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戦うか、それとも



 ウルフロッドに一先ず戻ろうと、ジオスティルは判断をした。

 シャリオは物憂げに、エヴァートンの空っぽになった街を見渡した。


「シャルロッテ。君は、ハーミルトン伯爵家で育ったのだろう」


「ええ、そうですけれど」


「エヴァートンには、子爵家がなかったか?」


 シャリオに尋ねられて、シャルロッテは表情を曇らせた。

 街のことはある程度知っているが、貴族のことはあまりよく知らない。

 けれど、そういえば――グリーンヒルドで噂を聞いたことがある。


「エヴァートンは、小さな街なのに何故か王領だと聞いたことがあります。王都から離れているのに……それは、支配権を持つ貴族がいないから、だとか」


「……私の母は――といっても、もうすでに亡くなっているが。ウルフロッドの傍の、小さな街の子爵家の出だったという。この街が、そうかもしれない」


 シャルロッテの過ごしていたグリーンヒルドも、ウルフロッド近郊といえばそうなる。

 だが、他にも町は点在している。ただ、領主のいない町というのはとても珍しい。


「殿下。今は、お母上の面影を求めている場合では」


「そうだな。気になることはある。だが、今は考えている場合ではないな。ジオスティル殿の温情に感謝し、ウルフロッドに向かわせてもらおう」


 ルベルトに指摘されて、シャリオは頷いた。


「……エヴァートンがこの状態ということは、グリーンヒルドの方々は大丈夫でしょうか……それに、他の街の方々も」


 考えないようにしていたが、シャイルに問われたために思わず、グリーンヒルドのことを思い出してしまった。

 小さく呟いたシャルロッテは、首を振った。

 

「皆さんの為にも、急がなくてはいけませんね」


「シャル、大丈夫か。グリーンヒルドにも寄ろうか」


「いえ。グリーンヒルドはきっと、大丈夫です。お祖母様が、予言をしていたのですからきっと」


 ディーグリスたちが支配をする前は、グリーンヒルドの者たちはシャルロッテの祖母を信じていたのだ。

 だとしたら、他の街よりもずっと備えができているだろう。


 グリーンヒルドだけを、特別視してはいけない。王国中が、今はきっと――魔獣の襲撃に逃げ惑っている。

 かつての、ミトレスの街のように。

 シャルロッテたちは、シャリオとルベルトを連れてウルフロッドに戻った。

 

 ウルフロッドに戻ると、ゲルドやアスラム、イリオスを交えて軍議が行われた。

 馬で駆けるよりも天馬で飛んだ方が早い。

 それに魔獣が出没している現状では、ライネル率いる騎士団は今すぐ辺境まで攻め入ることは難しいだろう。

 だが、軍がこちらに向かっている以上、放っておくわけにはいかない。


 先に情報を共有する必要があると、サラマンドやウェルシュたちから聞いた世界樹の話を聞いて、シャリオは神妙な顔で頷いていた。

 

「――父は、かつて行ったウルフロッドでの遠征から戻った時から、酷く怯えるようになった。それはもしかしたら、世界樹を破壊するという罪を犯し、その重さに気づいていたからなのかもしれない」


「そうでしょうか。だとすれば、再び辺境に軍を向けるというのはどうにもおかしい気がしますが」


「罪から逃れようと、再び罪を重ねることは、よくある」


 ルベルトはそれでも納得がいかないように、眉を寄せていた。

 シャリオは「父のことはもういい。……己のことしか考えていない愚物だ」と、実父について見限ったようなことを口にした。

 

「軍を相手にするような余力はない。魔獣の大群を一網打尽にできるジオスティルが一人で相手をするというのが、最善策だろうが――それはできれば避けたい」


 重たい沈黙を打ち破るようにして、アスラムが口を開く。


「何故だ? 俺は、この地を守るためならどんなことでもする」


 アスラムに言われて、ジオスティルは首を傾げた。


「人間と戦っている場合ではないだろう、お前は。それに――俺はお前に、人殺しをさせたくない」


「……優しいなぁ、坊ちゃん」


「戦だ、甘いことを言っている場合じゃない」


 イリオスにつつかれて、ゲルドに呆れられて、アスラムは不愉快そうに眉根を寄せる。

 シャルロッテの両手に抱かれていたウェルシュとアマルダが、シャルロッテの髪を引っ張り始める。


『ニンゲンは親子で戦うのね』


『悪い人間は多いのね』


「そういうわけではないと思いますよ。……皆きっと、どうすればいいのかわからないだけです」


『ふぅん。ここにいる皆が殺されちゃうかもしれないの?』


『森の民がいなくなった時みたいに?』


『ユグドラーシュが燃やされた時みたいに?』


「そうならないように、話し合いをしているのですよ」


『それなら、先に大精霊様たちを助けるべきだわ』


『それなら先に、ユグドラーシュをよみがえらせるべきだわ』


 皆の視線が向けられているのに気付いて、シャルロッテは口ごもった。

 確かにそうかもしれない。


「――シャル、精霊たちは何か言っているのか?」


「……多分、争いあうよりも、世界樹を復活させるべきだと、言いたいのだと思います」


「それは、その通りだな」


 ジオスティルが同意する。それに異を唱える者はいなかった。

 だが、現実問題として迫りくる軍を放置して、大精霊たちを探しにいくというのは――。


「ライネルさんを、説得します。……悪い人ではないのなら、話を聞いてくれるかもしれません」


 出来れば戦いたくない。

 話し合いですめば、血が流れなくて済む。

 祈るような気持ちでシャルロッテはそう口にした。



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