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ミトレスへの荷運び



 ジオスティルはしばらく目を伏せていたが、瞼を開きウェルシュを見つめて軽く頷いた。


「俺は、四体の魔竜を倒せばいいのか」

「……ウェルシュさんはそう言っています。そうすれば、精霊王様が解放されて――」

『ユグドラーシュも蘇るわ』

「ユグドラーシュも蘇るそうです。魔素汚染から、この国は救われる……」


 そこまで言って、シャルロッテは俯いた。


「ジオスティル様……それってとても、危険なことなんじゃないかと思います」

『でも、ジオスティル以外には、誰も魔竜を倒すことなんてできないわ』

「……私がここにこなければ、ジオスティル様は危険なことをしなくてすみました。ごめんなさい」


 ウェルシュの話は理解できた。

 けれどこれではまるで、シャルロッテはジオスティルに不幸を運んで来たように思える。

 シャルロッテが来なければ、ジオスティルは魔竜を倒さなくてはいけないなんてことを、知らなくてすんだのだから。


「君は、謝る必要はない。君が来なければ、俺は同じ日々を繰り返し――いつか俺が死ねば、辺境の人々は皆、魔獣に食われていただろう。やがて来る終わりを待つような毎日だった。……だから、君が来てくれて、よかった」

「ジオスティル様……」


 ジオスティルの言葉は淡々としていたが、それ故、本当にそう思っていたことがわかるものだった。

 シャルロッテは潤んだ瞳を隠すようにして手の甲でこする。


「私にできることは少ないですが、なんでもします。だから、一緒に頑張りましょう、ジオスティル様」

「あぁ。……俺の方こそ、君を危険なことに巻き込んでしまった」

「私も同じです。……私、どこにも行く場所がなくて、ジオスティル様の元に来なければ、何も知らずに魔獣に襲われて、もう生きていなかったかもしれません。だから、命をいただいたようなものなんですよ」

「君は――いや、なんでもない」


 何かいいかけてやめたジオスティルは、少し考えるように黙り込んだ後、口を開く。


「ただ、問題が。俺がここを留守にした場合、街のものたちが襲われる可能性がある。夜の間に異常に増えた魔獣はあるていど刈り尽くしているが、それでもとりこぼし、というものがある」

「昼間でも、魔獣が出るということですか?」

「あぁ。ずっと見張っているわけにはいかないから、見張り用の鳥を飛ばしている。何か異変があれば、すぐに行けるように。……ここから街まではそう遠くないが、魔竜を探しに行っている間、街を守る者がいなくなる」

「ジオスティル様は、夜は魔獣を退治して、昼も、街を守っていて……それでは、倒れてしまうのは当然です」


 シャルロッテは少し、腹を立てた。

 どうしてジオスティルばかりが、そんなに大変な思いをしなくてはいけないのだろう。

 シャルロッテも、眠れない日は多くあった。

 妹や母が「明日までに縫いなおしておきなさい」とか、「明日までに掃除を終えておきなさい」などと言って、ドレスを持ってきたり、暖炉の掃除を命じたりしたからだ。

 寝る間もないまま朝を迎えて、一日の仕事をしなくてはいけないことも多かった。

 ハーミルトン伯爵家にいたときは、日々を過ごすのに必死で、何かを考えることさえ難しかった。

 今は――ジオスティルの境遇を自分と重ねるのはおこがましいけれど、誰も彼を助けないのかと思うと、心苦しさと共に憤りさえ覚える。


「お体だって、不調なのに……」 

「心配してくれて、ありがとう。あまり情けない姿を、君に見せたくない」

「情けないなんて思いません」

「あぁ。ありがとう、シャルロッテ。とりあえず――ミトレスに、荷物を運びたい。食料がなく、困っているだろうから」

「お手伝いしますね」

「……助かる。俺一人だと、皆、怖がってしまって」

「怖がる?」

「あぁ。……俺は、嫌われている」


 どうしてだろう。

 ジオスティルは優しい人だ。少し話せば、それはすぐに分かるのに。

 ウェルシュは『たくさん話をして、とても疲れたわ。ユグドラーシュから力を貰えなくて、あたしたち、弱っていくばかりで。でも、安心したら眠くなってしまったわ』と言って、水の飛沫を残して消えてしまった。


『ちょっと寝るわね。必要があれば、呼んで』


 そう、シャルロッテの頭の中で声が響く。

 姿は見えないけれど、どこか近くにいるようだった。


 ゲルドの荷物は、箱が十。樽が六。

 シャルロッテとジオスティルは身支度を調えて、荷物の前までやってきた。


「本当は、ゲルドには直接ミトレスへ荷物を運んで欲しいと言っているんだが、それは嫌だと言われてしまってな」

「嫌、ですか」


『あんたの献身の肩代わりを、する気はない。俺はあの街の連中は好きじゃない。街の連中には、あんたから食料を渡してやれ』


 ジオスティルがゲルドに荷運びを頼んだ時、事情を知ったゲルドはそう言った。


『あくまで俺の雇い主はあんただ。俺は依頼主に荷物を渡す。慈善活動家じゃないし、そう思われるのは虫唾が走る』


 ゲルドはゲルドなりのこだわりがあるのだろう。

 直接ミトレスに運んでくれたのなら、ジオスティルがミトレスまでわざわざ行くようなこともしなくてすんだのだが。

 そんな説明を聞いて、シャルロッテは首を傾げる。


「……辺境伯家には、荷馬車がないようです。馬の姿もありません。どうやって沢山の荷物を運ぶのですか」

「それは――」


 ジオスティルは入り口外の広場まで行くと、両手を広げた。

 大きな輝く幾何学模様が現れて、そこには翼のはえた犬のような動物がひく荷馬車が現れる。


「これは、一体」

「魔力で練りあげた。これは、翼のある獣。荷物をのせて運ぶ」

「ふふ、可愛い」


 シャルロッテは翼のある犬にかけよって、その体を撫でる。

 魔力でつくったという意味は、シャルロッテにはよく分からないが、手触りはふわふわさらさらしていた。

 翼のあるシャルロッテの体よりもずっと大きな犬は、大きな体をくすぐったそうに震わせた。




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[一言] 翼のある大きな犬なんて可愛いに決まってます…!!ナデナデしたい…!!
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