共闘と号令
整然と居並ぶ騎士団の者たちの前に、シャルロッテたちは立った。
「皆、聞いて欲しい。私は殿下に従うことを決めた。殿下はこの国を守りたいとおっしゃっている。辺境伯様も同様に。そして――まつろわぬ民の末裔であるシャルロッテ殿も、国の安寧を、破滅の予言を打ち砕くことを願ってくれている」
ライネルの言葉に皆が戸惑い、顔を見合わせた。
けれど意を唱える者はいなかった。
「およそ二十年前、我が父は私怨にて森の民を滅ぼした。王国で起きている異変の原因の根幹はそこにある。私は――その原因を取り除き、人々を、この国を守るためにここにいる」
シャリオの声が朗々と響いた。シャルロッテたちに申し訳なさそうに頭をさげていた男の姿はそこにはなく、堂々とした王者の風格がある。
「私にはウェストリアの血が流れていないかもしれない。母の――罪を背負ってうまれたのかもしれない。だが、それでも私はウェストリア王家に連なる者として、この国を守る責務がある」
兵士たちがざわめく。その噂を聞いたことがある者もいれば、何も知らない者もいるのだろう。
まさかという声と、やはりという声が混じりあっている。
「人は神にはなれない。ウェストリア王家は神などではない。そしてもし、神が人の安寧を侵すのだとしたら、それは善神ではなく悪神。害にしかならないものだ――私たちは愛する者を守るために、神を討ち滅ぼす必要がある」
だが――と、シャリオは言葉を区切る。
「今戦うべきは、その相手は王でもない。辺境の者たちでもない。我らは、人々を化け物から守る必要がある。ここまで、どれほど救援の声を黙殺してきたか、皆は気づいているだろう。家族の元に駆け付けたいと願いながら、ここにいる者も多くいるだろう。――心のままに、人を助けて欲しい」
「そのために、我らは騎士を志した。国を守るため。人々を守るため。殿下の言葉に従い、我らは陣をひきあげる。向かうべきは辺境ではない」
ライネルは何かを促すように、ウェルシュとアマルダを腕に抱いているシャルロッテに視線をうつした。
何か言葉を――ということだろう。
ジオスティルを見あげると、軽く頷かれる。
シャルロッテは大きく息を吸い込んだ。
自分の言葉でなにかが変わるとは思えない。けれど今それが必要ならば、シャルロッテは人々に害意がないことを堂々と示さなくてはいけない。
「――このままでは、破滅が訪れます。魔獣が溢れ、土地が枯れ、作物がとれずに水も満足に飲めなくなってしまう。私たちはそれを、止めます。だからどうか、それまで王国の人々を守ってください。どうか、力を貸してください」
「あなたたちに、危害を加えるつもりはない。どうか、信じて欲しい」
シャルロッテのあとを、ジオスティルが継いだ。
僅かな沈黙のあとに、兵士たちから声があがる。
それは、肯定的な、そして熱気に満ちた声だった。
ジオスティルとシャルロッテは顔を見合わせて、微笑み合う。シャリオは小さく息をついて、ライネルの背中をシグマが軽く叩いた。
「我らはこれより、殿下の指揮に従う! 陛下に謀反人と言われるかもしれないが、陛下に動かせる軍など他に存在しないだろう。救援を求める声に従い、人々を助けに行く」
「その間にきっと、殿下たちが魔獣があふれた原因を絶ってくれるはずだ。時間を稼ぐのが俺たちの役割だ。この国の為、友人や恋人のため、子供たちのため、愛する家族のために」
ライネルとシグマはシャリオたちに騎士の礼をすると、兵をまとめて陣を引いた。
今までアステリオスが握りつぶしていた各地の救援を求める声に従い、軍をいくつかに分けて魔獣の討伐に向かうのだという。
「幾人かの離反者が出るかもしれません。このまま我らの動向を、陛下が捨て置くとは思えません。殿下、くれぐれもお気をつけて」
「あぁ。ライネルたちもな。生き残り、この国を立ち直らせるのが私たちの義務だ。どうか、私を支えて欲しい」
「ありがたきお言葉です。辺境伯様、シャルロッテ殿。どうか、殿下をよろしくお願いします」
「あぁ。あなたが話を聞いてくれて、よかった」
「ライネル様、シグマ様。ありがとうございます。どうか、ご無事で」
「今は余裕がなかったから、今度会ったときにはちゃんと口説かせてね、シャルロッテちゃん」
「シグマ、やめないか」
「可愛い女の子を口説かずに誰を口説けというのですか、団長」
シグマはシャルロッテの手を取って、その手の甲に軽く口づけた。
驚くシャルロッテにひらひらと手を振って、馬に飛び乗る。
ルベルトが腕を組んで「すまない。シグマは悪い男ではないが、女癖が悪いのだ」と苦虫を嚙み潰したような顔をして言った。
ラルドアナ大森林の探索を急ぐ必要がある。
その間、ライネルの軍からの離反者が辺境を襲撃する可能性も考えて、辺境を守る者と大森林に向かう者、二手に分かれることになった。
森に向かう者たちに、シャルロッテとジオスティル、それからイリオスが選ばれた。
王国の騎士団のことをよく知っているルベルトはウルフロッド家に残ることになり、「本当は殿下やシャルロッテを守ることが私の役目だと考えていたのですが、どうかお気をつけて」と、心なしか寂しそうに言っていた。
数日分の食料や水などの準備を整えて、ラルドアナ大森林へと向かう。
辺境の人々は皆で揃って、シャルロッテたちを「気をつけて」と言って送り出してくれた。




