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新しい感情



 ◇


 森の民の討伐に、ウルフロッドの兵士たちは関わっていないのだと、ウィリアムは言う。

 ウルフロッド家にとっては待望の第一子の誕生である。

 アステリオスが軍を率いて現れたのは、臨月も近くなってからのこと。


 魔獣を操るとおそれられている森の民を攻めるのだから何かあったらいけないと、ウルフロッドの兵士たちはウルフロッド家や街の守りを固めていた。


 当時兵士長だったウィリアムは討伐からは遠ざけられていた。

 森の民とウルフロッド家の関係とは当時はそこまで悪いものではなかった。もちろん、いいものでもなかった。

 そこには確かにまつろわぬ民が存在している。

 森からは魔獣が現れるが――それは珍しいことだ。

 

 兵士たちの役割は時折現れる魔獣を討伐することである。森には立ち入らない。不可侵の条約のようなものがあった。

 実際にそんな協定が結ばれていたのかは分からないが、ラルドアナ大森林はウルフロッド家の者たちにとっても神域だったのだ。

 

 森の民とは関わらない。森の中にどうやら自分たちとは違う人間が住んでいるらしい――程度の認識だった。

 よくわからないものはおそろしい。

 だから、触れなくていいものなら見ないふりをしておきたい。


 ウルフロッドの兵士たちも、彼らと戦いたいとは思っていなかった。


「そもそも、兵士とは雇用主の手足となって働くものです。もちろん忠義もありますが、ほとんどが金のために働いています。給金を貰うために働くわけで、人を殺したいと常日頃から考えているような者はいませんよ。それでは異常者だ」


 森の民の討伐とは、結局は人殺しである。

 率先してそんなことを行いたいという者は、ウルフロッドにはいなかった。

 だが、王の軍勢とはウルフロッドの兵士たちとは少し違う。

 それは、神使である。

 神の名の元に戦働きをするのだから、名誉なことだ。

 王の騎士団は、金よりも名誉で動く者が多かったのではないかとウィリアムは言う。


 今となってはゲルドぐらいしか、当時のことが分かる者がいない。


「エゼルを捕まえて、話を聞きゃあよかったがな。だが、あれは拷問されても口を開かねぇだろう。元々頭が固い男だが、年を取ると尚更頭が固くなるんだ」


 エルフェンスに遠征のための荷物を積み込むのを手伝いながら、ゲルドは言った。

 

「当時のことを知ってる者で残っているのは親父ぐらいだってのに、何にも知らねぇんじゃな。それでも兵士長だったのかって、疑いたくもなる」


 荷造りをしながら当時について話すウィリアムに、呆れたような視線をイリオスは向けた。


「我が息子ながら無礼な! まぁだが、その通りだ。辺境伯には秘密が多くてな。王と旦那様しか知らないことも多くあった」


「それはおそらく、シャルロッテが精霊たちから聞いたように、俺たちが元々土地を持たぬ民だったことに理由があるのだろう。どこからか流れてきてここに住みついた。元々精霊たちの物だった土地に住み着き神と名乗る――張りぼての神だな」


 権力を保つために嘘を嘘で塗り固める。

 それはよくわかると、アスラムが言う。ミトレスの街の支配者だった父を思い出しているのだろう。


「これぐらいでいいか? ラルドアナ大森林はどこまで深いか分からねぇが、ジオスティルは空を飛べるしな。何かあればすぐに森を抜けられる。エルフェンスも天馬もいるし、いつでもここに戻ってこれるだろ」


「あぁ。……不在の間、皆を頼む。ルベルト殿、ここには戦えるものが少ない。女性や子供たちを、守って欲しい」


「ええ。御意に」


 皆の話を傍で聞いていたルベルトが、胸に手を当てて頭をさげた。

 保存食などを運んでいたベルーナが、ロサーナの細い体を叩きながら「嫌だよ、辺境伯様。女性だってさ! あたしらはもうとっくに女性なんて言って貰える歳じゃないんだよ」と言いながら顔を赤らめている。


「ところでシャルロッテ様の姿が見えませんが」


「いつもジオスティル様の傍にいるのに」


 二人が顔を見合わせると、ニケとテレーズが走ってくる。

 ニケはいつもぷにちゃんを抱えているが、今日は器用に頭に乗せていた。


「ロッテは、王子様に呼ばれてどこかに行ったよ」

「辺境伯様、ロッテがとられちゃうよ」


 子供たちがジオスティルの服を引っ張って言う。

 シャルロッテが誰かと共にいても微笑ましいと思うことはあっても、不安に思うことはなかったジオスティルは、「とられる」と言われて俄かに目を見開いた。


「……考えすぎだ。大丈夫だろう」


「だが、アルシアっていうロッテちゃんの妹は、ルベルト殿の婚約者で、殿下の結婚相手に選ばれたんだろ?」


「あぁ、まぁ……」


 イリオスに問われて、ルベルトが曖昧に言葉を濁した。


「シャルロッテは、王家にとっては重要な存在ということにならないだろうか。森の民であり精霊の言葉を理解できるシャルロッテが王家と結ばれることになれば、この国はより盤石になる。森の民との友好の証だと、皆に示すことができる」


「……その通りです」


 アスラムに言われて、ルベルトは深く息をついた。

 それから、ちらりとジオスティルに視線を送る。


「ですが、シャルロッテには心に決めた方がいるでしょう。殿下は正しい方だ。だから、恩人の感情を踏みにじるような真似はしませんよ」


「……今少し、どういうわけか不愉快になった。シャルが殿下と話していたとして、俺に何かをいう権利はない。それはシャルの自由なのだが、不愉快というのは、どういうことなのだろうな」


 ジオスティルは眉を寄せて、不思議そうに呟く。

 辺境の人々は顔を見合わせると苦笑した。


 誰もがそれは嫉妬だと理解していたが、誰も何も言わなかった。

 静かな洞窟の奥でひっそりと輝く鉱物のようなジオスティルが、徐々に人間らしい感情を取り戻していっている。

 それは微笑ましいことであり、少し心配なことでもあった。



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