魔法の力
とても人間の力では倒せそうにない、巨大な異形だった。
けれど、ジオスティルのうみだした雷の槍は易々と巨獣の体に突き刺さり、その動きを止めさせた。
雷の槍から魔獣の体に、パリパリと音を立てながら細い雷が幾筋もはしる。
魔獣は体をくねらせて、「ギュアオオオオ……!」と断末魔の鳴き声をあげた。
けれどそれは一瞬のことで、次の瞬間には闇色の霧が空気に溶けるようにして消えてしまった。
「うわぁああああん……っ」
怯える女性に抱き抱えられている少女が、大きな声で泣きはじめる。
魔獣は消えて、少女の泣き声がしばらくあたりに響き渡る中、シャルロッテは腰を抜かしてぺたんと地面に尻餅をついた。
魔獣という単語だけを聞いて、何かしらの恐ろしい動物なのだろうと想像していた。
けれど実際目にしたそれは、シャルロッテの想像を遥かに超えていた。
シャルロッテが今まで目にしたことのある大きな動物とは、馬ぐらいだ。
馬よりも大きいだろうとは思っていたが、家よりもはるかに背が高く、大きく、恐ろしい姿をしていた。
自分よりも大きいものは本能的におそろしさを感じるものである。
今まで目にしたことのないほどの大きな生き物だったら余計にそうだ。
無鉄砲に飛び出して親子を庇ったときは、恐怖を忘れていた。ただ守らなくてはと必死だった。
けれど、魔獣がいなくなり、助かったという安堵からか、忘れていた恐怖が体に戻ってきたようで、腰が抜けてしまい立つことができなくなってしまった。
『大丈夫? あんた、怪我したの?』
「大丈夫か、シャルロッテ! 怪我をしたのか?」
ウェルシュとジオスティルがほぼ同時に同じようなことを尋ねてきたので、シャルロッテは照れ笑いをした。
「怪我はしてないです。大丈夫です。ジオスティル様が魔獣を倒してくれたら、なんだか安心してしまって、気が抜けてしまったみたいです」
「君が無事でよかった。魔獣の前に飛び出した時は、生きた心地がしなかった」
「ジオスティル様、私、歩けるので……!」
「このまま、大人しくしていてくれ。俺も、一応男だ。女性を運ぶことぐらいはできる」
ジオスティルは座ったままのシャルロッテを抱き上げた。
それから、何事もなかったかのように、エルフェンスの元へと向かっていく。
そんな二人と、それから二人のそばを飛ぶウェルシュの様子を、人々は遠巻きに眺めていた。
魔獣の出現で蜘蛛の子を散らすように逃げたきり、広場には戻ってこようとしなかった。
「待ってください……!」
先にシャルロッテをエルフェンスに乗せて、その後にジオスティルもエルフェンスの背に乗り込もうとした。
先ほどまで子供を抱きしめたまま震えていた女性が、子供の手を引きながら、シャルロッテたちの元へと駆け寄ってくる。
「助けていただいて、ありがとうございました! お二人がいなければ、私も子供もきっと、死んでいました」
「そうかもしれない。俺は、シャルロッテが傷つけられて、怒っていた。だから、シャルロッテがお前たちを守ろうとしなければ、判断が遅れて、お前たちは魔獣に命を奪われていた可能性がある」
「それは仕方のないことだと思います。私たちは、私たちを守ってくださっていた辺境伯様にひどいことを。そして、その女性にも、ひどいことをしました。それなのに、その女性は……シャルロッテ様は、私たちを守ってくださいました」
「……あの、あまり気にしないでください。あなたたちを守ってくれたのはジオスティル様です。私は、ただ夢中で……でも、無事でよかったです」
シャルロッテがそう言うと、女性は深々と頭をさげる。
女性の隣にいる少女も、慌てたようにぺこりとお辞儀をした。
「私は、ロサーナといいます。この子は、ニケ。この子の父親は、数年前亡くなって、今は母一人子一人。頼れるものもいません。先ほど見たように、私たちが魔獣に襲われても、街の人々は助けない」
「それは……あの大きさの恐ろしい獣に、立ち向かっても勝てないから……仕方ないことですよね、多分……」
「シャルロッテ様は助けてくださいました。そして、ジオスティル様も」
女性は涙に濡れた瞳で、毅然と顔をあげてシャルロッテたちと、周囲の人々をぐるりと見渡した。
「私たちは、この街に残った。この土地から離れがたくここに住み続けているものや、事情があって遠くにはいけないもの、理由は様々だけれど、皆、辺境伯様のおかげで生かされていることを忘れてしまっている! 私も同じだった! だから、私は辺境伯様の元へ行きます。少しでも、役に立てるように。それから、安全のために!」
ロサーナの宣言は、街の人々をざわつかせた。
けれどそれ以上何も言うこともなく、ロサーナはさっさとニケと一緒に、エルフェンスのひく荷車へと乗り込んだのだった。
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