君に手を差し伸べて何が悪い!
続きです。
様々な店に囲まれた大通り。
道行く知らない人間たちの声が飛び交う。
ここを歩く多くの人にそれぞれ生活があって、別々のことを考えながら同じ道を行く。
そんな普通の人間たち。
普通に働いて、普通に生きて、普通に死んでいく。
俺は、どうしてそんな奴らと同じ道を歩いているのだろう。
才能も機会も無かった。
何一つ恵まれなかった。
けど特筆すべき不幸も無い。
知ってる。
俺はどこまでも普通だって。
つまらない人生を生きていかなければならないのだって。
いっそ死を選ぶことが出来たら・・・・・・そしたら他の人と同じ色に染まることもないのに。
ここに居る人間は、曇り空のような灰色。
負けても勝ってもいない、ただ繰り返される毎日を生きているだけ。
この現実が悪夢でないのが、俺にとっての悪夢に他ならない。
現実は覚めない。
ただ繰り返し、そこに何の意味があるのか・・・・・・。
削れていくだけの毎日。
色を落としていく視界。
きっとここに居る誰もが思っている。
「こんな日常、誰かぶっ壊してくれよ」
あの隕石みたいに、全て消し去ってしまえ。
いいも悪いも汚いも綺麗もない。
何もかも、跡形もなく。
行き交う人々の喧騒の、その質が変わる。
悲鳴に、逃げ惑う足音。
破壊の象徴は、音もなく現れる。
ビルの隙間から顔を覗かせる、巨大な影。
「怪獣だ・・・・・・」
他の誰かのように、この場から逃げる気にはなれない。
ただ何もかもを踏み潰してほしいと願っている自分が居る。
人が流れていく中、一人立ち尽くす。
もしかしたらこの瞬間、俺は少し俺の望む俺であれたのかもしれない。
「ユニ、起きる」
「うわぁっ・・・・・・と、え? 何?」
叩き起こされたばかりでまだ焦点の合わない視界。
そこには少女の姿がいっぱいにあった。
ベッドの中のわたしに跨る、牛の耳を持った少女。
その愛嬌のある顔が、いまいち感情の読めない笑みを浮かべていた。
この少女に会ってから数日。
またしばらく怪獣は現れていない。
ベッドから出て、私服の皺も直さないまま自室を出る。
「起きたか、ユニ、起きたか?」
「起こされた」
まだそう何日と経たないのに、少女は驚異的なスピードで言葉を学んでいた。
未だカタコトではあるが、既に表現に本来の知性が滲んでいる。
時々わたしの知らない単語を使うことがあるくらいだ。
その吸収力が羨ましくて仕方ない、特に今の時期は。
一学期の終わり。
夏休み前にやっつけないといけない最後の大ボス。
期末テストだ。
テスト前とかではなくもう既に始まっている。
今日も丁度学校でテストを受けて来たところだ。
テスト期間は午前でテストをやって早帰り、午後は家で各自次に備えなさいって感じだ。
わたしはその時間を昼寝に当てていたわけだが。
「もう何、お母さん・・・・・・この子わたし起こすのに使うのやめてよ。マジでびっくりするじゃん」
「ゆーにぃー・・・・・・あんたね、暇ならお母さんのこと手伝いなさいよ! 親をね、労りなさい親を!」
「いや、わたしテスト勉強しなきゃじゃん」
「あーた寝てたじゃん」
「・・・・・・」
結局渋々ではあるが、家事を手伝わされた。
それでも隙を見て逃げ出して、部屋に戻る。
今更勉強したってという気持ちもあるが、やっぱり何もしないのも不安なのだ。
ちなみに明日の科目は土壇場の暗記とかでどうにかなるやつじゃない。
「ユニ」
「ん・・・・・・?」
気乗りしないながらに机に向かおうとすると、牛耳少女が着いてきていることに気がついた。
その少女はわたしを指差して繰り返す。
「ユニ」
「え・・・・・・うん? そう、だよ・・・・・・わたしはユニだよ・・・・・・」
その意図を掴みかねて困惑する。
わたしの名前は最初に覚えたはずだし、それが分かっていないという事ではなさそうだが・・・・・・。
「えーっと・・・・・・?」
とりあえずどういうことなのか話してくれないかと、しゃがんで目の高さを合わせる。
少女は意図をしっかり汲み取って、その口を開いた。
「君、ユニ・・・・・・わたし、は・・・・・・?」
人差し指がわたしを指し、その後少女自身を指す。
そこまでされてやっと少女の意図を理解した。
「もしかして・・・・・・名前、無いの・・・・・・?」
未だ少女から何かを聞き出せたことは無い。
そして名すら持たないということを、今知った。
「わたし、何・・・・・・?」
「え、何っていうのは・・・・・・ちょっと難しいアレ・・・・・・?」
「君、ユニ、わたし・・・・・・」
選ぶ言葉からして、どうも難しいアレではなさそうだ。
だが名前。
この場合、わたしが付けてしまっていいのだろうか。
「でも、実際呼び名がないと不便だよね・・・・・・」
少し考える。
目の前の少女の特徴、それはやはり牛の耳なのだが、そこに引っ張られ過ぎてしまうのは良くないだろう。
少なくともわたしは牛からいい感じの名前は思い浮かばない。
思考がぐるぐるする。
脳みそのシワを迷路にうろうろするイメージだ。
「そ・・・・・・だね・・・・・・」
考えれば考えるほど、わたしが決めるべきじゃないという気持ちが強くなる。
だから、とりあえず仮の名前を授けることにした。
「よし、分かった。いい? これは仮ね、仮の名前だから。わたしが便宜上そう呼ぶよってだけ」
大切なことなのでよく言って聞かせる。
この子なら問題なく理解できるはずだ。
この予防線が本当に大切になってくる。
何故ならこれから付ける名前が・・・・・・。
「ウシ子」
こんないいかげんなものなのだから。
「ウシ子・・・・・・わたし。わたし、ウシ子」
謎の少女改めウシ子が自分を指差し首を傾げる。
自分のあんまりなネーミングセンスに罪悪感すら抱きながらも、ウシ子の言葉に頷いた。
ウシ子はそうやって確認を済ませると、その音と言葉を反芻する。
この名前がどういう意味か、本人にもきっと分かるはずだ。
だがその名前に文句を言うでもなく、ウシ子はゆっくり頷く。
「わたし、ウシ子」
「そう・・・・・・。なんかごめんね」
謝りながら、でも仮だからと言い訳して呼称を決定する。
どう思ったかわからないが、ウシ子は満足そうだった。
『ユニ!』
そこに今度はまた別の方の声が響く。
「何? どうしたの?」
ユニオンが話してくるのは珍しいことじゃないが、しかし言葉の勢いに緊急性を感じる。
『ユニ、三人目が現れた。三人目の、ユニオンだ』
わたしが聞き返すと、そうユニオンは言い放った。
「おうおう、居るじゃねぇか・・・・・・。とんでもねぇのが・・・・・・」
建物の屋上から、現れた怪獣の姿を見つける。
いつもなら現れると直ぐわかるのだが、今回のは少し違った。
闇雲に暴れ回ったりせずに建物も一切傷つけない。
そういう理由で静かなのと、四足歩行なのもあって気付けなかった。
「ユニに連絡しねぇと・・・・・・」
そう思ってポケットから携帯を取り出すと、既に通知が来ているのに気付く。
それはユニからのメッセージだった。
「三人目・・・・・・?」
「あ、来た先輩・・・・・・!」
先輩と合流して、お互いに伝えたかったことを共有する。
まさか怪獣が既に出ていたとは思わなかった。
「ていうかユニオン、なんで三人目のことがわかったの?」
街からは轟音が届く様子もなければ、煙も立たない。
なんならいつもより静かなくらいで、言ってるのが先輩じゃなかったら未だに信じてなかっただろう。
『既に三人目はユニオンに変身している。おそらく緊急事態に陥り半ば強制的に適合者を変身させたのだろう。私はそれを感知した』
「緊急事態、ね・・・・・・」
つまりこんな状況でも、きちんと怪獣の被害が出ているというわけだ。
そう思うとこの静けさがかえって不気味だ。
「とりあえず三人目は後回しでいいだろ。まずは怪獣を倒さねぇと」
「それでいい、ユニオン?」
『ああ、問題ないだろう。ユニにマキナ、そして三人目がおそらく最後の一人だ』
まだ怪獣の姿は見えない。
だが先輩が見つけてくれたおかげで、場所は分かる。
「それじゃユニ、準備はいいな! 二人でいくぞ!」
「うん!」
先輩と横に並ぶ。
そうして二人ともユニオンリングに手をかけて・・・・・・。
「「ユニオン!」」
魔法少女メカニカルユニとなって空に舞い上がった。
ビルの街を上空から見下ろしながら怪獣を探す。
その探しものは、巨大なだけあってすぐに見つかった。
「何あれ? ナメクジ・・・・・・? やだ、ちょっとキモいんだけど・・・・・・」
灰色っぽい分厚い皮膚が歩く度に揺れている。
ぬめぬめしてないのが幸いだが、それを除けばその姿は四足歩行のナメクジそのものだった。
頭部からニョッキリ生えた目玉が、うにょうにょ動き回っている。
その怪獣の正面の、少し離れた位置に着地した。
「ブオォォ・・・・・・」
怪獣は低い声で空気を震わせる。
その際に開いた口から、草食動物のような歯が見えた。
「なんか、弱そうだな」
「ね」
響く先輩の声に相槌をうつ。
相手の動きは緩慢で、激しい攻撃性も見せない。
短い手足でのそのそ歩き、たるんだ尻尾をふらふらさせている。
『どんなに弱そうでも怪獣は怪獣だ。二人とも油断するんじゃない!』
ユニオンの言葉を受けて構える。
確かに気を抜ける場面ではない。
「よっし! 行くよ!」
相手が鈍重なら、こちらから近づくまで。
走りながら右拳には力を溜める。
そして跳躍しながらその拳を突き出した。
体重を上乗せされた拳が、怪獣に向かう。
動きの遅い怪獣は当然それを避けられるはずがなく・・・・・・。
「え・・・・・・?」
しかし全く手答えが無かった。
それどころか、わたしの体はそのまま怪獣をすり抜けてしまう。
「なんだこいつ? どういうことだ!?」
先輩が困惑の声を上げるが、わたしも全く同じ気持ちだ。
「どういうこと・・・・・・?」
実体がない?
本体が別にあるというのか?
『ユニ、危ない!』
「え? あっ・・・・・・!?」
振るわれる怪獣の尻尾。
それはすり抜けることなくわたしの足元を掬い上げる。
その攻撃は完全な不意打ちで、簡単に転ばされてしまった。
「どういうこと・・・・・・?」
体を起こしながらも、困惑が頭から抜け落ちない。
少なくとも実体はあるようだが、しかしそれにしたって分からない。
「おいユニ、来るぞ・・・・・・!」
「わ、分かってる!」
怪獣は方向転換し、こちらに向けて駆けてくる。
その動作には確かに質量が感じられた。
「ぐ・・・・・・」
怪獣はわたしの前で急停止し、その前足を振り上げる。
そうして体重で踏み潰すようにそれを振り下ろしてきた。
受け止めた腕にずしりと衝撃が走る。
それを受けたわたしの足が地面に沈み込む。
「・・・・・・今なら!」
肉を切らせて骨を断つ。
少なくとも今は触れている。
なら攻撃は通用するはずだ。
「マジカルパンチ!」
マジカル要素の無い拳打。
しかしそれは何にも命中しなかった。
「はぁ!?」
わたしの拳が、怪獣の体内に埋まっている。
にも関わらず何に触れている感触もない。
『どういうことだ・・・・・・?』
そのあまりにも異様な光景に、ユニオンですら困惑する声が聞こえる。
怪獣の体重を受け止める左腕は、しっかりと触れている。
しかしわたしが打ち出した拳は、するりとその体をすり抜けてしまっているのだった。
右手を攻撃に回したため、防御が手薄になる。
怪獣の攻撃を、左腕だけでは受け切れない。
少し持ち堪えた後に、すぐに蹴り飛ばされてしまった。
「あうっ・・・・・・!」
跳ね飛ばされた体は背中から着地する。
わたしがまだ体を起こせないでいるのに、怪獣は跳ねるようなフットワークで追い討ちを仕掛けてきた。
わたしの両手が、怪獣の前足に押さえつけられる。
その重さは凄まじく踏まれた腕はびくともしない。
「くっそ、こいつ・・・・・・!」
押さえつけられたままキャノン砲を構える。
二つの砲口が怪獣に向くのを待って放出した。
真っ直ぐに伸びる二つの光線。
それは怪獣体をすり抜け空に消えていく。
ビームも当たらない。
「うぐぅ・・・・・・」
怪獣の押さえつける力が増す。
ひとまずここを抜け出さないことにはどうすることも出来ない。
だがいくらもがこうが、いくら蹴ろうが意味がない。
何一つ効果が無いのだ。
『おそらく・・・・・・推測だが、奴は体を構成する小さな粒子を自由に並べ替えることが出来るのだ。そのせいで君たちの体を構成する粒子がすり抜けてしまう』
「じゃ、じゃあどうすれば・・・・・・!」
すぐ眼前に怪獣の目玉が輝く。
まるで嗤うかのようにその色彩を変化させる。
そして・・・・・・。
「ぐぅっ・・・・・・!?」
その眼球から電撃を放出した。
それは二、三度弾けるように続く。
その度に体に強い衝撃が走り、力が抜けていくようだった。
「くそ・・・・・・一回分離するぞ!」
「え・・・・・・先輩、でもそこから・・・・・・」
分離したところで物理攻撃が効かなんじゃ結局わたしたちでは太刀打ち出来ない。
「時間はアタシが稼ぐ! お前は・・・・・・三人目を見つけてくるんだ!!」
「三人、目・・・・・・」
ユニオンが感知した三人目の変身。
姿が見えないから巨大化はしていない。
どこで戦っているのか、いないのかすら分からない。
けど・・・・・・。
「今アタシらに必要なのは、アタシらには無い力だ」
『ああ、マキナの言う通りだ。今我々には最後の力が必要だ!』
再び怪獣の目がチカチカ光を帯び始める。
「ユニ! 早く!」
「わ、分かった・・・・・・!」
もはや迷っている時間は無かった。
先輩にこの場を任せて、離脱する。
するとわたしは変身解除した状態で少し離れた場所に着地した。
怪獣の下には先輩だけが残る。
「先輩・・・・・・なんとか持ち堪えてくださいよ・・・・・・」
放出される青白い電撃。
先輩のためにも早く見つけないと・・・・・・。
奇妙なくらい静かな街を駆ける。
建物は壊れていないのに、街が死んだみたいに誰も居なかった。
「流石におかしい・・・・・・よね」
どこに行っても、生き物の気配が無い。
混乱の声も耳に入らない。
やはりここまでの静寂は普通じゃない。
『おそらく、怪獣が捕食したのだろう。地を這いながら、その体内に生物のみを透過させ吸収していく。全ての人間を消し去るためだけに生まれたような怪獣だ』
「怪獣・・・・・・」
その巨大な影を見上げる。
先輩は怪獣の拘束から抜け出し、何か模索するように戦っている。
しかしやはり有効な攻撃は出来てない様子だった。
『おそらく三人目は怪獣の通った道のどこかに居る。静寂をなぞれば見つかるはずだ』
いつもとは違う、怪獣との戦い。
明らかに異質な不気味な怪獣だった。
響き渡るのはわたし自身の足音と、先輩の戦う音だけ。
気味の悪い静寂をなぞり、最後にたどり着いたのは様々なお店が密集した大通りだった。
そしてそこに、最後の少女の姿はあった。
「わたしは、宇宙人じゃない・・・・・・。こんなの無理だよ・・・・・・」
耳を塞ぎ、うずくまる少女。
髪は銀色に変わり、水着のように肌に密着するコスチュームに身を包んでいた。
だが何よりも特筆すべきは・・・・・・。
「ソラ・・・・・・」
そこに居るのは、わたしの知る少女だった。
数日前の少し変わった様子のソラを思い出す。
もしかしたらその時既に・・・・・・。
『彼女はユニオンを拒絶している。今ユニオンと彼女を繋げるのは、君だけだ』
「ソラ・・・・・・」
ソラはわたしなんか見えていないみたいにぶつぶつと何かを呟いている。
ユニオンの拒絶。
そりゃそうだ。
こんな得体の知れないもの、受け入れるのは怖いに決まっている。
「大丈夫。ソラはわたしの親友だから。心を一つに。何も難しいことじゃないよ」
ソラを前に、変身ポーズをとる。
タイミングをはかるように、閉じた瞳をカッと見開いた。
「ユニオン・・・・・・!!」
先輩と融合したように、ソラとも結びつく。
ノイズが走るようにソラの記憶が流れ込み・・・・・・。
「え・・・・・・」
そして、融合に失敗した。
「なんで・・・・・・?」
「ユニ・・・・・・!!」
そこに先輩の声が降り注ぐ。
「ユニ、気をつけろ! 怪獣が、そっちに!」
巨大な影が、こちらに迫る。
絶えず色を変化させる眼球が、こちらに迫る。
「そんな、なんで・・・・・・」
ゆっくりとやって来る怪獣を、先輩は止めることが出来ない。
伸ばした腕はすり抜け、届いているのに掠りもしない。
最後に立ち塞がるように怪獣の前に回り込むが、それを透過して怪獣の頭が降りてくる。
気色の悪い眼球と目が合う。
怪獣はその小さな口で、まるで笑っているようだった。
そして・・・・・・。
「な、ソラ・・・・・・!?」
『しまった!』
伸ばされた首が、ソラを喰らう。
草をはむかのように、静かに飲み込んでしまった。
「うそ、そんな・・・・・・」
ソラを捕食した怪獣の体が、虹色に輝きだす。
異様な極彩色を纏うナメクジ。
そこに感じるのは、今までの怪獣にあったものとは異質なものだった。
『マズい。奴は君の友達、ソラのユニオンパワーを吸収している。このままだと、怪獣の体内でソラがただの人間に戻ってしまうぞ!』
「ゆ、ユニオン・・・・・・そしたら、どうなる、の・・・・・・?」
『他の捕食された人間と同じ、待つのは死のみだ』
その冷たい言葉の響きに、ゾッとする。
怪獣という災害が、無差別に振り撒く死。
それが今、目の前に。
ソラを飲み込んだ怪獣は、虹色の光を保ったままわたしすらも飲み込もうとする。
「ユニィッ・・・・・・!」
「っは・・・・・・ユニオン・・・・・・!」
先輩の言葉で慌てて変身する。
「ブオォォォォ・・・・・・」
怪獣は不気味な唸り声を上げた。
その体にはやはり触れられない。
このままじゃ、地球もソラも救えない。
「ユニ! もう一度ユニオンを! チャンスはアタシが作る!」
ユニオンを、わたしに・・・・・・?
『君に宿る私がユニオンの核。仲間とのユニオンは君にしか出来ない』
「で、でも・・・・・・」
ソラが拒絶したのはユニオンという未知だけじゃない。
あの瞬間、わたしさえも拒絶された。
ソラは、何もかもを拒絶している。
さっき見たソラの記憶が、ソラの恐怖をわたしに教えてくれた。
それはわたしが簡単に覆せるものじゃないのだ。
「ユニ、違う! それを覆せるのがお前だけなんだ!」
「せんぱい・・・・・・」
わたしたちの繋がり、絆がわたしの不安を先輩に伝播する。
意識が融合することで生まれた繋がり。
それが情け無いわたしを晒してしまう。
けど・・・・・・。
「大丈夫だ、ユニ。お前ならやれる」
「先輩・・・・・・!」
そうだ。
この瞬間ソラを救い出せるのはソラの親友のわたしだけだ。
そして今のわたしたちを救えるのも空だけ。
お互いにお互いを必要としている時なのだ。
それなのにわたしが弱気になってどうする。
わたしが怯えちゃいけないんだ。
ソラの拒絶を。
「先輩、わたしやりますよ! やってやります!」
「おう! たぶん二度目は無いぞ。チャンスは一度だ。力を合わせるぞ!」
掛け声と一緒に、先輩が腕を構える。
その装甲から出てくるのは、先輩のミサイルだ。
「いくぞユニ! ダークネスミサイル・・・・・・!」
先輩がミサイルを発射する。
しかしそれは怪獣に向けてじゃない。
地面に衝突したミサイルは、爆煙と砂塵を巻き上げる。
「ユニ・・・・・・!!」
先輩の声に答える。
思いっきり地を蹴って、煙に包まれた怪獣にタックルした。
その胴体に、確かにわたしの体がぶつかる。
「やっぱりな! あいつは目で見てから、それに合わせて透過してる!」
先輩が自慢げに言い放つ。
怪獣への不意打ち。
これが一度しかチャンスが無い理由だ。
わたしのタックルを食らった怪獣は大きく体勢を崩す。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
さぁ、もう一度・・・・・・!
「ユニオン・・・・・・!!」
わたしの体を、光が包む。
その瞬間を最後に、現実世界の音が途絶えた。
「何あいつ」
「宇宙人」
「意味わかんない」
「てかさぁ・・・・・・」
断片的なソラの記憶が、暗闇に反響する。
「これは・・・・・・」
そして目の前には、ソラ本人が居た。
巨大な障壁を隔てて。
『サイコシールド。今の君と、彼女の間の距離だ』
ソラの拒絶。
それはわたしに対してだけじゃない。
全てに対して心を閉ざし、そして孤独に溺れている。
「また来たの? ユニ・・・・・・」
「ソラ・・・・・・!」
ソラはわたしの名前を呼ぶが、この壁はなくならない。
この分厚い壁を隔てて、わたしの手は届かない。
「ソラ・・・・・・そんなとこいないでさ・・・・・・こっちおいでよ」
「そんなとこじゃない! みんなわたしの大切なものは全部ここにある! わたしにはここさえあればいいの」
「ソラ、そこには何も無いよ。ほら、つむぎたちだって居るし・・・・・・ソラはこっちに居るべきだ」
壁を隔てた向こう側、そちらには何も見えない。
ソラが一人、寂しく座ってるだけだ。
しかしわたしの呼びかけにも、ソラは顔を上げない。
「ユニもそうなんだね。ううん、みんなそうなんだ、知ってる。分かんないんだよ、わたしのことなんて。だから、否定する。拒絶する。気持ちの悪い・・・・・・宇宙人だって」
「ち、ちが・・・・・・わたしは・・・・・・!」
「だって! 見えないんでしょ! わたしの大切なものなんか、つまらない幻想だって言うんでしょ! みんなみたいに。わたし、いつもの登校メンバー・・・・・・一緒に居ると疲れるんだよ。ユニ、それ知ってた?」
シールドの輝きが増す。
ソラは冷たい視線でわたしを見上げる。
「わたし、ユニのこと・・・・・・嫌いだよ。何にも知らないのに、わたしのことよく知ってるみたいな顔する」
「そりゃ何にも知らないよ! だってソラ何も話さないじゃん! この間だって、なんでもないって目逸らして! わたし、だって・・・・・・そんな言われ方したら、分かんないよ・・・・・・」
ソラの言葉に、気持ちが落ち込む。
わたしが、わたしが悪かったのだろうか。
少なくともわたしは仲がいいと思ってたし、なら仲良しの振りなんて最初からしないでほしかった。
「ごめんね、ユニ。わたしこんなだからさ・・・・・・だから、一人なの。ずっと。だけど本当のことだよ。わたしはこの壁の向こうに行けないし、ユニみたいには出来ないんだ」
「あ、謝るくらいなら! 謝るくらいなら・・・・・・さ、もっと・・・・・・」
わたしはわたしの欲しい言葉をソラに求める。
そうやって伸ばした手は、何にも掴まずすり抜けるんだ。
あの怪獣みたいに。
でも、あの怪獣とは違う。
本当にそこには何も無いんだ。
ソラがその言葉を返しても、それは真実じゃない。
「でもソラ・・・・・・このままじゃ、死んじゃうよ・・・・・・。ソラだけじゃない、みんな街から消えていっちゃう」
「いいよ、それで」
「ダメだよ!」
叫ぶと同時に、壁を殴りつける。
反発力に無理矢理腕力を押し付ける。
でも傷一つつかなかった。
そしてソラは、何故か笑う。
泣き顔みたいに笑う。
「ほら、ね。理解出来ないでしょ、わたしのことなんか」
ソラの記憶の断片から分かる。
ソラの抱える問題は、拒絶への恐怖じゃない。
今こうして抱えている、孤独だ。
誰に対してだってこんな分厚い壁を張って、そしてその内側から手を差し伸べてくれるのを待ってる。
だから、泣いてるんだ。
だったら、今!
わたしがするべきことは・・・・・・!
「ソラ、待ってろよ。今、そっちに行ってやるからな!」
ややキレ気味で叫ぶ。
この引きこもりを、無理矢理引っ張り出してやるんだ。
やり方は知ってる。
強引でいい、無造作でいい。
丁度ウシ子がわたしの目を覚ますみたいに!
壁から距離をとる。
しかしこれはソラから距離をとることを意味しない。
無理矢理ソラの懐に飛び込むための助走距離だ。
「お望み通り・・・・・・!!」
その壁、ぶち破ってやるよ!
開いた距離を全速力で詰める。
そして最初の怪獣にやったみたいに、ドロップキックをした。
わたしの思い込みでもいい、勘違いでもいい。
ソラはずっと誰かに助けを求めてる。
始まりはなんだっていい。
「わたしは、ソラを知りたい・・・・・・!」
体重とかじゃない、そういう物理的なものじゃなくて、もっと正体の分からない不思議なものがキックに乗る。
そして、その間の壁をぶち抜いた。
「そんな、なんで!?」
ソラの声に食い気味で答える。
「わたしの友達に、ソラに手を差し伸べて何が悪い!」
「だから別に友達じゃ・・・・・・」
「だったら今からでいい! だから! もっと教えてよ、ソラのこと・・・・・・」
うずくまるソラ。
阻むものは何も無い。
だからその手を引ったくって、無理矢理立ち上がらせる。
そのとき、初めてソラの顔をちゃんと見た気がした。
「なんで・・・・・・よ・・・・・・」
閉じこもる世界を、居心地の良い場所を失ったソラは、拠り所を探して侵略者のわたしにもたれかかる。
「ごめんね、ソラ。無理させちゃってたの、わたし知らなかった。でも、ここでだけは少し無理してほしい。これはわたしのわがまま。わたしと、ちゃんと友達になってほしいの」
「・・・・・・」
ソラは答えない。
道導も壁もない場所。
そこはソラにとっての未知で溢れている。
世界に溢れる色彩を、まだ処理しきれていないのだろう。
だから、言葉以外で答えを求める。
手を繋いで、囁くように。
「ユニオン・・・・・・」
暗闇に光が差し込む。
いや、違う。
わたしたちが照らしている。
『よくやったぞ! ユニ! それから・・・・・・君も』
この世界を打ち砕いて、現実へと舞い戻る。
再び怪獣の前へと。
「ユニ! 帰って来たか! ・・・・・・って、なんだその格好!?」
「え・・・・・・ってなんだこの格好!?」
自分で自分の姿に驚く。
なんとなくあのピンクのコスチュームは絶対不変のものだと思ってたが、そうじゃない。
ソラのコスチューム寄りで、肌にぴっちり張り付く銀色の水着みたいなデザインになっている。
布面積で言えば先輩よりあるが、それよりずっと体のラインが出る。
おへそのくぼみもくっきりだ。
髪は銀色に染まり、瞳には青い光が宿る。
ユニオンリングにも、先輩の時の赤に加えてさらに青が散りばめられた。
コスチュームに刻まれた基盤みたいな模様が青く輝く。
その青い光が髪を束ね、銀色のポニーテールになった。
「う・・・・・・えぇ・・・・・・」
はっきり言ってかなり恥ずかしい。
ネットの画像がまた増えるのは間違いないだろう。
体の貧相さが強調されるようだ。
「おいユニ! 恥ずかしがってる場合か! 怪獣!」
「え、あ・・・・・・!?」
コスチュームの恥ずかしさに気を取られていたが、そこを怪獣に襲われる。
突然ののしかかり攻撃に、慌てて防御姿勢をとる。
するとそこに、ソラの声が響いた。
「サイコシールド!」
怪獣の前足は、突如展開された光の壁に弾かれる。
「ソラ・・・・・・!」
「ユニ、いいから集中して!」
「え、あ・・・・・・はい」
弾かれた怪獣は本来わたしたちにぶつけるはずだった質量を地面に叩きつける。
その振動から逃げるように飛びのいた。
「おい・・・・・・なんだアレ・・・・・・?」
先輩が怪獣の変化を指摘する。
それに釣られてみると、怪獣の首が裂けていた。
それはわたしたちの攻撃によるものじゃない。
裂けた首に並ぶ針のように細長い牙。
「あいつ、全身口だったんだ・・・・・・」
「キシャァァァァァッ!!」
豹変した怪獣が、目玉をぐわんぐわん揺らしながら迫る。
その動きは機敏で、とても同じ怪獣には見えない。
『ソラのパワーを吸収して成長したのかもしれない』
「なるほど・・・・・・!」
再びシールドで怪獣の攻撃を受け止める。
怪獣の細かな牙が砕け、上顎だけで大きくのけぞった。
そうやってそのおぞましさを晒す怪獣に、トドメを刺すべく集中する。
「魔法少女コズミックユニ!」
の、必殺技。
両手のひらの上で渦巻く力。
物理的な攻撃が一切効かない怪獣にぶつける、超能力。
「必殺・・・・・・!」
その名前を叫ぶ。
二人で。
「「ウルトラスーパー双光輪!!」」
手のひらから放たれる二つの光の刃。
その回転する真っ白な光が、怪獣を切り裂く。
一度だけじゃない。
遠隔で操作して、何度も切りつける。
最後に二つ重ねて縦に真っ二つにすれば・・・・・・。
全ての傷が、光り輝く。
それは怪獣爆発の合図。
内側から漏出するエネルギーの流れに耐えられず、その肉体が爆発した。
全てを終えて、守った街を見下ろす。
今回は怪獣の性質上、都市への被害は目立たなかった。
しかしその裏でいくつの命が潰えたのかは分からない。
けど、また守れたんだ。
誰かの当たり前の日常を。
「ねー俊介ぇ、夏休みどっか行かない?」
「どっかってどこだよ・・・・・・」
「ほら、なんか・・・・・・ね? 翔くんもユニも、後ソラさんも一緒にさ。このメンバーで遊ぶこと案外無いじゃーん」
無事テスト期間は終了した。
本当に無事だったかどうかは、テスト返却まで分からないけど。
「ね、ほら・・・・・・ユニも! どっか行きたいでしょお?」
夏休み前ですっかり浮かれているつむぎに詰め寄られる。
「あ、いや・・・・・・わたしは、ちょっと用事あって・・・・・・ソラと・・・・・・」
「えぇー!! じゃあわたしも連れてってよ! いいじゃん、ねぇ!」
「そ、それはまたおいおい・・・・・・ね・・・・・・?」
「ね、ソラさんも・・・・・・いいっしょ?」
そこでつむぎのターゲットがソラに映る。
わたしも流れで振り向くと、ソラの手首のユニオンリングが目に入った。
みんな隠さないのか、アレ。
「ん? あれそれ・・・・・・この前のユニの先輩が着けてたやつじゃん。何それ・・・・・・流行ってんの?」
「あ、いや・・・・・・これは・・・・・・」
ソラがそれに言い淀む。
まぁ確かに言い訳むずいよな、とわたしも思う。
しかしソラが本当はどんな子かを知ってからだと、その見え方も確かに変わってくる。
こうなっちゃ、わたしだけユニオンリングを隠してるのは卑怯だろう。
思い切ってリストバンドを外す。
そしてソラのユニオンリングにかつんとぶつけた。
「そ、流行ってんの。おそろい。いいっしょ?」
「うっわマジか! ユニも持ってんの!? え、何それどこに売ってんの? わたしもほしぃー・・・・・・!」
「ひみつぅー・・・・・・」
色々と、笑って誤魔化す。
それに釣られたのか、ソラもぎこちなくだけど笑ってくれた。
「え、と・・・・・・ユニさん、夏休みどっか行くの?」
一人一個前の話に残ったままだった翔くんがぎこちなくわたしに尋ねる。
「うん、ちょっとね」
「そ、そっか・・・・・・ちなみに、どこに・・・・・・?」
「ひーみつぅー・・・・・・」
わたし秘密主義な女なので。
翔くんは困ったように笑う。
「あはは・・・・・・そう、だよね・・・・・・」
なんかよく分かんないけど、わたしも笑顔で返しといた。
テスト明けの下校時間は、格別だ。
続きます。