王城での動乱
たった二騎の騎馬を、数十騎で追いかけている様は――集団で狩りをする獣のようにも見えた。
シャルロッテとジオスティルはちらりと目配せをする。
逃げる騎馬に乗る者たちは、頭からローブをかぶって顔を隠している。
誰なのか、どんな人間が乗っているのかは分からないが、その体つきは男のようだ。
追われている理由は分からない。
「助力は、必要か。それとも、罪人か」
追われる騎馬の前にすっとその身を移動させて、併走するように飛びながらジオスティルは馬上の者に問う。
馬上の男の一人がそのローブのフードをばさりと払った。
「黒い翼の、悪魔……!」
見開かれた瞳に、ジオスティルと、それから天馬に乗るシャルロッテをうつす。
ジオスティルも美しいが、同じぐらいに――目や鼻や口が全て正しい位置にあるような、美しい顔立ちの男である。
黄金色の瞳に、陽光を集めたような金の髪。
品のよさが感じられる顔立ちに、今は焦りと驚愕が浮かんでいる。
「ジオスティル・ウルフロッド。辺境から来た」
「ジオスティル! なんという偶然だろう。理由は後で話す、助力を頼む!」
「罪人は救えない」
「罪人ではない。君の元に行こうとしていた。助けを請うために。私はシャリオ・ウェストリアだ」
「ウェストリア……」
それはこの国の王家のみが許される名である。
シャリオ・ウェストリア。シャルロッテたちが会いに行こうとしていた相手だ。
「シャル、君は騎馬の誘導を。できれば、森の方へ」
「はい!」
短くジオスティルに指示をされて、シャルロッテは頷いた。
言葉にしなくても、信頼されていることが分かるのが嬉しい。
「こちらに!」
シャリオと、もう一人の男を森へと誘導する。
逃げる騎馬は森を選ばないのが普通だ。森で馬は走れない。
馬を置き徒で森を抜けることになる。
その場合、物量で追われればまず逃げ切れない。
蒼月の手綱を引き、森の方向へとその進路を向ける。
シャリオと、フードを外したもう一人の男が、一瞬戸惑った表情を浮かべたもののすぐに頷いて、シャルロッテの向かう方向へと馬を走らせる。
土煙をあげて、騎兵たちが追ってくる。
その先頭にいる鷹のように鋭い目をした男が声をあげる。
「シャリオ殿下は父王を殺害しようとした! 神に仇なす大罪人だ! 逃亡に助力するというのならば、貴様たちも罪人となる!」
立派な馬。同じ形の軍服。恐らく彼らは騎士なのだろう。
父王を殺害――という言葉がシャルロッテの耳にもはっきり届いたが、疑惑を胸の奥に押し込んだ。
事情はあとで尋ねればいい。今は、彼らを助ける。
『なになに、何があったの?』
『ロッテ、また追われてるの?』
『馬がいっぱい!』
『追いかけられてばっかり!』
アマルダとウェルシュがシャルロッテの周りをキラキラと飛び回る。
「……銀の髪。……精霊……? 君が、シャルロッテか……?」
「シャルロッテ……アルシアとは似ていないな」
シャリオと、もう一人の男が名前を呼んだ。
何故名前を知っているのだろうと疑問に思ったが、話をしている暇はない。
草原の先にある森の中に二頭の騎馬を誘導したところで、大軍の前にひらりと舞い降りたジオスティルが軽く腕をあげる。
その五本の指先に、パリパリと雷が纏わり付く。
「貴様が悪魔だな!? 国を滅ぼす悪魔め、ここで貴様を殺す!」
「悪魔ではない。お前たちには恨みはない。だが、話し合いはできそうにないな。足止めをさせてもらう」
「矢を! 撃て!」
軍の標的がジオスティルへと変わる。
男の命令で騎兵たちがそれぞれクロスボウを取り出して、つがえていた矢を一斉にジオスティルに放った。
矢が、まるで雨のように降り注ぐ。
ジオスティルは片手を一振りして払う仕草をする。
何もない場所から唐突に、空気を震わせ歪ませて、青い落雷が滝のように落ちた。
それは矢を燃やし、草原を燃やした。
炎は大地を舐めるように、騎馬たちの足元へと広がっていく。
馬たちが恐れおののいたように、後退する。
「臆するな! 我らは魔性の化け物さえ討ったのだ! 人の姿をした化け物など何も怖くはない!」
士気を奮い立たせるように、男は言う。
ジオスティルはそれ以上、交戦する気などないと、軍から体を背けた。
馬は、炎の上を走れない。炎の草原を迂回して後を追うには時間がかかる。
足止めとしては十分だと判断したのだろう。
シャルロッテの元に戻ってくると、「無事か、シャル」と、開口一番、ただ騎馬を誘導しただけのシャルロッテを心配した。
「大丈夫です。私、何もしていませんし」
「そんなことはない。十分だ」
獣道しかないような森である。
突っ切るには少々骨が折れそうだ。森の手前で静かに次の指示を待つシャリオたちの馬を、ジオスティルは指で示した。
「翼をはやす。空を駆けて、近くの街に。あなたたちが罪人ではないと確証が得られるまでは、ウルフロッドには行くことができない」
「ジオ様、私の街、グリーンヒルドは森の先。その手前にはエヴァートンがあります」
「では、エヴァートンに」
翼をはやされた馬に、シャリオもその従者と思われる男も驚いていた。
だが、必要以上の動揺はしていなかったようだ。
それよりもエヴァートンという言葉にどこか引っかかりを覚えたように、眉根を寄せて「ウルフロッドの近くの、小さな街」と呟いた。
思いのほか長くなってしまいまして、お付き合いくださっている皆様には感謝しかありません。
三章に入りました。よろしくお願いします!




