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ノワール・ハ―ミルトン


 シャリオの視線が、信じられないものを見るようにしてシャルロッテに向けられている。

 ジオスティルが何かを察したように、シャルロッテの腕をひいて自分の後ろにその体を隠した。


 シャルロッテは大丈夫だと、ジオスティルの腕に触れたが、軽く首を振っただけだった。

 イリオスも、眉を寄せて警戒心を強めている。


 シャリオの様子が、どこかおかしいことに気づいている。


 ノワールという名を口にしたときから。マルーテには銀の髪の男児がいると聞いたときから。


「ロドリグ様は、ノワールを我らにあずけました。銀の髪の男児を見ると、マルーテ様はひどく怯える。記憶を取り戻してしまうことを恐れたのでしょう。それに、銀の髪とは特別な存在だと、ロドリグ様は知っていました」


 だから、マルーテを隠す必要があった。

 王国では、ノワールは自由に生きることができない。


 ロドリグはノワールをいなかったもの――にすることにした。

 森の民に返した。産後のために朦朧としていたマルーテに、銀の髪の子などいなかった。

 それは君の恐怖がつくりだした幻覚だと、言い聞かせた。

 ノワールの姿を見た使用人たちには、誰にも言わないようにと伝えて、金を渡して暇を与えた。


「ロドリグ様は、ノワールの行く末を憂いていたのでしょう。愛がなかったというわけではないのです。マルーテ様を愛し、ノワールを愛していたからこそ、最善の手段をとったのです」


「それは……子供を捨てたというように、聞こえるが」


 ジオスティルは落ち着いている。

 何も言えないシャルロッテの代わりに、ヨファナに疑問をぶつけた。


「……そうですね。私たちはノワールをひきとりました。できる限り大切にしてきたつもりです。ですが、ノワールもそう考えました。自分は、捨てられたのだと」

「まぁ、そりゃ、そうなるよな」


 イリオスが呟くように言った。


「ええ。……それに、ユマ様はおっしゃっていました。ノワールを外に出してはいけない。破滅を、呼ぶと」

「破滅を……」


 シャリオが自分の喉を押さえながら、低い声で呟いた。


「私たちは、ノワールを常に監視していました。マルーテ様の時のように、失敗しないように。けれど、人の行動を意のままにするなど不可能なこと。ノワールは年頃になると森から出て行き、それからしばらくの間は帰ってくることがありませんでした」


「ハーミルトン家には、おそらく来ていないと思います。もし来ていたとしたら、誰かがそれを口にしていたでしょう。特に父と母は、平静ではいられなかったのではないかと思います」


 シャルロッテの知る限りでは、ノワールのことを口にするものは誰もいなかった。

 そしてもしノワールがハーミルトン家に来ていたとしたら、祖母の不遇を知り何らかの手を打っていたのではないかと――だが、ノワールは祖母や祖父を憎んでいたのではないか。

 だとしたら、助けたりはしないのだろうか。


 考えても、分からない。

 けれど、少なくともノワールの出奔は、ハーミルトン家には何ら影響を及ぼさなかった。


「私たちも、ノワールがどこで何をしていたかは分かりません。それから数年後。再びノワールが我らの前に姿を現しました。王国軍に追われている。匿って欲しいと言って」


「……父だ。父が、ノワールを殺そうとしていたのだろう。……ノワールは、我が母を穢したのだ」


 シャリオの声は、暗い確信に満ちている。

 

「ノワールはおそらく、エヴァートンで母と出会った。母の恋人は、銀の髪の男。名を、ノワールという。しかし、父によってその仲は引き裂かれた。それでも――ノワールは諦めず、城の中に入り込んだ」


「ノワールが、私たちの元へ逃げてきた時、彼の心は憎しみや怒りといった感情に支配されていました。私たちは彼をかくまった。そのような感情をもってはいけないと諭しました。我らは精霊王様と共にあると。争いを避け、静かに世界樹と共に生きなくてはいけないと」


『そんなものは詭弁だ』

『お前たちは逃げているだけだ』

『王国の民に負け、こんな場所に追いやられている。俺が、やつらから全てを取り戻す』


 ノワールは、ヨファナたちの言葉を聞かなかった。

 そして──。


「王国の軍が、現れて、多くの血が流れました。彼らは森の奥へと逃げたノワールを追い、やがて、世界樹の元へ辿り着いたのです」


 森の民や大精霊や、精霊たちは、精霊王を守るために存在している。

 けれど、白の聖女ユマは、戦うなと言った。


 人とは、世界樹の化身としての精霊王がつくりだした、我が子である。

 子を殺せば、傷つければ、心が闇に染まる。

 

 だから――。


「ノワールは、破滅を呼んだ。多くの森の民が倒れ、ノワールだけは最後まで抵抗を続けました。襲い来る兵士たちを殺し、殺し、世界樹様の元へ。私はユマ様のいいつけどおりに、混乱の中でまだ無事だった森の民を連れてこの場所に隠れ住みました」


「……世界樹では、何が起こったのですか?」


「それは、見ていたわけではないのでわかりません。白の聖女ユマ様は、王国軍の侵攻前にお亡くなりになっていました。精霊は消えて、大精霊様も消えました。世界樹は、自壊をはじめました。血が流れ過ぎたのです」


 何が起こったのかを伝えるために、ヨファナたちは生き延びた。

 いつかここに『最後の白の聖女』が来ると言い残したユマの予言に従い続けた。


 そうして――シャルロッテたちがやってきたのだ。


「……なるほど、そうか。私は、やはり……王家の血筋などではなかったのだな」


 シャリオが小さな声で呟いた。



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