12 さすらいの吟遊詩人
「おおっ……誰かいるのか?」
明かりが近づいてくる。
何人かまとまった集団。
「はい、ここにいます。
僕たちは人間です。
敵意はありません」
青年は問いかけに答えた。
ダンジョン内で見知らぬ集団と出くわした時、必ず挨拶をする。
敵意があるのか、ないのか、確かめるためだ。
無論、敵対者がいきなり自己紹介するはずもない。
場合によっては友好的な態度で近づいて来ることもある。
人間に擬態したモンスターかもしれない。
人型の知性を持った魔物かもしれない。
言葉を話す未知の存在と相対した時。
最後まで気を抜いてはならない。
師匠はダンジョンで出会った言葉を話す存在は、たとえ親であっても信頼するなと言っていた。
近づいて来る集団からは敵対心が感じられず、無警戒のまま歩いて来るだけだった。
どうやら冒険者ではない集団のようだ。
「む? 子供が二人?
君たちは冒険者ではないのか?」
集団の先頭を歩いていたのは、がっしりとした体つきの男。
両サイドがくるくるにカールした髪型。
おそらくカツラである。
口元には左右にピンと伸びた細長いひげ。
服装は上等な貴族用の紳士服。
「ええ、僕は葬儀屋です」
「葬儀屋? えっ……あっ」
青年が背負う荷物を見て男は目を反らす。
遺体だと気づいたのだろう。
「僕たちは地上を目指しています。
特にめぼしい物は持ち歩いていないので、
なにもお譲りするものはありません」
「失礼な! 吾輩の身なりが物乞いに見えるか⁉
人をユスリやタカリのように言わないでくれ!」
彼のその言動から、ダンジョンでの探索経験がない素人であると分かる。
敵対していない他のパーティーとすれ違ったら、冒険者たちは何か取引をしようと世間話をしながら交渉を始める。
ダンジョンの奥から来た冒険者たちは深層の情報を、潜って来たばかりの冒険者たちは地上の情報を、それぞれやり取りする。
場合によってはパーティーメンバーの入れ替えも行われたりもする。
冒険者っぽくない雰囲気に、取引を前提としないやり取り。
観光目的でダンジョンに潜った貴族だろうか?
実は結構いたりするのだ。
娯楽目的で遊びに来る特権階級の者たちが。
「アナタは冒険者ではありませんよね?」
「ああ、見ての通りだ。
吾輩は名の知れた吟遊詩人なのだ」
青年が尋ねると、男はえへんと両手を腰に置き胸を張って答える。
やはり冒険者ではなかった。
「え? どうして吟遊詩人さんがダンジョンに?」
「あっはっは、お嬢さん。
吾輩は冒険者の勇姿をこの目に焼き付け、
インスピレィショォンを得て詩をつづり歌うのだ。
嘘は歌えないからねぇ」
そう言って青年に向かって顔を近づけてくる。
妙になれなれしい男だ。
しかし、目の色が澄みきった真っすぐな男でもあると思った。
視線は常に真っすぐ。
変に泳いでいないし、パチパチ瞬いたり、右の方をきょろきょろ見たりもしない。
少なくとも彼は身分を偽っていないと分かる。
本物の吟遊詩人なのだろう。
……自称かもしれないけれど。
「でも、吟遊詩人がダンジョンに潜るのは珍しいですね。
直接どなたかと契約を結んでいるとか?」
青年が尋ねると、吟遊詩人は険しい顔つきになった。
「いや……契約はまだ結んでいない。
これから現地で交渉するところだ」
「ということは……
もう既に契約相手の目星がついているんですね?」
「ああ、大きな声では言えないのだがね。
ここにかのギルバードさまが……」
「あっ、ギルさんですか!」
どうやら少女はその人物を知っているらしい。
「ギルさん良い人ですよねー!」
「おっ、お嬢さん⁈
ギルバードさまとお知り合いなのですか⁉」
「はい、一緒のパーティーにいましたよ。
ついさっきまで」
少女が言うと吟遊詩人の男はとても驚いていた。
「え? 一緒のパーティーに⁉
ギルバードさまは今どこに⁉」
「ザリヅェさんと深層へ行きました」
「そうか! ありがとうお嬢さん!
のんびりしていたら他の者に先を越される!
行くぞ、者ども!」
吟遊詩人は護衛と思われる冒険者たちを引き連れ、ダンジョンの奥へと進んで行った。
「はぁ……いったい何が起こってるんだ?
ねぇ、そのギルなんとかって人、誰なの?」
「さぁ、私も詳しくは知らないんですけど。
偉い人みたいですよ」
「そっか」
ギルバードが何処の誰なのか気になるが、今は背負っている遺体を外へ運び出すことが先だ。
この亡骸の家族も帰りを待っているだろうから……。




