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前を行く人

作者: 弐兎月 冬夜

 いつ頃からだろう?

 帰り道になると、いつも前を行く老紳士に気づいたのは?


 駅からの帰り道、マンションに着くまで徒歩で20分。今の会社に勤めてからは少しくらい遅くなっても人通りの絶えた事のない道のりだった。幾つもの商店や住宅の前を通り、顔見知りも幾人か出来た。そしていつ頃からか、いつも前を歩く老紳士に気づいたのである。


 最初はきっと同じ方角に向かうサラリーマンだろうと、たいして気にも留めなかったのだが、なぜか歩いていると、時折前を歩いている。

 すぐ前という訳でもなく、一定の距離を保ったまま私のマンションの方角に向かって歩いているのだ。そしていつの間にか消えている。消えると言う表現は正しくないかもしれない。横道にそれたのか、どこかで店にでもよるのか? その理由は定かではないけれど、マンションに着くころにはその姿は見えなくなってしまうのだ。


 ただそれだけなら気にする事ではなかったのだろうが、不思議な事になぜか追いつけないのだ。

 私の歩き方は結構早いと思うのだ。相手は年寄りなのにやたら早い。

むきになって追い越そうとすると、不意にいなくなる。それならと、ゆっくり歩くとこちらを見ているわけでもないのに、向こうもゆっくり歩く。いつも等間隔なのだ。


 おかしい。


 けれどあまり恐怖は無い。不思議ではあるけれど、不思議ではないのかもしれない。

(あるいは尾行されているのだろうか?)

探偵? 不審者? ストーカー?

 色んなケースを想定しても思い当たるフシがない。

例えば実家が縁談を持ち込む。そして相手が私を調べる・・・いやいやいや、それはない。

 そもそも実家からは勘当された身である。


 大学を出て、就職を勝手に決めた時、父は烈火のごとく怒った。

「お前は一人娘なんだぞ! 婿をもらって家業を継がなくてどうする!!」

 散々やりあった後、父は「お前は勘当だ! 出て行け!」と言い放った。

私も若かったから、父に反発してその日のうちに家を出た。既に引っ越しも済んでいたからなおさらだった。

 その父も去年の秋に亡くなった。急性心不全だったらしい。

そして田舎の小さな造り酒屋は蔵を閉め、母は土地をすべて売り払い、今は別の土地で暮らしている。

 そもそも田舎が嫌いな母に私が似てしまったのかもしれない。私は故郷を無くした。でも後悔はしていない。父の死に目に会えなかったのは少しだけ残念だったのだけれど、どうしようもなかった。勘当された身だが、父の事を嫌っているわけではない。よく「お前が夜泣きした時はオレがおぶってあやしたもんだ。」と事あるたびに言っていた。若い時はそれも面白くなくて「覚えていない時の事を言わないでよ!」などと反発したものだ。


 2~3日前の事だ。

ふと、後ろに気配を感じて振り返ると、電柱の影に小さな女の子がいた。女の子はじっとこちらを見ているだけで、すぐに走り去っていった。

 そしてそれが今日まで続いている。思い切って声を掛けてみた。

「なあに? おねえさんになにか御用事?」

立ち止まって聞いてみると、女の子はにたぁ~っと笑って電柱の陰に隠れた。

(なんなのよ、いったい?)

 気味が悪いと言うより気分が悪い。

前を向くと今度はあの老紳士が後ろ向きに立っている。こちらが止まっていたから、向こうも止まっていたのだろうか。


 完全に気分が悪い!

(今日こそ追い抜いてくれるわ!)

いつもより早足で老紳士に向かって歩み始める。ところが今日は老紳士は一向に歩き出さない。

(追い抜いて、顔を見てやる!)

 老紳士に肩を並べようとした時、右足が動かなくなった。・・いや何かに掴まれた。

転びそうになったが、なんとか踏ん張り転ぶのを免れた。

 けど! その足を見る事は出来なかった。背中に悪寒が走り、体中に鳥肌が立っている。

(やばい! これ、声かけちゃいけないヤツだった!)


 足を掴んだ手が氷のように冷たい。


 最初は片手だったのが、次は両手で掴み、私の右足に体ごとしがみ付いているのが分かる。


 何か小声で言いながらゆっくりと、そしてゆっくりと体を這いあがってくる。


 怖くて怖くて震えているのに、体が思うように動かない。

金縛りって言うヤツを始めて体験した。気持ちが悪い。ヌメヌメとしてひんやりとした巨大なナメクジが体を這いあがって来るような感じだ。

「・・・すけ・て・・・助けて・・!」

涙があふれてようやく助けを口にできたけど、周りには誰もいない。

 前にいた筈の老紳士がいつの間にかいなくなっていた。

 両肩を掴まれ、生臭い息が耳元にかかる。

「・・お・・ぶ・・して・・ェ・・」

 大声で叫びたいのに、声が出ない!

背中の何かはずっしりと重くて体が言う事を聞かないのだ。

(これで、終わり??)

 涙が両目から止めどなく流れ落ちる。

 膝をつきそうになったその時。

「心配ない。この子はオレがおぶって行く。」

 懐かしい声と共に、体がスッと楽になった。


 夕闇の中、振り返るといつもの日常の風景があった。

さっきまで人通りも無かったのに、車が脇を通り、幾人もの人が私を追い越して行った。


 そして頬を伝っていくつもの涙が地面に零れ落ちた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いかにも悪夢で見そうな光景ですね。父親に会いたいけど会えないという心情がよく出ていました [気になる点] ここまでくると、女の子も昔の自分の象徴な筈だけど、そこの表現がちょっと甘いかなと感…
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