新しい住人
屋敷に戻り、シャルロッテの頭に包帯を巻き終わると、ジオスティルはふらついて倒れそうになった。
シャルロッテは薬草茶を作るとジオスティルに飲ませて、ベッドに寝かせた。
水瓶の水で布を濡らしてきつく絞ると、ジオスティルの顔や首を拭いて、それから頭に乗せる。
「ジオスティル様、ゆっくり休んでくださいね。夕方まで眠って。夕方にはお風呂を沸かして、それから、食事も準備しておきますから」
「シャルロッテ……すまない。情けないな、本当に」
「そんなことありません。私もロサーナさんも、ニケも、ジオスティル様がいなくては死んでいましたから」
「……俺は君を守る。約束した」
「ありがとうございます。今はゆっくり眠ってください。何かあれば、呼びますから」
シャルロッテはジオスティルを安心させるように、水につけた布を絞っていたからだろう、冷えた手のひらでその頬に触れる。
「それから、私……勝手に、街の人々にこちらに来たらいいなんて言ってしまって。ロサーナさんやニケが、ここに来たこと、怒っていないですか?」
「怒るわけがない。来て貰った方が守りやすいのは確かだ。ウェルシュのおかげで、屋敷周囲の水や草花は無事だったのだろう。だとしたらこの場所にいた方が街の者たちにとってはいいだろうしな。……しかし俺はあのように、嫌われているから」
「きっと、わかってくれます。ロサーナさんやニケが、来てくれたように」
やらなくてはいけないことは山積みだけれど、一つ一つを片づけていこう。
立ち上がり部屋から出ようとするシャルロッテの手を、ジオスティルが掴んだ。
「ジオスティル様?」
「……あ。いや……ありがとう、シャルロッテ。君も、少し休め」
「ありがとうございます」
「怪我を、しているのだから」
「これぐらい、怪我ではないですよ。ジオスティル様、眠ってください。眠れるときに、ゆっくり」
やがてジオスティルは深く目を閉じて、規則正しい寝息をたてはじめる。
シャルロッテを掴んでいた手の力がゆるんだので、シャルロッテはその手を優しく丁寧に外すと、部屋から出た。
「お姉ちゃん、辺境伯様は大丈夫? お姉ちゃんの怪我も、大丈夫?」
「心配してくれたんですね、ありがとう、ニケ」
部屋から出ると、待ち構えていたようにニケが駆け寄ってくる。
シャルロッテの腰ぐらいまでしか背丈のないニケは、おそらくまだ十歳かそのあたりの年齢だろう。
ロサーナもニケも、栗色の髪と瞳をしていて、親子だけあって顔立ちがよく似ている。
「お母さんは、どうしました?」
「お母さんは、掃除をしているよ。私は、お姉さんの手伝いに来たの」
「ありがとうございます、ニケ。ロサーナさんも……この広いお屋敷のこと、一人で行うのは大変でしたから、心強いです」
「頑張って働くから、何でも言ってね!」
「はい、頼りにしています」
まずは洗濯物を取り込んで――なんて思っていると、カゴにシーツやらなにやらを入れたロサーナが現れた。
「シャルロッテ様」
「ロサーナさん! ありがとうございます、洗濯物……」
「お礼はいりません、ここにいさせていただくのですから、働くのは当たり前です」
「ロサーナさん、私のことはシャルロッテ、と」
「あなたは命の恩人ですから、シャルロッテ様、と。部屋の掃除をして、全てのシーツを洗いますがいいですか?」
「ありがとうございます、ロサーナさん。とても助かります」
「シャルロッテ様、ニケも家の手伝いは慣れています。私は元々はお針子をしていました。だから、布地については得意です。洗濯も任せてください。ミシンがあれば、使わせて貰っても?」
「は、はい、もちろんです!」
「ありがとうございます。……あの街にいたときは、家の中で怯えるばかりの日々でしたが、……ここはいいですね。とても、守られている感じがします」
ロサーナはそう言って微笑むと、洗い終わった洗濯物を持って部屋に入っていく。
シャルロッテはロサーナにお辞儀をして、ニケを連れて調理場に向かった。
途中で思い立って、空き部屋に置いてあったクッションを持って行く。
調理場の椅子の上にクッションを置いて、眠そうに欠伸をしているウェルシュをその上に寝かせてあげた。
『ありがと、気がきくのね。ユグドラーシュから力を貰えないせいで、すごく眠くて。ジオスティルも倒れたのね。あなたも、怪我をしてるんだから、ちゃんと休まなきゃ駄目よ。あたしが元気なら、そんな怪我なんてすぐになおしてあげるんだけど』
「かすり傷ですよ、大丈夫です。もう血もとまっていますから。ウェルシュさん、力を貸してくれてありがとうございました」
『あなたの頼みだったからね』
クッションの上で眠りはじめるウェルシュを、ニケは不思議そうに眺めた。
「シャルロッテ、この子は、なに? 魔獣なの?」
「精霊なのだそうですよ。魔獣は恐ろしいですけれど、精霊は、怖くない存在です」
「可愛いものね」
「はい、可愛いですね。お話しもできるし、ご飯も食べてくれるんですよ」
「そうなんだ。……でも、シャルロッテ。私たちがきてしまったから、食料が足りなくなってしまうのではないかなって心配なんだ。街では、代表が食料を配給してくれていて――私たちは、立場が弱いから、あまり多くは貰えなかったんだけれど」
「ニケは育ち盛りですから、沢山食べないと駄目ですね。大丈夫、お腹いっぱい食べることができるぐらいに、食料を手に入れることができるように頑張りましょう」
シャルロッテは不安そうなニケを勇気づけるためにそう言うと、ニケの小さな頭を撫でた。
ニケとは年が違うが、年下の少女の頭を撫でたからだろうか、ハーミルトン伯爵家にいる妹のことをふと思いだした。
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