7 アンデッド化を防ぐために
目元を覆う防具を身に着けており、正体を隠しているように見える。
おまけに今朝ザリヅェから助けてくれた人によく似ている。
本人……ではないと思う。
よく似ている他人だろう、きっと。
なんとなくだが匂いが違う気がするのだ。
青年は遺体を入念に観察する。
ダンジョン内で死亡した冒険者は放っておくとアンデッド化する。
すでに処置が施されているので、その心配はなさそうだ。
アンデッド化を防ぐにはいくつか手段がある。
最もポピュラーな方法は銀の杭を心臓に打ち込むことだが、銀の杭が非常に高価ということもあり他の手段が取られることが多い。
例えば浄化魔法であらかじめ負の気を払っておくとか、清めの塩を振りかけておくとか、運んでいる途中で聖水を何度も振りかけるとか、様々な手段が考えられる。
どの手段も杭を打ち込むよりずっと楽で簡単である。
そして何よりも安価で済む。
冒険者たちがダンジョンに持ち込める物資は限られている。
バックパックに詰め込めるのはわずかな食料と武器と薬。
銀の杭と金槌は他に使い道がないので、容量を圧迫する要因にしかならない。
清めの塩も、聖水も、付呪魔法を使えば作ることができる。
塩も飲み水も冒険者にとっては必須のアイテム。たいていの場合は持ち歩いているので、専用の魔法が使える僧侶が一人パーティーにいれば、この課題は容易に解決できる。
清められた塩が遺体の全身に振りかけられており、負の気は完全に取り払われている。比較的浅い階層なので遺体を持ち帰るのはそう難しくない。
これは美味しい仕事だ。
「では、手付金を支払ってもらえますか?」
「ええ、もちろんです。
お金を預かっていますので」
少女は銀貨を一枚取り出した。
これだけでもおつりが来るくらいだ。
青年は銀貨を懐にしまうと、さっそく荷物を背負子に縛り付ける。
人間の遺体は荷崩れしやすく、非常に運びづらい。
生きている人間を運ぶよりもずっと楽なのだが。
「……あれ?」
青年は違和感を覚えた。
死体があまりにも柔らかいのだ。
「あの……この方は亡くなられてどれくらい経ちますか?」
「え? 確か……ええっと、数時間は経ってると思います」
「妙だな……」
「なにがですか?」
「いや、なんでも」
数時間も経てば、死体は筋肉が硬直して固くなる。
しかしこの遺体は死にたてのように柔らかい。
「死因とかって分かりますか?」
「なんか魔物から毒を食らったみたいで……」
「解毒は?」
「しましたよ、もちろん。
でも間に合わなくて……私の力不足です」
少女はそう言って悲しそうな顔をする。
「すみませんでした、責めるつもりはないんです。
ただちょっと……気になりまして」
「こちらこそ、変な反応してすみません。
初仕事なのにこんなことになっちゃって……
申し訳ないです、本当に」
彼女は自分の役割を果たせず、引け目を感じているようだ。
ショックを受けているのかもしれない。
「じゃぁ、僕はこれで。
アナタはどうしますか?」
青年は少女に尋ねる。
「葬儀屋さんを手伝うように言われています。
一緒に地上へ向かいたいのですが……」
「もちろん構いませんよ」
「ああ、よかったぁ」
ホッとしたように胸を撫でおろす少女。
どうやら一緒に帰るつもりだったようだ。
しかし……不可解だ。
一人だけ死体の見張りとして置いて行くとは、どういう料簡なのか。
普通なら考えられない。
疑問に思いながらも青年は深く気にしないことにした。
余計なことに首を突っ込めば、それだけ危険が増える。
生き残りたければ自分の役割を果たすことだけを考えろ。
師匠はよくそう言っていた。