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異世界術師の夢見る世界  作者: ジッキンゲン公爵
試される異界生活
31/31

#31 大層な名前の魔法


「……またダメか……」

 これで数度目となる力塊誤作動を起こしかけた魔法陣を吹き飛ばしたイッサが唸る。

 リリー、マキナも共に思い悩むようにノートを開き、湊が「これで全部」といった説明達を再度確認しあっていた。

 その研究会に湊は参加せず、一つ目の目標について一人悩んでいた。

(放射線から周りを守る為の膜と言ったら……鉛でできた防護服が一番に思い浮かぶけど……)

 爆心地周辺の一帯を守りたいというのに、広い範囲を鉛で守るような魔法陣を描くというのはまるで想像できなかった。

 いくらファンタジー世界とは言え無理がある発想だろう。

 初手から完全に煮詰まっていた。

「――はぁ。やれやれ」

 一度思考を切り替えた方がよさそうだった。ため息を吐き、未だエンジンを作れない三人の話し合いに参加した。

「イッサ様、どうですか?」

「あぁ、イズアルド。どうもこのブンシについてやはり要領を得ないんだよ」

「分子が分からないって、そもそも原子は分かってます……?」

 三人は目を見合わせ、それぞれがその言葉の意味を理解していないことを確認しあった。

 湊は中二の理科が通じない世界に内心苦笑しかけた。簡単な授業をする為、ノートにペンを下ろす。

「物を極限まで小さく切っていった最後の一粒が原子です。これが原子核と、それの周りを飛ぶ電子。この世の全ては原子がひっついた分子からできてます。あ、最後の一粒とは言いましたけど、原子は陽子と中性子でできていて、陽子と中性子の数が原子を決定付けるんですけど――」

 原子核と、その周りを電子が飛ぶ様子、陽子と中性子を表す中抜きの丸と、塗りつぶした丸をいくつも描き、湊は悟る。

 そして――「……これ……使えるな……」

 授業をしていたはずが、湊は陽子と電子の図を眺め、閃いた。

 地球の周りには宇宙放射線から地表を守るバンアレン帯が存在する。これは陽子と電子からできているはずだ。

 試したいことが見つかった。

「――と、言うわけです。このページあげます。とにかくこの世の全ては原子でできてるんで、それが分かればエンジンなんかあっという間ですよ。空気も分子の塊ですからね」

「空気が何かの塊だなんて……信じ難いな……」

「考えてみたら当たり前の話ですよ。二酸化炭素なら炭素原子と酸素原子二つがひっついた分子でできてます。CO2、名前の通り」

「……分かるようで全くわからない話だ。目に見えないものを理解するのは難しいな……」

「ははは、俺もはっきりとは分かりませんけど、ともかくそういうもんなんだって思い込んでますよ」

 湊が肩をすくめる。


 二人の会話を聞きながらメモをしていたマキナはそっとメモ帳をおろした。

「……ヘイバン様。これ、誤発した先で知った理論なんですか?」

「ん?そうだけど……?」

「つまり、あなたはたった三日でこれだけの知識を蓄えて帰ってきたと?イッサ様ですら数日頭を悩ませる聞いたこともない理論を……?」

 胡散臭いものをみる目だった。

「……と、いや。ずっと前から理論としては知ってたんだよ」

「知ってたって、じゃあ、誰が提唱してたんですか?何かおかしくありませんかねぇ。第一、もし本当にこれが誤発先で知った理論なら、どうしてあなたは誤発先を上にはっきり報告しないんですか?……あなた、一体どこに行ってたっていうんですか?」

 気付けば詰問するような口調になったマキナは湊の目の前まで迫っていた。

 そして、どこに行っていたというのが正解か分からない湊が言葉に詰まれば詰まるほど、マキナの視線は鋭くなって行った。


 そして――「…………もしかして、あなたがこれを知ったのって……この世界じゃなかったんじゃないですか……?」


 湊の視線が思わず揺れる。

 それを知られれば、またマキナにこの世界から吹き飛ばされかねない。

 湊はその恐ろしさに思わず生唾を飲み下した。

 イッサとリリーが助けに入るべきか悩んでいる様子が目の端に映る。


「……そんなわけないだろ……?」

 下手くそな笑顔を作っていると、瞳を覗き込んでいたマキナは「まさか」と目を丸くした。


「――やっぱり、僕の書いた通り天上界に行ったんですね?」


 マキナが確信の表情を作った瞬間、湊は思わずブッと吹き出した。


「て、天上界!ははは、面白いな。マキナって」

「……行ったんじゃないんですか?神の元に」

「神の元って。ははは!はははは!なんだよもー、真剣な顔して笑わせるなよぉ」

「いや……だって、火の魔法が使えないくせに火を潤沢に使える場所で……意味のわからない真理に溢れた場所で悟って帰ってきて……そんなのまるきり神の国に行ったみたいじゃないですか。」

「行ってない行ってない!神の国なんか――」存在するわけがない、と言いかけたところで湊は悟る。

 マキナの言う、魔法を使わずに魔法のようなことができて、真理に溢れる場所。

 まさしくそれは湊の生きた世界のことかもしれない。

 マキナの書き足したものは、時間の座標はめちゃくちゃだが、マキナの想像する神の国へと導いた。

 湊はやはり、マキナという存在に希望を抱いた。しかし、マキナがものを知るたびに帰り道が遠ざかってしまう可能性に焦りも感じる。


「神の国なんか……なんですか?」

「いや、お前はそのままでいてくれていいよ。神の国、行ってみたいよな。本当」

「……えぇ。まぁ」

「み――ヘイバン様。きっと私がお手伝いしてさしあげます」

 そっとリリーの手が背に触れると、湊はどことなく儚げに笑った。

「ありがとね」


「さて、それじゃあもう一回魔法陣にしてみるかな」

 イッサが腕をまくり、美しく大きな魔法陣を宙に描き始める。

 マキナやリリーに教えるように、もしくは自身の理解を深めるように、今書いているものが何を示す言葉なのかを唱えながら描く様はまさしく魔術師。

 湊がちょちょいと描くものと違って、まるで芸術のようだった。

 綺麗だな、と思っていると、ふいに湊の肩が叩かれた。

「イズッ!」

「――ん、ニカか。それから……この間はリリがご心配をおかけしました」

 ニカはこの間壁を這っていたリリーを叱りつけた女性と一緒だった。彼女はニカのことを指導していると言っていたし、やはりニカの直属の上司のようだった。

「気になさらないで下さい。非常事態だったと聞きましたわ。大変でしたのね」

「いえ、非常事態とは言えもっと俺がちゃんと止めておけばよかったです。ところで、ニカと揃って庭なんかに何の用で?」

 名前がわからないので早く去ってほしかった。リリーはこちらをチラチラと気にしているが、イッサの描く魔法陣と、その説明を聞くのに手一杯の様子だ。


「ふふ、イッサ・バウマン様がここで新しい魔法陣を作られていると噂を聞きまして」

「え?誰にですか?」

「誰にって……それは……」

 ニカの上司が困ったように微笑むと、ニカがあたりをぐるりと指差した。

「これだけ人が見てるんだし、そりゃ噂にもなるでしょ!カリーン様に見に行こうって私が誘ったの!」

 この女性はカリーンと言う名前かと心のメモに書き残し、湊は庭をぐるりと囲む建物達に目を滑らせていく。

 ほとんどすべての窓と言っても過言ではないほどに、大勢がこの庭を見下ろしていた。


「ね?」

「は、はは。本当だね」

「それで、イズは体の方はもう良いの?」

「うん、お陰様で。大したことなかったよ。心配かけてごめん」

「良かった!――でも、マキナは?なにあの顔」

 マキナの顔は殴られた後がしっかりついている。

「ま、ああ言うこともあるよ」

「首都も危ない街になったもんだねぇ。イズも気を付けなよ。毒持った犯人、アルケリマンのスパイだったっていうじゃん」

「そ、そうだね」

 マキナが何の痛痒も感じない顔でイッサの下でメモを取っているのがなんとも言えない。鋼の精神をしているらしい。

「それにしても、イズは良いの?バウマン様の話聞きに行かなくて」

「うん、俺は別に――」

「――そろそろ出来るようですわね」

 カリーンの宣言に、二人はお喋りを終えた。


 気付けば魔法陣はかなりの大きさになっていて、自然と集まり出していたギャラリー達は一体どんなすごい魔法が出るのかと皆固唾を飲んで見守った。


 しかし――魔法陣は端から次第に歪み始め、イッサは急いで力作を消した。

「ダメか……。み――イズアルド、悪いがもう一度描いてみてくれ」

「いいですけど、俺の書く字じゃ読めないんじゃ」

「そこは説明しながら頼むよ」

「また同じこと言うだけになっちゃいますよ」

「構わないさ。理解できるまで何度も聞かせてほしい」

 湊は道具鞄から平文の杖を引き抜き、イッサが作業していた場所まで進む。

 これだけギャラリーがいる中で魔法陣を描くのは始めてなので、なんとなく緊張した。

 そして、いつも通りファンタジー色の薄い魔法陣を描き始める。


 その背中を見ながら、ニカはイッサに尋ねた。

「これ、バウマン様の研究じゃなかったんですか?」

「――あぁ。これはイズアルドの発明だ。私は教えてもらう立場だよ」

「休んでるからバウマン様の説明を聞いてないのかと思ったら……。もー……とんでもないやつね」

「本当に――」微笑んだイッサは空を仰いだ。「――イズアルド、お前は本当に素晴らしい魔術師だった。素晴らしい後継を育てた」

「――後継?リリーちゃんですか?」

 誇りに溢れた笑みを浮かべるイッサはその問いには答えなかった。

 湊の説明に耳を傾け始めたイッサに、ニカはそれ以上何かを聞くことはなかった。


 そして、大した書き込みもせず、魔法陣に神火が上がる。

「リリ、マキナ、もう少し下がって」

「はい!」

「分かりました」

 十分に皆が離れると、湊の魔法陣からはボンッ、ボンッ、ボンッ、と何度も音を立てては炎が上がった。

 初めての時と違い小さめに仕上げたが、それでも凄まじい熱だった。


「す、すごい……」

 ニカの呟きを皮切りに、ギャラリーからも感嘆が漏れる。ちらほらと拍手まで聞こえてくると、湊は無性に恥ずかしくなり、イッサに振り返った。


「と、分かりました?」

「さっき以上に理解が深まった感じがしないな。また一からゆっくり頼むよ」

 めんどくさい。それよりやることがあるのに。などと湊が思っていると、中庭に軍人のような雰囲気の筋骨隆々とした男達が駆けてきた。


「そ、その魔法陣!!イッサ・バウマン殿!!あなたが描いたのですか!!」

「いーや?イズアルドが描いたが?」

「イズアルド?――転移魔法のイズアルド・ヘイバンか!!」

 素晴らしい素晴らしいと男達は口々に湊を褒め称え、手を差し伸ばした。

「ヘイバン殿!素晴らしい魔法をまた編み出されましたな!!」

「ど、どうも」

「転移の魔法にも驚かされましたが、これもまた驚かされました!!バウマン殿、これの作り方はあなたも!?前線に戻られたら、ぜひこれを皆に広めていただきたい!」

「残念ながら私はこれの書き方がまだ分からんからな。それをして欲しかったら、さらに一週間タルキアにいさせてもらわなくては」


 男達は目を見合わせ、では――と言葉を切ると、湊を指さした。

「ヘイバン殿、貴君が戦地へ出て新爆裂魔法と転移魔法、どちらも運用してはくれないかな!」


 湊の背中にたらりと汗が流れた。

は〜〜やっとお話が動いたぁ!!

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