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お風呂とお湯の雨



 浴室から出てきたジオスティルの金の髪はしっとり湿っている。

 真っ白な肌が薄く色づきいつもよりも健康的な姿だった。


「ジオスティル様、髪をもうすこし拭きましょう、風邪をひいてしまいますよ」

「あぁ、そうだな」

「体があたたまりましたか?」

「あぁ。……久々に、起きて、まともな生活をしている気がする。君のお陰だ」

「そうですか、よかった」


 ジオスティルの自室で椅子に座って貰い、シャルロッテはその髪を大きめの布でふいた。

 金の髪にブラシをとおして、といていく。

 手入れをしていない髪だが、艶やかでからまりもほつれ毛もなく美しいそれに、感心をする。


「自分でできるから、君も入浴をしてくるといい」

「でも」

「大丈夫だ。君も疲れているだろう、……俺の世話をしてくれるのは有難いが、俺は、君に君自身のことも大切にして欲しい」

「……私は、ここにきてからずっと、穏やかで……もったいないぐらいに、大切にしていますよ、自分のことも」

「シャルロッテ……君は」


 ジオスティルは何か言いたげに、背後に立つシャルロッテに視線を向ける。

 けれどそれ以上なにかを尋ねることもなく「ゆっくり風呂に入っておいで」とだけ言った。


 辺境伯家の浴室は、一人で入るには十分すぎるほどに大きかった。

 これではお湯を沸かすのも大変だっただろうとロサーナに言うと、「街の共同浴場の湯沸かしに比べたら楽なものです」と言っていた。


「ニケ、一緒にはいりますか?」

「入る!」

「シャルロッテ様、いいのですか?」

「ええ、もちろん」

「――皆、俺が動けなかったせいで世話をかけてしまい、すまなかった。俺も手伝えばよかったのだが」


 温くなったお湯に熱いお湯を足そうと準備をしていると、髪を乾かし終わったジオスティルが現れる。

 ジオスティルが浴室で軽く指を弾くと、浴槽のうえにもくもくと雨雲ができて、お湯の雨を浴槽に降らせた。


「わ、すごい!」

「辺境伯様、すごい!」

「水と、炎を組み合わせただけで、とても簡単な魔法だ」

『水の大精霊様を助けてくれたら、あたしだっていくらでも水が出せるわ。それに、炎の精霊を助けてくれたら、これぐらいあたしたちにだってできる』


 喜ぶシャルロッテとニケの様子に、ジオスティルはやや照れたようにそう言うと、すぐに浴室から出て行った。

 ウェルシュが不満そうに唇を尖らせた。『役に立ちたいのに』と小さな声で言うので、シャルロッテはその頭を指先で撫でた。

 シャルロッテはニケと共に風呂に入った。

 服を脱ぎ、頭の包帯をといてみると、もう傷は塞がっているようだった。


『シャルロッテ。その傷、治してあげる』

「ウェルシュ?」

『少し寝たから、魔力が戻ったわ。小さな傷ぐらいなら、治すことができる』


 ウェルシュはそう言うと、シャルロッテの傷に小さな手で触れた。

 羽が輝き、もう塞がっているシャルロッテの額の傷跡を、みるみるうちになめらかな肌へと戻していく。


「すごいね。これも、魔法?」

「ありがとうございます、ウェルシュ。ウェルシュは水の精霊で、ジオスティル様と同じように魔法が使えるんですよ」

『絶好調のあたしなら、もっとすごいのよ』


 ウェルシュは得意気に、ぱたぱたと羽を羽ばたかせた。

 ニケと共に浴室に入ると、ぷにちゃんとウェルシュもついてきたので、特に何も言わずに好きなようにさせていた。

 石造りの浴槽には、ジオスティルが降らせたお湯の雨によって、たっぷりのお湯が溜まっている。


「わー! 雨!」

「ふふ、雨!」


 お湯の雨はやんでしまったが、シャルロッテたちと一緒にお湯の中に飛び込んだぷにちゃんが、ぷにぷにの体にお湯を吸収して、口からびゅおっと吐き出した。

 ぷにちゃんの体から吐き出されたお湯が、シャルロッテたちの頭のうえに降り注ぐ。


「きゃー」

「あはは」

『わぁ……っ』


 ニケが楽しそうな悲鳴をあげて、シャルロッテはずぶ濡れになりながら笑い、ウェルシュは大きなお湯の粒にぶつからないようにくるくる飛んで逃げた。

 シャボン草を泡立てて体や髪を洗う。ぷにちゃんの体をぐにっと押すと「ぷぎゅ」と言う声とともに、お湯の雨が降る。

 落とした泡やお湯は、排水溝へと消えていく。


「ぷにちゃんすごい! お湯が雨になってる!」

「ジオスティル様の魔法と同じですね」

『変な魔獣ね』

「ぷぐ」


 シャルロッテたちがつつくと、ぷにちゃんはぷるんぷるんと揺れた。

 風呂から出ると、シャルロッテはニケの体や髪を拭いた。

 まるで、家族みたいだと思ってしまい、ほんの少しの郷愁を感じる。

 もちろんハーミルトン伯爵家には二度と帰りたいとは思わない。だが、シャルロッテに優しかった人たちも、ほんの一握りだがあの場所にいた。


 辞めてしまった侍女頭や、いつの間にかいなくなってしまった庭師や、シャルロッテに時々あまりものをくれた料理人。

 優しかったグリーンヒルドの人々。

 悪いことばかりではなかったのだ。

 だから――いよいよ売られることが決まるまで、シャルロッテはあの場所に居続けたのだろう。

 

 離れてみて、きちんと考えることができるようになると、もしかしたらそうだったのかもしれないと思う。


「ありがとう、ロッテ! ふふ、楽しかった! 明日も一緒にお風呂に入ろう、みんなで!」

「ええ、ニケ。もちろんです」

「……ふたりとも、とても楽しそうだったな。声が、外まで響いていた」

「ジオスティル様!」

「辺境伯様」

「髪を乾かそう。こちらに」


 浴室から出ると、ジオスティルに呼ばれた。

 髪に向かいジオスティルが手をかざすと、シャルロッテやニケの濡れた髪は、ぶわっと風を纏い、一気に乾いた。


「わぁ!」

「ふふ、すごい。魔法、ですね」

「あぁ」

「ロッテ、つやつや、さらさら。お姫様みたいだね」

「ありがとうございます、ニケもお姫様みたいですよ」


 綺麗になった体に、髪に、新しいお仕着せ。

 なんだか生まれ変わったみたいだと思いながら、シャルロッテは微笑んだ。

 ジオスティルはシャルロッテから、それとなく視線を逸らした。

 

「それは侍女の服だろう。もっと、まともな服が他にもあったはずだ。ドレスなども、誰も使わない。だから、君の好きに」

「ドレスを着て畑仕事はできませんから。でも、ありがとうございます」

「あぁ。……俺は不甲斐ないな。君に苦労をかけないように、頑張らないといけない」

「ジオスティル様は十分頑張っていますよ」

「だが……君に、傷を。……治ったのか?」

「ウェルシュが治してくれました」

「傷を治す魔法、か。……あまり考えたことがなかったな。湯をつくるのも、髪を乾かすのも、はじめてのことだ。今までは、魔獣を倒すことばかりに、魔法を使用していたから」


 ジオスティルは感心したように「俺にもできるかもしれない」と言って、手を握ったり開いたりした。



 


お読みくださりありがとうございました!

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