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思春期の何が悪い!

続きです。

 校舎裏の日影。

近くに木も無いのに、どこからかセミの鳴き声がやかましく聞こえていた。


 そばの体育館からは、女子バスの声。

バスケットボールが床を弾む音に、シューズの摩擦がたてる音が重なっていた。


 この暑いのに随分と大変そうだ。

俺たちは部活はやってないが、暇そうにしてるところに目をつけられて先生の雑用に駆り出されていた。

まぁこの一回きりだと思うが・・・・・・。


「なぁ、俊介・・・・・・?」


「なんだよ・・・・・・」


 翔の声を聞きながら、雑用の報酬であるスポーツドリンクのキャップを捻る。

まだ冷たいボトルに伝った水滴が、地面に染みを作った。


「あの・・・・・・ユニさんって、部活やってるのかな・・・・・・」


「んな・・・・・・知らねぇよ・・・・・・。いやまぁ、今日見かけなかったしやってねんじゃねぇの?」


「そっか・・・・・・」


 何かを考え込むような表情の翔。

夏休みの開放感でテンションバグってんのか、何かしらのストッパーが外れた感がある。

なんとなく着いていってしまったが、流石に旅行先まで追っかけるのはやばいだろ。


 翔はまたなんか考えてるみたいで、正直あまりいい予感はしない。

たぶんこのまま待っていたら何か言い出すんだろうが・・・・・・まぁこの前以上のは無いだろう。

だからその点だけは安心でき・・・・・・。


「ユニさんって、どんなパンツはいてるのかな・・・・・・?」


「は・・・・・・おま・・・・・・?」


 翔の発言に耳を疑う。

翔も遅れてその発言のやばさに気づいたようで、慌てて取り繕った。


「あ、は・・・・・・いや、違って! その、だから、ユニさんのパンツが!」


「翔、翔、な・・・・・・一旦落ち着こうな。女子バスすぐ近くだから。あんまパンツとかな、でっかい声で・・・・・・」


「ちょっと男子ぃー・・・・・・!」


 体育館の戸がガラリと開く。

そこからひょっこり頭を覗かせるのはつむぎだった。 


「すけべ」


「あ、いや・・・・・・これはその・・・・・・ってなんで俺が言い訳してんだ! おい、翔!」


「あはは・・・・・・ごめん・・・・・・」


「いやごめんじゃなくて!」


「俊介後でわたしのとこ来な!」


「だからなんで俺が・・・・・・!?」




 この前のプチ旅行のときに出た怪獣が、ニュースでやってる。

あの時の怪獣自体が特別なわけじゃないが、いつもの怪獣より騒がれてる。


 その理由は、怪獣が出現した場所にあった。


 わたしたちの住む街の、その周辺でいつも怪獣は現れていたのだ。

ところが離れたあの旅行先で怪獣が現れた。


 それは、言われてみれば初めてのことで・・・・・・だから、テレビでも「今後、出現地域が広がっていくのかもしれない」みたいなことを言っている。


 しかし当事者・・・・・・というか、普通の人より強い関わりのあるわたしにはテレビとは違う考えがある。


 わたしたちが行ったから、あの場所で怪獣が現れたのだ。

きっと、それは偶然じゃない。


 怪獣の出現とわたしたちに関係があるなら、逆に今までこの街の近くでしか出なかった理由としても辻褄が合うのだ。


「どうしたの・・・・・・?」


「あ、ウシ子・・・・・・」


 ボーっとテレビを眺めて突っ立ってるものだから、そりゃウシ子も気になるだろう。


 説明しようとするが、しかし適切な言葉が浮かばない。


「あー・・・・・・っと、なんだろ・・・・・・。怪獣、が・・・・・・その・・・・・・」


 言いかけて、そして思考はその原初の問いにぶち当たる。 


「怪獣って、なんだろう・・・・・・?」


 その答えは、ユニオンですら知らない。

ていうかユニオンもなんなんだ・・・・・・。


 色々おかしいっていうか、いや確実におかしいんだけど・・・・・・。

今思うと、本当に知らないことばかりだ。


「知りたい?」 


「え・・・・・・?」


 ウシ子の声に、引き戻される。

その丸い瞳がわたしを見上げる。


「わたし、言葉覚えたよ。知りたい?」


「え、知ってる、の・・・・・・?」


「ふひひ・・・・・・」


 屈託の無い笑み。

ウシの耳以外は本当にただの女の子。

わたしのお下がり着てるし、なおさらその存在は身近なものに感じられる。 


 けれども、ウシ子は何か知っている。

先輩の狙い通り、繋がっている。

何かがほどける確信があった。


「ちょ、ちょっと・・・・・・ちょっと待って! 二人も、呼んでいい?」


「もちろん」


 ウシ子は大きく頷いた。




「なるほどな・・・・・・。つまり、翔はユニがあの巨大魔法少女に変身してるかもしれないって思ったわけだな」


「うん。あの温泉で、怪獣出たときユニさんと話してて、その後を追ったら誰も居なかった・・・・・・から・・・・・・」


「で、それがなんでパンツなんだよ・・・・・・」


 あの後、さっきの話を人質にしたつむぎに昼飯を奢らされた。

何故か俺が。

翔に関しちゃどうしてかその恋路を応援されていた。

ちなみに今その恋路の進捗はパンツである。


「いや、だからさ・・・・・・ユニさんが履いてるパンツ分かれば、ほら・・・・・・このネットの画像で、同じかどうか確かめられる!」


「お前・・・・・・大発見みたいに言ってるけど、今お前が俺に突きつけてるのパンツの画像だからな」


「そりゃそうでしょう!」


「いや、だから・・・・・・この状況、な? おかしいと思わないか?」


 今は場所も移動したし誰かに見つかるということはないだろうが、しかしこの状態はやはりおかしい。


 対象の大きさはともかく、ようはパンツ画像。

普通は一人でこっそり楽しまなくちゃならないタイプの画像だ。

ていうかそれがユニのものかもしれないって思ってるのに、それをまた検索して、友達と並んで眺めるというのもなんというか・・・・・・ぶっ壊れてる。

まぁユニではないのだろうけど。 


「ていうかな、仮にそうだったとして・・・・・・でも毎日怪獣が出るわけでもないだろ? で、怪獣が出たその日のパンツが分からなきゃ意味無いわけだ。怪獣がいつ出んだか分かんねぇんだから、毎日ユニのパンツ確かめないといけなくなるぞ? 出来ると思うか?」


「ユニさんのパンツを・・・・・・毎日・・・・・・」


「おい、ちょっと! 勝手に脱線すんな! 何想像してんだ!」


 翔の肩をがくがく揺すって現実に連れ戻す。

なかなかしぶとかったが、三十秒もやればやっと翔の妄想は散った。


「ご、ごめん・・・・・・。ちょっと煩悩が・・・・・・」


「それはそう。マジ反省して」


「は、はい・・・・・・。あ、でも・・・・・・パンツの模様問題は解決っていうか、問題なくて! あの巨人・・・・・・? の、パンツって途中から全く同じになってるんだ。だから、たぶん大丈夫だと、思う・・・・・・」


「お前、巨大魔法少女のパンツ画像もそんなに頻繁に漁ってんのか・・・・・・」


 しかしそれが本当なら、まぁ確かに問題ない・・・・・・のか。

翔の頭以外。 


「けど、結局気になるってだけで、実際に見ようとするってわけじゃないんだろ?」


 そうであってくれという懇願だ。

流石の翔でも、ちゃんとそこは弁えているというか、超えちゃならないラインを分かっているはずだ。

だからきっと・・・・・・。


「いや、本気だよ。ユニさんのパンツを、なんとか見る。この手でスカートを捲ってでも見るつもりでいる!」


 そんな俺の期待は前振りにしかならない。

言い張る翔の瞳には、もう煩悩の濁りはない。

だからなおさらやばい。


「俺やっぱ・・・・・・お前のそういうとこちょっと怖いわ」


 呆れるというより引く。

恋は盲目。

その果てに、翔はパンツにしかピントが合わなくなったようだ。


「で、どうすんだよ? 夏休みだし、その辺うろついて会えるかも分からんぞ?」


「だからさっき部活やってるのかなって・・・・・・」


「なるほどな」


 少なくとも今日見かけなかったし、いつもの雰囲気からしてもたぶん部活はやってない。

いくらストーカー気質とは言え、実際のストーカーじゃないし生活パターンを把握してるってことは無いだろう。


 だとするとやはり会うのは難しい。

いったいどれくらいの確率になるのか分かりもしない。


 何か、こう・・・・・・ここにはまず間違いなく行くだろうっていうのがあればそこに絞れるのだが・・・・・・。


 ん・・・・・・?

いや、そうか・・・・・・。


「なぁ、翔・・・・・・」


「な、何・・・・・・?」


「お前、ユニの家知ってるか?」


 一日に一回は絶対行く場所。

というかなんならずっとそこにいるかもしれない。


「い、いや・・・・・・知らないけど・・・・・・」


 翔が肩を落とす。

だが諦めるにはまだ早い。


「翔・・・・・・パンツ、見るぞ!」


「え、どうやって・・・・・・?」


 簡単な話だ。

知らないなら聞けばいい。


 丁度ユニの家を知っていて、翔の恋路に協力的で、惣菜パン一個で動いてくれる人物を知っている。


「もう一回、奢りにいくか」


 


 みんな大した予定がないのか、それとも怪獣がいつ現れてもいいように空けてあるのか、二人はすぐにやって来てくれた。


「何が分かったって?」


「ウシ子ちゃんが? 何を?」


 駆けつけた二人はわたしに詰め寄る。

だがわたしもまだそれについて知らないのだった。


「ごめん。まだわたしも聞いてない。みんなが来てからの方がいいかなっていうのと・・・・・・一人で聞くの、ちょっと怖くて・・・・・・」


 いったいウシ子の口から何が飛び出してくるか分からない。

もしかしたらわたしたちのやって来たことが間違いだったとか、そういうことが明らかになるかもしれないし、逃れることの出来ない絶望を突きつけてくるかもしれない。


 事実がなんであれ、一人でそれを受け止める勇気は無かった。

きっと、そういうのを一緒に飲み下していくための三人なのだ。


 一人には背負わせないし、一人では背負わない。


 三人でウシ子の前に集まって、もう一度さっきと同じことを聞く。


「ねぇウシ子、怪獣ってなんなの?」


 大きくて、暴力的で、そして謎に包まれた存在。

知っている生物の特徴があるようで、けど知っているどの生物とも違う。

突然現れて、わたしたちの生活に牙を剥く存在。 


 答えを待つ。

初めて、その正体に触れる。


「怪獣は、破壊の象徴・・・・・・君たち人間の、衝動や思いの化身だよ」


「思いの化身・・・・・・。それってマキナさんが言ってた・・・・・・」


 ソラが先輩の顔を覗く。

確かに先輩はこの前同じようなことを言っていた。

人間の思いが怪獣を生み出す、と。


「みんな・・・・・・誰も言わないけどね、本当は思ってるんだ。こんな日常なんか壊れちゃえって。ユニ・・・・・・わたしに携帯を貸して」 


 ウシ子に言われるまま、自分の携帯を差し出す。

ウシ子はそれを受け取り、そして指紋認証でロックを解除した。


「え、なんでウシ子の指紋・・・・・・」


「パスワード、0852はやめた方がいいよ。すぐバレちゃう。わたし勝手に指紋登録しちゃった。ひひ」


「ええ・・・・・・」


 だから時々身に覚えのない履歴が残っていたのか。

気持ち悪い虫の画像とか、怖い画像とか、その・・・・・・ちょっとエッチなやつとか、そういうわたしが苦手なやつに関しては履歴どころかそのまま残ってたし。

え、あれわざと・・・・・・?


 なんだかこのタイミングで別のところが気になり始めてしまったが、ウシ子はお構い無しだ。

ウシ子は慣れた手つきで携帯を操作する。

そして・・・・・・。


「これ」


 表示した画面を、わたしたちの向きに合わせて差し出す。

それを正面のわたしが受け取った。


「なんだ・・・・・・?」


「・・・・・・動画?」


 覗き込んできた二人が首を傾げる。

画面には怪獣が暴れる動画が流れていた。

確かこいつは・・・・・・二番目のやつだ。


「その怪獣だけじゃない。ここから先、ずっと。全部の怪獣で動画があるよ」


「え、でも・・・・・・それが?」


「あー・・・・・・コメント非表示になってたね・・・・・・」


 ひょっこり覗いてきたウシ子が画面をタップする。

すると画面を埋め尽くすほどの密度のコメントが流れ出した。


『これは・・・・・・』


「ぶっ壊せ」


「全部消えろ」 


「みんな死ね」


 面白がりながら、怪獣が街を壊していくのを眺めている。

そういう人たちが居るのだ。


「自分たちが関係ないからって・・・・・・」


 先輩が小さな怒りをあらわにするが、それは当然ぶつけようのないものだった。

しかしウシ子は首を横に振る。


「本当にそうかな? 中には自分たちの住む場所に出て欲しいって人もいるよ。実際に被害にあって、そして何もかもを変えてくれたっていうコメントもある。自分自身が消えるのを望む人も居るんだ」


「そんなの、アレだろ・・・・・・ネットだから思ってもないこと言ってるだけだろ!」


「・・・・・・」 


 先輩の言葉に、ソラが少し俯く。

その表情は少し悔しそうだった。


「マキナさん・・・・・・。たぶん、そういう人は本当に居ますよ。毎日、何やってるかも分からないまま生きてると、誰かがそれを終わらせてくれないかって、思ってしまうんです・・・・・・」


「ソラ・・・・・・」


 ウシ子は頷く。


「マキナの言う通り、それは全く関係ない人間の、関係ない言葉かもしれない。でも、目に触れるものだけじゃない。誰かの声にならない声が、誰にも届かない声が、怪獣には聞こえるんだ。そういうものが、怪獣を育てる」


 人の思いが、怪獣を育てる。

もしかしたらそれは昨日のわたしの思いかもしれないし、明日のわたしがそう願ってしまうのかもしれない。


「人間は誰かが全部ぶっ壊して、全てが変わるのを心のどこかで望んでる。怪獣の前では誰もが無力で、みんな同じちっぽけな存在。絶対的な、破壊。覆してほしいんだ、当たり前の日常を」 


 ウシ子は知っていた。

怪獣についての、たぶん全部を。

小さな、不思議の存在。

少女の姿をした・・・・・・。


「あなたは・・・・・・ウシ子ちゃんは、いったい何なの? なんでそんなこと、知ってるの?」


 今この瞬間、みんなの中に生まれた疑問。

いや、以前からあったそれがより大きなものになった。

その疑問を、ソラが投げかける。


「始まりは、ただの偶然だったんだ。人間はみんな、いつもと同じ日々が繰り返されると思ってた。でもそれは、たった一つの出来事で覆されたんだ。この街に降った、宇宙のかけら。隕石。それが君たちに思い出させたんだ。こんな毎日、簡単に壊れるって。わたしは、そのときに生まれた最初の怪獣だよ」


「怪・・・・・・獣・・・・・・。ウシ子ちゃんが、怪獣・・・・・・そっか・・・・・・。そうなんだ・・・・・・」


「・・・・・・あの怪獣たちを生み出したのも、たぶんわたしだよ」


 みんなその言葉に驚きはしない。

悲しい・・・・・・とも違う。

そう、これは・・・・・・落胆。


 ウシ子と今まで築いたものが、積み重なった時間が崩れ去るような気持ちだ。


「本当に、ウシ子が?」


 ウシ子は黙って頷く。

それで温泉旅行のとき何故怪獣が現れたのかも分かった気がした。


「で、でも! ならさ、ほら・・・・・・もう怪獣なんて作らなきゃいいじゃん。わたしたち意思の疎通とれるし、だって一緒にさ、暮らしてたじゃん」


「出来ることならそうするよ。でもわたしは、そういう風には出来てないんだ。人間の思いを勝手にかき集めて、勝手に怪獣を生み出してしまう。そういう怪獣なんだ、わたしは」


 ウシ子は笑っていた。

しかしそれはウシ子の本当の気持ちじゃない。


 この先の結末、それが一つしかないことを知っているからだ。

ずっとそれを知っていて、そして一人で黙っていた。

日常を壊す為に生まれた存在なのに、わたしたちとの毎日を壊したくなかったから・・・・・・。


 ウシ子は続ける。


「でも安心して。もうじき、この戦いは終わる」 


「それは・・・・・・どういうこと、なんだ・・・・・・?」


 先輩の聞き方は、その答えを知ることに怯えているようですらあった。


「それは・・・・・・秘密だよ。にひ・・・・・・」


 何故かそれだけは濁す。

けど、答えが聞けなかったことにどこか安心している。

きっとみんなも、これ以上何かを聞く気にはなれないだろう。


 少し気まずいというか、重い空気。

ウシ子は笑顔で中和しようとするが、その空元気感がなおさら突き刺さるようだった。


 そんな空気を読まず、突然インターホンが鳴る。


「あ、えと・・・・・・あっと、行ってくる・・・・・・」


「ああ」


「うん」


 二人の短い返事を背に受けて、玄関まで向かう。

自分の足音がひどく場違いなものに感じられた。


「はーい、どちらさ・・・・・・」


「あ、ユニさん・・・・・・!? いきなり・・・・・・」


 扉を開けて迎えると、やって来たのはさらに場違いな少年。

なんでやって来たのか、そもそもなんで家知ってるのかわからない。

やって来たのは、翔くん・・・・・・と、俊介くんだった。


「え、いや・・・・・・それこっちのせりふ・・・・・・」


 言うが聞いちゃいない。

後ろの方に居る俊介くんに何か相談して、なんならちょっと揉めてるくらいの勢いだった。


「どした、ユニ?」


 先輩も不思議がって駆けつける。


「あ? なんだお前ら?」


「・・・・・・ちょっと何、どうしたの・・・・・・?」


 ソラの声も近づいてくる。

足音からウシ子もついて来てることがわかった。


「あらま、勢揃い・・・・・・」


 俊介くんが集合した面子を見て、ボソッと言う。

本当に空気が読めなくて、だけどそれになんだか助けられている気もした。




 勢いのまま突撃したら、本人が居た。

いやまぁそりゃその可能性もあるだろって普通に思うのだが、翔からすればそれは想定外だったみたいだ。

上げられた部屋で、身を固くして二人座っている。

温泉の時も居た謎の少女も、当然のように居た。


「あ、あの・・・・・・ユニさん、って、妹さん? 居たの・・・・・・?」


 特に何も考えていなかったであろう翔が、ぎこちなく話を振る。

対するユニは、何故か答えづらそうだった。


「あ・・・・・・えっと、うん。そう・・・・・・そうだね。うん、妹。そ、それより二人は・・・・・・え、何しに来たの?」


「「う」」 


 痛いところを突かれる。

いや、今は痛いところしかないか。


「ね、ねぇ・・・・・・これ俺、どうしたらいい? ねぇ俊介!」


「知らねーよ。家着いたらノータイムで凸ったのお前だろうが!」


「え、やば・・・・・・これ、え・・・・・・やばいって・・・・・・」


 二人で小声でやりとりするが、逃げ道が見つかるわけでもない。

温泉旅行以上に、詰んでる状況だ。


 しかし、逃げ道が無いのであればもはや正面突破しかない。

もちろんパンツ見せてとは言えないので、肉を切らせて骨を断つ。

心の中で翔に謝りながら・・・・・・。


「あの・・・・・・あ、こいつが! そのユニとデート! したいって・・・・・・!」


「え、ちょっと俊介!?」 


 バシッと翔の背中を叩いて気合いを入れさせる。

もう逃げ道はないぞ、と。


「あ、あの・・・・・・ユニさん! 違って!」


「え、違うの・・・・・・?」


「いや違くなくて! ・・・・・・っと、だから、その・・・・・・はい。どっか一緒に行けたらなって・・・・・・」


 なんとか翔は言い切る。

ここまで行けば大丈夫。

後はなるようにしかならない。

まぁ翔からしたらそれどころじゃないだろうが。


 こんな大勢に囲まれた中での実質告白だ。

振られても振られなくても大ダメージ。

その返事は・・・・・・。


「あ、いや・・・・・・まぁ出かける、くらいは別にいいけど・・・・・・」


「え、ほんっ・・・・・・え!? 本当に!?」


 翔がユニの返事に表情を明るくする。

告白に関しては空振り感が否めないが、しかし意中の女子とお出かけ権を獲得だ。

成果は上々だろう。


「え、で・・・・・・行くの? いつ・・・・・・え、今から?」


「あ、いやそんな全然! ユニさんの暇なときで、はい!」


「あ、そう・・・・・・で、今暇なの?」


「え、あ・・・・・・うん。まぁ・・・・・・」


「じゃ行こっか、今・・・・・・」


「え・・・・・・今・・・・・・。え、は、はい・・・・・・うん。わか、りました・・・・・・」


 共感性羞恥というか、なかなか見てられない。

それは向こうも同じで、ソラさんもちっこい先輩も気まずそうにしている。


「どうぞ・・・・・・」


 当事者たちがぎこちなく向き合ってる中、謎の少女が翔に飲み物を差し出した。




「いいか、翔! デートと言えどチャンスは少ないぞ!」


「え・・・・・・チャンスって?」


「お前な・・・・・・目的。なんだか覚えてるよな?」


「あ・・・・・・パンツ! そうだった、なんとかユニさんのパンツ見ないと・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・俊介?」


「いや、ちょっと冷静になってしまっただけだ」


 とは言え、翔だとこのチャンスを逃しかねない。

しかし流石にこれについて行くわけにもいかず、だから俺は出来る限りのことを叩き込まなければならないのだ。

パンチラの極意を。


「いいか、翔。狙い目はしゃがんだとき・・・・・・それから階段だ。現実世界で悪戯な風はそうそう吹いてくれない。アクシデントでパンツが見られるなんて思うなよ。見に行くんだ! 勝ち取るんだ!」


「う、うん・・・・・・俺、やってみるよ!」


 翔の武運を祈って、その肩を叩く。

頑張れよ、翔・・・・・・。




「え、行っちゃいましたね・・・・・・あの流れで」


「だ、だな・・・・・・」


 ちょっと前まで話題の中心だったはずのウシ子ちゃんは、今はアイス食べながらテレビを見てる。

怪獣と言われた後でも、そういう姿を見るとウシ子ちゃんはウシ子ちゃんなんだって、少し安心するみたいだった。


「なぁ、これ・・・・・・アタシらどうすんだ?」


「さ、さぁ・・・・・・」


 こうして二人家に取り残されたわけだけど・・・・・・このまま帰っていい感じだろうか。


 ユニも、ユニのお母さんも今は居ない。

となるとこの家の住人は・・・・・・。


 判断を委ねていいのか分からないが、ゆっくりとウシ子ちゃんの方を見る。


「せっかくだから寛いできなよ。何にもないけどね」


 そのセリフ・・・・・・本当にウシ子ちゃんが言っていいやつか・・・・・・?




『よかったなユニ! デートだぞデート!』


「よかったんだか悪かったんだか・・・・・・」


『なんだユニ? 嬉しくないのか?』


「いや、え・・・・・・わっかんない」


 翔くんがわたしのこと好きなのは知ってる。

けど、わたしはまだ好きとか、そういうのがよく分からない。

そもそもこのデートって、そういうデートなのだろうか。


「ゆ、ユニさん! とりあえず、行こっか・・・・・・」


「あ、うん・・・・・・。え、どこに?」


「ははは・・・・・・どこ行こう・・・・・・」


「え」




 ユニさんと街を歩いている。

もう一度言う。

ユニさんと街を歩いている。


 これ、他の人知り合いに見られたらなんて言われるのだろうか。

いや、そうやって周囲から色々言われることでゆくゆくは本当に・・・・・・。


 今日のユニさんの服装を確認する。

ばっちりスカートだ。

太ももの肌色が眩しい。


 というか私服だ、私服! 

温泉のときはじっくり見られなかったし・・・・・・あ、でも温泉では浴衣見られたしな・・・・・・。

とにかく、俺は今休日にユニさんと二人で過ごしている。


 その、す・・・・・・好きな人と一緒だと、それだけで胸踊るというものだ。

まぁ、ユニさんはそうじゃなさそうだけど・・・・・・。


 対するユニさんは別に退屈そうというわけじゃないが、楽しんでるかと言えば別だろう。

正直お互い緊張してて、それどころじゃないのもある。


「えっと、ユニさん・・・・・・どっか行きたいとこある?」


「え、わたし? それは・・・・・・うん

今は特に・・・・・・」


「あ、そっか。ごめん。そうだね・・・・・・」 


 最初はパンツ見ること以外何も考えてなかったし、俺もここからどうしたらいいか分からない。


 確か俊介が言っていた。

チャンスはしゃがんでるときと、階段だと。

となると場所の選考基準はそれになるわけだ。


「あ、そうだ! ユニさん、お昼ってまだ?」


 正直もう昼には遅めの時間だが、ユニさんはどうだろうか。

なんだか家で集まってたみたいだし、もしかしたらみんなで食べたかもしれない。


「あ、そう言えば・・・・・・食べてなかったな・・・・・・」


 勝った!


「それじゃ、どっか行こうよ! あ、でも・・・・・・あんまお金無い。ファミレスでいい?」


「そんな・・・・・・翔くんに高級料理店なんて期待してないって」


「あ、そだよね・・・・・・」


 気を遣って言ってくれたのだろうけど、ちょっとダメージ。

いや、実際無理なわけだけど。


「あ、じゃあ・・・・・・奢るから、さ。好きなだけ・・・・・・」


「いくらあるの・・・・・・?」


「え、こんくらい・・・・・・。ちょっとイヤホン買ったばっかで・・・・・・」


「わたしが奢ろうか?」


「いや、それは流石に・・・・・・!!」


 場所は変わってファミレス。

結局奢ろうだとかそう言う話はお互い無しになった。

何かの見栄のつもりか結構色々頼んだのだけれど、緊張で味がよく分からない。

まぁ所詮ファミレスだ、と、この二人の時間を噛み締めた。


 と、ここで作戦発動だ。

さりげなく・・・・・・細心の注意を払ってさりげなく食器を落とす。


「あっ・・・・・・」


 見事に床に落下するフォーク。

落としたものは拾わねばならない。


 素早く落としたフォークに手を伸ばす。

そしてテーブルの下に入った瞬間顔を前に向け・・・・・・。


「「あっ・・・・・・」」


 俺の落としたフォークを拾おうとしてくれているユニさんと目があった。

その顔が、すぐ近くだ。

食事で少し汚れた唇もはっきり見える。

だがパンツは見えない。


 慌てて頭を引くと、テーブルに頭を思い切りぶつけてしまう。

これ以上醜態を晒すまいと素早く元の姿勢に戻ろうとすると再び頭をぶつけてしまった。


「あたたた・・・・・・」


「ちょっと、大丈夫・・・・・・?」


 ユニさんは笑いながら俺のフォークを拾い上げる。

そしてそれを空いた皿の上に乗せた。


「あ、新しいフォークある?」


「だ、大丈夫。もう使わないです・・・・・・」


 頭は痛い・・・・・・し、すごく恥ずかしい。

けどユニさんは笑ってくれた。


 ユニさんの中で俺の評価はまず間違いなく下がっただろうけど、表情が柔らかくなってくれたのは嬉しかった。


 そんなわけで、ファミレスうっかり作戦は失敗だ。


 しかし失敗は許されない。

俺の決意はより強固なものになる。


 もうユニさんが魔法少女かもとか、そういうことは関係なく、純粋にユニさんのパンツを見てやる。

なんとしてでも、この目に、この脳に焼き付けてやるのだ。


 さっきのファミレスで、落とすというのに可能性を感じた。

ものを落とせば拾おうというのが当たり前。


 つまりユニさんも俺も、二人がしゃがんでいる状況が自然に作れるのだ。


 そして今の俺が落とせるものは、ユニさんからの好感度か、それか・・・・・・小銭だ。


「ユニさんってさ、ゲーセンとか行く?」


「え、ゲームセンター・・・・・・は、あんまし行かないかな。わたしゲームとかよく知らないし、たぶん下手だよ?」 


「興味がない・・・・・・わけではない?」


「んー・・・・・・どうだろ? 分かんないな、それは」


 なるほど。

つまりそれは、選択肢としては死なないということになる・・・・・・はずだ。


「それじゃ、ちょっと行って・・・・・・みない?」


「え、いいけど・・・・・・。上手じゃないと思うよ・・・・・・?」


「ま、やってみればいいじゃん! ね」


「上手じゃないと・・・・・・」


 有無を言わさずゲームセンター。

最初はその喧しさに少しビクついていたけど、次第に慣れて来たのかキョロキョロ観察していた。

もしかしたらユニさんの認識ではゲームセンターって少し怖いところだったのかもしれない。


「なんか・・・・・・色々あるね・・・・・・」


「まぁ、そうだね・・・・・・」


 さて、ユニさんはゲーセン初心者。

あまりニッチなセレクトをするわけにはいかない。


 ゲームの腕にも自信がない・・・・・・というよりは本当にやったことないんだろうけど・・・・・・。

まぁそんな感じなので、やはり軽めのやつから・・・・・・。


「あ、クレーンゲーム・・・・・・」


「え、ユニさん・・・・・・それやりたいの?」


 クレーンゲーム。

このゲームの前に、特殊な知識や技術を持たない人間などただのカモに過ぎない。

俺もクレーンゲームのテクニックは無い。

つまり・・・・・・。


「ちょっと気になってたんだよね・・・・・・。いつもどうせ取れないだろってやらないんだけどさ。視界に入ると、ちょっと見ちゃう」


「そっ、か・・・・・・」


 いや、カモでいい。

やっぱりこう、興味の向いた方に行けばいいのだ。


 ただ、ユニさんをカモにするわけにはいかない。

そのための、財布!


「え、ユニさん・・・・・・どれやりたい?」


「わたし・・・・・・あんましアニメとか分かんないからなぁ・・・・・・」


 ユニさんがクレーンゲームを見回す。

確かにアニメや漫画をあまり知らないようなら、景品の選択肢は限られてくるだろう。


「あ、これとかかわいいじゃん・・・・・・」


 そうしてユニさんが選んだのは、怪獣のぬいぐるみだった。

怪獣が騒がれるようになってからその話題性に便乗する形で最近増えたタイプのやつだ。

その隣に明らかに巨大魔法少女が元ネタな美少女フィギュアのがあるが、もしかしたら本人かもしれないわけだし黙っておこう。


「おっけ、分かった。じゃあお金は俺出すからさ、待ってて・・・・・・」


「え、あ・・・・・・いや、いいよ・・・・・・」


「いやいや、ここは! ここだけは譲れないよ。俺が無理矢理着いて来てもらったみたいなもんだし・・・・・・」


 財布を勢いよく取り出す。

そして多少大袈裟に慌てた感じで、その口を開いた。


 そこから飛び出す、様々な硬貨。

中には海外旅行に行った友達から無意味にもらった海外のコインもある。


「わっ・・・・・・」


 俺以上にユニさんが慌ててしゃがむ。

その際ふわっとスカートが膨らむが、惜しくも見えなかった。


「あ、ごめんごめん・・・・・・」


 慌てて俺もしゃがむ。

小銭を集めながら、視線を前に・・・・・・。


 その太ももは無防備極まりないが、しかしパンツは角度的にどう考えても見えない。

流石にずっとスカートで生活してるだけあって、そういう防御がもう無意識に出来るようになってるのかもしれない。


 その後、クレーンゲームをやるが、やはりユニさんにも俺にも難しすぎた。

そしたら案外ユニさんに未練がありそうで、だから大量に注ぎ込んだ。

で・・・・・・。


「なんとか、取れた・・・・・・!」


 頭と腕が合体してドリルになる怪獣のぬいぐるみだ。

その仕組みは別に再現されてない。


「おぉー・・・・・・結構でかいね」


 なんとか俺がもぎ取った戦利品を、ユニさんに渡す。

ぬいぐるみを手にとったその姿は、いかにも女子って感じで、やっぱり可愛かった。

存外嬉しそうなのがそれに拍車をかけてる。


 この表情を買ったと思えば、クレーンゲームに飲まれていった金額も適正価格だ。


 しかし、これで分かった。

パンツはしゃがむ、という動作では見えない。

隙のように見えるが、ああいう瞬間こそ鉄壁なのだ。


 しゃがむが無理なら、後は階段・・・・・・。

俺に授けられた知恵は俊介からのものしかないし、しゃがむが望み薄な以上階段しかない。


 幸い階段は至るところにある。

でもその中でもとっておき、それなりに角度が急で、それなりに強い風に晒される場所を知っている。

それはいつも通っていた道・・・・・・あの歩道橋だ。


「ね、ごめんだけどさ・・・・・・ちょっとなんか、自分で持つの恥ずかしいから、持っててくれる?」


「あ、ぬいぐるみ? うん、また家で渡せばいいね」


 これが恋人の距離感か、と今日限りの夢に浸る。

そして当てもなく、しかしそれとなく歩道橋に向かった。


 歩道橋まで着くと、いつもの癖なのかなんなのか分からないが、何の警戒もせずに先に登り始めてくれた。


 ぬいぐるみのサイズがそこそこなのをいいことに、わざと歩きづらそうに歩く。

ユニさんが振り向くことはないが、それでも徹底する。


 ユニさんとの距離が開き、その度に段々と際どくなっていく。

そしてあと少し、というところで・・・・・・。

ユニさんが一番上に到達してしまった。

これ以上距離が離れることはない。


 風が俺をもて遊ぶようにスカートの裾を揺らすが、それは決定的な瞬間を生まない。


 結局俺のような男は、お金を払ってでもしないと女子のパンツは見られないのか・・・・・・と、少し落ち込む。

というかせっかくこうして一緒に過ごしてくれているのに、必死にパンツを見ようとしてる。

その時点でもう男として最悪だ。


 黄昏れるように、空を見上げる。

これが俺の、青春なのだろうか・・・・・・。


 するとその空に、突然大きな影が横切る。


「え、あれって・・・・・・」


「怪獣・・・・・・!?」


 空を切り裂く巨大な翼。

それが巻き起こす強風が、鉄壁だった生地を容易くめくり上げる。


「あ・・・・・・」


 その日見た景色を、俺は生涯忘れることはないだろう。


 強風に揺れる髪に、靡くスカート。

そして念願叶って捉えることの出来た、パンツ。


 臀部の曲線と、その下着のシワの一本一本までが脳に色濃く焼きつく。

いや、忘れないように焼き付ける。

その下着の、ガラは・・・・・・。


「ユニさん! 怪獣、逃げないと! ぬいぐるみは後で届けるから! だから・・・・・・!」


 そう叫んで駆け出す。

本当はユニさんの手を引ったくって一緒にどっか遠くまで逃げたいけど、それは出来ない。

だから彼女に背を向けて走る。

彼女は、この街を守るために戦うのだから。




「翔くん・・・・・・!」


 突然の怪獣の出現に焦ったのか、慌てたその場から逃げ出す。

女の子を一人置いて逃げるのはちょっと減点だけど、今はそれが好都合だった。


『ユニ! 残念だったな、デートに邪魔が入って』


「デートなんかじゃないから! わたしのタイプは、もっとこう・・・・・・!」


 腕を真っ直ぐ体の前に伸ばして、構える。


「ユニオン!!」


 そしてユニオンリングを回転させた。

ピンク色の空気が渦巻く。

その空気の中に、歩道橋から飛び込んだ。


 建物を踏み潰さないようにしながら、飛び去った影を追う。


「高速飛行か・・・・・・。わたしじゃ分が悪いな・・・・・・」


 言ったそばから、怪獣を後から追いかけ回す先輩の影を見つける。

そして・・・・・・。


「ユニ・・・・・・!」


「え、ソラ・・・・・・どこから!?」


「テレポート・・・・・・! ユニ一人じゃ何も出来ないでしょ?」


「それは・・・・・・そうだけど・・・・・・」


「ほら、だからいくよ・・・・・・!」


「うん・・・・・・」


 突然のことではあるが、事実このままでは役に立てない。

ならばすることは一つだ。


 変身した状態で、ソラと一緒にもう一度ポーズをとる。


『準備はいいな、二人とも!』


「「当然・・・・・・ユニオン!!」」


 光が二人を包む。

二人の力が一人になり、それがより完全な形へとユニオンを昇華させる。


「「魔法少女、コズミックユニ!!」」


「・・・・・・うわ、やっぱこのカッコ恥ずかしっ・・・・・・」


「そんなの今更でしょ! ほら、いくよユニ!」


 最初はあんなこと言ってたくせに、今となっては立派なユニオン変身者だ。


「ウルトラ千里眼・・・・・・!」


「あ、これ懐かしい・・・・・・」


 ソラの力で、雲の向こうの怪獣の姿を捉える。

巨大な鳥のような怪獣、それが先輩とそのミサイルに追いかけられていた。


「見えたね? ユニ」


「ばっちり見えた・・・・・・」


 高速で移動するそれに、集中力をフルに注いで狙いを定める。

そして・・・・・・。


「「ウルトラスーパー双光輪(デュアルチャクラム)!!」」


 二つの光輪を、空に向けて放った。

一発目が、怪獣の体を斜めに切りつける。

が、二発目は避けられた。


「くそ・・・・・・」


「いや、大丈夫だよ。ユニ」


 怪獣は回避で大きくバランス大きく崩す。

それで激しく減速し、また姿勢の制御も上手くいってないみたいだ。


 そのバランスを崩した怪獣に、先輩が食らいつく。

まだ追尾が切れていなかったミサイルを全て叩き込み、そこにビームで追いうちをする。


『ユニ! ソラ! 来るぞ!!』


 そして、全速力の勢いを乗せて怪獣を蹴り落とした。


 雲を突き抜けて、まるで隕石みたいに怪獣が落ちてくる。

それに再びわたしたちは光輪を形成した。


「いくよユニ!」


「うん・・・・・・!」


 せーのっ。


「「スパークルカット!」」


 光輪を投げずに、手中に収めたまま落下してくる怪獣を切りつける。

血液のように、激しく火花が飛び散った。


「「やった・・・・・・おわっ!?」」


 ダメージは与えられたが、勢いは殺し切れない。

落下して来た怪獣の体に、そのまま下敷きになってわたしたちも倒れた。


「何やってんだお前ら・・・・・・?」


「たぶん結構先輩のせいだと思うんですけど・・・・・・」


 体の上の怪獣を蹴り飛ばす。

空中に打ち上がった怪獣は、翼を広げてふんわりと着地した。


 そこで初めてちゃんとその姿を捉える。

うっすり赤みが刺した皮膚に、黄色いクチバシ。

その目は緑色に輝いていた。


 やはり目立つのは、その翼。

全体的に鳥のようだが、その皮膜はいわゆるドラゴンとかコウモリとか、そういう系のものだった。


 やはり怪獣で、鳥のようと言ってもその骨格は似ても似つかない。

まるで人間のような直立二足歩行だ。


「こいつが今回の怪獣ってわけね」


「ああ、そうだ。気ぃ抜くなよ」


 対峙する怪獣に、さっそく先輩がキャノン砲を展開させる。

怪獣もそれに反応して、先輩の方を向いた。


「ダークネスビーム! フルパワー・・・・・・!!」


 発射された二本の光線。

それが怪獣を焼き払おうと伸びる。


 しかし、そこで何を思ったか、怪獣はその場で高速回転を始めた。

巨大な翼が、マントのように滑らかな軌跡を描く。

そして・・・・・・。


「な、何・・・・・・!?」


 先輩が驚く。

怪獣にぶつかったビームが、その回転により無効化されたのだ。


 弾かれたビームが拡散し、街に飛散する。

回転を止めた怪獣はまるで嘲笑うかのように、飛び跳ねながら翼をはためかせた。


「こいつ・・・・・・」


 それを見てるとわたしの方が腹立たしくなって来て、思わず突っ込む。


「ソラ! さっきのもっかい!」


「分かった・・・・・・!」


 スパークルカット。

光の回転刃を装備して、怪獣に駆け寄る。

しかし・・・・・・。


「「うわぁっ!?」」


 怪獣の目から炸裂した光線に弾き飛ばされた。

それはわたしたちが体勢を崩した後も連射される。


「くっそ、こいつムカつく上に強い!」


 高威力のレーザーを惜しみなく連射する。

どうやらあの怪獣にガス欠の概念は無いようだ。


 何度も繰り返し降り注ぐレーザーの所為で、まともに立ち上がることすら出来ない。

それは先輩の方も同じで、レーザーによってほとんど行動を封じられていた。


「くそ・・・・・・これなら案外空中戦の方が楽かもしれんな・・・・・・」


 空中での高速移動も厄介だが、陸上での隙が無さすぎる。

その射程と連射速度が規格外なのだ。


「仕方ねぇ・・・・・・ちと策を弄するぞ!」


「作戦・・・・・・って、どんな!?」


 レーザーを避けながら、先輩に聞き返す。


「そうだな・・・・・・追い込み漁だ!」


「は? それって・・・・・・」


 さらに詳細を尋ねようとするが、怪獣の苛烈な攻撃がそれを許さない。

そこにソラの声が響く。


「大丈夫、なんとなく分かったよ。要は最初と同じこと。マキナさんが怪獣を追いかけて、撃破ポイントまで送り込むんだ。そしてその場所で、トドメを刺す」


 余裕が無いのもあって、先輩はすでに怪獣を追い立て始める。

レーザーを食らってもなんのその、無理矢理ジェットの推進力で突っ込む。

怪獣はその勢いに堪らず飛び立った。


「え、ちょ・・・・・・わたし先輩より早く移動なんて・・・・・・」


「そのためのわたし。ユニを分離して、撃破ポイントに転送する」


「そ、そんな・・・・・・」


「大丈夫! ユニの仕事一番簡単だから!」


「あ、そう・・・・・・?」


 ソラに根負けして、まだ詳細が把握できていないながらもそれを受け入れる。

そしたらすぐに転送が始まった。


 あっという間にソラと分離して、別の場所に飛ばされる。


「ユニ、聞こえる? わたしはテレパシーとか得意だからタイミングとか・・・・・・後何かイレギュラーがあった場合にも知らせる。マキナさんとも連携とれてるから、ユニはトドメを刺すだけだよ」


「わ、わかった・・・・・・」


 知らない場所に一人で投げ出されると、まぁ少なからず不安だが、しかしやるしかない。


 いつ訪れるか分からないそのときを、ただ身構えて待った。




 雲の上、やはりものすごいスピードで怪獣は飛ぶ。

アタシの最高速とどっちが上か分からない。


 怪獣の方向調整のための光輪が雲の下から飛んでくる。

当たりこそしないが、おそらく怪獣の誘導はばっちりだ。


「マキナさん! 速すぎます!」


「し、仕方ねぇだろ! アイツが速すぎんだから、アタシにはそりゃもうどうしようもねぇ!」


 概ね手筈通りだが、怪獣の速度が少し計算外だったようだ。


「・・・・・・これだと終点がだいぶ右にずれます・・・・・・。なんとか誤差をユニで対応できる範囲に収めないと・・・・・・」




 雲の上に居る対象に、何度も光輪を飛ばす。

もちろん一発一発精密に狙ってだ。


 今わたしの頭の中には、怪獣の位置とユニの位置がある。

このまま行くと、確実にユニの足じゃ埋められない誤差が生まれる。


「ほんとにもう・・・・・・どうしてこう上手くいかないのか・・・・・・」


 愚痴ったところでしょうがない。

怪獣っていうのはそういうものだし、この修正はやはりわたしにしか出来ない。


「ウルトラ光輪(チャクラム)!」


 また一つ、光輪を肉眼で捉えられない相手に投げつけた。

さぁ、あとは・・・・・・。




「ユニ! このままじゃたぶん右にずれると思うの。撃破ポイントの位置を共有するから、そこまで走って。全速力で」


 頭の中に、ソラの声と座標の情報が流れ込む。


「え、いや・・・・・・遠い・・・・・・」


 しかし悩んでいる暇は与えられていない。

二人を信じて、なりふり構わず走り出した。


「ユニ、そろそろだと思う。間に合う・・・・・・?」


「わっかんない・・・・・・ギリギリ・・・・・・!」


 言われた位置まで、全力で走る。

相手の姿が見えないからちゃんと上手くいくか不安だ。

そして普通に間に合うかも分からない。


『ユニ・・・・・・来るぞ・・・・・・!』


「うっそ・・・・・・もう!?」


 まだ撃破ポイントには数歩届かない。

しかしユニオンの言う通り、怪獣が雲を突き抜けて超低空飛行で迫って来た。

丁度撃破ポイントの位置に。


「くっ・・・・・・いちかばちか!」


 地面を強く蹴って、跳躍する。

この一蹴りで距離を埋めようとする。

そして・・・・・・。


「マジカルセイバー・・・・・・!」


 ユニオンリングから生成される光の刃。

その眩い光が、あと少しのところで届かない。

だから、もう一度いたかばちかを重ねる。


 出来るかどうかじゃない。

やるしかない。


 パワーを集めて、限界を超える。


「オーバーレンジッ・・・・・・!!」


 瞬間、マジカルセイバーがさらに伸びる。

足りない距離を一気に完食して、そしてまだ伸びる。

限界を超えた出力の刃が、真っ直ぐに伸びる。


 わたしが反応するより早く、結果が訪れる。

マジカルセイバー・オーバーレンジに飛び込む形で、怪獣は真っ直ぐに過ぎ去る。


 手答えは希薄。

命中したのか、それとも通りすぎたのか分からない。


 そして・・・・・・。

怪獣がわたしの位置を少し通りすぎたところで、怪獣は爆発した。


 その燃えかけの残骸が墜落する。

そこに先輩が降りて来て、そしてソラもテレポートして来た。


「あ、みんな・・・・・・」


「見てたぞ。ちょっと危なかったじゃねぇか・・・・・・」


「でも、よくやったよ、ユニ。また勝てたよ、わたしたち」


 作戦は成功した。

この瞬間にその事実をやっと感じる。


 日は傾き、空の端はオレンジ色に染まり出していた。




「ありがと、ぬいぐるみ。留守でごめんね」


『え、ユニさん!? なんで俺の電話番号を!?』


「つむぎから聞いた」


 翔くんからもらったぬいぐるみを部屋に配置する。

それなりに大きいのだけど、案外置き場所には困らなかった。


「ほんと、今日はありがとね・・・・・・」


『いや、こっちこそ・・・・・・。あ・・・・・・と、まだ電話繋いだままでいいかな?』


「え? え、うん・・・・・・別にいいけど・・・・・・。え、何・・・・・・?」


『うん、ユニさん家からも見えると思うんだ』




「マキナさん・・・・・・またわたしの家泊まるつもりですか?」


「別にいいだろ。居心地悪いっつーか、さ・・・・・・ほら、色々あんだよ、アタシにも・・・・・・」


「そりゃそうかもですけど・・・・・・」


 マキナさんと話しながら、携帯をいじる。

夏休みに入ってから、わたしが一人暮らしなのをいいことにマキナさんが入り浸るようになった。


 ただそのおかげで、今丁度親から送られて来た『最近どう・・・・・・?』のメッセージにいい返事をすることが出来る。


「あ、てかマキナさん。今日両親から連絡来たんですけど、こっち花火上がるみたいですよ?」


「あ、マジ・・・・・・? こっから見えっかな・・・・・・」


 一瞬失言をしてしまったとドキリとするが、マキナさんは気にする素振りをせずにベランダに出た。


「あの、マキナさん・・・・・・今、すいません」


「別にいいよ。気ぃ使うことねぇって・・・・・・お、見えんじゃん。上がったぞ」


「え、マジですか・・・・・・?」


 わたしもマキナさんを追ってベランダに出る。

洗濯物をわきに寄せて、夜の街の方を見た。


「って、全然見えないじゃないですか!」


 音だけ威勢よく届いて、肝心の光はビルの隙間からちょっと見えるくらいだ。


 マキナさんが携帯を構える。

するとロック画面の家族写真が目に入った。

マキナさんがロックを解除すると、今度はホーム画面の壁紙で温泉に行った時にみんなで撮った写真が出てきた。

すぐにその画面もカメラ画面に切り替わる。


「え、写真撮るんですか?」


「おーよ。ユニオングループに貼っつける」


「いや・・・・・・これユニの家からの方がたぶんよく見えますよ・・・・・・」


「それならそれでいーじゃん。面白いし」


 再び花火の音が轟く。

今度はさっきよりはまだマシに見えた。




「・・・・・・おわ、綺麗じゃん。あ、また上がった!」


 ユニの電話の声が部屋の中から聞こえてくる。

なかなか楽しそうだ。

たぶん今日のデートで、それなりに楽しい経験が出来たのだろう。


 わたしも、ユニが楽しいのは嬉しい。


 今はユニの邪魔をしないように、家の屋根から花火を眺めている。

怪獣の身体能力なら、屋根に登るなんて造作も無い。


「綺麗だ」


 この花火も、ユニやその周りの人達の毎日も。

独特の色合いで、道端に咲く名の知らぬ花のように美しい。


 それなのに、何故人は破壊を望むのか・・・・・・。

何故わたしは生まれてしまったのか・・・・・・。


「え、ちょっとウシ子!? そんなとこで何やってんの!? ちょ・・・・・・危ないって・・・・・・!」


「あらら、見つかっちゃった・・・・・・」


 まだ電話を耳に当てたままのユニに見つかってしまう。

見つかってしまうとは言ったが、見つけてくれて少し嬉しかった。

最初のときも。


 それでわたしは、ただの怪獣からウシ子になれたんだ。


 少し煙の残滓が残る夜空に、また花火が咲く。

その眩しい光は、空を見上げる誰もに降り注いだ。

続きます。

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