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おだやかな食卓



 ロサーナは清流によく住む氷魚にパン粉をまぶして、バターと香草で焼いた氷魚の香草焼きと、小麦粉と芋を混ぜて茹でたチーズニョッキ、林でみつけたというアミタケのスープを作った。

 

 ダイニングテーブルには白いクロスがかけられていて、太い蝋燭がいくつも燭台にたてられて、橙色の灯りがともり柔らかく食堂を照らしている。


 ウルフロッド家のかつての繁栄を象徴しているかのように、家具も燭台も全て立派なもので、一本一本が太く側面に複雑な花模様が彫られている蝋燭は、庶民が手を出せないぐらいに高価なものである。


 一人分の食事がきちんと並んでいて、皆で食卓を囲む。

 手を組み合わせて食事の前のお祈りをする。

 そんなことが――シャルロッテにとっては奇跡のように思える。


「こんな豪華なご飯、いつぶりかな……本当に食べていいの?」

「辺境伯家の敷地では、花も植物も生き物も、かつての辺境伯領のように生きています。勝手に採取をさせていただきましたが……」

「好きなように、してくれ。食事を、ありがとう。俺に遠慮せずに、沢山食べて欲しい」

「ありがとうございます!」


 ニケが元気よくお礼を言って、大きな口をあけて魚を口に突っ込んだ。


「おいしい!」

「よかった。……本当に、よかった」

「ロサーナさん……ミトレスでの暮らしは、大変でしたか?」


 シャルロッテもありがたくロサーナの用意してくれたご飯を口に運びながら尋ねる。


「そうですね。辺境伯様の前で、ウルフロッドの災禍の話をするのは」

「いや、いい。俺も聞きたい。街の者たちと、対話をすることは今までできなかった。何が起っていたのか、俺も全て知っているわけじゃない」

「はい」


 頷くと、ロサーナは話しはじめる。


「魔獣の異常発生がはじまったのは今から二十三年前。嵐と共に突然現れた魔獣は、いくつかの街を飲み込みました。それ以前からもウルフロッドの地には魔獣が現れることがありましたが、数はさほど多くなく、辺境伯家の兵士たちや傭兵の方々や自警団で、討伐することができていたのです」

『ユグドラーシュが元気だった頃ね。それでも多少の魔素がユグドラーシュからこぼれて、虫や動物を魔獣に変えたの』


 ウェルシュが補足した。

 ぷにちゃんはお皿に口を突っ込んでニョッキを食べていて、ウェルシュはぷにちゃんの上にぺたんと座って、両手に魚の切れ端を持ってあぐあぐと口に入れている。


「――魔素というものが、虫や動物を魔獣に変えているのだと、ウェルシュは言っています。でも……では、今いる魔獣は?」

『以前の魔獣は、ごく少量の魔素に虫や動物が反応して姿を変えてしまったものだった。今は、魔素の塊。実体はないし、散らしても散らしても、魔素に戻ってまたうまれる』

「今は、魔素の塊。消しても、またうまれてくる……」


 ウェルシュの言葉を皆に伝えると、ニケやロサーナは「すごい」「まるでなんでも知っている、予言者のようです」と、尊敬と敬意の籠った瞳でシャルロッテを見た。

 シャルロッテは「ただ言葉が聞こえるだけなんです」と、恐縮した。

 聞こえた言葉を伝えているだけだ。


 シャルロッテの祖母は予言の力があったと言うが、シャルロッテにはそんなものはない。


「――それぞれの街で、魔獣を討伐し、なんとか暮らしていました。けれど徐々に人の住める場所は狭くなり、辺境伯家にほど近いミトレスに集まってきました。とても栄えていて大きい街だったんです、あの場所は」

「私がもっと小さい時は、もっとたくさん人がいたよ」

「魔獣の発生と共に徐々に土地が枯れ始めて、動物も魚も消えました。木の実も育ちません。畑を耕しても、作物は枯れるようになって。皆、ウルフロッドの地を捨てて逃げていきました」

「ロサーナたちは、何故あの場所に? ミトレスの者たちはどうして、逃げないのだろう」


 ジオスティルは本当に不思議そうに尋ねた。

 確かにそれはそうだとシャルロッテも考える。人の住めるような場所じゃなければ、ゲルドのように橋を渡り、川の向こうの土地へと逃げてしまえばいい。


「私の夫は――虹色水晶の加工職人でした。この土地でうまれて、この土地でとれる宝石の加工を生業として。他の土地で生活を立て直せるとは思いませんでした。それに、足の弱い義母も一緒に暮らしていました。どこか遠くに行くなら、自分を置いていけと母は言いました。全てを捨てて――逃げることなどできなかったのです」


 やがて、ニケがうまれた。

 そうすると余計に別の場所へ行くことなどできなくなってしまったのだという。


「母が死に、夫も虹水晶を取りに行く途中で魔獣に襲われて死にました。戦うことのできない、小さな子供を抱えた女は役に立ちませんから、あの街ではずっと、目立たないように生きていました」

「私のせいで、お母さん、可哀想だった」

「違うのよ、ニケ。ニケがいたから、お母さんは頑張れたの」

「うん」

「いよいよミトレスまで災禍が広がり、食料も手に入らなくなると、辺境伯様からいただいた食料を街の代表が配給しはじめて……それを頼りに生きてきました」

「でも、あんまりくれないんだ。代表は……死んでしまったおじさんの方だけれど、自分の取り巻きとか、好きな人たちにばかり沢山食べ物を配ってた」

「……それは、ひどい」


 シャルロッテは眉をひそめる。

 ニケのような小さな子供は食べ盛りだ。

 子供にこそ、たくさん食料を渡すべきではないかと思う。

 少なくとも、シャルロッテだったらそうする。自分は食べなくても。

 

「でも、今日からはもう大丈夫です。ここにはジオスティル様がいますし、畑を大きくしていきましょう。ぷにちゃんは、植物の生長をはやめてくれる力があるんですよ。ウェルシュの力で、辺境伯家の敷地内では作物が育つみたいで」

「うん……ここに、来てよかった」

「ありがとうございます。……本当に、感謝しています」

「……皆のことは、俺が守る。それが俺の役目だ。だから、安心して暮らして欲しい」


 ジオティルの言葉に、ロサーナとニケは顔を見合わせた。


「私たちはシャルロッテ様を守るついで、で、かまいません」

「辺境伯様は、シャルロッテ様を守ってあげてください」

「私、ですか?」

「ええ。シャルロッテ様がここにこなかったら――私たちは同じ毎日を、繰り返していたでしょうから」

「ロッテが来てくれたから……ロッテが、私たちに声をかけてくれたから。そうじゃなきゃ、辺境伯様の元に逃げ込むなんて、考えたりしなかったよ、きっと」


 二人に言われて、シャルロッテは照れた。

 あたたかい感情にはまだ慣れない。

 けれど――こうしてまるで、家族のように食卓を囲めるのは嬉しい。

 

 シャルロッテは今までずっと一人きりだった。

 あたたかい食事も、感情も。

 安心できる居場所も。


 外には魔獣がいて、問題は山積みだけれど――この場所は、どこまでも優しい。



お読みくださりありがとうございました!

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