森の民の集落
白の聖女――と口にする老女に、見覚えはない。
戸惑うシャルロッテに老女は手を伸ばした。
「こちらに、聖女様。我らはあなたをお待ちしていました」
「あなたたちは、一体……」
シャルロッテを腕で庇いながら、ジオスティルは問う。
イリオスは剣の柄に手をかけながら、戸惑った表情を浮かべている。
丸腰の敵意のない人間に剣を向けるのはためらわれるが、彼らが味方であるという確証はどこにもなかった。
「申し遅れました。私はヨファナ。そちらにいる、王国民たちが森の民、まつろわぬ民と呼ぶものです」
薄々は彼らが森の民だと感づいていたが、魔獣の現れるこの森に、かつて討伐された森の民の生き残りが住んでいるというのは、少なからず衝撃的な事柄だった。
あなたたちは滅びたはずだ――と口にできる者はいない。
凄惨な経験をした彼らにそのような不躾な質問など、とてもできるものではなかった。
「精霊様を従えている、銀の髪の乙女。それこそすなわち、白の聖女様。今はもう失われてしまったかつての白の聖女様が予言した通りに――我らの前に姿を現してくださいました」
「……私は、聖女などではありません。ですが、誰かが私たちの訪れを、予言していたというのですか?」
「ええ。森には、黒の獣が現れます。どうぞ、こちらへ。詳しい話は我らの隠れ家でおこないましょう」
シャルロッテはジオスティルの瞳を伺うように見つめる。
ジオスティルは考えるように目を伏せた後に、頷いた。
イリオスとシャリオにも異論はないようで、何も言うことはなかった。
ただ、シャリオは眉を寄せて老女たちから視線をそらしている。
「シャリオ様」
「大丈夫だ。……ただ、私がこの場にいてもいいのかと、疑問でな」
「どうぞ、こちらに。あまり、森に長居をしませんよう。黒い獣に気づかれてしまいます」
淡々とそう口にするヨファナに促されるままに、シャルロッテたちはその道案内に従った。
道なき道を越えて辿り着いたのは、木々が折り重なるようにしてその存在を隠している洞窟の入り口である。
入り口は重厚感のある扉で塞がれており、老女が扉に触れると、ぎぎと軋む音を立てながら扉は内側へと開いた。
中には白い服を着た女性や男性が数人。
子供もいれば、若い者も年嵩な者もいる。
扉に括り付けてある縄を引っ張り重たい扉をあけて、シャルロッテたちが中に入ると再びしめた。
「黒い獣は、閉じられた建物の中には入ってくることができません。あれらには知恵がない。扉をあけることも窓をあけることもしないのです」
「……私のお祖母様は、備えをしろと言っていたようです。扉を閉めて、家の中に隠れるようにと」
「それこそ、黒き獣から身を護るための手段。――マルーテ様の予言ですね」
「お祖母様を知っているのですか!?」
洞窟の奥に向かい歩きながら、シャルロッテは思わず声をあげた。
壁に規則的に松明が並び炎が燃えている洞窟の中で、シャルロッテの声はよく響いた。
「ええ。よく知っています」
それ以上は何も言わずにヨファナは進んでいく。
小さな背中を追いかけていると、どこか知らない深いくらい谷底へと、落ちていっているような錯覚を覚える。
この先に、シャルロッテの知りたいことがある。
けれどそれは、本当に知るべきことなのだろうか。
知らなくてもいいことではないのかと、疑いたくなる。
ジオスティルの手が、シャルロッテの手を力強く握った。
立ち止まりそうになっていたらしい。
軽く手を引かれて、よろめきながら足を進ませる。
「シャル、大丈夫。俺が、傍にいる。いざとなれば、壁をぶち破って逃げよう」
「壁を……」
ジオスティルらしからぬ乱暴な物言いに、シャルロッテはくすりと笑った。
「それはいいな、ジオスティル。俺はシャルロッテとシャリオ様を両腕に抱えて走るぞ」
「私は走ることができる。これでも、案外速い。鍛えているのだ」
イリオスとシャリオも、こそこそと会話に参加する。
不安なシャルロッテの心情に気づいて、冗談を言って励まそうとしてくれているようだった。
シャルロッテは「ありがとうございます」と、密やかな声で礼を言った。
ヨファナは洞窟の奥で足を止めた。
狭い入り口からは考えられないぐらいに、広い空間である。
土をくり抜きつくられた、大きな集落だった。
まるで蟻の巣のように、土壁の家がいくつも中には立てられていて、土だけではなく、木や石なども運び込まれて、町が形作られている。
「二十年以上前に我らの集落に兵士たちがやってきて、皆を斬り殺しました。我らは、虐殺を逃れた森の民。仲間を犠牲に森から逃げて、この洞窟の中に隠れたのです」
集落をぐるりと見渡して、ヨファナは言う。
集落の一角にある大きな神殿のような建物に、シャルロッテたちは連れて行かれた。




