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11 誰もが裕福な暮らしを夢見ている

 不眠症と鎌鼬について尋ねられ、青年はどう答えるか少しだけ迷った。

 二人の情報を他人に漏らしてよいものか。


 だがこれはあくまで世間話。

 地上へ出るまでの暇つぶし。


 彼女には二人の情報を引き出してどうこうする意図はないと判断。

 話してもよさそうな事だけ伝えよう。


「あの二人は最前線まで潜らないといけないからねぇ。

 下手したら普通の冒険者よりも強いよ」

「へぇ、そうなんですね!

 あんまり強そうには見えなかったですけど」


 思ったことを素直に話す少女。

 やっぱり策略を張り巡らせるタイプの人ではない。


 受け答えからなんとなく察せる。

 目を見ても嘘をついているような仕草はない。


「あっ……でも」


 少女はまた何か疑問に思ったのか、足を止めて考え込む仕草をする。

 いちいち立ち止まらないで欲しい。


「一度、探索しちゃったら、

 マッパーさんのお仕事なくなっちゃうんじゃ……」


 何を聞かれるかと思ったらそんなことか。

 青年はため息をつきそうになったが、すんでのところで飲み込んだ。


「ダンジョンの深層は稀に構造が変わるんだよ。

 だからマップを更新する必要があるんだ」


 ダンジョンの構造が変わる。

 これは基本中の基本の知識。

 冒険者なら普通は知っている。


 ――と言っても、ダンジョンの構造が変化するのは深層のみ。

 低層から中層にかけて変化が起こることはほとんどないので、駆け出しの冒険者だと知らない場合もある。


 それに一度に全てが変化するのではなく、少しずつ、少しずつ通路が形を変えるくらいで、大規模に構造が変わるということはほとんどない。

 もし頻繁に変化していたら、不眠症たちは秘密の中継ポイントなんて作ったりしないだろう。


 マッパーは深層の構造が変化するたびにマップを更新して冒険者たちに攻略情報込みで販売する。

 常に最深部に潜っていないと商売にならないので、危険と隣り合わせの職業。

 非戦闘系ジョブの中では取り分け命を落とす確率が高い。


 それゆえ稼げる職業でもある。


「じゃぁ、お仕事がなくなることはないんですね」

「ダンジョンが無くならない限りね。

 それにマッパーは案内人の仕事もしてるんだ。

 深層は変化しやすいから頼りになるんだよ」

「マッパーってすごいんですね!」


 感心したように少女が言う。

 やはり何も知らないらしい。


 マッパーがいなければ冒険者たちは自前でマップを用意しなければならない。

 未知の場所を初見で探索しながら攻略するのと、事前情報を元にしっかりと計画を立てたうえで攻略するのとでは、難易度が全く違う。


 冒険者にとってマッパーがもたらす情報は生命線。

 高い金を払っても買う価値がある。


 どんな大金も命には代えられない。


「うん。あと行商人もスゴイよ。

 深層まで行って薬や食料を売るんだけど、

 ほとんど単独行動なんだよね」

「どうしてですか?」

「同じ顔触れの冒険者たちと一緒に行動してたら、

 慣れ合って商売にならないんだって。

 ある程度、距離感が無いと商談が成立しないとか」

「複雑なんですねー」


 そう、とても複雑なのだ。


 ダンジョンの中には奇妙な人間社会が構築されている。

 生死を分かつような過酷な狭い空間の中で、大勢の冒険者とそれを支える非戦闘系ジョブの人間たちがひしめき合い、お互いの懐事情を探り合いながら商売をしている。


 表の世界とは異なる独特な社会。


 街の道具屋で売られている銅貨数枚の品が、深層では金貨で取引される。

 法外に思えるかもしれないが、奥に潜れば潜るほど物の価値が跳ねあがるのだ。


 討伐したモンスターが現地でセリにかけられることもある。

 高価な素材を地上へ持ち帰れば、これまた飛び上がるような値が付いたりする。ダンジョンの奥深くまで足を運ぶ買い付け専門の業者もいるくらいだ。


 冒険者も非戦闘系ジョブの者たちも必死に働いている。

 一枚でも多く金を稼いで、明日を生き抜く糧としたい。


 見知った仲間が命を落とすことも日常茶飯事。

 それでも彼らは過酷なこの世界から抜け出せないでいるのだ。



 誰もが裕福な暮らしを夢見ている。



 この異様な世界から抜け出して、寝心地の良い布団にくるまって惰眠をむさぼりながら、美味しい物を食べて、のんびりと暮らしたいと願っている。


 しかし、それは叶わぬ夢。


 ダンジョンに潜る者たちの中には、この異様な世界で暮らすことが普通になってしまい、仕事を辞められない者がいる。

 それがアタシだよと、師匠はよく言っていた。


 首に下げた鈴を鳴らしながら。



 チリン、チリン。



 青年が歩くたびに首から下げた鈴の音が鳴る。

 この鈴の音を聞いていると不思議と安心するのだ。


 耳を澄ませて鈴の音を聞いていると、足音が近づいて来るのが分かった。

 何者かが前方から近づいて来ている。


「……止まって」

「え? またモンスターですか?」

「いや……」


 モンスターではない。

 人間だ。


 だが、時としてモンスターよりも厄介な敵になることがある。

 青年の額にジワリと汗がにじむ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >それがアタシだよと、師匠はよく言っていた。 おや!? もしかして婆だったか笑!? [気になる点] ダンジョンの中の人間関係。 非常に興味深いね。 うんうん。攻略本のマップは重要だよ。…
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