表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/130

世界樹ユグドラーシュ



 ジオスティルはゆっくりとスプーンで芋のポタージュを口にして「美味しい」と言って微笑んだ。


「よかった。ジオスティル様、少しは眠れましたか?」

「あぁ。君のお陰で。――君が来てから、調子がいい。食事をしたり、きちんとベッドで眠ったりしたからだろうと思う」

「ジオスティル様……魔力がたくさんありすぎるせいであっても、睡眠と食事は大切なのだと思います。身の回りのこと、できるかぎりお手伝いしますからね」

「……ありがとう、シャルロッテ」


 柔らかく微笑むジオスティルに、シャルロッテも笑顔を返した。

 落ち着いていて、穏やかで、何の不安もない遅い朝だ。

 ――ここに置いて貰うことができてよかった。


 ただただ家から逃げたい一心でここまできたが、自分の選択は間違っていなかったのだとシャルロッテは思う。


 世話になった分、少しでも役に立ちたい。


『ユグドラーシュの話、していい?』


 テーブルにぺたんと座っているウェルシュが言った。

 小皿によそったポタージュスープをすっかり食べ終えて、お腹をさすりながら眠そうにしている。


『ずっと、お腹がすいていたの。お腹がいっぱいになると、眠くなるのね』

「ウェルシュさん、寝てしまう前に教えてください。ユグドラーシュに何かがあって、ユグドラーシュを治すことができれば、ジオスティル様の体も楽になるのですよね」

『そう。魔素汚染も止められるわ』

「何があったのですか? ジオスティル様、ウェルシュさんの声、聞こえないですよね」


 二人で話してしまうと、ジオスティルが困るのではと思い尋ねると、ジオスティルは首を振った。


「問題ない。君の言葉で、大体を察することができる。何か疑問があれば、尋ねる」

「わかりました」

『今から、ずっとずっと前。ちょうど、ジオスティルがうまれた日。ユグドラーシュからこぼれた魔素が、四人の大精霊様たちを、四体の魔竜へと変えてしまったの』

「ユグドラーシュから、魔素があふれて、精霊が……竜になった?」


 竜というものを、シャルロッテはよく知らなかった。

 それは吸血鬼やアンデットなどと同じく、子供の話すおとぎ話の中に出てくる存在だ。

 ジオスティルは「竜……」と、真剣な顔で呟いた。


『あたしたちは四人。水と、土と、風と、火。あたしたちの主も四人。それぞれに、大精霊様がいて、ユグドラーシュを守っているのよ』

「水と土と風と火の精霊と、大精霊がいるということですね。ウェルシュは、水の精霊」

『そう! 偉大なる水の大精霊ウェンディ様に仕える精霊よ。ユグドラーシュは、全ての世界の源。水と、土と、風と炎。それから、光と闇を司るもの。ユグドラーシュを守ることは世界を守ることと同じ。ユグドラーシュの化身である大精霊様たちが魔竜に姿を変えてしまい、ユグドラーシュは枯れてしまった』

「ちょっと待ってください、ジオスティル様、紙とペンはありますでしょうか」

「ある」


 ジオスティルがパチンと指を弾くと、シャルロッテの前に紙とインク壺、ペンがあらわれる。


「わぁ、すごい」

「これぐらいは、できる。何かあれば、いつでも言ってくれ」

「ウェルシュさんの話、難しいので、紙に書きますね。でも私、文字があまり、得意でなくて。もし、スペルが間違っていたら、言ってくださいね」


 シャルロッテはまともな教育を受けさせて貰えなかったことを、はじめて恥じた。

 伯爵家にうまれたというのに、文字も書けないなんて。

 ジオスティルにはシャルロッテの出自を話していない。

 だがもし知られたら――失望されてしまうかもしれないとふと考える。


(違うわね、ジオスティル様はそんな人じゃない。身分なんて必要ないと言って、私と一緒に食事をしてくれるのだから)


 恥ずかしく情けないという感情を、ジオスティルのせいにしてはいけない。

 それはただ単純に、シャルロッテが自身を恥じているというだけだ。


「あぁ、ありがとう。書いてもらうと、ありがたい」

「はい」


 シャルロッテは、紙の真ん中に一本の木を書いた。『ユグドラーシュ』と名前も書く。

 それから、四人の大精霊の姿を、三角形で。ウェルシュたち小さな精霊を、その傍に星で示した。

 大精霊の横に、『魔竜』と書く。


『枯れたユグドラーシュの中には、私たちの王様、光と闇の精霊王様がいるの。精霊王様が倒れて、世界樹の森から魔素が溢れたのよ。ジオスティルが産まれたときにそれが起ったものだから、ジオスティルはニンゲンなのに、魔素の影響を強く受けて魔法が使えるのようになったの。たぶん、ね』


 精霊王。枯れたユグドラーシュ。

 ジオスティルの姿は三角形に丸をつけた人型にして、『ジオ様』と『魔法』と書いた。


「これは、俺か」

「はい」

「俺の名前。ジオと書いてある」

「ジオは、じ、お。書けます。スティルは、わからなくて」

「……そのように呼ばれるのは、はじめてだ。シャルロッテ。嬉しいものだな、親しく呼んで貰うのは」

「ごめんなさい、書けなくて」

「いや、いい」

『あの。話、続けていい?』


 嬉しそうなジオスティルの様子に、シャルロッテは気恥ずかしくなって目を伏せた。

 ウェルシュは飛び上がると、シャルロッテの耳を引っ張る。


「は、はい、ごめんなさい、ウェルシュさん。つづけてください」

『魔竜たちに精霊王様は囚われている。魔竜の中には、大精霊様が囚われている。そのせいで、光と闇の均衡が崩れて、溢れた魔素からたくさんの魔獣がうまれる。夜になると、たくさんの魔獣が世界を壊すためにやってくるのよ』

「夜になると……?」

『そう。夜は魔素から魔獣を生み出すの。魔獣は魔素を運ぶ。ジオスティルが魔獣を倒して、魔素が広がるのを押さえてくれているから、この土地よりも向こう側は、まだ無事でいられる』

「私は、昨日、とても穏やかな夜を過ごしました。魔獣というこわいものの気配は、しませんでした。ジオスティル様の寝不足の理由は、……夜に魔獣を退治しているから?」


 シャルロッテは、ユグドラーシュの周りに狼に似た獣の姿を描いた。

 そこに『魔獣』と書く。

 ジオスティルは何も言わずに、視線を逸らした。きっと、それは肯定の返事と同義だろう。

 あまり知られたくないことだったのかもしれない。


『でも、それは時間の問題。やがて魔素は全てを覆い尽くして、ニンゲンの住める土地はなくなる。世界樹が枯れるというのは、そういうことなの』

「……魔素が、やがて国中に広がって、国が滅ぶということですか?」

『ええ。そのうちね』

「ウェルシュさん。私たちは、どうしたら」

『だからずっと、私はジオスティルのそばにいたの! ジオスティルは、ニンゲンなのに大精霊様と同じぐらいの魔力があるもの。魔竜を倒して、精霊王様を救えば、ユグドラーシュは生き返るの。そうすれば、全て元通りになるわ』

「ウェルシュさんは、ジオスティル様に魔竜を倒して欲しいのですね」

『そう! 世界の成り立ちを、ニンゲンは知らないでしょう? あなたたちは、ユグドラーシュの根の上で生きているの。いくら魔獣の進軍を食い止めても、全ての根が枯れれば魔素が溢れて、土地は汚染される。だから、あなたたちの為でもあるのよ』


 ウェルシュさんは私の指を小さな手で掴んだ。


『シャルロッテ、あなたが来てよかった。ジオスティルにはあたしの言葉は届かなくて、魔獣だと言われて殺そうとするのだもの。シャルロッテ、あたしを助けて!』


 小さな手からウェルシュの必死さが伝わってくるようだった。

 シャルロッテは頷く。

 けれど――魔竜を退治するというのは、危険なことではないのだろうか。

 不安になってジオスティルを見つめる。

 度々倒れるほどに体が弱っているジオスティルに、それを頼むのは、酷ではないのだろうか。


お読みくださりありがとうございました!

評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ