シャルロッテ、魔獣をやっつける
シャルロッテは、ニケと一緒に自分たちのためにとっておいた食料から、畑で育てられるものをより分けた。
それから、ウェルシュを部屋で寝かせると、屋敷の外を探索することにした。
「外の倉庫に、大抵の場合色々な道具が入っていて……ありました!」
「本当だ。クワもあるね、カマもあるし、剪定用のハサミもある」
ニケと二人で入り口から出た先の広場を探し、大きな倉庫をみつける。
中から道具を引っ張り出してくると、屋敷の前庭に並べた。
「貴族のお屋敷ですから、本当はお庭は美しい方がいいんでしょうけれど、今はそうも言っていられませんからね。とりあえず、畑を広げましょう」
「うん。私も手伝うね」
「じゃあ、ニケはカマで草を刈ってくれますか? 私はクワで土を耕します」
小さなニケがクワを持つのは無理があると判断して、シャルロッテは草刈りを頼むことにした。
ゲルドが運んで来た食料の中で、畑に植えて数を増やせそうなものは芋ぐらいだ。
芋は保存がきくし、育てやすいので優秀な食材である。
「ゲルドさんがまた二週間後に来てくれますから、その時には、種や苗を持ってきて貰えるように頼みましょう」
「ねぇ、シャルロッテ……じゃなくて、シャルロッテ様」
「シャルロッテでいいですよ」
「じゃあ、ロッテでもいい?」
「もちろんです」
「ロッテ、ゲルドさんって?」
「食料を運んでくれる男性ですね。顔立ちは怖いけど、優しい人です。元々は傭兵をしていたらしくて……」
シャルロッテは、ゲルドについて説明しながら、大きな石や小石を、畑にしようとしている場所からどかした。
辺境伯家の敷地は広大で、前庭にも高い木々がはえている。
裏庭にも井戸があったけれど、前庭にも井戸がある。馬はもういない厩があるので、馬の世話用につくられたものだろう。
石をどかしたあと、クワで土を掘り返していく。
そんなに硬くない。元々の土がいいのだと、シャルロッテは思う。
「ロッテ、頭の怪我、大丈夫?」
「大丈夫ですよ」
「ロッテは、畑を作るの、慣れているの?」
「そうですね、お庭で少し菜園をつくっていました。私の家、あまりお金がなかったので、節約の一つです」
ハーミルトン伯爵家は明らかに斜陽をむかえていて、日々渡される食費もそう多くなかった。
といっても――あれはたぶん、家令の男が着服していたのではないかなと、シャルロッテは思っているのだけれど。
満足のできる食事が用意できないと叱られるから、ある程度の食材は栽培することを思いついた。
ハーミルトン伯爵家の庭も広かったし、調理場奥の裏庭に足を踏み入れる者はシャルロッテ以外ほぼいなかったからだ。
いままでの生活がこんなところで役に立つなんて、何が起るかわからないものだ。
グリーンヒルドの街の人々はシャルロッテに親切だった。
だから、種をくれることもあったし、野菜の栽培方法なども色々教えてくれたのである。
「ニケと、ロサーナさんが来てくれて、本当によかったです。私一人でできること、少ないですから」
「……ありがとう、ロッテ。お父さんが死んで、お母さんは私を一人で守ってくれた。あの街から、小さい私を連れてどこかに行くことは、危険すぎてできなくて……ずっと肩身が狭かったんだ、あの場所では」
「私も同じです。ずっと、小さくなって生きてきました。……今は、自分の力で何かができることが、嬉しいんですよ」
ジオスティルの元では、シャルロッテが何かしても褒められて感謝されることはあっても、叱られることはない。
ジオスティルはとても優しい。
ここでは、楽に呼吸をすることができる。
だからだろう。多少の痛みも、疲れも、何も気にならなかった。
「今日できなかったことは、また明日。明日できなかったことは明後日しましょう。時間はたくさんありますからね」
「うん」
「当面の食料は、たぶんなんとかなりますから」
「ロッテ!」
ある程度土を耕して、畝をつくろうとしたところで、ニケに呼ばれる。
ニケがぺたんと草むらに座り込んで、青ざめていた。
その視線の先には、シャルロッテの顔ぐらいの大きさの、ゼリー状の丸い物体につぶらな瞳が二つついた、何かがいる。
「魔獣!」
街で見たものよりはずいぶん小さくて、よくよく見ると愛らしい形をしているが、魔獣だろう。
シャルロッテはクワを手にして、ニケを庇うようにしながら魔獣の前に立った。
「魔獣にしては、ずいぶん小さいですね……」
「ロッテ、どうしよう……」
「大丈夫、これぐらいなら私でもやっつけられる気がします」
魔獣退治を、全てジオスティルに任せるようなことをシャルロッテはしたくなかった。
夜に魔獣が溢れるというのなら、比較的安全な昼ぐらいは寝かせてあげたい。
(これぐらいの小ささなら、私にもどうにかできるはず)
シャルロッテはクワを振り上げて、ばしゅっとその水気の多い魔獣に打ち付ける。
魔獣の体に一瞬クワが食い込んだが、弾力のある体がたわんだだけで、ふるふる震えながら元の状態に戻った。
「みぃ!」
「……泣いた」
「泣いてる……」
その魔獣は、ぷるんぷるん弾みながら、つぶらな瞳から涙をこぼした。
「ご、ごめんね、痛かった……?」
「ぷぎゅ!」
「ごめんね……今何か、何かあるかしら……あっ、ポケットに飴玉が……!」
シャルロッテは体中を探って、そういえばゲルドと泊まった宿で、親切な女将さんが紙につつまれた飴玉をいくつかくれたことを思いだした。
その中の一つを取り出して、魔獣に差し出す。
魔獣はその水色で透明な体をぬるっと伸ばして飴玉を体に取り込んで、ぷるぷる弾んだ。
お読みくださりありがとうございました!
評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。