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シャルロッテ、新しい服を手に入れる



 シャルロッテはジオスティルの顔を見上げると、にっこりと微笑んだ。


「ジオスティル様、ロサーナさんがお風呂をわかしてくださいましたので、入りましょう。お手伝いしてさしあげますね」

「いや、いい」

「遠慮なさらず」

「遠慮はしていない。……シャルロッテ。君は若い女性なのだから、もう少し自分を大切にしてほしい」

「は、はい……」


 高貴な身分の方は自分で入浴ができないのだと思っていたシャルロッテは、ジオスティルに咎められて唖然としながら頷いた。


(若い女性。自分を、大切に。……はじめて言われた)


 そんな風に、自分について考えたことが今まで一度でもあっただろうか。

 シャルロッテは、ハーミルトン伯爵家では人間ではなく『使用人』か『奴隷』のようなものだった。

 長い間そのように扱われていたせいで、自分が若い女性という存在であることは、長い間ずっと忘れていた。


「俺は今日、ずっと寝ていただけだ。だから、シャルロッテやロサーナ、ニケが先に入るといい」

「辺境伯様、それはいけません。身分というものがありますから」

「うち捨てられたような屋敷で、一人で過ごしている俺が、血筋や身分にこだわるほど滑稽なものはないと考えている」


 ロサーナは困ったように首を振った。ニケも恐縮したようにロサーナの後ろで小さくなっている。

 ジオスティルがいくら一人きりで過ごしているといっても、辺境伯という地位が変わるわけではない。

 ウルフロッドの地は、ウルフロッド家のものだ。ジオスティルは王家から賜っている土地をおさめる者であり、シャルロッテやロサーナとは身分が違う。


「ジオスティル様、それではロサーナさんも、ニケも私も困ってしまいます。お気持ちは嬉しいですが、私たちはここに置いてくださって、私たちを守ってくださるジオスティル様に感謝をしているのですから。身の回りのお世話をしたいと思うのは、感謝の気持ちです」

「……だが」

「ともかく、先にお風呂に入ってください。お着替えは用意して、置いておきますから。それから、近くで待機していますから、中で目眩がおこったり、気持ち悪くなった時にはすぐに呼んでくださいね」

「……そこまでしてもらう必要は」

「私が、心配だからそうしたいんです」


 シャルロッテはジオスティルを浴室に押し込んだ。

 シャルロッテの足下にいるぷにちゃんの上で寝ているウェルシュが『ニンゲンって面倒なのね』と、小さな声で呟いた。

 ジオスティルを浴室に入れることに成功すると、ロサーナが微笑ましそうな表情で口を開く。


「シャルロッテ様は、ジオスティル様の元に嫁いできた方なのですか?」

「い、いえ、違います。私はたまたまここに来て、拾って頂いただけで……」

「そうなのですね。一体どちらから、辺境にいらっしゃったのですか?」


 ジオスティルの着替えを準備しようと、ロサーナとニケと共にロサーナがみつけたという衣装部屋へと向かう。

 道すがら、シャルロッテは自分のことを簡単に話した。

 ロサーナは静かにシャルロッテの話を聞いてくれた。


「それは、惨いことです。シャルロッテ様は大変な決断をして、ここまでいらっしゃったのですね。伯爵家の方なんて……本来はシャルロッテ様もジオスティル様と同じ、私たちとは身分が違いますのに」

「い、いえ、あの、気にしないで欲しいんです。私の身分なんてあってないようなものですから。私はたまたまあの家に生まれましたけど、家族として扱って貰ったことは一度もなかったのです」

 

 それに、と、シャルロッテは苦笑した。


「私の悩みなんて、ジオスティル様や辺境に住む方々の大変さに比べたら、たいしたことじゃないですから。話すのも、恥ずかしいぐらいで」

「そんなことはありませんよ。シャルロッテ様は自分の足で一歩踏み出すことを選択しました。それはとてもすごいことだと思います。……私たちは、ずっと辺境伯様に甘えていたのです。自分たちはどこにも行けず、隠れるばかりで」

「街の人たちは、辺境伯様のことを悪く言ってばかりいたんだ。辺境がこうなってしまったのは、辺境伯様のせいだって」

『それは違うわよ。あの子はたまたま、ユグドラーシュが折れた時にうまれた。ただそれだけだわ』


 ウェルシュが呆れたように言う。

 皆にウェルシュの声が聞こえたらいいのにと、シャルロッテは思った。そうすれば、街の人たちはもっと早く、ジオスティルに責任はないのだと分かってくれたかもしれないのに。

 

 一部屋をまるまる使った衣装部屋には、所狭しとドレスや衣服がハンガーにかけられて並んでいた。

 ドレスなどの衣装が並ぶ部屋の程近くに、使用人たちのお仕着せが保管されている部屋がある。 

 ロサーナたちはそこから服を見繕って来たらしい。


 衣装や家具を見るにつけ、以前は人が多く住んでいたきちんとした家だったのだろう。

 住人だけが、ジオスティルを残してそっくりいなくなってしまったようだった。


「ロッテは、ドレスが似合うよ。着て見せて欲しいな」


 ニケが無邪気に言うので、シャルロッテは大きく首を振った。

 ドレスなど着たことがないし、そんなものは自分には相応しくないと思う。

 ハーミルトン家から着替えは持ってきていたけれど、ウルフロッド家に残されているもののほうがよほど立派だ。

 シャルロッテは、ロサーナたちと同じお仕着せを、何着か借りることにした。


 ロサーナが服を選び、シャルロッテはジオスティルに服を届けた。

 分厚いカーテンで仕切られた浴室の中に声をかけると「大丈夫だ」という、遠慮がちな声が聞こえた。



お読みくださりありがとうございました!

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