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ジオスティルの戸惑い



 ◆◆◆◆



 激しい嵐が森の木々をへし折り、雷が落ちる度に地響きを轟かせる。

 空には分厚い雲が幾重にも重なったような暗雲が立ち込めて、たっぷり水気をはらんだ雲から耐えきれなくなったように大粒の雨粒が落ちて、ざあざあと激しい雨音を立てる。


 ジオスティル・ウルフロッドが生まれたのは、空が不吉を運んできたような、そんな日だった。


 久々の食事を終えたジオスティルは、シャルロッテに手を引かれて自室のベッドへと連れ戻された。

 栄養をとったあとは眠っていた方がいいと言うシャルロッテに、ジオスティルは幼い子供がそうされるように寝かされると、掛け物を丁寧にかけられる。


(彼女は一体、何者だろうか。どこからきたのだろう。どうして、俺に優しいのだろうか)


 そう思いながらぼんやり天井を見つめていると、いつの間にか──いつもとは違う、気絶ではない優しい眠りに落ちていった。

 微睡の中で、夢を見た。昔の夢だ。

 生まれたばかりのジオスティルはもちろん、自分が生まれた時のことなど覚えていない。

 だが、ときおり夢の中で、天井から自分の人生を俯瞰するように、自分自身を見ることがある。


 赤子のジオスティルが泣きじゃくると、制御しきれない魔力が溢れて窓を割り、花瓶を割り、世話をしようとした乳母を傷つけた。

 皆がジオスティルに近づくことを恐れた。

 それはジオスティルが普通とは違ったから、だけではない。

 ジオスティルが生まれると同時に、魔獣の異常発生が起こったからだ。

 そうして──。


「……ジオスティル様、お湯を沸かしてきましたよ。今日は、もう遅いですからお風呂掃除をして、お湯をためてまではできませんでしたけれど、体をふきましょう。お着替えもしましょう」


 夢の、最悪な部分に差し掛かる前に、ジオスティルは優しい声によって起こされる。

 シャルロッテがこの屋敷に来た数刻前も同じだった。

 ゲルドが今日到着することはわかっていたから、入り口まで迎えに行った。

 だが、入り口に辿り着く前に、入り口前の広間でいつものめまいが起こり、(あぁ、駄目だな……)と思った途端に、倒れてしまったのだ。


 ジオスティルにとっては、よくあることである。

 めまいや吐き気、起き上がれない程の倦怠感は、定期的にジオスティルに襲いかかってくる。

 意識を失うように眠れば、また動けるようになる。もう、慣れた。


 ジオスティルも慣れたし、ゲルドも慣れていた。

 ゲルドには一年前、ミトレスの街に辺境でしか採れない希少な宝石である虹水晶を買い付けに来ていた時に、出会った。

 魔獣が蔓延る辺境に危険をおかしてまで商売に来るものは、今はもうほとんどいない。

 ゲルドは元々傭兵で、家族を養うために収入が安定しており危険の少ない荷運びになったのだという。

 ある程度腕に覚えがあるから、危険な辺境にも来ようと思ったのだろう。

 実入りのいい仕事ならなんでもするというので、ジオスティルはゲルドを雇うことにしたのだ。


 ウルフロッド家には、人もいないし物もないが、使い道のない金だけは不必要なぐらいにたくさん残っていた。


 はじめの頃は、度々倒れるジオスティルにゲルドも驚いていたが、今はもうそういうものかと心配もしなくなっていた。

 ジオスティルはそれでよかったし、その方がありがたいと考えていた。

 体調の悪さは自分にもどうにもならず、心配されると心苦しく、居心地が悪くなった。

 放っておかれる方がいい。

 そう思っていたのに──。


「ジオスティル様、起きられますか? 髪を結びましょう。お屋敷を探したら、櫛がありましたよ。髪紐もありました。食料はありませんが、生活に必要なものは揃っていますね」


 ジオスティルを起こしながら、シャルロッテは言う。

 銀の髪に、大きなアメジストの瞳が特徴的な、美しい女性だった。

 優しい笑顔と、明るい声と。

 でも──時折、一瞬だが、怯えたような、表情を浮かべることがある。


「勝手にお屋敷を調べてしまって、すみません」

「いや、いい。君はここで暮らすのだろう。ここにあるものは、皆、君のものだ」

「そ、それは大袈裟です。私は、居候ですので……」

「シャルロッテ。服は、自分で脱げる。あとは、自分で」

「途中で倒れるかもしれません。ジオスティル様、大丈夫です。任せておいてください」


 シャルロッテのたおやかな手が、ジオスティルの金の髪をとって、丁寧に梳かしていく。

 ワゴンに乗った水桶には、お湯がたっぷり張られていて、お湯にはハニーミントの葉が浮かんでいて、甘く爽やかな香りが部屋に漂った。

 髪を梳かされるのが気持ちよく、ジオスティルは目を細める。

 そういえば──誰かにこうして、世話を焼いてもらうことなど、ずっとなかったなと思う。

 切ることさえ面倒で、放っておいたら腰に届きそうなほどに伸びてしまった髪が、丁寧に編まれて結ばれる。

 それだけで、ずいぶん頭が軽くなった気がした。


「シャルロッテ、あとは大丈夫だ」

「ジオスティル様は楽にしていてくださいね。私に、全て任せておいてください」

「待て。それは、よくない。一応、俺は男だ。君は、女性なのだから」

「メイドとは大抵の場合、女性です。そして主の世話をするものです。だから気にしないでいいですから」

「そういうわけにはいかない」

「ジオスティル様、……一人で大丈夫ですか?」

「あぁ。調子のいい時は、水浴びぐらいは、している。だから、着替えも湯浴みも自分でできる」


 シャルロッテはやや疑わしそうに、そして心配そうに、ジオスティルを何か言いたげな表情で見ていた。


「君は、自分のことを。眠る部屋を用意して、それから食事は……」

「私は残り物を食べました。大丈夫ですよ。それに、ゲルドさんにたくさん食べさせてもらったので、お腹は空いていません」

「あの、精霊……ウェルシュは」

「ウェルシュさんはまだ眠っています。私のそばにいてもらおうと思っています」

「危険では」

「大丈夫だと思います。私のおばあさまも、精霊の声が聞こえたそうなのですよ。私は、よく知らないのですけれど……」


 シャルロッテは事情があって家から逃げて行き場がなく、ゲルドに頼んでここまで連れてきてもらったのだという。

 初対面のジオスティルに親切にし、人間ではない存在のウェルシュのことも、信じている。


(俺の体調より、君のその、純粋さの方が、俺にはよほど心配だ)


「何かあったら呼んでくださいね」


 そう言って部屋から出ていくシャルロッテの後ろ姿を見送って、ジオスティルは口元に手を当てると目を伏せる。

 シャルロッテを街に送らなくてはいけない。

 それが寂しいと思ってしまった──寂しいなどと、一度も思ったことはなかったのに。

 二十二年間、ほとんど一人で生きてきたというのに、辛いと思ったことなどなかったのに。

 はじめて心の底に生まれた感情に戸惑っていた。




お読みくださりありがとうございました!

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