魔竜ティエラと精霊ノルン
シャリオの瞳が赤く、妖しく光る。
シャルロッテに手を伸ばして、その手首を強く掴んだ。
「君と私には、同じ血が流れている。こうして出会えたことは、運命だったのだ、きっと」
「シャリオ様、正気に戻ってください。あなたは人々のために、お父上に刃を向けるほどに、優しく正しい人だったはずです」
「ロッテ、無駄だ。言葉が届いてねぇ」
「シャルを離せ」
ジオスティルの腕にパリパリと雷が纏わりつく。
シャリオはシャルロッテを盾にするようにして、拘束するように背後から抱きしめる。
一瞬、ジオスティルの手がとまる。
その間に、ジオスティルとシャリオの間に、ヨファナたちが並んだ。
ぐらぐらと足元が揺れる。
神殿の天上から、ぱらぱらと小石が落ちてくる。
今にも崩れてしまいそうな神殿の中で、イリオスが剣を抜いてヨファナたちとじりじりと対峙をしている。
いつも明るいイリオスの顔に、焦りと戸惑いが浮かんでいた。
ヨファナは老女である。何の武器も持たない。
そんな彼女に武器を向けることは、人々を守ることを使命として生きてきたイリオスにとっては、忌避すべき行動である。
「ヨファナさん、破滅から皆を守るために生き延びたんだろ!?」
「人は滅びるべきなのでしょう。同じことを、繰り返すのです。無力な幼子を殺し、大地を血で染める。精霊王様は心を痛め、世界樹は自壊をした。私たちは――私たちは、白の聖女様を、マルーテ様の血筋を、守らなくては……」
『そう、それ以外はいらない。美しい森と、善良な人々と、それしかいらない』
いつの間にか、ヨファナの傍に小さな少女が浮かんでいる。
真っ白な髪に、植物を編んで作られたような服。背中の羽からは小さな花がいくつも咲いている。
『ノルン!』
『ノルンだわ!』
「ノルン……?」
ジオスティルの傍に浮かんでいるウェルシュとアマルダが声をあげる。
両手を広げて『ノルン』『ノルン、無事でよかった!』と口々に言うが、ノルンと呼ばれた精霊は冷たい金の瞳で二人を見据えた。
『お前たち、あの光景を見て――人に協力するなんて、おめでたい頭をしているわね』
『ノルン、何を言ってるの?』
『大精霊様は誰も憎んだらいけないとおっしゃっているわ。精霊王様も同じ。あたしはニンゲンなんて嫌いだけど、ジオスティルやロッテたちは、残酷でおそろしいニンゲンとは違う』
アマルダは困惑したように眉をよせて、ウェルシュは言い聞かせるように言う。
ノルンは二人から視線をそらした。
それから、揺れて軋む天井を見上げる。
天井が裂けて、大きな岩がごろごろと神殿に落ち始める。
ウェルシュたちが頭を押さえて逃げ惑うのを、ジオスティルは肩にかけていたマントの中に入れる。
「シャル、必ず助ける」
ジオスティルの体の周りに球状の光の玉がいくつも出現し、それがあつまり天井に向けてうちあがり、広がっていく。
光の膜は落下する岩を防いだ。
神殿の天上が落ちて、洞窟が崩れていく。
天井にぽっかりとあいた大穴から光が差し込む。
その光の中からぬるりと首を巡らせて、ジオスティルたちを見下ろす巨大な姿がある。
それは、土色をした竜だった。
その皮膚は、亀の甲羅をいくつも重ねて作ったようにして硬そうに見える。
一見して岩の塊のようでもあり、その岩の塊から赤い瞳がジオスティルたちを見据えている。
『人などは、滅びるべきだ』
先程からシャルロッテの頭に響き続けていた声が、さらにひどくなる。
それはノルンという精霊が発していた声。
そして――。
『ティエラ様……』
『ロッテ、ティエラ様だわ。姿は変わってしまったけれど、ティエラ様。土の大精霊様だわ!」
シャルロッテはシャリオに拘束されながら、なんとか頷いた。
サラマンドと同じ。大精霊ティエラも魔竜に姿を変えられている。
そして、精霊ノルンも同じように。
シャリオはシャルロッテを抱えたまま、軽々と地を蹴った。
その足元が隆起して、岩山のように伸びてシャリオの体を持ち上げる。
大穴から抜け出してティエラの背に乗るシャリオを追いかけようと、ジオスティルとイリオスが駆けようとする。
けれど二人の足や腰に、ヨファナや神官たちが追いすがり、すがりつくように拘束をした。
天井の大穴が塞がっていく。分厚い岩が重なって、閉じていく。
空を飛んで抜け出そうとしたウェルシュとアマルダは、岩によって弾き飛ばされた。
ウェルシュが炎を放ち、アマルダが水の奔流を岩に向けるが、炎も水も岩肌を撫でるだけだった。
「シャル!」
「離せ、あんたたちに怪我をさせたくねぇんだ、俺は」
イリオスは縋りつくヨファナたちから逃れようと、じたじたと暴れた。
ジオスティルの体から雷が迸り、すがる人々に纏わりつく。
イリオスが剣の柄を神官たちの背に打ち付けて、その腹を蹴り上げる。
手加減をしたはずなのに、彼らはふらふらとよろめいて、床に倒れた。
「ユマ様……マルーテ様……」
絞り出すような声で、ヨファナは祈るように聖女たちの名前を口にした。
その体が、ぼろぼろに朽ちていく。まるで、はじめから命などなかったかのように。
ぼろ布をまとった骸骨へと、成り果てた。