僕の友達の何が悪い!
続きです。
高く青く、どこまでも続くような青空を、飛行機が横切る。
真っ直ぐに白い線を引いて、どこかへ飛び去って行った。
「嘘つき・・・・・・」
その空の向こうに、思いを馳せる。
どこまでも続く闇。
星々が照らす冷たい海。
宇宙。
僕は知っている。
お父さんは嘘つきだ。
僕に嘘をついたんだ。
僕は・・・・・・。
「何やってるの? そんなところにしゃがんで・・・・・・」
突然、公園の隅で一人砂に絵を描いていた僕に影が被さる。
夏の風に揺れる木の葉。
見上げると、一人の不思議な雰囲気の少女と目が合った。
「君は・・・・・・?」
疑問に思いながらも立ち上がると、少女と目の高さが一致する。
背は僕と同じくらいのようだった。
けれども、見に纏う雰囲気は同年代のものとは違う。
大人っぽいというわけではないのに一目で分かる、僕たちとは違うと。
不思議な少女は、少し考えるようにしてから答える。
「大切な名前だから・・・・・・笑わないでよ?」
「うん・・・・・・笑わない」
独特の会話のテンポに少し戸惑う。
そして少女は、少し不恰好だけど眩しい笑顔でその名を告げた。
「わたしはウシ子」
その不思議な色合いを孕んだ瞳に吸い込まれそうになる。
変な名前で、けど意味も分からずなんだか圧倒されてしまう。
「僕は・・・・・・」
手に持っていた木の枝がパタリと地面に落ちる。
その少女に、僕もまた名前を告げた。
「はぁ・・・・・・あ・・・・・・」
ベッドの上で伸びをして、寝起きのあくびを溢す。
ぎゅっと瞑った目の端から涙が滲んだ。
久しぶりにこんなに長く寝た気がする。
はっきりとした時間は分からないけど、体を包むなんとも言えない倦怠感で昼過ぎなのは察せる。
寝足りない怠さと寝過ぎの怠さは別質なのだ。
「え、今何時? うわ・・・・・・めっちゃ通知来てるし・・・・・・」
『十二時半だ』
「うわ、びっくりした・・・・・・」
夏休みとは言え、やはり長く寝すぎると多少の勿体無さを感じる。
いやまぁ夏休みは毎年こんな感じではあるけれど・・・・・・。
あれ、じゃあなんでこの感じが久しぶりなんだっけ・・・・・・。
早寝早起きなんて、そんな習慣は身に付いていない。
なら・・・・・・あ、いや、そっか。
どうして毎日決まった時間に起きられていたのか、やっと目覚め出した脳みそが思い出す。
しかしそれはまた別の疑問を呼んだ。
いつもなら、わたしを叩き起こす人がいる。
いや、人ではないのだけど。
とにかく、今日はその目覚ましが無かったわけだ。
「ウシ子・・・・・・どうしたんだろ」
どうしたというか、その気配すら感じられない。
家に居ないのだ。
手に持った携帯が、メッセージを受信して震える。
わたしの既読に気づいて、先輩が反応したのだ。
「今起きたとこ・・・・・・っと」
返信を入力して立ち上がる。
「お腹すいた・・・・・・」
携帯を手に、寝巻きのまま部屋を後にした。
「それで、君はどうしたんだい? 一人で来る場所じゃないでしょ?」
ウシ子と名乗った少女が、再び話を戻す。
「そう言う君だって一人だ・・・・・・」
「そうだね・・・・・・」
何を考えているのか、何も考えていないのか・・・・・・ウシ子は空を見上げる。
やっぱり、よく分からなかった。
「君、家には帰らないの? もう昼だ。ここにも誰もいないし、君にも居る理由は無いんじゃない?」
ウシ子の言うことはさっきからことごとくブーメランで、だけど本人はまるでそれが全く当てはまらないとでも思っているかのように振る舞っていた。
わざとなのか、本当に気づいていないのか、どちらにせよ普通じゃない。
こんな素性の分からない少女に、自分のことを話さなければならない理由なんて無い。
それなのに、僕は自然と話し出した。
もしかしたら、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
「家は・・・・・・無いよ。怪獣に壊された。今はカセツジュータクっていうのに住んでる。お父さんと二人・・・・・・お母さんは、死んだ」
たまたまだった。
たまたまお父さんと出かけていて、その時に怪獣が現れた。
僕たちは非難して、そして帰ったら家が無くなっていた。
お母さんの姿も見当たらなくて、数日後瓦礫の下から見つかったらしい。
年齢も性別も分からないような状態で。
「なら・・・・・・なら、君の家は今はその仮設住宅なわけだ」
少女は笑う。
今までの人と全然違って、僕をかわいそうだって言わない。
本当に普通に、なんでもない友達と話すみたいに。
家も思い出も砕け散って、お母さんももう居ないのにじきにそんな普通に戻ってしまうのだろう。
お父さんみたいに。
「あんな場所、家じゃない・・・・・・」
少女から目を逸らす。
僕の帰る場所はあの場所だけで、だからもうどこにも帰れないんだ。
「でも、君のお父さんも心配するだろう? そんな経験の後じゃ尚更君を一人にしないはずだよ」
「・・・・・・お父さんは、嘘つきだ。お母さんは空から僕たちを見守ってくれてるって。僕に必要なのはそんな嘘じゃないのに・・・・・・」
僕は知っている。
空の向こうに広がるのは天国じゃない。
どこまでも広がる冷たい闇だ。
分かってる。
お父さんがどう言う気持ちでそんなことを言ったのか。
本当は分かってる。
けど、僕はこのまま・・・・・・まるで全てを忘れてしまったかのように日常に戻りたくないんだ。
だから・・・・・・。
「だから、家出した」
逃げて来たと言ってもいいかもしれない。
大切なものを失った後にも続いてしまう毎日から。
「ふぅん・・・・・・そうなんだ・・・・・・」
ウシ子はやっぱり笑う。
しかしその瞳は、全てを見透かすようで、単純な笑顔のそれとは異なった。
「帰ってあげなよ。きっと待ってる」
「うん、待ってると思う。でも、嫌だ。そんな嘘で誤魔化していいことじゃないんだ。お父さんにとっても」
再びしゃがむ。
枝を手に取って、砂にまた線を引き始める。
ロケット。
今の僕に必要な事実。
空の向こうにお母さんは居ないって証明しないと。
いくら空を見上げたって、誰の視線もつかまえられないんだ。
「宇宙・・・・・・宇宙に行ければ、お父さんだって納得するんだ。間違ってるって、お母さんはもう居ないって飲み込めるんだ」
僕より、きっとお父さんに必要なこと。
分かりきった嘘で自分を守るしかないんだ、お父さんは。
「・・・・・・」
ウシ子は何も言わずに僕の描く絵を見下ろす。
ただ無為に過ぎていく時間、それに不思議な少女が意味を与える。
「君は宇宙に行きたいんだ」
「え・・・・・・?」
「君と・・・・・・そしてこれ次第だね」
少女が自分の胸に触れる。
意味が分からず眺めていると、少女の体から染み出すように光の球が現れた。
「これは新しい命の種。君の思いで育てるんだ。宇宙に行きたいなら、それを叶えるのはきっと難しくない」
「え、な・・・・・・何言って・・・・・・」
戸惑っているうちにも、その光の球は僕の元へふわりと飛んでくる。
それを両手で受け止めると、淡い光は手のひらの中に浮いた。
「純粋な、君の思いを。宇宙に行きたいって、君の願いを強く届けるんだ。誰かの衝動にその種が飲まれないようにね」
「待ってよ、何言って・・・・・・君は・・・・・・」
君は何?
この光は?
僕の願い・・・・・・?
理解が追いつかない。
だけどとにかく今起きたことは普通じゃない。
全然知らない、見たことない。
きっと誰にとってもそう。
お父さんだって、きっと分からない。
少女から生まれた光の球は、僕の手のひらからこぼれ落ち、そして地面に・・・・・・砂に描かれたロケットに染み込む。
「君は、どうしたい?」
ウシ子は微笑みながら、僕を見下ろす。
僕はどうしたいのか。
そんなの決まってる。
宇宙に行って、僕にもお父さんにも言い訳を許さないんだ。
たった一つの事実を掴んで、そしてお母さんはもう居ないって・・・・・・!
「お母さん・・・・・・もう・・・・・・」
一瞬頭の中にお母さんの顔がチラつく。
瞬間、暖かい光が僕を照らした。
その光が過ぎ去る頃、この世界に新しい命が生まれる。
「なんで・・・・・・これ・・・・・・」
大きさこそ小さいが、それでもこの姿・・・・・・なんだか分からないけど、こういうものをなんと呼ぶか、なんと呼んできたかは知っている。
「怪獣・・・・・・なんで・・・・・・!?」
僕よりずっと小さい、なんなら近所の野良猫より小さいくらいの生物。
「そう、君の怪獣だよ。さ、名前をつけてあげて。きっとそれは、わたしたちにとってとても大切なことだから」
「名前って・・・・・・いや、待って。君は一体・・・・・・怪獣って、なんでこんな・・・・・・」
「細かいことは気にしないで、わたしは死に急いでるだけだよ。最期に可能性を見せて欲しいんだ」
「可能性って・・・・・・」
目の前の怪獣を見る。
当然意思の疎通は出来ない。
けれども、今はその姿に脅威も感じない。
「僕の・・・・・・怪獣・・・・・・」
僕の大切なものを奪ったものと同種の生物。
だけど湧き上がる感情は憎しみじゃない。
怪獣にゆっくり手を伸ばす。
その指は、当然の結果として怪獣に触れた。
そのゴツゴツした感触が、本物を物語る。
たまたまだった。
僕がここに居たのも。
そこにウシ子が来たのも。
僕とこいつが出会ったのは、たまたまなんだ。
けれども、その偶然に名前をつける。
僕の願いを込めて。
「君の・・・・・・君の名前は、ミーティアだ」
宇宙の海を切り裂く、一筋の流星。
ミーティア。
それがこの奇跡の名前だ。
目が覚めて、しばらく先輩たちとメッセージでやりとりをしていた。
そしていつのまにか・・・・・・。
「いや、なんでわたしん家なんですか・・・・・・」
いつのまにか先輩とソラがわたしの部屋に集まっていた。
先輩は身を乗り出すようにしてわたしの前に座り、ソラは何か探すみたいにキョロキョロしていた。
「ユニ、ウシ子ちゃんは?」
「ソラはそれが目当てか・・・・・・。ウシ子、なんか午前中にどっか出かけたみたい。お母さんが言ってた」
「あー、それでユニお前今日ずっと寝てたのか・・・・・・」
「先輩うるさいですよ」
いきなりだったから特にお菓子とかもないけど、まぁそれは本人たちも承知の上だろう。
ていうか別にいきなりじゃなくても特別おもてなしはしないと思う。
「それで・・・・・・ユニ、結局あの後どうなったんだよ? な?」
先輩が興味津々といった具合で更に身を乗り出す。
あの後というのは、つまり翔くんと何をしていたのかというわけで・・・・・・。
「別に何も無いですよ。あ・・・・・・あれ、貰ったくらいです」
「あれって・・・・・・ああ、あれか」
わたしが指を差した先のぬいぐるみ。
なんだかんだ気に入ってはいる。
先輩はそれを見つけると、やや期待はずれそうにして静かになった。
「ユニー・・・・・・!」
と、そこに突然声がやって来る。
お母さんの声だ。
その声から遅れて少し億劫そうに顔を見せる。
何か頼み事があるときの表情だった。
「お母さん・・・・・・何? 今友達と・・・・・・」
「はいはい、口答えしない。頼む前に断らない!」
「絶対にやらす気じゃん・・・・・・」
お母さんはソラや先輩が居るのも関係無しに部屋に入って来る。
頼み事だけならわざわざ入らなくてもいいって言うのに。
「・・・・・・それで、何・・・・・・? 今じゃないとダメ?」
「ダメ。あーたね、そういうとこよ。もうすぐお昼なんだし、ウシ子ちゃん呼んできて」
「いや、どこ居るかわかんないよ・・・・・・」
「いーから、どっか居るから。探してきな」
「えー・・・・・・でも友達居るし・・・・・・お母さんが・・・・・・」
「ユニ、行け」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・はい」
というわけで探しに行くことになってしまった。
まぁある程度目星はつくというか、大体いつも行く場所は決まっている。
公園か、そうじゃなきゃコンビニでアイスを物欲しそうに眺めてたりする。
「あ、お二人さんはご飯食べてく? ごめんね、ユニが・・・・・・」
「お母さん!」
お母さんの言葉に二人が困った顔をする。
先輩が「流石にそれは・・・・・・」と苦笑いで断った。
「それじゃ・・・・・・わたし行くから」
余計なことしないようにお母さんに視線で釘を刺す。
「あ、待てよ。アタシも行くぞ?」
「え?」
「あ、じゃあわたしも・・・・・・ウシ子ちゃん会いたいし」
「え・・・・・・?」
そもそも大した予定も無くて暇だったのか、二人の判断は早い。
というかソラに関しては本当にウシ子に会いに来ただけだったのかも分からない。
「これ・・・・・・どうなってるの?」
何か教えたわけでもないのに、ミーティアは僕について来る。
気がついたらミーティアは僕の身長を追い越していた。
「成長したんだよ。まだ大きくなる」
「怪獣だから・・・・・・?」
「違うよ。君が望んだからだ」
「僕が・・・・・・」
相変わらずウシ子の言うことはよく分からない。
というかその行動もよく分からない。
家出して、帰るわけにもいかず目的なく彷徨い歩く僕に着いて来て・・・・・・それで一体何になるというのか。
そもそも僕にミーティアを託したのは、どんな意味があるのか・・・・・・。
きっとこれは考えて分かることじゃない。
だから、この出来事は僕にとっての意味だけを考えればいいのだ。
どこかを車が走る音が聞こえる。
それだけじゃない、自転車や買い物帰りの足音や多くの気配であふれてる。
「これって・・・・・・結構マズくない?」
ミーティアは既に人間の大人ほどの身長。
隠れるつもりもなく我が物顔で僕の数歩後ろを歩いている。
お昼時だから幸い往来は少ないが、無いわけじゃない。
もし見つかったら、一体僕はどうなるのだろう。
振り向いてミーティアの顔を見上げる。
鳥類と爬虫類の中間のような顔。
それを鈍色の硬質な鎧のようなものが覆っている。
赤く光る小さな目は、真っ直ぐに僕を見つめていた。
そこから全身に目が向く。
頭部と同じく、その全身は鎧みたいな外骨格に守られている。
二足歩行で、円筒形を連ねたような多関節の腕がくるぶし辺りの位置まで垂れている。
肩には岩から粗く削り出したような鋭い突起が生え、真っ直ぐに天を突いていた。
その指までもが筒状で、内側の空洞が何のためのものなのかどうなっているのかは窺い知れない。
それらの特徴を総括して、やはりどこか攻撃的な印象を抱く。
何も知らない者からすれば尚更その姿は脅威に映るはずだ。
こんなに大人しいのに。
「ミーティア・・・・・・その、なんとか隠れられない?」
言葉が通じるかも分からないが、それでも呼びかける。
ウシ子の口振りから、僕の願いの影響を強く受けるみたいだし・・・・・・僕が望めば姿を消せるようにも、言葉を話せるようにもなるのかもしれない。
だが・・・・・・。
ミーティアは僕の顔を凝視するが、その様子はとても言葉を理解しているようには見えない。
もちろん透明になる様子も無かった。
「うわっ・・・・・・」
ミーティアがこちらに顔を寄せて来る。
僕の怪獣とは言っても、怪獣は怪獣。
拭い去れない畏れがあった。
ミーティアは僕の匂いを嗅ぐようにして、そしてその鼻先を僕の額に触れさせる。
金属のような冷たい感触が、前髪をかき分けた。
「えっと・・・・・・これにはどんな意味が・・・・・・?」
この行動をどう解釈していいかわからなくて、面白そうに眺めているウシ子に尋ねる。
「さぁ・・・・・・?」
しかし全く役に立たないのであった。
ミーティアの鼻から吹き出す熱い息に髪が揺れる。
困惑しながらも、その鼻先を掴まえてそのゴツゴツした表面を撫でた。
ミーティアは僕よりずっと大きいのに、まるで子犬みたいにその頭を擦り付けてくる。
「ミーティア・・・・・・い、痛いよ・・・・・・」
相手が犬ならくすぐったいで済む場面なのだが、ミーティアはその体表が硬質かつ鋭利なので普通に痛い。
だけど、嫌な感じはしなかった。
少なくとも、この行動に滲むのは害意じゃない。
僕の言葉に応えたのか、たまたまタイミングが重なったのか、ミーティアの頭がゆっくりと離れる。
そして僕の行動をなぞるように、その大きな手のひらで僕の頬を撫でた。
「君に応えてる」
「うん・・・・・・それは、僕にも分かるよ」
ミーティアの手のひらに僕の手のひらも重ねる。
硬くて、大きくて、逞しい。
けどその力加減は優しくて・・・・・・。
「僕の・・・・・・怪獣・・・・・・」
何かが胸を満たしていく。
目をつぶってそれを感じて、なんだか目が覚めるような感覚でもあった。
ミーティアは、ここに居る。
「君は・・・・・・僕の友達だ」
僕の心がミーティアを作ったんだ。
ミーティアを理解するのに時間はかからない。
ただ、それは僕に限った話に過ぎないのだけど。
ウシ子を見つけるのは簡単だった。
そりゃ隠れてるわけじゃないからそうなんだけど、問題はそこからだった。
「何・・・・・・あれ・・・・・・」
ウシ子を見つけるのと一緒に、見つけてしまった。
というか、一緒に・・・・・・居る。
「怪獣・・・・・・だよな、あれ・・・・・・」
「怪獣ですね・・・・・・」
先輩たちにも問題なく見えているようで、わたしの見間違いという線は潰える。
「コスプレって可能性も・・・・・・」
「いや、ないでしょ」
思考は現実から逃げる・・・・・・が、ソラに一刀両断されてしまった。
別にただ怪獣を見つけただけならやっつけて終わりなのだが、しかし今回は少し状況が複雑だ。
ウシ子と怪獣と、それから全然知らない少年が並んで歩いている。
もう・・・・・・正直何が起きているのか分からない。
「いや・・・・・・本当にどういう状況? え、どうすればいいの・・・・・・?」
その問いの答えは先輩もソラも持ち合わせてない。
お手上げだ。
だが・・・・・・。
「見て見ぬふりは出来ないか・・・・・・」
わたしたちがどうしたらいいのか、それはわたしたちには分からない。
でも、向こうにはウシ子が居るわけだし・・・・・・何かしらの説明はしてくれるだろう。
躊躇う気持ちを振り払うように、思い切ってその前に飛び出す。
「あ、おい・・・・・・ユニ」
先輩が後ろから呼び止めるように声をかけるが、それだけで特に一緒に来てくれるとかでは無かった。
「「あ」」
まず少年と目が合う。
お互いに短く声を上げて、まぁ「見つかった」ってなところだ。
いや、わたしはまぁ見つかりに行ったんだけど。
「あ、ま・・・・・・どうしよう! み、ミーティア! えっと隠れ・・・・・・いや、隠れてもしょうがない! いや、あ・・・・・・ミーティア、行け!!」
「え、ちょ・・・・・・!?」
焦った少年がわたしを指差す。
それに従うように、怪獣はわたしに向かって走り出した。
『ユニ! 変身するぞ!』
「いや、ちょっと待って! 分かんない! てか人見てる!」
『別に子供一人くらい、バレたらちょっと嫌程度の話さ』
「そういう前向きさ要らないから!」
とは言え実際襲ってくるというなら、自分の身は守らねばならない。
ほとんど事故のような流れだったとしても、必要があれば戦う。
怪獣の大きさも大したことないようだし、特殊な攻撃をしてくる様子もない。
経緯はどうあれ、人を襲う者を野放しには出来ない。
一人に正体がバレることと、危険の排除を天秤にかければ、その答えは明白だった。
向かってくる怪獣に、真っ直ぐ右手を突き出す。
その右手首に左手を添え・・・・・・。
「ユニオン・・・・・・!!」
ユニオンリングを回転させた。
光をくぐり抜けて、突撃してくる怪獣に立ち向かう。
伸ばした右手を引っ込めて、そしてもう一度怪獣の胸目掛けて突き出した。
「ミーティア・・・・・・!」
わたしの拳打で、怪獣が派手に吹っ飛ぶ。
その様を見て少年は叫んだ。
「なんだ・・・・・・どうしたん・・・・・・ってユニ!? え、変身したんか!」
「そう・・・・・・!」
騒がしさにこちらを覗いてきた先輩に答える。
そうしている間にも怪獣は再び立ち上がり、だからわたしも構え直した。
「あー・・・・・・」
ウシ子が何か言おうとするが、怪獣がそれを遮るように迫ってくる。
その拳は、赤く輝いていた。
「な、何あれ・・・・・・!?」
『気をつけろ、ユニ! あの温度・・・・・・少しでも触れたら無事じゃ済まないぞ!』
「そんなこと言ったって・・・・・・!」
拳から発せられる熱が、陽炎のように大気を歪める。
怪獣はその異様に長い腕を活かして、遠心力に任せて拳を振るった。
オレンジ色の軌跡を描くそれをバックステップで避ける。
命中していないが、胸の前を高温が通り過ぎるのをはっきりと感じた。
続く二撃目。
もう片方の腕での、掬い上げるような攻撃。
慌ててその熱を躱すが、それが通り過ぎたころには既に三撃目の準備が整っていた。
反射的に身をかがめるが、怪獣はそれに高さを合わせてくる。
「まずっ・・・・・・」
このままじゃあの輝きがわたしの体にクリーンヒットだ。
それがもたらす痛みはとても考えたくない。
重心が前に傾いている所為で、飛び退くのでは間に合わない。
どのみち接触は避けられなさそうだ。
なら・・・・・・。
低い姿勢のまま、前に踏み出す。
その燃え盛る拳がわたしに衝突する前に、懐に飛び込んでその多関節の腕を掴まえた。
遠心力のままその拳はわたしの背中まで迫るが、その前に関節の可動域の限界が来てくれたようでギリギリの位置で静止した。
しかしまだ余裕は生まれない。
わたしの頭上、怪獣の口が輝き出しているのを既に感じる。
火球か光線かは分からないが、この位置じゃ直撃は免れない。
その攻撃を阻止するべく、マジカルセイバーを展開する。
お互いの発する光が重なり合い、複雑な色合いを表現する。
そして怪獣の口からエネルギーが放出される直前・・・・・・。
「ちょっと、お互いに待った」
ウシ子の声が響き渡った。
「え・・・・・・」
ウシ子の言葉にマジカルセイバーの光が散る。
それと同時に怪獣の口からも光が消えて、黒煙が登る。
「言葉が・・・・・・分かるの・・・・・・?」
見上げた怪獣のその表情は、わたしには少し解釈が難しかった。
「見つかってしまったけど、見つけたのが君たちでよかったよ。この怪獣はミーティア。この少年の怪獣だよ」
「本当に大丈夫なの・・・・・・?」
「それは少年とミーティア次第だね。二人が世界に散らばる破壊衝動に負けなければ、ミーティアは危険な怪獣にはならない」
家のベランダに出て、みんなで空を見上げる。
その空には飛行機雲。
だがそれは飛行機が残したものじゃない。
あれは、ミーティアが残したものだ。
あの後、お互いの立場を理解したわたしたちはとりあえず不干渉を選んだ。
少年は家出中だったらしく、今頃はわたしたちと同じように自分の家から空を見上げているだろう。
これからもどんどん巨大化していくというミーティア。
それを隠しておくのは容易じゃない。
そんな状況に置かれたミーティアが選んだのは、空だった。
ここからでも、空を旋回するミーティアの姿が見える。
確かに空ならどれだけ大きかろうとあまり関係ないだろう。
「けど・・・・・・ここから見えるってことは、もうそうとう大きくなってるよね・・・・・・」
ソラが太陽の眩しさに目を細めて言う。
もしかしたら少年にその姿がよく見えるように、自ら成長を加速させたのかもしれない。
「もし・・・・・・もしミーティアがいい怪獣になれたら、それってわたしたちは怪獣と共存出来るってことなのかな」
そう思うと、自然意識はウシ子に向く。
怪獣を生み出してしまう怪獣、ウシ子。
ウシ子はたぶん、そんな存在に生まれたことを少し悲しんでいる。
もし怪獣と共存出来るなら、ウシ子はそんな風に思わなくていいわけだ。
だからウシ子は、少年にミーティアを託したのかもしれない。
「仮にミーティアがそうなれたとしても、それは一つの奇跡でしかないよ。・・・・・・でも、少し見てみたかったんだ」
表情を変えずに、ウシ子は言う。
視線は空に注いだまま・・・・・・。
そんな姿が少し寂しげというか、どこかに行ってしまうような感じがして、だからその肩を抱き寄せた。
「上手くいくといいね」
ソラが小さく呟く。
わたしはそれに頷くでもなく、再び空を見上げた。
雲を切り裂くミーティアの姿はまるで流れ星みたいで、まだ日の暮れない内から夜を感じさせた。
「ミーティア・・・・・・」
狭くて、思い出なんてかけらもありはしない家。
住むためだけの場所。
そこから、夜空を見上げていた。
ミーティアはお母さんと違ってちゃんと空から見守ってくれている。
嘘じゃないし、幻でもない。
その指先から炎を吹き出し、まるでロケットみたいに夜空を旋回している。
それを見上げれば、今はその時間に浸れて色々なことを考えずにいられた。
ミーティアのいる夜空だけが、今の僕の拠り所だ。
僕が望んで、僕の思いで育った、僕の怪獣。
僕の・・・・・・ミーティア。
夜空を切り裂く流星は、見上げる僕の瞳を照らした。
浅い眠り。
部屋の外からはお母さんが料理する音が聞こえる。
夢とも現実ともつかない場所で、けれどわたしの意識は思考する。
心配事は二つ。
ミーティアと、それからウシ子のことだ。
ミーティアに関しては、今後どう転ぶか分からないわけだし、単純に気が抜けない。
そしてウシ子は・・・・・・。
ウシ子は・・・・・・よく分からない。
ただなんとなく不安で、それが頭から離れないんだ。
何か変って言うか、いや・・・・・・変なようには見えないのだけど・・・・・・。
「わたし・・・・・・」
何かを聞いた気がして、ゆっくりと目を開く。
視界に溢れるのは、わたしの部屋の明かりだった。
「ウシ子・・・・・・?」
やや寝ぼけたまま、音の正体を探る。
その次の瞬間、わたしを揺れが襲った。
それで一気に目が覚める。
「え・・・・・・何? 地震・・・・・・?」
部屋にはわたし以外誰もいない。
揺れは止んだかと思えば、再び強い揺れが照明を揺らした。
『ユニ・・・・・・地震じゃない!』
「・・・・・・そうみたいだね・・・・・・」
ミーティア、なのだろうか?
まだ頭の回転が本調子じゃないが、急いで部屋を飛び出す。
するとそこには、お母さんが居た。
「あ、お母さ・・・・・・」
「ねぇ、ユニ・・・・・・あれ・・・・・・」
まるでわたしの声なんて聞こえてないみたいに、お母さんが呟く。
その視線は窓の外に釘付けだ。
瞬間、窓から光が溢れるように注がれる。
廊下の照明すら覆い隠してしまうような強い光が目を焼いた。
マズい、とそう思った。
何が起こったか分からないまま、必死に手を伸ばす。
「お母さん・・・・・・!!」
その瞬間、窓ガラスが砕けてその破片が舞い散った。
割れた窓から眩い光と、分厚い風。
なんとかお母さんを庇うことには成功したが、今は気を失ってしまっているみたいだった。
『ユニ・・・・・・!』
「分かってる!」
音と揺れと光の正体。
わたしの家の目の前に出現した、怪獣。
どことなく見覚えのあるようなそれは、しかし少なくともミーティアではなかった。
「マキナさん・・・・・・大丈夫ですか?」
「あ、ああ・・・・・・お前ん家のものが少なくて助かったわ」
突然の揺れに照明が暴れ、机の上の小物が転がり落ちる。
相変わらずわたしの家に入り浸っているマキナさんも、姿勢を低くして状況を確かめていた。
「今の揺れ・・・・・・地震ってこたないよな・・・・・・。ていうかこの揺れ・・・・・・」
「うん、知ってる。最初の怪獣のときの揺れと同じ」
確信する。
また地中から怪獣が現れたのだ。
地中から出たならミーティアではないだろうが・・・・・・。
慌ててベランダに確認へ出る。
探すまでもなく怪獣の巨体はすぐに見つかった。
夜の街に突然現れた、銀色の怪獣。
その目は真っ白に明るく輝いている。
「なんだあれ・・・・・・ロボッ・・・・・・ト?」
マキナさんが首を傾げる。
確かにその体は金属で出来ているようだった。
また、その体格にも見覚えがある。
最初に地中から現れたあの怪獣に似ているのだ。
まるであのときの怪獣をそのまま機械にしたような・・・・・・。
「っていうか、あの場所・・・・・・!」
怪獣が現れた場所に、覚えがある。
今日も行った場所だ。
怪獣の目の前にあるのは・・・・・・。
「ユニの家・・・・・・」
機械の怪獣は、薄い雲が浮かぶ夜空に咆哮した。
緊急事態だ。
このままじゃわたしの家もお母さんも無事じゃいられない。
いちいち律儀に玄関から出るわけにもいかず、さっき割れたばかりの窓枠に足をかける。
『ユニ!』
「いくよ・・・・・・ユニオン!!」
光となって窓から飛び出し、そして向かってくる怪獣を受け止めた。
銀色の体に、光り輝く目。
その姿は怪獣と言うより、ロボットと言った方が適切かもしれない。
分厚い胴体に、地を踏みしめる逞しい足。
手首の先からは両手ともドリルになっていて、いよいよ生物と呼びがたい。
その鼻先からもドリルは伸び、街明かりを反射してぐるぐると回転していた。
少しでも家から離そうと、その腹部にキックする。
足の裏がしっかりとその胴体を捉えるが、しかしダメージどころか歩みを止めすらしなかった。
というかむしろ加速する。
単純なパワーだと押し負けているようで、徐々にキックした足ごと押し返されてしまう。
「くっ・・・・・・」
後ろを見ればすぐにわたしの家。
これ以上は・・・・・・。
その両腕を脇に抱えて、こちらも全力で押し返す。
とその時、両脇に抱えたドリルが高速回転を始めた。
「ぐっ・・・・・・」
コスチュームとドリルが擦れて激しく火花を散らす。
痛みが熱となって渦巻き、しかし退くことは当然出来なかった。
『ユニ! 無茶だ! これではダメージが・・・・・・』
「けど、だってわたしの家・・・・・・! 退けるわけないじゃん!」
中にはお母さんだって居るんだ。
歯を食いしばって堪える。
パワーは向こうが上なので押し返すこともままならず持ち堪えるので精一杯だ。
足がずるりと地面を滑る。
踏ん張るが、それでも怪獣に無理矢理押される。
「くそ・・・・・・」
状況は好転しない。
停滞ですらなく、緩やかな悪化だ。
『ユニ・・・・・・!!』
「・・・・・・今度は何!?」
怪獣の鼻先のドリルも、甲高い音を鳴らしながら高速回転する。
それはわたしの頭を粉々にしようと、鳥が虫を啄むように突き出された。
首を傾けて避けるが、当然一度じゃ終わらない。
何度も、わたしの頭を砕くまで執拗に攻撃を繰り返す。
「こ、これじゃ・・・・・・」
徐々に縮む怪獣とわたしの家の距離。
わたしが避けたら、鼻先のドリルが家を破壊してしまうかもしれない。
意を決して、両脇に抱えたドリルをより強く締める。
最初の怪獣とはそもそも出力が違うようで、そんなことで止まる様子はない。
だがその必要も無い。
今は。
ドリルを両脇に抱えたまま、怪獣の体を足でわたしから引き離す。
そうすることで頭が離れて・・・・・・。
怪獣のドリルがわたしの顔の正面でピタリと止まる。
その短い首じゃ、わたしには届かない。
ただ同時に両脇のドリルのダメージも加速する。
膠着状態というわけでもなく、後は先輩たちに頼るしかない。
夜の闇に火花が飛び散る。
体の芯に振動が伝わり、それに力が溶けていくようだった。
『ユニ・・・・・・無茶だ。このままでは君の命が危ない!』
「でも・・・・・・!」
ユニオンと融合した今、おそらくわたしの命はわたしだけのものじゃない。
わたしが倒れれば、怪獣は今よりずっと被害を生むだろう。
けど、そんな命に変えても譲れないものがあった。
今ここを守れるのはわたしだけ。
わたしだけしかいないんだ。
怪獣が先っぽが断たれたような形状の尻尾の先端からジェット噴射する。
推進力で体が傾き、わたしの足が怪獣から離れる。
頭部のドリルも、わたしの首の横で火花を散らした。
「ぐぅ・・・・・・」
どうしようもなく力が足りない。
変身してからこんなにも無力さを感じたのは初めてかもしれない。
今までなんだかんだなんとかなると思ってたけど、今はそれが見えない。
じりじりと押されていく。
段々と腕の力も弱まり、負けに傾けていく。
そして、わたしの背中が家の壁に触れる。
するとすぐに抑えきれない力が壁にヒビを走らせた。
「くそ・・・・・・なんで・・・・・・」
頭の中が真っ白になって、胸の中にわけわかんない気持ちがぐちゃぐちゃになる。
絡まって抜け出せなくなって、何も考えられなくなる。
しかし、それを聞いたことのある声が切り裂いた。
「ウルトラクレセントスラッシャー!」
空から高速で迫る三日月状の刃。
それが怪獣の背中に衝突して激しく火花を散らした。
夜空に浮かぶ青い光。
「ソラ・・・・・・!!」
「なんとか間に合っ・・・・・・た?」
怪獣はすぐさま狙いを切り替える。
ジェット噴射をやめて再び地を踏みしめ、体の向きを変えた。
その正面にソラが着地する。
「マキナさんもすぐに来る。ほら、気ぃ抜かないで!」
「う、うん・・・・・・!」
ソラの言った通り、雲の上を赤い光が飛んで来る。
「待たせたな」
そして怪獣を囲むような位置に着地した。
「先輩、遅い・・・・・・!」
「うっせ。・・・・・・でも、まぁよく持ち堪えたな」
「こんなときに先輩感出さないでくださいよ、もう・・・・・・」
そんなこと言ってはいるが、しかし本当はすごく嬉しかった。
そのくらいのこと、先輩だって気づいているだろう。
「で、あいつ・・・・・・そんな強いのかよ・・・・・・」
街の明かりの中に佇む異質な光。
そいつは未来から送り込まれた大量破壊兵器でも古代の超文明のオーパーツでもない。
この現代で、人々の心から生まれた怪物だ。
「マジカルセイバー・・・・・・」
さっきの仕返しとばかりに、マジカルセイバーを展開する。
わたしの戦いの意思を受けて、二人も戦闘態勢をとった。
「ダークネスミサイル!」
「ウルトラ光輪!」
二人の遠距離攻撃に合わせてわたしも突撃する。
ミサイルが炸裂するのと一緒に拳を叩き込み、光の輪が装甲の上を走るのに合わせてマジカルセイバーを振り抜いた。
爆煙の中で光輪が砕け、マジカルセイバーも光を散らすばかりで傷をつけることはない。
防御力もまた尋常じゃないようだ。
ダメ元でもう一度刃を振るうが、その腕をドリルに弾かれてしまう。
そして・・・・・・。
「やば!」
指の無い腕を器用に絡ませてわたしの体を持ち上げた。
「ユニ! 大丈夫か!?」
先輩の声が届くが、わたしは全く身動きがとれない。
ソラが光輪を飛ばすが、明確なダメージを与えているようには思えない。
先輩は先輩で、わたしが邪魔になって撃てないみたいだ。
「うわ・・・・・・わ・・・・・・」
わたしの体重を支えても、怪獣はよろけもしない。
そしてドリルの回転も混じえて、わたしを地面に叩きつけた。
衝撃が重く地面に響く。
「ちと場所が悪いな・・・・・・。ユニも戦いづらいだろ」
チラリとわたしの家の方を見て先輩が呟く。
その肩には既に二つの砲口が展開されていた。
「一か八か・・・・・・ダークネスビーム!」
夜を切り裂く二筋の光。
それがわたしを投げ飛ばした怪獣を捉える。
もっともその体にダメージを与えることは出来ないし、期待していない。
その推進力で、怪獣を撃ち上げるのだ。
怪獣の体表で光線は偏向、拡散し、周囲に小規模な被害を撒き散らす。
だが、怪獣の足が地面から離れることはない。
「・・・・・・ダメか・・・・・・」
「いや、わたしも・・・・・・!」
諦めかけていた先輩に力を貸す。
もう一度マジカルセイバーを構えて、その切先を怪獣に向ける。
そして・・・・・・。
「オーバーレンジッ・・・・・・!!」
光の刃がまるで光線のように真っ直ぐ怪獣に伸びる。
その光は怪獣の胸にぶつかり、そしてついにその体を空に跳ね飛ばした。
「「やった・・・・・・!」」
が、まだ足りない。
このままでは街明かりの中にそのままダイブだ。
わたしのお母さんが守れても、その被害は計り知れない。
「間に合って・・・・・・」
すかさずソラが光輪を飛ばす。
ソラの操作によって空を舞うそれは、怪獣を下から切り上げてその飛距離を伸ばした。
怪獣はジェット噴射で減速するが、既にその体は廃墟と貸した地域の上空にある。
その巨体をジェット噴射だけで支えることは出来ないようで、やがて光の灯らない街に落下した。
その怪獣を追って三人で駆けて行く。
到着する頃には、怪獣はもう立ち上がっていた。
それなりに攻撃を食らっているはずなのに、まるで弱っている様子がない。
三人を相手にして、怪獣は堂々とした佇まいで聳える。
眩しく光る目が闇に浮かぶようだ。
「待って・・・・・・あいつ、何かするつもりだ・・・・・・」
少し様子の変わった怪獣に身構える。
両腕のドリル、それがハサミのように開き、そしてその中には・・・・・・。
「あれって・・・・・・」
『ミサイルだ・・・・・・!』
わたしたちがその正体に気づくのと同時に、巨大なミサイルがドリルから発射される。
それは煙の尾を引き、真っ直ぐこちらに向かって来た。
「くっ・・・・・・」
慌てて防御姿勢をとるが、しかし二つのミサイルはわたしを通り過ぎる。
「あっ・・・・・・避けて!」
振り向いて先輩とソラに叫ぶが、二人は完全に捕捉されているようでその追尾からなかなか逃れられない。
「くっそ、こいつ・・・・・・しつこすぎだろ!」
「さ、サイコシールド・・・・・・!」
ソラがシールドを展開するが、そのシールドは容易く破壊される。
そうしてミサイルは直撃してしまった。
「「ソラ・・・・・・!」」
続いてソラの被弾に気を取られた先輩もミサイルに捕まってしまう。
「おい、マジかよ・・・・・・」
向かって来る脅威になす術もなく、先輩からも爆炎が上がった。
黒煙が夜空に昇っていく。
ただそれだけ。
「そ、ソラ・・・・・・先輩・・・・・・?」
二人は起き上がってこない。
『大丈夫だ、生きている・・・・・・が・・・・・・』
この戦力差を埋めるものは無い。
わたし一人では、絶対に覆らない。
「嘘・・・・・・こんな・・・・・・」
だが迷っている時間なんて怪獣は与えない。
未だ煙の昇るドリルを閉じて、こちらにずしりずしりと向かって来る。
「マジカルセイバー・・・・・・!」
効かないと分かっていても、これ以外に手立てがない。
光の刃を携えて、怪獣に駆ける。
その刃を真っ直ぐに突き立てようとするが、全く通らない。
「この・・・・・・!」
さらに力を加えるが、怪獣のドリルに容易く弾かれてしまった。
そこに続くドリルの一突きで、とうとうマジカルセイバーが砕けてしまう。
そして・・・・・・。
「うっ・・・・・・」
わたしの腕に噛みついた。
怪獣の口の中には、いくつもの回転する刃が並んでいる。
わたしの腕を咥えた状態で、それを容赦なく回転させた。
「っ・・・・・・あぁっ・・・・・・」
血液の代わりに激しく火花が迸る。
今まで感じたことのない、鋭い痛み。
必死に腕を引き抜こうとするが、しっかりと挟まれてしまって微動だにしない。
終わりの見えない苦痛。
もしかしたらこの腕が両断されるまで続くかもしれない。
『ユニ! 変身を解除するぞ! このままでは君が助からない!』
「で・・・・・・も・・・・・・!」
『私は君を巻き込んだのだ。死なせるわけにはっ・・・・・・!』
ここでわたしが諦めるわけにはいかないのに、なのに段々意識が沈んでいく。
三人が万全の状態になるまで待ったとして、その間この怪獣は野放しだ。
わたしたちが今まで守って来たものが崩れ去るのは容易い。
それなのに・・・・・・。
「ユニオ・・・・・・ン・・・・・・」
『ユニ、済まない・・・・・・』
無数の声の中を泳いでいた。
無数の意思の間を泳いでいた。
自分は何者で、この体は何なのかをずっと探していた。
渦巻く、衝動。
壊せ、壊せ、壊せ・・・・・・と幾重にも重なった声が囁く。
しかしその声たちにもかき消されない、ただ一人の声が自分を形作った。
「ミーティア」
自分に名を与えた声。
自分に願いを託した声。
いくつもの激しい声よりも、そのたった一つの穏やかな声がすっと馴染んでいった。
その声が自分の在り方を定めたのだ。
そう、わたしはミーティア。
彼を守り、見守り・・・・・・そして彼に望む景色を見せなければならない。
いや、見せたいのだ。
たった一人の声が、一体の怪獣の中に“わたし”を産む。
この星のどの生物にも似つかない。
頑丈で怪力で、だけど今がそれを活かすときなのだ。
腕の関節を連結させて、ゆっくりと姿勢を整える。
これは遥か彼方の宇宙を目指すための機能だったが、違う使い方だってできるのだ。
満天の星の下、薄い雲を見下ろす。
そして、体内に点火する。
炎を吹き出し、一筋の流星となって・・・・・・。
夜空の雲を、貫いた。
『あれは・・・・・・』
ユニオンの声に白みかけていた意識が舞い戻る。
目の前には怪獣。
変身は解けていない。
「って痛いっ・・・・・・つの!」
意識が鮮明になった所為で再び痛みが舞い戻る。
『ユニ・・・・・・シールドを展開するぞ』
「え・・・・・・なんで?」
尋ねるが返事はなく、そのまま体の主導権を握られる。
久しぶりの感覚だ。
『やはり出力が不安定か・・・・・・。ソラが居ないとな・・・・・・』
左手から広がる透明なシールド。
それは怪獣ではなく空に向いている。
「え・・・・・・」
何をしているのか分からない。
考えれば分かるのかもしれないが、それが分かる前に結果が訪れた。
シールドが一瞬たわんだかと思うと、すぐに砕ける。
その瞬間辺りが熱と光に包まれた。
『やはり無理だったか・・・・・・』
いきなり体が灼熱地獄に放り出される。
おまけに衝撃もおまけにしちゃいけないレベルで凄まじく、ぶっちゃけ今日一番のダメージだ。
光が過ぎ去るのと一緒に吹き飛ばされ、辺りに火の灯った瓦礫に叩き付けられる。
いや、炎に関しては辺り一面が火の海だ。
酷い耳鳴りのようなものに頭を押さえ、まだ色の戻らない景色を観察する。
そこには体表がドロドロに溶けて胸に大穴の空いた怪獣と、それから・・・・・・。
「ミーティア!?」
もう一体、怪獣が居た。
ミーティアはわたしに目もくれず怪獣に掴みかかる。
「これって・・・・・・」
『あの怪獣には明確な意思を感じる。感情と言ってもいい。私たちの・・・・・・味方だ!』
「ミーティアが・・・・・・味方・・・・・・」
真っ先に浮かぶのはウシ子の顔。
怪獣と人の可能性が、今結実したのだ。
しかしわたしはとても今すぐに起き上がれるような状態じゃない。
多少無理するにしても、痛い熱い以前に体がまるで動かないのだ。
「ミーティア・・・・・・頼むよ・・・・・・」
だからわたしも全面的に信頼する。
怪獣のミーティアを。
掴みかかったミーティアは、手のひらを赤熱させ怪獣の腕を破壊しにかかる。
だが怪獣も負けてはいない。
未だ冷め切らないドリルを、ミーティアの長い腕に突き立て、力強くそれを押し込んだのだ。
高速回転するそれは頑丈そうな外骨格を容易く突き破り、ミーティアの腕に穴を開ける。
その穴からは本来指先に行くはずだった炎が吹き出していた。
しかしその攻撃を受けても、ミーティアは力を緩めない。
正常な流れでなくなった火炎は、ミーティア自身すら傷つける。
それでも炎の威力も弱めなかった。
ミーティアが怪獣を蹴り飛ばし、距離を開ける。
怪獣はその怪力に容易くよろめき体勢を崩した。
そこに両手のひらを向けるミーティア。
何かをするつもりのようで、外骨格の無い部分が炎のオレンジ色に染まっていった。
まるで一つの巨大な大砲のように組まれたミーティアの腕から、火炎が放射される。
その勢いは凄まじく、まるで槍のようだった。
その炎の凄まじい威力に、怪獣の両腕が吹き飛ぶ。
腕の外れた肩から配線みたいなものが飛び出した。
機械だから怒りの形相を浮かべることはないが、まるで激怒したかのように火炎放射を終えたミーティアに突撃する。
鼻先のドリルで喉を抉り、そして肩でミーティアを突き飛ばした。
それにミーティアも激しく体勢を崩す。
残骸の上に倒れて苦悶の咆哮をあげた。
「ミー・・・・・・ティア・・・・・・」
勝負は互角。
どちらも既に致命傷を負っている。
これをただ倒れ伏して眺めてるだなんて、正義の味方のすることじゃない。
手を地面について、ゆっくり立ちあがろうとする。
もう十分休んだだろ、ユニ!
丈夫さだけが取り柄じゃないか!
自分を叱咤し鼓舞する。
苦痛に抗って、歯を食い縛る。
そうしている間にも、怪獣は次の行動に移る。
口を開いて、また噛み付くのかと思ったら・・・・・・今度はその喉から棒状の何かが伸びて来た。
一瞬銃口かとも思うが、筒状にはなっていない。
銃口というよりは・・・・・・。
『電極だ・・・・・・』
ユニオンがその答えを口にする。
それと同時に、未だ立ち上がれないミーティアに向かって放電した。
幾重にも枝分かれした電撃が、ミーティアの外骨格を焦がす。
やがて白い煙が上がって、焦げ臭い匂いが充満した。
いけるな、ユニ。
いや、いくんだ・・・・・・ユニ!
こうしちゃいられないと、思い切り立ち上がる。
「うおぁぁぁぁあっ・・・・・・!!」
叫んで痛みを誤魔化して、駆け抜ける。
そして放電を続ける怪獣に飛び蹴りをした。
怪獣はバランスを崩して倒れる。
放電も止まった。
「根性見せろよミーティア! こんなところで死ねないでしょ!」
お互い。
わたしの言葉に反応したのか、ミーティアが大地を拳で打つようにして立ち上がる。
対する怪獣は腕がないのもあってまだ起き上がれないままだ。
その怪獣に、ミーティアと一緒に拳を向ける。
わたしの拳とミーティアの拳、それを同時に叩き込み怪獣の体を起こしてやった。
わたしとミーティアの動作がまるで鏡写しのように同期する。
その瞬間、わたしたちは眩い光に包まれた。
光の中から現れるのは、一人。
しかしその姿は大きく変わっている。
『これは・・・・・・!? 怪獣と人の間に絆が結ばれただと!? 融合・・・・・・したのか!?』
内心お前が驚くのかよ、と思わずにはいられない。
けれどもわたし自身驚いていたし、人のことは言えなかった。
履いていた靴は、鋭い爪の生えた履き物に変わり。
刺々しい外骨格が、コスチュームの上からまとわりついている。
その外骨格と一体化した、二つの巨大な砲身。
それぞれ左右の腕に沿うようにして装着されている。
頭にはミーティアの顎が噛み付くような形で、それがそのまま防具になっていた。
正真正銘、怪獣との合体だ。
「なら・・・・・・いくよ、ミーティア!」
ミーティアにはまだやらないといけないことがある。
たぶん、いや絶対・・・・・・ミーティアはこの後息絶える。
だから、わたしが間に合わせてやらなくちゃならないのだ。
砲身からのジェット噴射で、怪獣に突進する。
勢いのまま怪獣は崩れて斜めになったビルに叩き付けられた。
再び電極が青白く輝くが、砲身で顔面を殴ってキャンセルする。
もう片方の砲身も、怪獣の胴体に押し付けた。
密着状態からの、必殺。
一気に蹴りをつける。
「カイジュウ・ツイン・・・・・・ストォォォォォムゥゥゥウッ!!」
押し付けた砲口から、渦巻く火炎が放出される。
それは一瞬で怪獣の頭部を消し去り、胴体も徐々に溶かしていった。
怪獣がビルごとその形を失っていく。
どの光よりも眩しく、炎が夜を照らした。
戦いが終わると、半ばエネルギー切れのような形で変身が解けた。
分離したミーティアは倒れたまま起き上がることはない。
先輩とソラは、まだ意識が戻らないようだけど大丈夫そうだった。
『やったな、ユニ』
「うん・・・・・・だけど・・・・・・」
ミーティアを見る。
生きているだけ、まだ死んでないだけだ。
この体じゃ、たぶんもう・・・・・・。
ミーティアの頭に触れる。
「ごめんね、わたしで。でもきっと、あの子は大丈夫だよ。ちゃんと守れた。それはすごいことだよ、ミーティア」
言葉が通じるかは分からないが、語りかける。
結局戦いに巻き込まれた所為で、ミーティアは純粋にただミーティアであることが出来なかった。
わたしたちは、たぶんもっと強くならないと。
ミーティアが眠りにつくのを待つ。
わたしが少年の代わりに看取るのだ。
意味があるかは分からないけど、一人夜に沈んでいくよりはきっと・・・・・・。
「ミーティア! ミーティアッ!!」
「え、あの声・・・・・・」
突然の声に不意を突かれる。
こんなめちゃくちゃに壊れてしまった場所に到底似つかわしくない、子供の声。
「ミーティア・・・・・・。ミー・・・・・・ティア。僕の・・・・・・ミーティア・・・・・・」
走って来たようで、少年の呼吸は酷く乱れている。
そして倒れるようにミーティアの頭にしがみついた。
「ミーティア・・・・・・」
少年はその名を呼び、強く抱きしめる。
ミーティアはそれに器用に喉を鳴らして答えた。
「・・・・・・ミーティア・・・・・・?」
「え、うそ・・・・・・」
ミーティアはもう全く動けない状態のはずだ。
なのに、それなのに、少年の姿を見て重い体を引きずるようにして立ち上がった。
「ミーティア・・・・・・ミーティア! いいんだ! 僕はもう・・・・・・だからミーティア・・・・・・! もう、いいんだ・・・・・・」
少年が語りかけるが、それには従わない。
あの時はわたしにすぐ殴りかかってきたのに。
そしてゆっくりと少年に手を差し伸べる。
手のひらを空に向けて、まるで「乗れ」と言っているようだった。
「ミーティア・・・・・・」
ミーティアの胸部の外骨格が開口する。
その中にあるのは、大切な臓器でもなんでもなく空っぽの透明なカプセルがあるだけだった。
いや、ミーティアにとってはきっと最も大切な器官なのだろう。
少年はミーティアの意思に答えて、その手のひらに乗る。
そうするとミーティアはそれを胸の高さまで持ち上げ、カプセルの中への侵入を許した。
少年が入ると、カプセルはその入り口を閉じ、中が液体で満たされる。
少年はその液体に驚いたようだが、数秒後にはすっかり適応していた。
「ミーティア・・・・・・行くんだね・・・・・・」
ミーティアに尋ねる。
身長が違いすぎて、目が合うこともない。
けれどミーティアはそれに行動で答えた。
腕の関節が連結し、直接を形作る。
そして指先から炎を吹き出し、少年を乗せたまま飛び立った。
自分の生まれた意味のために、飛び立ったのだった。
知っていた通りだ。
雲の上には、冷たい星の海しかない。
お母さんが空から見守っているなんて、あるわけないんだ。
知っていた。
知っていた・・・・・・のに、僕は宇宙に行ってそれを確かめたかった。
本当は、心のどこかで期待していたんだ。
天国みたいなところが雲の向こうにあって、そこから僕を見ていてくれるって。
だけど、答えは僕の知る常識通りだった。
綺麗だけど、この景色は今の僕には寂しすぎる。
ミーティア。
僕はもう、君が居てくれるだけでよかったんだ。
ミーティアは大きな衝撃で、僕の中の色々なものを全部ひっくり返してしまった。
たった数時間でも、ミーティアは僕にとって大きな意味があったのだ。
君が居たから、君に会えたから、帰るべき場所に帰ろうと思たんだ。
だから、ミーティアが最後に残してくれたこの景色、しっかりとこの目に焼き付けよう。
この、ミーティアと二人で泳ぐ星の海を。
やがて、落下が始まる。
何事にも永遠は無い。
当たり前だけど、つい最近やっと分かったことだ。
逆さまに地球に戻って、ミーティアの体は燃え尽きていく。
ただこのカプセルのみを残して。
もう空から僕を見守ってくれる者は、本当にこれで誰も居なくなってしまうわけだ。
けど、それでも僕は沢山の思いに守られている。
ミーティアは、そこに居る。
お母さんだって。
静かに、人知れず、夜空に一筋の流れ星が輝いた。
カプセルから出て、家を目指す。
僕の帰る場所だ。
大気に触れると、すぐに液体は乾いた。
カプセルも、内側から溶けてなくなっていく。
このカプセルは卵で、僕はそうやって生まれ直したんだ。
実際に、この体験は僕を大きく変えた。
味気ない急ごしらえの家。
住むためだけの場所。
だけどミーティアはここに、そして僕の中に一つの思い出を残していった。
だから“帰って来る”ことが出来る。
家の戸を開けて、この場所では初めての言葉を口にする。
「ただいま・・・・・・」
やって来るのは、お父さんの慌てた足音。
そしてその勢いのまま、僕を強く抱きしめた。
怪獣が暴れる街に突然飛び出して行ったわけだけど、お父さんは今はそれを咎めない。
ただ一言、呟くように言った。
「おかえり」
続きます。