保存食にぴったりな芋のポタージュスープ
ジオスティルのいうとおり、ゲルドの運んでくれた積み荷の箱や樽の中には、干し肉や干し魚、野菜や乾燥パンなどの日持ちする食料がぎっしり詰まっていた。
樽には、酒が詰まっている。水の少ない地域では水の代わりに酒を飲むことがある。
酒は水よりも腐りにくいからである。
野菜は芋やにんじんなどの根菜類。たまねぎや豆類。ともかく日持ちのするものが多い。
「ウルフロッドでは、お野菜も育たないのでしょうか」
『野菜、育てる?』
「はい。食べられる草花を育てることですね」
『魔素汚染が起っているからね。あたしの力で浄化したら、魔素汚染はおさえられるわよ』
「つまり、辺境伯家のお庭だったら、その、まそおせん……というものは起っていないから、畑が作れるということですか?」
『まーそうね。あたしの力も、ユグドラーシュがあんなことになってしまって、弱くなってしまったの。あたしだけじゃないわ、精霊の力はみんな、そう』
「ウェルシュさんの他にも、精霊が?」
『うん。いるわよ。あたしたちは、大精霊様を助けたいのに、魔獣たちに食べられるのが怖くて、隠れることしかできないのよ』
箱の中身を確認しているシャルロッテの周りを、ウェルシュが飛び回っている。
シャルロッテはジオスティルの食べる分と、自分の分を少しと、それから畑に植えることができそうな芋などを取り分けて、あとは大事に箱に戻した。
ミトレスの街には、困っている人たちがいる。
そのためにジオスティルはゲルドに荷運びをさせている。だとしたら、早く届けるべきだろう。
シャルロッテは備蓄用の食料を持って調理場に向かった。
(ジオスティル様は、眠ることができているかしら)
あまり眠れない体質なのだろうか。
食欲はないのかもしれないなと思いながら、お湯を沸かして皮を剥いて小さくした芋を煮る。
煮えたところですり潰して、荷物の中に入っていた岩塩とチーズを削りいれて、味を調える。
ジオスティルの不調が、魔力の多さだとして――それでも食事をせず、眠ることもできないとなれば、魔力が多すぎるせいでなくても、衰弱してしまうだろう。
シャルロッテにできることは少ないが、せめて食事はしてもらいたい。
規則正しい生活をすることで、多少は体調が改善するかもしれない。
『それは何?』
「これは、芋のポタージュですね。食べてみますか?」
『うん』
シャルロッテはウェルシュの為に、小さな皿にポタージュのスープをよそった。
一番小さな皿でさえ、ウェルシュにとっては子供が大人の皿を使っているぐらいには大きい。
たとえばドールハウスのセットなどなら、ちょうどいいのかもしれないなと、ウェルシュがスープに口をつけるのを眺めながら考える。
『美味しい!』
「そうですか、よかった」
『あなた、ニンゲンにしては優秀ね。あたしの声も聞こえるし、美味しいものも作れるし』
「どうして私に、あなたの声が聞こえるのでしょうか」
『さぁ、知らないわ。昔――世界樹の森には、あたしたちの声を聞いて、大精霊様とユグドラーシュを崇めるニンゲンたちが住んでいたけれど、今はもういなくなってしまったもの』
「……今は、いないのですか」
『ええ。彼らはいつの間にかいなくなってしまったの』
「ウェルシュ、世界樹……ユグドラーシュとは何なのでしょう。ユグドラーシュに、何があったのですか?」
『それは――』
まだジオスティルを起こすには早いだろう。
もう少し待とうと考えたシャルロッテは、お茶を沸かしながらウェルシュと話をしようとした。
「その話は、俺も聞きたい」
そこに、ジオスティルが現れる。
ジオスティルはシャルロッテの隣まで歩いてくると、シャルロッテの手を遠慮がちに軽く握って「先程は、ありがとう」と礼を言った。
握られた手の大きさに、少し驚きながら、シャルロッテは微笑む。
「私は何もしていませんよ。ジオスティル様、もう起きて大丈夫なのですか?」
「あぁ。いい匂いがして、起きた」
「芋のポタージュスープです。食べますか?」
「いいのか?」
「もちろんです」
「では、君も一緒に」
「私は……」
ジオスティルの誘いに、シャルロッテはためらう。
食料は少ないのだから、シャルロッテが食べてしまうと――と、そこまで考えたところで、その考えを自分の中で無理矢理かき消した。
シャルロッテがここで遠慮してしまえば、せっかくご飯を食べる気になってくれたジオスティルの気持ちに水を差してしまうかもしれない。
食料がなければ、作ればいいのだ。
辺境伯家の敷地は広大で、手つかずの森林もあれば水もある。もしかしたら川だってあるかもしれない。
ゲルドの運ぶ食料ばかりに、いつまでも頼っているばかりではいけない。
それに、ウェルシュは辺境伯領の窮状を、解決する方法を知っている。
だからきっと、なんとかなるだろう。
「わかりました。じゃあ、一緒に食べますね。でも……私、ジオスティル様とは身分が……」
こればかりはシャルロッテにはどうにもできない。
ハーミルトン伯爵家にうまれたシャルロッテだが、辺境伯というのは特別な爵位である。
伯爵家よりも身分がずっと高い。
「身分など、何故必要なのか、俺にはよくわからない。身分のせいで君と食事ができないのだとしたら、そんなものは俺はいらない」
「……分かりました。そこまでおっしゃってくださるのなら、私も、あまり気にしないようにしますね」
「そうしてくれると、嬉しい」
シャルロッテは二人分の器にスープをよそった。
オレンジミントティーをカップにいれて、調理場にあるテーブルに並べる。
「ここでいいでしょうか、食堂があれば、そちらに」
「ここでいい」
「わかりました。お屋敷をお掃除して、食堂を綺麗に整えたら、そちらで食事をしましょう。テーブルにはお花を飾ったり、蝋燭を飾って……とても素敵だと思います」
シャルロッテは、美しく整えられた食堂のテーブルの前に座るジオスティルを想像した。
きっと――それはまるで本当の吸血鬼のようで、素敵な姿だろう。
ジオスティルは怖くもなければ、冷酷でもないし、顔立ちとそのすらりとした背の高い体型は、とても美しいのだから。
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