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02.奇跡の代償


 終焉フィネパラディーツォ

 そこには最期の時まで光り輝き、砕け散った幻想騎士の魂が眠ると噂されていた。


「皆はどうしているでしょうか」


 歌うように呟いたのは、月光で染めた絹糸のように目映い銀の髪を持った青年。


 サラサラと流れる膝裏まで伸びた長い髪を一房三つ編みにして、残りは自由に風と遊ばせる。

 白銀に縁取られた面差しは人形と見紛う程に端麗で、どこか神秘的な雰囲気を漂わせていた。


 巨匠が描いた絵画の中から、現実に足を踏み出したかのようなその人物は、後ろを歩く二人の同胞に視線を向けた。

 向日葵を閉じ込めたかのような、ジョンブリアンの瞳が二人だけになった仲間の姿を映す。


 向かって右側、生い茂る木の葉のような緑色の短い癖っ毛を整える事なく跳ねさせているのは、サファイアブルーの瞳を持った少年。

 年齢はまだ二十歳に届かないくらいの若い幻想騎士。


 生まれて間もなく死ぬ事を命じられた、哀れな戦争の遺物。


「ベラーノ」


 己の名前を呼ばれて漸く、サファイアブルーの瞳が正面に立つ女神の姿をした幻想騎士を捉えた。

 数度の瞬きの後、何の感情も浮ばない顔でゆっくりと首を傾けたベラーノは緩慢に口を開いた。


「ごめん、ヴァランカ。何か言った?」


「またですか。人の話は聞くようにいつも言っているでしょう? お馬鹿さん」


 くすりと、聖母のように柔らかく微笑んだ銀髪のヴァランカはさらりと軽い毒を吐く。

 言葉は幼稚なものだが、罵倒している事に変わりはない。


 罵られたベラーノと言えば、またパチリと瞬くとひどく抑揚のない声で「お馬鹿さんじゃない」と抗議した。が、ヴァランカは既に背を向けて歩き出している。


「二人は相変わらず、ね」


 軽い頭痛を覚えたのか、今まで黙っていた幻想騎士が片手で頭を押さえながら高い声で呟いた。


 腰まで伸びた澄んだ川の水のように透き通る水色の髪を後頭部でお団子状に纏め、余った髪は重力に引かれるまま垂らしている。

 桃色の大きなつり目はヴァランカの艶やかな銀髪を映した後、隣にいるベラーノのやや虚ろな瞳へと視線を移動させた。


 三人の中で唯一の女性幻想騎士は、その緩やかに曲線を描く身体を軽く捻り、ベラーノの方に能面の様な顔を向けた。


「行きましょう。立ち止まっている余裕はないわ」


 白いマントを翻し、白亜のブーツで地面を踏み締める。その身に纏う衣装は白で統一されていたが、所々汚れていたり、擦り切れていたり、穴が空いていたりした。

 まるで長い間、同じ服を着続けているかのようだ。


 それはヴァランカとベラーノも同じであり、ヴァランカの黒を基調とした服も目立たないだけで薄汚れている。

 ベラーノの青をメインにした布地も、剣で切り裂かれたような痕があった。


 生涯を捧げると誓った国に死ねと命じられた、戦争が生み出した奇跡の権化。

 今は呪いとも呼ばれる力を持つ彼ら幻想騎士は、先に逝った仲間がいる筈の終焉の地を目指して歩いていた。


「イシェイン、追手は来ていますか?」


 ヴァランカが肩越しに水色の髪の女性幻想騎士を見やる。

 その視線を受けたイシェインは、両目を閉ざし耳に手を当てて周囲の音を拾い集める。

 草木の騒めき、夜風の囁き、そして遠くから聞こえる金属の騒音と複数の足音。


「来ているわ、近い」


「いよいよ私達も限界ですね」


 ふうとため息を吐いたヴァランカに、イシェインはグッと唇を噛んだ。逃げ出して間もない頃、まだ体力に余裕があった時はこんな失態を犯さなかった。もっと早くに敵の接近に気づいて、迎撃の準備も可能だった。


 それに多くの仲間がいた。それが今はヴァランカとベラーノ、そしてイシェイン本人を含めた三人である。もしかしたら他のルートで生き残っている幻想騎士たちがいるかもしれないが、連絡手段はない。


 生きているかどうかも、不確かである。

 それでも諦めるわけにはいかない。


 拳を握り、開き、そしてまた握ったヴァランカの手には長い杖が握られていた。

 鍵をモチーフにした白い杖を両手で持ち、ヴァランカは踵を返して立ち止まる。


 それを合図にイシェインは身を屈めて森の中に飛び込む。遅れてベラーノもヴァランカの後ろで待機する。


 白亜の杖をくるりと一回転させ、掲げる。一拍遅れてヴァランカの周りに数十の純白の杭が現れた。

 それは吸血鬼の心臓を貫く為に作られたような、鋭利で無骨で大きな凶器だった。


 ガサガサと草木を掻き分ける音がしたかと思えば、木の影から盾を持った騎士が数人飛び出す。

 巨大な盾で突撃してきた大柄な騎士達に向けて、ヴァランカは杖を振り下ろした。


 引き金を引かれた拳銃から放たれた弾丸のように、目にも止まらぬ速さで盾持ちの騎士に襲いかかった杭は大盾を砕き、騎士の腹に突き刺さる。

 悲鳴と絶叫があちこちから聞こえ、ついで重い何かが倒れる音が響いた。


 第一線の守備役が負傷し、混乱し始めた討伐隊の横の茂みから、人影が飛び出す。

 木々の隙間から差し込む淡い光が、湖面のように澄んだ水色の髪を照らし出した。


「ハァッ!」


 気合と共にイシェインは拳を突き出す。飛来する矢の如く、気付けば討伐隊の目の前にあった拳はその頭部を木端微塵に粉砕した。

 飛び散る脳髄が、血が、肉片が宙を舞う。


 突然の惨状に瞠目する討伐隊を更に一人、イシェインはしなやかな蹴りで胴体を真っ二つにへし折った。

 一人の人間の女性が出せる限界を超えた足技は、小枝を蹴り飛ばしたかのように軽々と死体を遥か彼方へと吹き飛ばす。


 狼狽える敵が体勢を立て直す前に、イシェインは桃色の瞳を滑らせて指揮官を探す。

 後方、明らかに何かを守っている集団がいる。そこを潰せば逃れる可能性が上がる。

 しかしイシェインはその場から飛び退いた。遅れて地面に数本の矢が突き刺さる。


(敵が多すぎるわ)


 ギリッと奥歯を噛んで、イシェインは森の中に姿を隠した。

 陽動はヴァランカに任せるしかない。補助としてベラーノが配置されているが、ヴァランカの奇跡の代償は最悪ベラーノに向く。

 そしてベラーノの奇跡の対価は、ヴァランカから逃げる術を失わせるものだ。


 実質、三人の中で長く動けるのはイシェイン一人である。


 チリッと刺すような痛みを覚えて、イシェインは拳を見た。手袋に隠された己の手は見えないが、数日前の火傷が治りきっていない。

 イシェインが奇跡と共にその身に宿した対価は、四肢が焼けるというものだった。


 三人の中では比較的長い時間動けるとは言え、二人が回復するまでの時間を稼ぐのは無理である。


 一度合流して作戦の確認をしなければ。

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