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神に弓ひく者



 シャリオの婚約者に選ばれたアルシアは、これまで以上に城の中で傍若無人に振舞い始めた。


「シャリオ様、聞いてください! 城の侍女たちが私が呼んでも来ないのです、ドレスが気に入らないと言っているのに、新しいドレスを用意もしてくれません。それに、今日出された紅茶は冷めていたのですよ、あり得ないことです!」


「侍女の教育がなっていないのではありませんか? 反抗的な目で私を睨んできたものですから、暇を出しておきました」


 アルシアが何か言えば、それにディーグリスは追従する。

 そのやかましさにうんざりし、報告の内容の薄さに辟易した。


 アルシアは、今まで婚約者だったルベルトのことを明らかに見下しはじめた。


「ルベルト、まだ軍を辺境に向かわせていないの?」


「どれほど待たせるのです。早くあの悪女を捕らえ――殺しなさい。王国が破滅をするのはあの女のせいだわ。私が産んだと思うと、おぞましい。お兄様に似て愚図なのね、ルベルト。グリンフェルドの名折れよ」


 シャリオの前で、その傍に静かに侍るルベルトを愚弄する二人に、シャリオは苛立ちを顔に出さないようにしながら「すまないが、私たちは忙しい。またゆっくり話を聞こう」と穏やかに口にした。


 あまりにも無礼だ。

 だが――今までもそのようにずっと、振舞ってきたのだろう。

 ハーミルトン家の長女が何故辺境にいるのかは分からないが、家族を王家に売るような者たちのなかで育っていたのなら、逃げ出したくなる気持ちも分かる。

 

 ハーミルトン伯爵は、あまり表には出てこなくなった。

 賓客扱いを受けているのをいいことに、朝から酒を飲んでいるらしい。

 アステリオスは玉座に座り、今までシャリオが代わって行ってきた政務を行うようになった。


 といってもそこに、王国を守ろうという気概はなく、各地からの魔獣の襲撃の報告や助力を求める嘆願書に目を通すだけだ。

 そして、自分だけが無事であればいいというように王都の守りだけを徹底した。

 有事の際に使用するように備蓄してある、備蓄庫の扉を固く閉ざした。


 ウェストリア王家の名声が、地に落ちていくのをシャリオは虚無感に苛まれながら見ているしかなかった。

 

 国を守るのが王家の役割。今までそう信じて生きてきた。

 ――父は、ここまで暴虐な人間だったのか。

 己を神と信じていれば、己のみが救われればそれでいいと考えることができるのか。


 何故――あのようなものたちを、侍らせる。

 シャリオの婚約者にアルシアを据えたのは、アルシアたちに権力を持たせるためだろう。


 王家から、離れていかないように。


「ハーミルトン家の祖母は、森の民だった。これは恐らく確実だろう」


「はい」


「その力は、ハーミルトン伯爵には受け継がれず、アルシアに引き継がれた」


「殿下も、アルシアの予言が真と考えますか?」


「いや」


 ルベルトと二人で密やかに現状の確認をしながら、シャリオは首を振った。

 アルシアもディーグリスもよく似ている。

 ――卑しい。

 思い出すだけで不快感がこみあげて、眉を寄せた。

 甘い言葉を吐き、手足のように動き、彼女たちを褒めたたえる者たちだけを厚遇している。


 彼女たちの気に入らない者を共に虐めて城から追い出すような者たちだ。

 今まで、城で働く者たちは皆、私心などなく公平な者たちだとシャリオは考えていた。

 

 けれど、そんなことはなかった。

 腐った果物が周囲の作物までも腐乱させるように、彼女たちの存在は今まで真面目に働いていた城の者たちを保身に走らせた。

 

 アルシアたちの傍に侍れば、厚遇してもらえる。

 そして、気に入らない者を城から追放することができる。


 その結果、生真面目で誠実な者たちが放逐されて、自堕落な者たちが残り始めている。

 

 アステリオスは、気に留めてもいないようだった。

 ただ――辺境を滅ぼせと、そればかりを言う。恐ろしい獣を前にした子犬のように、吠えている。


「……父にとって、詐欺師どもの予言とやらは、都合がいいのだろうな」


「辺境を滅ぼす口実ですね」


「こうなってくると、二十数年前の遠征も――そこに正義があったのかと、疑いたくなる」


「実際、ハーミルトンの大奥方は、破滅の予言をしていたようです。それが人づてに流布されていたようではありますが……森の民の予言として、噂が独り歩きしてしまったのでしょうね」


「だからといって、人心を惑わしたと、森の民を殲滅するほどの理由になるだろうか。父はどうしても、森の民を滅ぼしたかったのではないか。何か、理由が」


「考えても分からないことを話しあっても、いたずらに時が過ぎるだけです。殿下、軍の編成が終わります。このまま陛下に従い、あの女狐どもの言葉を真に受けて、辺境に軍を向けますか」


「……それしかあるまい。父の命なのだ。……だが」


 ――本当にそれでいいのか。

 このまま父の傀儡として、意にそぐわない命令に従い生きていくのか。


 父の間違いを正せる人間は、自分しかいないのではないか。


 誰しもが、アステリオスの前には怯むのだ。

 神に剣を向けられる者など、この国にはいない。いたとしても、それぞれの土地を守るために、今は王家と戦っている暇などないだろう。


 アステリオスと同じ屋根の下にいる自分ならと、シャリオは考える。

 

 父に、刃を向けられるのか。


 どれほど暴虐であろうと、相手は肉親だ。


 しかし――。


「ルベルト。お前しか、信用できる相手はいなくなってしまった。だから、内密の話だ。お前にだけ伝える」


「はい」


 父を廃し、玉座を奪う。

 アルシアたちを城から追放し、正常な状態に戻す。

 その上で、辺境伯との話し合いの場を設ける。今まで、辺境を捨て置いた自分に罪がある。


 もっと早くに、ジオスティルと会っていれば。

 その人となりも分かっただろう。信用に足る人物かどうかも。


 そう告げると、ルベルトは「殿下に従います」と、静かに頷いた。



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