その体に体を埋めるようにして、シャルロッテはジオスティルに持ち上げられると、座らせて貰った。

 ジオスティルもシャルロッテの後ろに座る。

 背後から抱きしめるようにされて、シャルロッテは身を小さくした。



お読みくださりありがとうございました!

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