あまた星ふる夜に
あるところに、星のふる丘とよばれる、小高い丘がありました。
そこに、なぜ、星がふるのか、だれにも、ほんとうのことは分からなかったのですが、なにか、ふしぎなちからがはたらいているのだろうと、みなは信じていました。
星がふる夜は、たいてい、お月さまがかくれて見えない夜でした。
だから、お月さまがまん丸で明るい夜は、星のふる丘は、むしろ、しずかな夜をむかえているのでした。
今夜はお月さまがまん丸になる夜。
こだぬきのたんぽぽは、星のふる丘を、のぼっていきます。丘のてっぺんまでのびた一本道には、たんぽぽのかげがほそく長くのびて、まるで、おばけのようです。こわがりな、たんぽぽは、自分のかげが、とつぜんむっくり起き上がってきたらどうしようと、おびえながら、それでも、丘のてっぺんへといそぎます。
たんぽぽが、星のふる丘のてっぺんへのぼるのは、そこには、だあれもいないとおもったからなのでした。
たんぽぽは、ひとりになりたかったのです。
たんぽぽのようなこだぬきは、お月さまがまん丸になる夜は、同じくらいの年のこだぬきたちといっしょになって、はらづつみのれんしゅうをするのがふつうです。
けれども、たんぽぽのおなかは、ちっともうまく、音が出ないのでした。
たんぽぽがじぶんのおなかをたたくと、ぺこん、ぽこん、と音がなるので、なかまのこだぬきたちは、大わらい。すこし年が上のお兄さんたぬきや、お姉さんたぬきは、くすくすと声をしのばせてはいるけれど、やっぱり、わらっています。もっと年が上のおとなのたぬきたちは、怒ったり、困ったような顔をしたりするかで、だあれも、たんぽぽのおなかが、なぜ、うまくならないのか、おしえてくれません。
たんぽぽは、だんだん、いやになってしまい、ついに、お月さまのまん丸になる夜なのに、たぬきの集会をさぼってしまったのでした。
たんぽぽは、星のふる丘のてっぺんにつくと、そのまま、てっぺんに生えた一本の大きな木の根もとにすわりました。そして、まん丸になったお月さまを見上げたのでした。
しんと、しずまりかえった夜。星のふる丘のてっぺんは、お月さまのやわらかな光がふりそそいで、いがいなほど、明るく、たんぽぽは、それほどこわいとはおもいませんでした。でも、風にのって、すこしはなれたところから、ぽんぽこぽんと、たぬきたちのはらづつみの音が聞こえてきて、たんぽぽは、泣きたくなりました。
「どうして、うまく、ならせないんだろう?」
たんぽぽは、じぶんのおなかを見つめました。そして、そっと、おなかに手をあててみました。つぎに、おもいきって、すこし強めに、おなかをたたいてみます。
ぺこん。
たんぽぽのおなかは、やっぱり、ほかのこだぬきたちのおなかとは、ちがった音がなりました。たんぽぽは、かなしくて、目からは、ぽろぽろとなみだがこぼれました。
「おや、こだぬきがこんなところで何をしてるのかね。」
たんぽぽに声をかけてきたのは、ふくろうのこがらしでした。こがらしは、星のふる丘のてっぺんに生えた一本の大きな木のえだに止まり、根もとにすわっているたんぽぽを見下ろしました。
「こんなお月さまの明るい夜は、たぬきの集会があるはずじゃないか。忘れていたのかい?」
たんぽぽは、こがらしに、わけをはなします。
すると、こがらしは、首をかしげ、くるんと頭をまわしてみせました。
「そんなに変な音なのかい?」
こがらしは、もう一回、くるんと頭をまわしながらたずねました。
たんぽぽは、うつむいて、それでも、一回、おなかをたたいてみせました。
ぽこん。
また、たんぽぽの目から、なみだがぽろぽろとこぼれたのでした。
「おもしろい音だね。」
こがらしは、さらに一回、くるんと頭をまわしながら言いました。
「変な音じゃなくて、おもしろい音だよ。」
たんぽぽには、こがらしの言う、おもしろい音というのが、よくわかりませんでした。
「おもしろいと、変はちがうの?」
こがらしは、言います。
「ぜんぜんちがうよ。でも、そうだね。たんぽぽが、せっかくのおもしろい音を、変だと思ってしまったら、きっと、おもしろいは消えちゃうね。」
こがらしは、また一回、くるんと頭をまわしました。
「ぼくの目はとくべつでね。夜でも、とってもよく見えるんだ。だけど、目をうごかして、うごくものを目で追うことができないのさ。だから、頭を大きくまわさなきゃならない。おもしろいだろ。」
たんぽぽは、それを聞いて、おどろきました。
「おもしろいは、とくべつっていうことなの?」
こがらしは、またまた一回、くるんと頭をまわして答えました。
「そうそう。おもしろいは、とくべつ。でも、おもしろいは、やっかいで、手がかかるのさ。」
たんぽぽは、こがらしのことばを聞いて、考えこみました。
「おもしろくて、とくべつな音かあ。でも、どうしたらいいんだろう。」
そのようすを見ていたこがらしは、たんぽぽに言いました。
「お月さまがかくれて、まっくらになる夜に、ここへおいでよ。きっと、おもしろいことがおこるから。」
たんぽぽは、まっくらになる夜が、ちょっぴりこわかったのですが、こがらしの言う、おもしろいことが気になって、けっきょく、お月さまがかくれて見えない夜には、ふたたび、星のふる丘のてっぺんへとのぼっていきました。
ただ、まっくらな夜は、ちょっとした音がするたびに、どきどきしてしまうもの。
たんぽぽは、風の音や、小えだやおちばをふんだ音が聞こえないように、わざと、声を出したり、おなかをたたいたりしながら歩いていきました。
「こわくないぞ。こわくないぞ。ちっとも、こわくなんかないぞ。」
ぺこん。
「こわくないぞ。こわくないぞ。ちっとも、こわくなんかないよ。」
ぽこん。
「「こわくないぞ。こわくないぞ。ちっとも、こわくなんかないさ。」」
ぺこん。こつん。
「「「こわくないぞ。こわくないぞ。ちっとも、こわくなんかないね。」」」
ぽこん。こつん。どすん。
とちゅうから、たんぽぽの声と、おなかの音に、だれかが合わせてきました。
それは、同じように、星のふる丘のてっぺんへとのぼってきた、のねずみのこつぶと、いのししのいなづまでした。
「はじめまして、こつぶです。ここまでまっくらだと、ついつい、おっかなびっくりになってしまって。でも、たんぽぽさんのおかげで、たのしくなってきました。ごいっしょしても、いいですか?」
「はじめまして、いなづまだよ。きみたちも、星のふる丘のてっぺんにのぼるのかい? いっしょだったら、たのしいね。」
そこで、たんぽぽと、こつぶと、いなづまは、いっしょに声を合わせ、たんぽぽのおなかの音と、こつぶがならす歯の音と、いなづまがならす足の音で合いの手を入れました。
たんぽぽも、こつぶも、いなづまも、まっくらでも、たのしく、星のふる丘のてっぺんへたどりつきました。
「こんばんは。さっそく、なかよくやってるようだね。」
こがらしも、とんできました。
「こんばんは。こがらしが、おもしろいことがおこるって言うから、来てみたよ。」
たんぽぽは、そう言いながら、ふと、考えました。こつぶといなづまは、なんのために、ここへ来たんだろう?
「あ、来たよ!」
その時、いなづまがさけびました。
北の夜空にぴかっと星が光り、そのまま、すっとこちらの方に向かってふってきたのです。それも、いくつも、つぎつぎと。星は、星のふる丘に近付くと、しゃらんしゃらんと音を出しました。そして、てっぺんの草原にぶつかると、しゅわんと音を出して消えました。
しゃらんしゃらん。しゅわん。
しゃらんしゃらん。しゅわん。ばささ。
しゃらんしゃらん。しゅわん。ぺこん。こつん。どすん。ばささ。
しゃらんしゃらん。しゅわん。ぽこん。こつん。
しゃらんしゃらん。しゅわん。ばささ。どすん。ぺこん。
しゃらんしゃらん。しゅわん。ぽこん。こつん。どすん。ばささ。
こがらしも、星のふる丘のてっぺんに生えた一本の大きな木のえだに止まったまま、左右のつばさを、ばささ、ばささと、大きくならしました。
たんぽぽも、こつぶも、いなづまも、こがらしも、たのしくなってきました。
「星がたくさんふってくると、いそがしいね。」
「星がふってくる音なんて、はじめて聞いたけど、おもしろいね。」
「こんなにふってくるのに、ぜんぶ消えちゃうんだね。」
「それで、ふだんは、星のふる丘に来ても、落ちてきた星なんかないんだね。」
「あ、また来たぞ!」
三匹と一羽は、ふってくる星の音に合わせて、それぞれの、おもしろいとくべつな音をならしました。間に合わず、音がとんでしまったり、それぞれの音がかさなったり。それは、それで、やっぱり、おもしろいとおもうのです。
「きっと、ふってきた星たちも、まんぞくしてくれたとおもうよ。」
こがらしが言いました。
「ここに、星がふってくるのは、ここが、星の眠る地だからなんだ。そして、星の眠りには、たのしい音がひつようなんだ。たのしい音を聞いて眠りについた星は、たのしいゆめを見ることができるからね。たんぽぽも、こつぶも、いなづまも、今夜はありがとう。」
たんぽぽは、びっくりです。
でも、もう、じぶんのおなかの音を、変な音だとはおもいませんでした。
ふくろうのこがらしは、星のふる丘の守り手だったわけです。
ふってきた星たちが、よいゆめを見れるようにするのが、こがらしの役目です。