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魔獣と精霊とこぼれたご飯



 ジオスティルの放った雷撃はテーブルの上のパン粥をよそった器を弾き飛ばし、テーブルを抉り、シャルロッテの体にぶつかる前に――その寸前のところでかき消えた。


「ぅあ……っ」

『シャルロッテ!』


 体に痛みこそなかったが、突然突風が体に打ち付けたような衝撃に、シャルロッテは床にぺたんと座り込む。

 ウェルシュが心配そうに、焦った顔をしてシャルロッテの周囲を蝶のようにひらひらと飛び回った。

 

 青ざめながらジオスティルがふらふらとシャルロッテに近づいてくると、床に膝をついてシャルロッテの両肩を掴む。


「すまない……! 俺は、なんてことを……!」


 今にも泣き出しそうな表情のジオスティルに、シャルロッテは今起ったことにやや混乱しながらも、大丈夫だと微笑んだ。


「ジオスティル様、ウェルシュさん、大丈夫です」

「すまない、君は俺を助けてくれたのに、俺は君を傷つけようとしてしまった」

『あたしを庇ってくれたの、シャルロッテ』

「ウェルシュさん、怪我はないですか?」

『あたしは無事よ。でも、あなたが』

「私も大丈夫ですから、心配しないでください。こう見えてけっこう、頑丈なんですよ」


 シャルロッテは立ち上がると、乱れた服を手で払って整えた。

 それから、ジオスティルに向けて手を差し伸べる。


「起きてください、ジオスティル様。びっくりして、転んでしまっただけですから。今のはなんだったのでしょうか、ジオスティル様は雷をうみだすことができるのですか?」

「……すまない、シャルロッテ」

「大丈夫ですって! 起きてください、ね?」


 頭を抱えてうずくまろうとするジオスティルを、シャルロッテは引っ張って立ち上がらせた。

 ジオスティルはただでさえ具合が悪いのに、これ以上落ち込んでしまったらもっと寝込んでしまう気がした。

 ウェルシュはシャルロッテの背中に隠れて、ジオスティルに恐る恐る視線を向けている。


「君に攻撃する気はなかったんだ。魔獣が、屋敷の中に入り込んで――君に危害を加えようとしていると……シャルロッテ、こちらに! それは危険だ」


 ジオスティルが真剣な顔で言って、シャルロッテに手を伸ばし自分の後ろへと庇おうとする。

 ウェルシュはシャルロッテの背中の後ろから顔を出すと、文句を言った。 


『危険なものですか! あたしは魔獣ではないわ、精霊よ! あの子は、あたしをいつも殺そうとするの! あたしは精霊だって言っているのに、分かってくれないのよ!』

「ジオスティル様、ウェルシュさんは魔獣ではなくて、精霊だそうですよ。私に井戸の場所を教えてくれましたし、ご飯を食べて喜んでいました。悪い子だとは思えません」

『そーよ! シャルロッテ、あたしはいい子よ! あなた、よく分かっているわね!』

「シャルロッテ、それの名を、何故知っているんだ? それに、精霊とは一体……」


 訝しげに言うジオスティルを、シャルロッテは不思議そうに見上げる。

 ジオスティルは――もしかして。


「ウェルシュさんの声が、聞こえないのですか?」

『聞こえないわ。あたしの声が聞こえるニンゲンってとっても珍しいの! シャルロッテ、あなたには聞こえる。だから、話しかけたのよ』

「聞こえない。君には、聞こえるのか、シャルロッテ」

「ごめんなさい、同時に喋られると混乱してしまって……私にはウェルシュさんの声が聞こえるみたいです。この子は精霊。水の精霊なのだそうです。魔獣とは違います」

『魔獣と一緒にしないで! あんな、馬鹿みたいな連中と! あたしはもっと崇高なの。崇高で、至高で、すばらしい存在なの!』

「……ええと、魔獣とは違うみたいです。精霊とは魔獣よりもいい子たち、みたいです」

『あたしたち精霊は大精霊様の眷属。大精霊様は、世界樹ユグドラーシュに宿っているのよ』

「ウェルシュさん、突然難しいことを言われも、何が何だか……」


 精霊、大精霊。世界樹ユグドラーシュ。

 分からないことが多すぎて、シャルロッテは混乱した。

 今はともかく、ジオスティルにウェルシュは危険な存在ではないと、理解して貰うことが先決だろう。


「ジオスティル様、ウェルシュさんはお話もできますし、危害を加えたりもしません。だから」

「……分かった。君が信じるものを、俺も信じよう」


 ジオスティルはシャルロッテの言葉をあっさり受け入れて、心配そうにシャルロッテの頬や髪に、慎重に触れる。


「本当に怪我は、ないだろうか」

「大丈夫ですよ、このとおり、とても元気です」


 シャルロッテは両手をぱたぱた動かして、それから、床に落ちた食器に視線を落とした。

 ふと――ハーミルトン家でのことを思い出す。


『お姉様、今日の朝食、最低だったわ。とってもわかりやすく言えば、まるで鼠の餌みたい!』


 そう言って、アルシアはシャルロッテに食事の入っている皿を投げつけた。

 その日は、アルシアは機嫌がずっと悪かった。両親に、王都で行われる晩餐会に連れて行って貰えなかったのだと言って、目覚めた瞬間からドレスが気に入らないだの、髪型が気に入らないだのと癇癪を起こしていた。

 皿はシャルロッテの腕にぶつかり、床に落ちて割れた。


 割れた皿がシャルロッテの服を裂き、腕に切り傷をつけて赤い血が流れ落ちるのを見て、アルシアはつまらなそうに口元を歪めると、テーブルの上の皿を全て手で払って床に落としたのだった。


 シャルロッテは相変わらずにこにこ笑いながら「ごめんなさい、アルシアさん」と、何度も謝った。


 ジオスティルはアルシアとは違う。

 悪気があって食器を落としたわけではないのに、これは事故だと分かっているのに、指先が僅かに震えた。 

 シャルロッテは自分の中に湧き上がってきた悲しい気持ちをごまかすように、口を開く。


「あの、まだ鍋に少し、残っていますから、床は掃除しますね。ジオスティル様は、座っていてください」

「俺は……君に、ひどいことを」

「そんなに落ち込まないでください、大丈夫ですから! そんなにたいしたお料理でもないですし……でも、少しは食べた方がいいと思うので、今準備を――」

『……再生の祝福』


 ウェルシュの体が、強く光った。

 言葉と共に、えぐれたテーブルや、中身が床にこぼれた器が元通りになる。

 テーブルは壊れる前の姿を取り戻して、器には湯気をたてるパン粥が、こぼれる前の状態で入っている。

 まるで何事もなかったように。時間が、戻ったように。


「ウェルシュさん、これは……」

『あたしの力よ。あたしは水の精霊。水は癒し。水は再生。あなたはあたしを助けてくれたから、あたしもあなたを助けてあげる、シャルロッテ』

「すごい、ウェルシュさん……!」


 得意気に胸を張るウェルシュを手のひらの上に載せると、シャルロッテは深々とお辞儀をしてお礼を言った。

 

「……これは、魔法」


 ジオスティルは、小さな声で呟いた。


『すごいでしょう! ニンゲンは魔法は使えないでしょ? ジオスティル以外はね』

「あの、ジオスティル様。ウェルシュさんが元に戻してくれましたが、一度こぼれたものですから。それは私が食べますので、ジオスティル様は鍋に残っているものを食べてください。いま、器に……」

「いや。君が俺のためにつくってくれたものだ。ありがたくいただこう」


 ジオスティルはそう言って椅子に座る。それからスプーンを手にすると、パン粥をすくって、大きな口をあけて数口で食べた。


「美味しい、シャルロッテ。……まともな食事をしたのは、いつぶりだろうか。本当に、美味しい」

「よかった! 沢山食べて、元気になってくださいね」

「……あぁ。君のお陰だろう、久々に、体調がいい気がする」

「油断はできません。お茶と少しの食事だけでは、貧血は治りませんからね」

『貧血? 貧血って何?』

「貧血とは、血が足りないことです。お食事を食べる量が少ないから、血が足りなくなるのです」

『ふぅん。でも、違うわよ。その子は、魔力が多すぎるのよ』


 ウェルシュはそう言うと、欠伸をしながらお腹をさすった。

 それから『眠いわ』と言って、シャルロッテの手のひらの中で体をのばして横たえると、すやすやと眠りだしてしまった。



お読みくださりありがとうございました!

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