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たまの贅沢の何が悪い!

続きです。

「というわけで、みんなの親睦を深めようと温泉に行こうと思います。一泊」


 とうとう迎えた待ちに待った夏休み。

前から決めていた予定を、家に呼んだ二人に打ち明けた。


「というわけでって・・・・・・どういうわけでだよ・・・・・・」


「もー先輩、そんなこと言って。でも温泉行きたいでしょ、温泉!」


「いや、お前が金払ってくれるわけじゃねんだろ・・・・・・?」


「当たり前じゃないですか!」


 先輩は見ての通りこんな様子だが、まぁ結局来てくれそうだ。

バイトもしてるらしいし、そこそこ持ってんでしょ。


 そして、ソラはと言うと・・・・・・。


「ね、この子! 例のUMA!」


「いや、UMAではないと思うけども・・・・・・」


 ソラは温泉の話題そっちのけでウシ子に夢中だった。


「やだこの子かわいい! ね、なんで一緒に住んでんの? ね、何・・・・・・この子なんなの? ウルトラやばいんですけど!」


 その熱量は凄まじく、見てるぶんにはちょっと愉快だった。

わたしたちの前では、こんな感じでいてくれるっていうか、こういう素の部分を見せてくれるんだなって思うと、嬉しくもある。


 怪獣なんて普通花の女子高生に関係ないことだけど、でもそういう特殊な経験がわたしをソラにとって信頼に足る存在にしてくれたのかと思うと悪いことばかりじゃないのかもしれない。


「あの・・・・・・それでソラさん、温泉の方は・・・・・・」


「って言ってるけど、ユニ前から言ってたじゃん。行き先まで。しつこくこの日空けといてとか言ってくるし。正直あれわたし鬱陶しかったんだけど」


「ま、まぁまぁ大目に見てよ。ジュース奢るから・・・・・・!」


「いや、まぁ・・・・・・気になるのがさ、この子、行くの・・・・・・?」


 ソラがウシ子のほっぺたをぎゅっと抱き寄せる。

よっぽどウシ子のことが気に入ったみたいだ。

ウシ子も別に悪い気はしないみたいで、されるがままでほっぺた潰されてる。


 この様子だと、ウシ子を連れて行くと言えば確実にソラは落とせるだろう。

問題はウシ子の宿泊代はもちろんわたしのお小遣いから出るというところにある。


 小さな旅館だが、二人分の宿泊料金となると高校生にはなかなかしんどい金額になる。

今回の期末の結果のせいで、夏休みにやろうと思ってたバイトもお母さんに封じられてしまった。

正義の味方やってると勉強時間が足りなくなるんだよ!


「ち、ちなみに・・・・・・ウシ子はお留守番って言ったらソラはどうする?」


「さーて、どうするでしょう?」


 ソラは明言しない。

けどそれでもうわたしの選べる道は一つになってしまう。 


 頭の中で計算してみると、結構諦めないといけないものは多そうだ。


「分かった、ウシ子も一緒。それなら来るんでしょ?」


「もちのろん」


 背に腹は変えられない。

犠牲はつきものだ。

そういうことにして・・・・・・。

犠牲になる諭吉たちを思って、心で泣いた。




「居た! 俊介! 居たよ!」


「お前・・・・・・ほんとその行動力別のことに使えよ。ちょっと怖ぇぞ?」


 普段あまり乗ることが無い電車。

だいたい近場で解決するし、通学も徒歩なので本当に縁がない。

そんな電車に、翔と一緒に乗っていた。


 男二人での温泉旅行。

つむぎの機嫌は後日とるにしても、本当に着いて来てしまってよかったのだろうか。


 翔は座席に隠れるようにしながら、チラチラと様子を窺う。

例の四人組の。


 ユニにソラ、この二人は分かるとして、後はなんか先輩と、本当に全く知らない子どもの四人組だ。

修学旅行みたいなテンションでリュックを抱えて談笑してる。

俺らのことには気づいてない・・・・・・と思いたい。


 どうしてこうなったかと言うと、これには翔の恋心が関わってくる。

この男、普段は奥手な癖して時に大胆な行動に出る。


 いち早くユニが夏休みにどこかへ出かけるらしいことを察知して、なんとその詳細をソラに尋ねたのだ。

そして、今に至る。


 やっていることはまるで・・・・・・いや、完全にストーカーだ。

翔の奥手さが一周回って奇行に転じている。

一体ここからどうするというのか・・・・・・。


 たぶんここから先のことは何も考えていないんだろうな、と翔の表情から分かる。

恋は盲目というが、まったくその通りだ。


「ゆ、ユニさんと同じ旅行先・・・・・・ユニさんと同じ・・・・・・」


 翔は完全に頭が沸騰した状態で座席で身を硬くしている。

一体今何を思い浮かべてるんだか、考えたくもない。


「はぁ・・・・・・」


 先が思いやられる。

翔のやつ、度胸が無いから話しかけたりってことはないだろうが・・・・・・ただの小旅行で済めばいいんだが・・・・・・。




「うおー、走ってる走ってる! ほら、ね先輩、先輩! 見てくださいよ!」


「別にそんな電車なんて珍しいもんじゃないだろ・・・・・・」


 ガタンゴトンのリズムで揺られる。

冷房の効いた車両内は快適で、窓の外で素早く流れる景色が心地いい。

わたし以外もなんだかんだで楽しそうではあるし、やっぱり奮発してよかった。

まぁみんなにも奮発を強要しているわけだけど。


「あー・・・・・・」


「ん? ソラはさっきから何見てんの?」 


「いや、マジか・・・・・・。いや、うん・・・・・・一応黙っとく」


「いや教えてよ・・・・・・!」


 ウシ子を餌に連れてきたソラはというと、さっきから時折よく分からないところを見ている。

何か気になるものがあるのかと不思議に思うが、完全に電車内を見てるのでもしかしたら知り合いでも居るのかもしれない。


「いやぁー、それにしても温泉だよ、温泉! 久しぶりだなぁ・・・・・・。あ、これから行くとこさ・・・・・・ちょっと聞け! わたしの話を聞け!」


『ああ。楽しみだな、ユニ』


「あ、ユニオンは別に・・・・・・」


 みんなその方が面白いと思ってわたしの話を意図的に無視する。


「ウシ子ちゃん・・・・・・向こう行ったら何食べたい? お姉ちゃんなんでも買ってあげるよ」


「ふひひ、なんでもいいよ。知らない場所に行けるんだ。それだけで嬉しい」


 いや、ソラに関しては単純にウシ子に夢中なだけかもしれない。

ウシ子はウシ子で、それに甘んじているし。

気がつけばお母さんの気味悪い笑い方が伝染してたし・・・・・・いや、これはあんま関係ないか。


 とにかく、わたしの話をちゃんと聞いてくれる人はいない。

わたしとしては居ても立っても居られないというか、うわついてウズウズして仕方ないのだ。

頼むから怪獣だけは出ないでくれよ、せっかくお楽しみなんだから。


「あ、そういや怪獣の出自について新説出てたな」


「ちょっと先輩! 怪獣の話は今NGっす!」


「まぁ聞けって」


「わたしの話聞かないのに!?」


 最近の若い子はもう本当スマホ使いすぎ。

もっとこうさ、わいわいやってボルテージ上げてこうよ。

携帯でつまんない記事なんか見てないで。


「んで、新説は怪獣は人間の思いから生まれるってやつだ。破壊衝動っての? それの具現化だってさ」


「いや話すんかい。今日明日くらい怪獣の話はさ・・・・・・」 


「いいじゃねぇか、こんくらい・・・・・・。都市伝説レベルの話だぞ?」


「とにかくダメなものはダメなんです! もっと楽しい話プリーズ!!」


 親睦を深めるのが口実・・・・・・もとい目的だというのに、既にこの時間からバラバラだ。

みんな好き勝手に自分のことやって。


 でもちゃんと伝わっている。

みんな旅行を楽しもうとしてる、その気持ちは同じだって。




 青々とした木々が茂る山。

時計の針の時間とは違う、穏やかな森の時間が流れている。


 そこにピリリと青白い電流が走る。

しかし、山は静かなままだった。




 到着した駅からバスに揺られて数十分。

いつも見ているビル群のような閉塞感はなく、どこまでも開けていくような解放的な景色。

空が広い!


 自然のみどりは目に優しいし、喧騒も遠い。


「うーん観光地ぃ・・・・・・!」


 遂に到着した目的地。

高い空を鳥が鳴きながら飛んでいた。


「昼食ってないからちょっと腹減ったな。なんか食うか?」


「夕飯まで我慢して最高のコンディションで御馳走を食べるか、それか軽く食べてちょっと早めの時間からお風呂入ってその時を待つかって感じだね」


 時刻は四時手前。

旅館にはもうばっちり入れる時間だ。

ちょっと早めに出たつもりだけど、やっぱり到着するとこれくらいの時間になってしまう。


「ウシ子ちゃん、どうしよっか?」


「少し・・・・・・匂いがするね」


「え、なんの・・・・・・? あ、お腹減ったのかな?」 


 相変わらずソラはウシ子に甘々で、その判断もウシ子に委ねる。


「ひひ、どうせならちょっと歩こうよ。すごい綺麗なところだよ」


「ね、そうだよね」


「あの、場所決めたのわたしだからね」




「おい翔、ユニたちどっか行っちまうぞ? いいのか?」


「あ、いや・・・・・・ちょっと待って、ちょっとマジ待って。本当お願い!」


「いやまぁ俺はいいけど・・・・・・。どしたのお前?」


「・・・・・・はい。いや、あの・・・・・・漏れそう」 


「お前・・・・・・だからバス乗る前先にトイレ行っとけって・・・・・・」




「何階・・・・・・?」


「にかーい・・・・・・の、角の方の部屋だって。明け方辺りの山が綺麗って受付の人が言ってたよ。あ、ご飯七時だって」


 部屋の鍵を受け取って、毛の短いカーペットの上を歩く。

ロビー周辺の土産屋が早速気になっていた。


「じゃあお風呂入ってから行けば丁度くらいだね」


「あ、ソラってご飯前にお風呂派?」


「ちょっと早めくらいが空いてていいんだよ」


 そう言うソラの表情は柔らかい。

なんだかんだでこの旅行自体も楽しんでくれてそうで安心だ。


「なぁ、これ・・・・・・浴衣ってどうやって着んだ? アタシ初めてなんだけど」


「んなもん適当よ、適当。朝起きたら脱げてるんだから」


「お前なぁ・・・・・・」


「ていうかマキナさん、ウシ子ちゃんと浴衣のサイズ同じなんですね」


 取り留めのない話をしながらエレベーターに向かう。

その時不意に振り返ると、受付のところに見知った顔が居た。


「え゛。 うそ、翔くんたち居るんだけど。やだ偶然? わたしの話聞こえてた? え、キモッ・・・・・・」


「おいユニ、想像で勝手に気持ち悪がるなって。失礼だぞ」


「あー・・・・・・」


 ソラが聞き覚えのあるトーンで言う。

そして目を逸らした。




「なんか今こっち見てなかった? え、バレた?」


「翔。俺の後ろ隠れんな。意味ないから。それより、飯八時からなんだろ? ならちょっと早めに風呂入ろうぜ。露天風呂」




 たどり着いた和室に荷物を置くと、早速お風呂へ向かう流れになる。

夕ご飯が待ち遠しいが、旅行の意義的には温泉がメインディッシュだ。

裸の付き合いイズ最強だ。


 万が一の「あ、わたし後で」対策としてウシ子の手を引っ張っていく。

入浴時間のこだわりみたいなのを語っていた時点でその心配はなかったかもしれないけど、ソラはノリノリで着いてきた。


 そして先輩は・・・・・・。


「あ、アタシ・・・・・・その、裸とかちょっと恥ずいんだけど・・・・・・」


「先輩! あんな破廉恥な格好に変身しといて何言ってんすか! 浴衣着せてあげませんよ!」


「え、いや・・・・・・適当でいんだろ?」


「適当だと脱げます! 解けます! いいから行きますよ!」


 うん、先輩も何も問題無かった。


 スリッパペタペタお風呂へ向かう。

もうなんか既に気分は一足先にほくほくしてしまっていた。


 ソラの言った通り、お風呂は空いていて曇った引き戸の向こうにおばちゃんが見えるだけだった。 


 洋服を入れるカゴの、その番号を数える。


「くぅー、四が無い!」


「それ、そんな喜ぶことか?」


「先輩には分かりませんか、このザ温泉感」


「いや分かんなくはねぇけど・・・・・・」


 部屋にあったバスタオルをカゴに放り込んで、服の裾に手をかける。

ソラはまず先にウシ子の服を脱がせていた。

そして先輩は・・・・・・。


 わたしの方をチラチラ見ながらちょっと躊躇っていた。


「先輩! こういうのは思い切りが肝心です! そうやって躊躇ってたら余計に抵抗が増してきますよ」


 ほら、こういう風にと目の前でバサッと服を脱ぐ。

こういう流れで肌を晒すのは初めてで、なんか先輩のせいでこっちまで恥ずかしくなって来た。


 けれども先輩に言ったように躊躇えば余計恥ずかしいというのが持論なので勢いのまま全裸になった。


 ウシ子の服も脱がせ終わって、ソラも脱ぎ始める。

それを見て覚悟を決めたのか、先輩も服の裾に手をかけた。

全員が裸になるまで何故か直立で待っていたけど、その間言葉にしがたい無力感に近い気持ちを抱いていたのは内緒である。

一人裸で突っ立って何やってんだろってなった。


 ウシ子は実際に子どもで、先輩は見た目通りの幼児体型。

それなのに胸部装甲の厚みがわたしと大差ないのは何故なのだろう。


 そんな千葉県体型のわたしたちに比べ・・・・・・。


「あからさまな視線を感じるんだけど」


 ソラは一人だけ山梨県あるいは静岡県体型だった。

別に羨ましいとか憧れるとかはないけど、なんなのだろうこの敗北感は。


 しかしそんな雑念は温泉を楽しむには不要なもの。

だから早歩きで振り切って浴場に突撃した。


 シャワーで簡単に体を流して、入浴に備える。

これはわたしにとっては一種の儀式で、そうすることで温泉に浸かる正装が出来上がるのだ。


 内風呂にはおばちゃんが入っているので、そっちは後でいっかと露天風呂に向かう。

戸を押すと外気が肌に触れ、それが心地よい。


 わたしがその風を堪能していると、後ろからぞくぞくとみんなが押し寄せてくる。

そこからみんなでペタペタ歩いて、そして湯船に腰を落とした。


「「あ゛ぁ゛ー・・・・・・」」


 声を揃えて、お決まりのため息。

内風呂に入ってからだと露天のほどよいぬるさが際立ってよいのだけど、一発目の露天もそれはそれで気持ちよかった。


 そうやって落ち着くと、湯船に色々と溶け出していく。

まさに癒しの真骨頂。

ただ気持ちいいというよりは、体のメンテナンスというか、治っていくというような気持ち良さだった。


 隣の男風呂の方でも誰か露天にやって来たようで、くぐもった声が聞こえる。


「え、いやあれお前の友達じゃねぇか?」


「いやいやまさか・・・・・・流石に・・・・・・え、うそ・・・・・・」


 偶然だよね?

であってくれ。

え、つけられてる?


「いやキモーい・・・・・・」 


「流石にお風呂はまぐれでしょ・・・・・・」


 ソラは対して興味なさそうに言う。

ところで、お風呂“は”・・・・・・?




 ユニに付き合わされたって気持ちが大きかったけど、来てみれば結局楽しかった。

風呂だって気持ちいいし、浴衣も着られた。


 中庭付近の木製の通路で、景色を楽しみながら夜風に当たる。

ユニが自販機にソラに奢るって言ってたジュースを買いに行ったので、今はアタシらで戻るのを待ってる。


「気持ちよかったな、風呂」


「夕飯も楽しみですね」


 アタシとソラの距離感は、正直中途半端。

まぁ悪くはないけど、あまり話すことも無い。

別に、言葉は無理に重ねるものでもない。


 こういう時間も、ちゃんと有意義なものだ。


「匂いがする。すぐ近くだ」


 しかしその時間は、突如闇に飲まれる。

ウシ子の声の後、旅館が停電した。


 そして、中庭の壁が吹き飛ぶ。


「おっ・・・・・・!?」


 飛び散る瓦礫。

だがそれらがアタシたちに到達する前に、ウシ子が腕の一振りで跳ね除けてしまった。


 だがそれに驚く暇もない。

すぐ目の前で、青白い光が明滅する。


「これ・・・・・・は・・・・・・」


 光に照らされたソラが息を呑む。


 怪獣が、現れた。




 何がいいかな、と自販機の明かりを眺める。

わたしが飲むのは決まったとして、後はソラに何を飲ませたいかだった。

ご当地限定の変なやつとかないかなと思ってたけど、残念ながらそういうのは無さそう。


 あんまり自販機前で突っ立ってるのもあれだな、なんて思っていたら、丁度後ろに人が来た。


「あ、ごめんなさい・・・・・・」


 大人しく順番を譲る。


「あ。あ・・・・・・え・・・・・・」


 そこに居たのは、気まずそうに途切れ途切れな声を出す翔くんが居た。


「うわっ」


 思わずうわとか言ってしまう。

それを向こうは単純な驚愕と受け取って笑った。


「あ、えと・・・・・・ユニさん、も、来てたんだ。偶然だね、うん・・・・・・ほんと偶然。あ、と・・・・・・浴衣、似合ってるね。その、か、かわいい・・・・・・と、思うよ・・・・・・」


「ど、どうも・・・・・・」


 翔くんが慣れないセリフにしどろもどろになる。

視線とか泳ぎまくりで、もう色々通り越して「大丈夫か!」って感じだ。


 翔くん自身失敗というか、やらかしたというのを感じているらしく引き攣った笑みを浮かべている。


 しかしそれが突然見えなくなった。


「ん? あれ・・・・・・停電?」


 そして、それに次ぐ衝撃。

そこで悟る。

これは・・・・・・怪獣だ。


「あ、ユニさん!」


 翔くんがわたしを呼び止めるが、構わず行く。

そうやって走って行って、外に出ると、青白い光に縁取られた怪獣が居た。


 しかし次の瞬間、その光は消える。


「な・・・・・・?」


 その一瞬で、すぐに怪獣が見えなくなった。

ところが現れた二人の巨大少女の姿を見て、それが幻ではないことが分かる。


 二人を待たせるわけにはいかない。

せっかくの旅行を邪魔された恨みもある。

だから・・・・・・。


「ユニオン!」


 変身して、二人が居る方へと跳躍した。




 山の上を足音が蹂躙する。

木々が薙ぎ倒され、美しい緑を破壊していた。


「みんな、これ・・・・・・どういうこと?」


 遅れて合流して、二人に尋ねる。

夜の暗さの中、怪獣の動き回る音だけが聞こえていた。


「たぶんなんとなく分かると思うが・・・・・・」


『おそらく透明化・・・・・・』


 先輩の言葉の続きを、ユニオンが先回りして言う。

その通りで、怪獣の姿が見えないのだった。


「どこに・・・・・・」


 音は聞こえるのだ。

しかし本当にどこに居るのか分からない。

そして・・・・・・。


「ぐあっ・・・・・・!?」


「先輩・・・・・・!」


 どこからともなく飛び出した不可視が、先輩を押し倒した。


「この・・・・・・!」


 しかしそのおかげで、今は位置がわかる。

そこに拳を振り上げて駆け寄るが・・・・・・。


「待って!」


 ソラの制止で拳を振り下ろすのを躊躇う。

その次の瞬間、怪獣が青白い光を放つ。

それで怪獣の輪郭が明らかになった。


 先輩にのしかかるそれは、四足歩行の爬虫類だった。

その鼻先からは鋭い角が伸び、後頭部からは触角のような器官が動いている。


 その背中はまるで鰭のように隆起していて、そこが最も眩い光を帯びていた。

そしてその光はそのまま触れている先輩にダメージを与える。


「ぐ・・・・・・」


 上手く声が出せないようだが、先輩は苦悶の表情を浮かべていた。


「待っててください。・・・・・・ウルトラサイコショック!」


 こういう場面において、本当にソラは強い。

ソラは触れることなく、先輩の上から怪獣を弾き飛ばして見せた。


「この感じ・・・・・・電気だ。くっそ、痛てぇ・・・・・・」


「先輩・・・・・・」


「わたしは怪獣を捕捉し続ける。だからユニはマキナさんとユニオンを・・・・・・!」


「わ、分かった・・・・・・!」


 怪獣は再び姿を消す。

まだ襲ってこないうちに、先輩を捕まえて引き寄せた。


「大丈夫、先輩? こういうとき小柄で助かります」


「うるせぇ・・・・・・」


 口ではいつも通りに振る舞っているが、しかしそこそこ長い時間放電を食らったためにダメージは大きそうだった。


「先輩、いきますよ」


「おう・・・・・・」


 よろめく先輩と、変身ポーズを取り直す。

アイコンタクトでタイミングを合わせ・・・・・・。


「「ユニオン!!」」


 先輩とわたしは合体を果たした。


「済まないユニ。ちと・・・・・・最高パフォーマンスとはいかないかもしれん」


「それは・・・・・・後でまた温泉で癒されましょう」


 あの怪獣に飛行能力があるか分からないが、とりあえず空へ逃げる。

上空から山を見下ろせば、その惨状がはっきりと見えた。


「ユニ! 捉えた!」


 ソラが合図と一緒に、空間にしがみつく。


「捕捉って・・・・・・マジか・・・・・・」


 あんまりなやり方にちょっと驚く。

そんなことをすれば当然、怪獣は反撃に出る。


「早く・・・・・・!」


「分かった・・・・・・!」


 ダークネスストライクはソラを巻き込むから使えない。

精密に狙って攻撃するなら・・・・・・。


 怪獣に向けてキャノン砲を構える。

その間にも、怪獣の放電は始まってしまった。


「うぐぅぅぅ・・・・・・」


 怪獣との接触面積が大きいだけに、ソラは先輩よりダイレクトにそのダメージを負う。

しかししがみついたまま離れない。

逃すものかと、そのゴツゴツした体にしがみついている。


 ひとまず透明能力の無効化。

こういうのは角を破壊すれば無力化出来ると相場が決まっている。


 キャノン砲の照準を、光り輝く角に合わせる。

そして・・・・・・。


「「ダークネスビーム・・・・・・!!」」


 二筋の光を解き放った。

その光は狙い通り角を撃ち砕く。


 しかしそれで電撃の制御を失ったのか、継続的に流していた電流が爆発みたいに弾けた。


「あぁっ・・・・・・!」


 その一撃に、ソラが激しく弾き飛ばされる。

すぐに起きあがろうとするが、その手足は土を掻くだけだった。


「ごめんソラ! もう終わらせるから!」


 何はともあれ、怪獣は電気を失った。

直感以外の根拠が無かったが、角の破壊は透明化無効の結果を残してくれた。


 こうなればもうただのデッカいトカゲだ。

その山脈のような背鰭に上空から蹴りを浴びせる。


 その衝撃に怪獣がうめき、土が舞い上がる。


「「ブーストキック・・・・・・!」」 


 その胴体を、今度はジェット噴射を伴って蹴り上げる。

そうして怪獣の体を大きく跳ね飛ばした。


 紺色の空に投げ出された怪獣に、胸部装甲の発射口を向ける。


「「ダークネスストライクッ!!」」


 そして今度こそトドメの一撃をお見舞いした。

打ち上がった怪獣に、赤い光弾が炸裂する。

その爆発は少し早めの花火となって、夜空を明るく照らした。




「先輩・・・・・・は、まぁ不意打ちだったから仕方ないとして・・・・・・」


「ソラは流石に捨て身すぎ! あの後しばらく立てなかったじゃん!」


 あの後、というか現在進行形で全身が痛い。

筋繊維を火傷した・・・・・・というか、実際どうなっているのかは分からないけど、そんな感覚の痛みだ。


 今は部屋に敷かれた布団でウシ子ちゃんに癒やしてもらっている。


「あーあ・・・・・・夕ご飯ちゃんと食べられたのわたしだけだよ。もう、なんであんな無茶するかなぁ・・・・・・」


 ユニの説教は続く。

戦うのに慣れてないんだから、わたしが二人に追いつくには体を張るしかないのだ。


「ごめん・・・・・・でも、早く終わらせたくて」


 自分で聞く自分の声にびっくりする。

電撃に喉も一時的にやられてしまったみたいだ。


「はぁ・・・・・・」


 ユニのため息が暗い部屋に溶ける。

それを最後にユニはテレビを消して布団に潜った。

マキナさんもマキナさんで無理はしてたみたいで、今はもう眠ってしまっている。


「わたし、でもちゃんと感謝してるんだよ。久しぶりに、たぶん楽しかった。だから、怪獣にこの時間を壊されたくなかったんだ」


 わたしの本当の無茶の理由。

それを誰にも聞こえないように呟く。

けど、同じ布団に入っているウシ子ちゃんにはバッチリ聞こえてしまった。


 その丸い瞳を覗いて、ゆっくり唇に人差し指を持っていく。


「秘密だよ」


 最後にそう呟いて、ウシ子ちゃんを抱きしめた。


「分かった。秘密だね。ひひ」


 生意気にもわたしの頭を撫でるようにして、ウシ子ちゃんは変な笑い方で笑った。

続きます。

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