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怒りの感情と魔獣の襲来


 シャルロッテは手の甲で流れ落ちてくる血を擦った。

 頭は浅く切っただけでも、出血量の多い場所だ。痛みはあるが、たいしたことはない。

 小石がかすっただけだろう。


「シャルロッテ!」

「あ……だ、大丈夫です、大丈夫、私、大丈夫ですから」


 ミトレスの人々やジオスティルの事情をそこまで知らないのに、口を挟んだことが悪いのだ。

 家族を失い、魔獣に怯えて、ジオスティルを恨む人々にかける言葉としては、シャルロッテの口にしたものはあまりにも、繊細さにかけていただろう。

 痛みよりも先に混乱し、それから罪悪感と羞恥でいっぱいになる。

 たいした傷じゃない。ジオスティルは彼らを刺激しないように、余計なことを言わないようにしていた。それなのに、出しゃばったせいで、こんなことになってしまったのだ。


「──俺を恨むのはいい。責めるのも、石をぶつけるのも構わない。彼女は関係ないと言っただろう。女性を傷つけるのが、お前たちの正義なのか? 彼女が血を流したら、お前たちの感情は満たされるのか?」


 ジオスティルは、シャルロッテをその体で庇った。

 それでも飛んでくる小石を、片手で軽く払う。

 それだけで、小石は粉々になり消し飛んだ。


「化け物!」

「化け物め──!」

「お前さえいなければ、ウルフロッドは穏やかなままだったのに……! 人殺し!」

「化け物の味方をするその女も化け物と同じだ!」


 ジオスティルの白い顔が、血色をなくして青ざめている。

 美しい青い瞳の瞳孔が縮まり、大きく目が見開かれた。

 指先に、パリパリと雷がまとわりつく。


(怒っている、傷ついている、私のせいだ)


 ジオスティルは、辺境伯として人々を守ろうとしてきたのに、シャルロッテの言動のせいで今までの努力が、壊れてしまう。

 いつかわかり合えたかもしれないものが、永遠に、わかり合えなくなってしまう。


「ジオスティル様!」


 シャルロッテはジオスティルの、雷を纏う腕に抱きついた。


「大丈夫です、私は大丈夫! だから、帰りましょう? 喧嘩をしている暇、ないです。畑を耕さなくちゃいけないし、お洗濯も取り込まなきゃいけないし、今日はお風呂も沸かします。森で食料を探して、美味しいご飯をつくって、それから、それから──ともかく、忙しいのですから、ね?」


 シャルロッテは、矢継ぎ早にまくしたてた。

 ジオスティルの注意がこちらに向くように。街の人たちの中には、子供だっているのだ。

 皆、ただの、傷つき疲れて、感情の行き場をなくした無力な人々に見える。

 シャルロッテが抱きついたからだろう、ジオスティルはふと我にかえったように、腕に纏う雷を消して、苦しげに眉を寄せる。


「俺のせいだ。すまない」

「大丈夫ですって。このぐらい、怪我のうちにはいりません。私は元気です。あの……余計なことを言って、ごめんなさい」


 投石こそやめたものの、恐怖に怯える瞳と憎しみの瞳を向けてくる人々に、シャルロッテは頭をさげた。


「よく知らないのに、口を出しました。……でも、ジオスティル様は皆さんを守ろうとしてくれています。それだけは、知って欲しい。ちゃんと、その目で見て欲しい」

「……シャルロッテ、俺のことはいい」

「ジオスティル様は人間です、優しい人です……化け物なんかじゃない!」


 自分が傷つけられたことなどどうでもいい。

 ジオスティルに向けられる視線が、言葉が、痛かった。

 ジオスティルはシャルロッテのために怒っているが、シャルロッテもまたジオスティルが傷つけられたことに怒りを感じていた。

 けれどその怒りは、誰かを傷つけたいという怒りではない。理解してほしい。わかり合いたい。

 解決しなくてはいけない問題は山積みで、争いあっている場合ではないのだから。


「帰ろう、シャルロッテ」


 ジオスティルは人々から視線を逸らすと、シャルロッテの額の血を、指でこすった。


「傷の手当てをしないと」

「はい」

「痛いか?」

「大丈夫です」


 人々は、顔を見合わせて黙り込んでいる。

 ジオスティルはシャルロッテの背中に手を当てて、エルフェンスに乗るように促した。


「――きゃあああ!」


 その時だった。

 女性の悲鳴が、大きく広場に響いた。

 何事かと振り向くと、どこから現れたのか、いつ現れたのかわからない、家々よりも大きな異形の姿がある。

 それは炎の翼と鋭い嘴を持った、黒い鳥の姿をしていた。

 その鳥の爪が、子供を抱えた女性に向かって振り下ろされようとしている。

 あれが――魔獣。

 誰も女性を助けようとせず、一目散に逃げていく。


「危ない!」


 ただ、夢中だった。

 そうしなくてはいけないと思ったのだ。

 シャルロッテは女性に向かって、真っ直ぐに走り出した。

 こんなに早く走れたのかというぐらいに早く。

 そして、女性と子供を庇うようにして、魔獣と女性の間に立って、大きく手を広げた。


「ウェルシュ! 手を貸して!」

『ニンゲンを助けるの? あなた、怪我をしたのよ』

「助けます!」

『いいわ』


 シャルロッテの傍にふわりとウェルシュが現れて、その羽を輝かせる。

 水の膜が、シャルロッテと女性と子供を包み込んだ。

 魔獣の爪が振り下ろされる。

 その爪が、水の膜に届く前に、魔獣の体を巨大な柱のような雷の槍が貫いた。


お読みくださりありがとうございました!

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