#30 次のプラン
「いやぁー!お前がいて良かったよ!助かった助かった!」
湊は上機嫌にマキナの背中を叩いていた。
イッサがチェックのためにマキナが書いた報告書と顛末書に目を通していく。
「……バウマン様、この人本当にヘイバン様なんですか?双子とかじゃなくて?」
「どう見てもイズアルドだろう?君の誤発魔法陣のせいでおかしな場所に飛ばされた上に、基本的な記憶も他所に吹き飛ばされたんだから反省しなさい。髪や肌まで色が変わってしまったほどの誤発だ。二度と誤発を起こした書き込みはしないように」
報告書を読みながらイッサが告げる。
「は、はぁ……。まぁ、医伯のあの緑の髪も昔誤発でなったって聞きますし……複雑な魔法陣の誤発ともなるとこのくらいになるんですかねぇ。しかし本当に記憶がなくなってたなんて……。なんか根幹は同じなのに性格もちょっと違うし気持ち悪いなぁって思ってたんですよ」
「おい、気持ち悪いは余計だろ……」
湊がマキナを軽く小突くと、マキナは鬱陶しそうに湊を一瞥した。
「知ってる人が突然別人みたいなこと言い出したら気持ち悪いに決まってんでしょうが。まぁ、善人ぶってた前よりは好感度高いですよ。戻らないでくれると助かりますね。前の方がうざかったんで」
人の祖父に向かってなんと言う言いぐさ。湊は若干イラッとした。
「マキナさん!ヘイバン様に失礼です!」
リリーがぷりぷりと起こり始めると、湊は若干溜飲を下げた。しかし、当のリリーはまだ収まっていなかった。
「――マキナさんの言う通り今のこの方もとっても素敵です!けど、前のヘイバン様も素敵でした!」
「……僕は別に今の方が素敵とかは言ってないから」
「じゃあ今の素敵なところ教えてあげましょうか……?」
「リリ、良いから。俺は別に素敵じゃないから」
リリーは湊の顔を覗き込むと「やっぱり素敵です!」と言って懐き切った犬のような顔をした。
目が合い、湊は熱を帯びるように赤くなってしまう顔を抑えた。
「……あんた達、疲れますね」
「……この子たまにちょっとお馬鹿なんだよ」
「それは同意します」
「……いや、本当は賢い子なんだけどね?」
「あぁー疲れる。疲れた。やっぱりヤージャ様の所の方が良かったぁー。いや、あっちはあっちでイシュワが怠かったけど」
マキナが特大の溜息を吐く。
そこで、イッサは目を通していた書類を机に置いた。
「マキナ、君は本当に嘘がうまいね」
「ありがとうございまーす」
「この報告書と顛末書なら合格だろう。だが――転移先のこれは何なんだ?魚を生で食べる民族が何とかって……」
「ヘイバン様とペネオラがそう言うからそう書いたんですよ」
イッサは胡散臭そうに湊を見た。
「いや、本当ですから。そんな目で見ないでください」
「別に疑ってるわけじゃないんだが……。あ、そうか……。火の魔法使えなかったもんな……」
「火の魔法?そんなもんも使えない民族のところにいたんですか?」
マキナが信じがたいような顔をし、イッサも全く間違った解釈をして納得している。
「いや……火は潤沢に使えてたから……」
「なんですかそれ?流石に火の魔法を使えないなんて生活できないですよね?」
曖昧に笑って誤魔化していると、扉が叩かれた。
たまには自分で確認するかと湊が扉を開けると――向こうにはイシュワがいた。後ろにはヤージャ。
「ヘイバン様!!イシュワ・サワダリ、只今登庁いたしました!!」
「イシュワ、大変だったな!」
「いいえ!ヘイバン様が出して下さった指紋の資料のお陰で無事に出して貰えました!ちっとも大変なんかじゃありませんでしたよ!」
「はは、腕を紫にした甲斐があったよ」
「腕を――え!?へ、へ、ヘイバン様!!腕鬱血してますよ!!」
「いや、そう見えなくもないけど。これはタンパク質が紫に染まってるだけ。再来週には綺麗になるよ。多分」
「痛くないんですか……?」
「痛くないよ。とりあえず入りな」
「あ、失礼します」
イシュワは部屋に入ると、まずはイッサに頭を下げてからマキナの下へ走った。
「マキナ、ごめんね。あたしのせいでヤージャ様のところから異動になって」
「良いよ。ヘイバン様は良くして下さってるからね」
「マキナがヤージャ様の下に残って、あたしがこの研究室に来られれば良かったのに……。そしたら……そしたら……えへへへ」
突然イシュワがだらしない顔をし、ちゃっかり部屋に入って来ていたヤージャはその頭をノックするようにコン、と叩いた。
「――ふぇ?」
「イシュワ、お前のその性癖が今回の問題を大きくしたんだ。少しは反省してその涎を拭け」
「っあ!へへへ、すみません、つい。そしたらずっと眺めてられたのに、と思っちゃいまして」
じゅるりと音が鳴りそうな様子で口元を拭った。
湊はこの娘はまさか祖父のストーカーかと思ったが、よく考えてみるとリリー大好き娘だった。リリーを見守りたいと思う気持ちは湊にも分かる。
ヤージャは眉間を摘み、溜息を吐いた。
「お前なぁ。次ヘイバンの部屋を覗こうとしたら普通に実刑が下ると思っておけよ」
「はい!気を付けます!!」
普通は気をつけるではなく、二度とやらないと言うところではなろうか。
「――ところで、ヘイバン様に毒を盛った犯人は見つかったんですか……?」
イシュワの問いに、イッサとヤージャは一瞬目を合わせ、イッサが答えた。
「――捕まったそうだよ。犯人はどうやらアルケリマンから入り込んでいた者だったようで、憲兵ではなく軍が拘束したようだね」
「えぇ!?そんな大事になってたんですね……」
「恐ろしいね。でも、もう安心して良いよ」
イッサはそこで言葉を締め括ると、報告書と顛末書を持ってソファから立ち上がった。
「じゃあ、私はこれを提出して来よう。また後で」
イッサが部屋を出ようとすると、ヤージャとイシュワもその後に続いた。
「私達も行く。ヘイバン、転移の魔法陣の実験再開許可が出たら教えてくれ」
「あ、はい。分かりました」
三人が部屋を出て行こうとすると――イシュワはふと立ち止まり、湊の下まで駆けてきた。
「ヘイバン様、本当にありがとうございました……。あたし、本当は神明裁判怖かったんです……」
耳の後ろできちんと二つのお団子にまとめられた頭を撫でてやり、湊は頷いた。
「当たり前だよ。俺だってそんなの怖いもん。イシュワが無事に出てこられて本当に良かった」
「あ、あの……ありがとうございます……。あたし……ヘイバン様を信じて待って良かったです」
「そうだね。俺もイシュワがやったんじゃないって信じて良かったよ」
感極まっているのかイシュワの耳は赤くなっていき、すぐに顔を左右に振った。赤を左右に飛ばすようだった。
「じ、じゃあヘイバン様!リリーをお願いします!」
「ん?うん。俺がちゃんと育ててみせるよ」
「はい!――リリー、頑張ってね!」
嵐のようにイシュワが扉へ駆けて行くと、引き止めようとするリリーの手が軽く宙を彷徨った。
イシュワの騒がしい雰囲気とは正反対な、パタリ……とごく控えめな音で扉が閉まる。
静かになった部屋で、マキナはうんと伸びた。
「やっと静かになりましたね」
「はは、本当にね」
湊は平文の席に座り、ノートとペンを取り出した。
ノートには日本にあった手記と同じ字でたくさん色々なメモがされていた。
「さて。リリ、新品のノートってないかな?」
扉を眺めていたリリーが若干跳ねながら振り返る。
「――お待ちください!」
ミニキッチンがある小部屋に消えていき、ノートを三冊手に戻った。
「どうぞ!」
「ありがとうございます。でも、どうして三冊も?」
「手記をお書きになるかと思いまして。一つは手記用、一つは字の練習用、一つは業務用です」
納得し、湊は三冊とも受け取った。
「そうですね。手記、書こう。いつかこの日を懐かしく思うかもしれないしね」
「はひ!」
祖父のように小説を書いても良いかもしれない。湊は日本の愛しい生活を思いながら、ここ数日の事を丁寧に書き連ねた。
「――その字はどこの文字なんですか?少しオーガのラグラオイ帝国のものに似てる気もしますけど」
湊の手が止まりかける。また訳の分からない生き物の国名が出た。
もはや突っ込めば負けだ。
湊は答えもせずに手記を書いて行った。
集中して書いていると、リリーが自分のノートをマキナに見せて何か助言を貰っている。
リリーもイッサのように複雑に思っているはずだが、イッサ程怒りに燃えているようでも、葛藤に苦しむようでもない。
日本で祖父の幸せな生涯を見ることができた故か、湊を祖父のように思っている故か。
正直言うと、マキナを助けると言って一番反対するのは彼女だと思った。
好きな人を奪われていながら笑える精神力は見上げたものだ。
――湊は手記を書く手を止めた。
いくつもリリが、リリと、リリは、と書いてあるノートに苦笑する。
これは帰る時には持って行こうと思った。万が一誰かが読めると恥ずかしい。
続いて業務用にもらったノートを開く。
楕円を重ねることで八芒星を書き、それの中心に原子核を書き込む。電子、陽子、中性子を図示するとあれこれと知りうる情報を書き連ねた。
核分裂の原理は至ってシンプルだ。
奇数個の中性子から成り立っているウランに、追加でもう一つ中性子をぶつけるだけで良い。安定性を失ったウランは一気に爆発する――はずだ。
中性子が偶数個で成り立つウランは安定しているので爆発させることは難しい。
湊は物騒になりつつあるノートを眺めながら、これだけ分かっていればこの世界では核爆発を起こせるのではないかと思った。分裂させる理論を書くだけで良いのだから。
ただ、一酸化炭素を取り出した時のように無尽蔵にウランが出たりすると取り返しが付かない。
ウランは石炭の三百万倍の力を持つはずなので、たった一グラムで質の良い石炭三トンに相当するエネルギーを放射する。
プランとしては、引き金になる中性子の書かれた魔法陣を、ごく僅かなウランを取り出す魔法陣に噛み合わせて発動と言うのが望ましい。
爆心地は空高くが良い。どこからでも威力がよく見えると言うのもあるが、地上や海上に近ければ近いほど汚染が待っている。いや、防護服のようなものを魔法陣で作って包むべきか。
「うーん……。やり過ぎないようにしないとやばいな……」
湊が唸る。
「――これ、魔法陣じゃないんですか?」
いつの間にか、湊の後ろには二人が立っていて、マキナがノートに書き込まれる原子の構成図を指さした。
「いや、これは魔法陣じゃないよ。理論の整理をしてるだけ」
「そうですか。もしかして、これが戦争を終わらせる魔法陣の理論ですか?」
「そうだね。こいつの力を見て戦争続けたいやつなんかこの世にいないからね」
「楽しみですねぇ。世界中を震え上がらせるんでしたっけ」
「そこまでは言ってないけど……でも、まぁ世界中が震え上がるかもね」
「お手伝いしますよ。どうするんですか?」
「……教えないって言っただろ」
「あなた、公認魔術師なんだから真面目に僕を育ててくれませんか」
マキナが不服そうに腕を組むと、湊はマキナから昨夜奪い取った年季の入った手帳を取り出し、それにディーゼルエンジンの絵と理論を日本語で書いた。
「――はい、じゃあディーゼルエンジン理解して来て。説明書も書けるようになったら次の課題出すから」
手帳を受け取ったマキナは嬉しそうに瞳を輝かせた。何だかんだと勉強するのは好きらしい。
「でーぜるえんじん!これ、こないだの庭の連続爆裂魔法陣の理論ですか!」
エンジンにはとんでもない名前が付いていた。
「そ、そうだね。連続なんちゃら魔法陣だね……」
火を魔法陣一つで簡単に起こせる世界では、こんなややこしい機構は不要だろう。
湊がまたノートに視線を落とすと、マキナから追加注文が届いた。
「字が読めないんですけど、最初に少しは説明してくれませんか?」
「……空気は圧縮すると熱くなるだろ。そこに着火するためのもの放り込めば良いだけ」
「なんで空気を圧縮すると熱くなるんですか?」
「そこからなの……?圧縮された空気の分子同士がぶつかったら摩擦が起きるだろ。それで熱くなるんだよ。逆に膨張させると摩擦が減るから温度が下がる」
「ぶんしって何ですか」
「……物を形作る一番小さい形」
「初めて聞きました」
マキナとリリーは一生懸命ノートにメモをし、二人でごちゃごちゃと湊の聞いたこともない魔法の理論を織り交ぜながら話し合った。
そうこうしていると部屋にイッサも戻り、二人のディーゼルエンジン講習会に参加した。
湊はたまに補足を入れながら、自分がやらなくてはいけない四つの順序を決めた。
一、放射線を防ぐ効果を持つ膜の魔法陣作成
二、引き金となる中性子の魔法陣作成
三、少量のウランを取り出す魔法陣作成
四、引き金と本体魔法陣を最後に組み合わせる機械の準備
どれもできていないが、もう十分に働いた気になった。
満足していると、腹が鳴る。
「――少し遅いが、昼に行くか」
イッサの提案に三人は即座に頷いた。
全員が部屋を出ると、リリーが研究室に鍵をかけてくれる。
リリーは待っている三人の下へ走り、湊の袖を握った。右へ曲がるときは軽く右に引っ張り、左に曲がる時には軽く押してくれる。流石に手を握るのは恥ずかしい気がして控えた。
豪華なレストランのような社食に着くと、二つしかメニューの書かれていない看板を眺めた。
時間が遅いためか、人はまばらだった。
「……パン。肉、魚」
覚えた文字を指さすと、リリーは小さく拍手してくれた。
「大正解です!パンと鶏肉のシチュー、フレッシュチーズの乗ったサラダ。こっちは魚のレモン焼きと玉ねぎのマリネ、クスクス添えです。よく読めましたね!」
褒められるがマキナが鼻で笑う。
「早く文字も思い出せるといいですね。今のままじゃ小学生以下です」
「うるさいわい」
「お気の毒です。薬は僕を警戒してもう飲めないとなると、気合いしかないんですねぇ。意識失ったところで殺されちゃったら解毒の魔法陣も書けないですもんね」
何故か嬉しそうだったので、湊は思い切りマキナの頬を引っ張った。
「っんなぁ……放ひてくれまふ……」
「お前、そう言うことを外で言うな」
「分かりまひたから……」
四人でそれぞれ注文し、席に着く。
湊は魚にした。米が食べたかったが、今はクスクスで我慢する事にした。
サッと食事を済ませると、戻ろうとする三人をイッサが手招いた。
「庭に出よう。えんじんを使えるか試すために」
お久しぶりでしたー!
皆さんお元気でしたかー!
男爵は毎日元気に子爵におっぱいをあげて生きてます!!
そろそろ夜間授乳も減ってきてやっと人間らしくなれましたᕦ(ò_óˇ)ᕤ




