ぷにぷにスライム
シャルロッテは、体の中で飴をとかして泣き止んだぷるんぷるんした魔獣を抱き上げた。
「ごめんなさい、痛かったですね。私たちを攻撃してくる悪い魔獣かと思って」
「ぴ!」
「飴、美味しかったですか?」
「みぃ」
「それはよかった」
「ロッテ、魔獣の言葉がわかるの?」
「分かりませんけど、なんとなくです」
「そう……」
ニケはシャルロッテの後ろに隠れながら、こわごわと魔獣に手を伸ばす。
小さな指先がぷるぷるの水っぽい半透明の体にずぶっと突き刺さり、ぷるんとした弾力でもって弾かれた。
「ぷるぷるしてる」
「ぷにぷにですね」
「この子は一体何なんだろうね」
「分かりませんが、敵意はなさそうですし、ぷにちゃんと名付けましょう」
「ぷにちゃん」
「ぷにちゃん、私たちは食料の確保のために畑をつくっていますので、ちょっと待っていてくださいね」
シャルロッテはぷにちゃんを草むらにおいて、ひとまずはテーブル二枚分ほどの広さの畑を耕して、畝をつくった。
それからもう一度倉庫を確認しに行く。
「やった! ありました! 種です、種!」
「種?」
「はい。倉庫だから、少し残っているのじゃないかなと思ったんです」
「何の種だろう」
「分からないけれど、植えてみる価値はありますね。花かもしれませんけれど、食べ物かもしれませんし」
倉庫の麻袋の中には、何かの植物の種が残っていた。
小分けにして数袋分。貴族の屋敷は有事の際に食料を得るために、広大な敷地の一角を農地にしている場合がある。過去独自の軍事機能を有していた辺境伯家ならなおのこと、兵站の確保は重要である。
シャルロッテはそれを知らなかった。大きい倉庫なので、何かないかと考えただけだ。
畑の畝には、半分は芋を植えて、もう半分は種を植えた。
「あとは水をまくだけですね」
「み!」
そのとき、ぷにちゃんが口から水鉄砲のように何らかの液体を噴射して、それが雨となって畑に降りかかった。
「ぷにちゃん!?」
「な、なにそれ……! せっかくの畑が……!」
シャルロッテとニケは慌てたが、ぷにちゃんのまいた水が畑に浸透すると、畑からぴょんぴょんと、植物の芽がはえる。
「……ぷにちゃん、お水をあげてくれたんですか? ぷにちゃんのお水には、植物の成長をはやめる効果が?」
「ぴぃ」
「食べられるのかな……」
「み~」
「大丈夫って言っている気がしますね……」
無事に畑を作り終わると、空には夕焼けが広がっていた。
そろそろ食事の支度をしようと、道具を片付けて手を洗い、屋敷に戻る。
「ニケはロサーナさんの所に戻ってください、あとで一緒に夕食を食べましょう。私はジオスティル様のお加減を見てきますね」
「うん。お母さん、探してくるね」
ニケと別れて、ジオスティルの元へ向かう。
「ジオスティル様、おかげんはいかがですか?」
「……」
「ジオスティル様」
ジオスティルは穏やかな顔で眠っている。
音を立てないように部屋に入って、ジオスティルの元までいく。
額においてある布がすっかりあたたまっているので、新しいものに取り替えようとしたところで、長い瞼に縁取られた瞳がぱちりと開いた。
「シャルロッテ、それは……!」
目を開いた途端に、シャルロッテの足下をずりずりぴょんぴょんついてきているぷにちゃんに気づいて、ジオスティルはガバッと起き上がり、魔法を構築しようと手を伸ばす。
「ジオスティル様、この子はぷにちゃんです。よくわからないけど、飴をあげたら懐いてくれました。たぶん」
「魔獣だろう」
「今のところ、攻撃する気はなさそうなので……」
「しかし」
「ぷにちゃん、いい子です。たぶん。だから攻撃しないでください。大丈夫です、たぶん」
シャルロッテが両手を広げてぷにちゃんを庇うので、ジオスティルは諦めたように手をおろした。
「……懐く魔獣など見たことがない」
「魔獣にもいろいろいるのではないでしょうか、ウェルシュみたいに」
『あたしを魔獣と一緒にしないで。なにそれ、そのぷにぷに』
「ぷにちゃんです」
欠伸をしながら、ウェルシュがふわりと現れる。
それからぷにちゃんを訝しげに睨んで、その回りをふわふわと飛んだ。
その体の上に降りると『ひんやりしてるわね。ちょうどいいわ』と言って、丸まって眠りはじめる。
「ジオスティル様、少し顔色がよくなりました。よかった。今日はお風呂を湧かしますからね、お風呂に入って夕食を食べましょう。きっと、気分もすっきりして元気になりますよ」
「……あぁ。ありがとう、シャルロッテ。俺も何か、手伝う」
「ジオスティル様は寝ていてください。今は、お加減を見に来ただけですから。私はこの家の使用人ですから、全部私に任せておいてください」
「君は、使用人などではない」
やや強い口調でジオスティルに言われて、シャルロッテはぱちりとまばたきをした。
「ええと……はい。使用人ではないです。私……その、ジオスティル様、もう少し休んでいてくださいね」
ジオスティルは使用人という言葉が好きではないのかもしれない。
では、自分は何だろう。居候と言えばいいのだろうか。
シャルロッテにとっては、使用人と表現した方が気が楽だったのだが。
ジオスティルは目を伏せると、軽く首を振った。
「すまない。……身の回りの世話をして欲しくて、君をここにおいたわけではないんだ」
「私はそうしたいからしているだけなので、気にしないでください」
「あぁ。……俺はもう大丈夫だ。魔獣が君の傍にいるのは、心配だ。俺も、一緒にいる」
「わかりました。でもこの子は大丈夫そうですよ」
シャルロッテは畑のことや、ぷにちゃんのことをジオスティルに話した。
そうしながら、浴室に向かう。
浴室にはもう既にお湯がたっぷりはられていて、湯気をたてていた。
「シャルロッテ様、辺境伯様。入浴の支度はできています。夕食は、林の川で魚を捕りました。川に魚が泳いでいるところは久しぶりに見ましたので、嬉しいですね」
どこからかみつけてきたのだろう、侍女服に身を包んだロサーナがにこやかに言う。
サイズの小さい侍女服に着替えたニケが得意そうに「お母さん、手際がいいんだ。辺境の女は、釣りも狩りも得意なんだって」と胸を反らせた。
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