#28 湊の覚悟
冴え渡る冷えた空気が肌を刺す夜。
「……じゃあ、今世紀最大の茶番を始めましょうか。ヘイバン様」
マキナの呟きに、湊はおかしそうに笑った。
「み――イズアルド、無事か」
イッサが額を拭う。ずっと探し続けてくれていたのだろう。雪が降ってもおかしくない程の気温だと言うのに、汗をかいていた。
「イッサ様、俺は平気です。でも、どうしてここが?」
「破壊された道に落ちていた袋。あれはイズアルドの物だとリリが言うからね。血が続いているのを追ってきた」
マキナの血は御伽噺で子供達が迷子にならないようにパンのクズを落としたように等間隔に垂れていた。
「マキナ・ベルガメント。出頭しなさい」
イッサは真っ直ぐにマキナに杖を向け、マキナはちらりと湊を見た。湊はすぐに頷いた。
「な、何故ですか!あの道は僕が破壊したわけじゃありません!」
「うまいな……。罪を犯した者は問い詰められた時、一番に自分の罪を思い浮かべて言い訳すると言うのに。君は自分のやっていない事を一番に盾にできるのか」
「バウマン様……何を仰ってるのか僕にはわかりません……」
「よく鍛えられている……。恐ろしさすら感じるよ」
イッサが見透かすように目を細め、すぐ隣にいたマクモンドは懐から紙を取り出した。
「ベルガメント君。安全管理委員会は今日一日、サワダリ君の地元の調査と、君が子供の頃に勤めていた場所の調査をして来ましたよ。そして、君がいた非合法な場所を見付けた。主人は憲兵に連れて行かせましたが――君、昔アルケリマンに買われて行ったそうですね」
マキナの目はこれまで子供のように無垢に輝いていたと言うのに、一気に輝きを失い、目は釣り上がるようだった。
「……バレちゃってんじゃん。アルケリマンも無能か。ちゃんと殺しておけよ……。いや……子供の買い入れ先を残してたか……」
マキナの呟きに、湊は何となくその背をさすった。
「マキナ、俺に任せて」
「……任せられるとは思えませんね」
「マキナ……。お前はあんなに優しい奴だったのに……。人が傷付くのも、戦争で死ぬのも耐えられないって言ってたお前が……なんで……」
泣きそうな顔をするヤージャが一歩近付くと、マキナは湊の肩の上に乗っていた腕で湊の首を捕まえ、杖を引き抜いて湊の喉に当てた。
ペン先が当てられると湊は慌ててその手を握った。
「お、おい。待てってマキナ――」
「うるさいよ、無能魔術師共。こっちはお前らの築いた時代に十五年間苦しめられ続けているんだ。ヘイバンを殺されたくなければさっさと帰るんだね」
ヤージャの目は驚愕に見開かれ、震える手で口を押さえた。
「マキナ……。辛かったんだろ?私がもう辛い思いはさせないから……」
「エライヤ・ヤージャ。あんまり知った風な口をきかないでくれるかな。僕は今満たされているんだよ。物質的にも生活的にもね。その点、あんたの下に付けたことは感謝してる」
「マキナ……私もお前が下についてくれて――」
「おかげで一番報告しなけりゃいけない転移の魔法陣の極意を極めるこの人の研究に参加できたんだ。どうもありがとう。ずっと良いお給料を貰っていたよ。後は君達を殺せば済むね」
絶句したヤージャにマキナは楽しげな笑いを漏らした。
話を聞いていたリリーが鞄に手を入れようとすると、マキナはギュッと湊の首、一番太い血管に杖の先を押し当てた。
ツ――と鮮血が僅かに流れる。
「痛っつ――。待てってば、マキナ!」
「ヘイバン様、ちょっと黙っててくれますか?――ペネオラ、君はこの人に渡された不思議な魔法陣を持っているそうだね。あの雷の魔法陣はもう懲り懲りだ。動けばヘイバンは死ぬ」
「マキナさん……私が変わります。その方を離してください」
「ははっ!君、この魔術師と君なんかの命の価値が同じだと思ってるの?馬鹿は死んでも治らないって言うし、君も大変だね」
マキナは冷笑を隠そうともしなかった。
湊は首から垂れた血が、また服を汚したのを見るとため息を吐きたくなった。それを堪え、マキナに聞こえるくらいの音量で話しかけた。
「マキナ、やめろって。お前は少し黙ってろ」
「ヘイバン様、あなた自分の状況をお分かりなんですか?僕が捕まったら、ヘイバンに交換条件で逃亡の手引きを持ちかけられたと言いますよ。それが嫌なら大人しく人質しててくれます?戦争を終わらせる魔法陣には興味があるので、本当に殺しはしません」
「分かってるって。軍には突き出さないって言っただろ?何とかするから」
「もう無理ですよ。全部バレてる。やっぱりさっきの言葉は訂正しておきますね。あなた、頭悪いですね」
「俺はお前に死なれちゃ困る。お前には恩を返さなきゃいけないし、俺の希望かもしれない」
「意味が分かりませんし気色の悪い事を言わないでください」
「とにかく話を合わせろって。でも裏切ったらすぐに軍に突き出すからな」
「今更何をするって言うんですか……」
湊は臨戦態勢の面々にまぁまぁ、と両手を挙げた。
「皆さん落ち着いてください。マキナはスパイ活動をするように言われたけど、それをせずに俺を助けてくれていたんですよ」
「湊……?」イッサの不審以外何も感じない声に苦笑せずにいられない。
湊の喉にはまだマキナの付けペンが刺さりかけているし、イッサは平文をこの世界から奪い去ったのがマキナだと分かっている。
「マキナは魔法陣が誤発した――と思った日、俺の事を殺せるだけの書き込みが出来たのに、俺が無事に帰れる場所に送ってくれたんです」
「……ヘイバンさん、では今回の誤発事故は誤発ではなく、あなたとマキナ君で決めた事なんですか?だから、あなたは帰ってきた日に誤発の理由を言うのを躊躇った……?」
マクモンドは自分の中で過去の確認をするようだった。同時に、脅されているからこう言っているのだろうと言う疑いも捨ててはいない。
残念ながら肝心の湊はもはやあの日何を話したのかよく覚えていないが、湊は頷いた。
「……そうです。もし本当にマキナが俺を殺そうとしていたのなら、毒も飲んだ俺がこんなにぴんぴんしてられる訳がないでしょう。アルケリマンの目を眩ますために、俺は毒だって分かって少量を飲んだんです」
マキナの視線が何故か冷たい。「馬鹿だね」と言われている気がする。
湊はお前を助けてやろうとしているんだぞと心の中で突っ込まずにはいられない。
「マキナはアルケリマンが俺の命を狙ってるって教えてくれて、これ以上アルケリマンに手を出されないように色々手を尽くしてくれました。だから……マキナは悪くないんです」
イッサは湊を睨みながら「甘いぞ……甘すぎる……」と声を漏らした。
「なぁ、そうだろ?マキナ」
「……ヘイバン様の言う通りです。ですが、今も監視の目があるかもしれないのでお喋りはこのくらいにしておきましょう。アルケリマンは動物を使った生体一式魔法陣を使うので、僕が裏切ったと知られるのは困ります。ヘイバン様、僕に肘を入れて、僕を一度拘束して下さい。その後、立証不可で釈放されるのが一番良いシナリオでしょう」
「え?それは本気?」
「本気に決まってんだろ。早くしてくれます?」
何故か喧嘩腰だった。湊はギュッと目を閉じて脇を引き締め、一気にマキナの鳩尾に肘を叩き込んだ。
「――ッブ。お、重……ふざ……け……」
マキナはずるりと崩れ落ち、湊は慌ててマキナを抱き止めた。
「っま、マキナ。ごめん、俺喧嘩とかした事なくて。おい、平気か?マキナ?」
ぐったりとするマキナから返事はなかった。
仕方がなくなんとかマキナを背負い、マキナを睨んでいるイッサの下へ行った。
「イズアルド、その男をマクモンド君に渡しなさい」
湊は言われた通り、マクモンドにマキナを預けた。イッサとリリーは湊の嘘が嘘だとハッキリ分かっている。
だが、他の人々にそれを測る方法はない。
「すみません、マクモンド様。お願いします」
「……ヘイバンさん、話は本当なんですか……?」
「本当――」
湊が応えようとすると、むんずと痛いほどにイッサが腕を掴んだ。
「マクモンド君、私はイズアルドに傷がないか服を脱がせて見てくる」
「あ、分かりました」
更なる小道に引っ張られて行くと、イッサは湊に振り返った。
「……湊。この手と顔の傷はどうした」
「あ、紫になってんのは指紋を取った時になっただけで何ともないです。顔も、自分でやった魔法でついたんです」
雷で砕けた道の破片で傷ついた頬をぐいと拭く。
湊の様子にホッと息を吐き、イッサは湊の手を離した。
「そうか……。ではあの男を匿う訳を説明しなさい」
「イッサ様……理由は二つあります。一つ目は俺が向こうに帰る為にマキナの知識が必要そうなのと、二つ目は……俺がマキナを心から憎むことができないからです」
「あれは誤発であって、お前を家に帰すような魔法じゃないともう話しただろう」
「でも、俺、マキナの天上界への認識を聞き出すことは絶対に帰る助けになるって思うんです。俺の知る天上界への理解とまるで違う」
「マキナが話せる天上界のことは私にも話せる。むしろ私の方が詳しいよ」
「でも、俺の世界に繋がった書き込みがどんなものなのかはイッサ様にも分からないはずです。それにイッサ様は後何日かで戦地に行かれるでしょう。俺が天上界を理解するまでここにいてくれるんですか」
「……それは難しいね。では話を聞くことには賛同しよう。だが、二つ目の理由には頷けない。あの道を破壊したのは湊なんだろう。あんな魔法を使う程の戦闘をしておきながら憎めない?理解に苦しむ事を言うんじゃない」
「マキナとは取引をしました。俺のいうことを聞いてる間は軍に渡さないって。イッサ様も聞いたんでしょう。マキナのこと」
「聞いた。同情はするが、どんな生まれや育ちでも誤った道に落ちれば必ず報いを受ける必要がある。あいつのやった事は卑劣だ。イズアルドを世界から追い出し、その孫息子まで殺そうとした。分かっているのか?あいつはいつまたお前を殺そうとするか分からない天敵なんだぞ。しかも私の大切な男の仇だ。どうして憎まずにいられる」
両肩に手を置くイッサから、湊は目を逸らした。
「……あいつが祖父ちゃんを殺そうとしなきゃ……俺は生まれることすら出来なかった……」
それを聞くとイッサはハッと息を飲み、感情が形にならないまま言葉を漏らした。
「湊……」
「確かに祖父ちゃんは望んで日本に来たわけじゃなかっただろうけど……祖父ちゃんは幸せだったって思いたいし、あいつが祖父ちゃんにやった事を卑劣だなんて、俺には言えない……。祖母ちゃんが聞いたら、きっとマキナに泣いて感謝する。なのに、捕まって死刑になるなんて……そんなのあんまりだ」
湊は見慣れない眩しすぎる無数の星の輝きと、二つの月を見上げた。繋がっていない空の向こうに、自分の星を思い出す。
「……俺はあいつに命を救われたって本気で思ってんです。あいつが俺を生んでくれたんだってくらいに……」
「その考えは正しくないと湊も本当はわかっているだろう……?確かにマキナがイズアルドを厄介払いしなければ湊は生まれなかったかもしれないが、同時にイズアルドがどこにも辿り着けずに死んでいたと言う可能性もある。たまたま最良の未来を掴めたが、湊もいない、イズアルドもいないと言う事もあり得たんだよ。マキナがした事はそう言う事なんだ」
「……でも、事実俺は生まれることができました。この世の全ては個では成り立たない。マキナは俺じゃないけど、俺を構成する一番大切な部分なんです……。諸法無我……。悟るつもりなんかないけど、マキナの生まれの不幸も俺の大切な一部だ……。俺はあいつに借りを返さなきゃなりません」
「湊……。君がそこまで考えても、マキナも君を命の恩人だと思うかは分からない。きっと……いつか足を掬われてしまうよ。頼むから考え直してくれないか……。間違って君まで失えば私はどうしたら良い……。軍事裁判でマキナは最後に助けようとしてくれたと言えば、情状酌量の余地ありとして死刑は免れることができる……。終身刑でも生きられれば良いじゃないか……」
湊は地面に視線を落とし、呟くように問うた。
「……イッサ様、公認魔術師って言うのはどれくらいの力を持つんですか」
「……あらゆる場所に力を刻み、いつ何時でも神から力を借りることが出来る。ただし、使える力は本人の知識に――」
「そうじゃなくて、権力の話です。公認魔術師の平文がごねたら……マキナをそう言う事から救えないんですか」
「湊、公認魔術師は尊敬の対象だが、アルケリマン公国の貴族のように絶対的権力を持つ存在ではない。強い魔法を使える公認魔術師は人を押さえ付けたり、その立場を使って人に言うことを聞かせようとしたりしちゃいけないんだ」
湊にもよく分かる当たり前の話だった。
「でも……あいつ、戦争で人がこれ以上死なないようにするために、子供が大変な目に合わないように、必死になって二つの国の力が拮抗するようにやって来たんですよ。それって、本当にアルケリマンのスパイって言って正しいんですか……。あいつは金を貰ってたから何とかって言ってたけど、金なんか貰わなくっても、きっと自分の判断でも同じ事をしてた……」
「自分と同じ境遇の子供が生まれないように、か。湊、私はさっきも言ったが、同情はしているよ」
「じゃあ、じゃあ!イッサ様、マキナの事は二重スパイだったとか、何か良い方法で助けられないんですか!」
イッサは湊の紫色になってしまった手を取るとそれを温めるように両手で挟んだ。
「湊。それをすれば、マキナに裏切られた時にイズアルドの居場所も、君の曾祖父母の居場所もこの国からなくなる」
「……その時は……本当は俺は祖父ちゃんじゃなかったって宣言して、ここを出て行きます……。イッサ様も騙されてたって言ってください……。多分、アルケリマンは俺のこと転移の魔法陣が書ける魔術師だって喜んで受け入れてくれるし……向こうなら俺が字を一つも書けなくても、性格が前と違っても、何の問題もないし……」
どこに行っても湊がやることは同じだ。
戦争を終わらせる魔法陣を作り、世界を渡る魔法陣を作る。
目を閉じたイッサから漏れる溜息は重々しく、顔は苦痛に歪むようだった。
「……まさかそんな事を言うなんてな。考えてみれば君はこの世界のしがらみを持たない男だったね。覚悟が出来ているなら……良いだろう……。マキナが裏切らないように監視を付けて、バラミス共和国のスパイとして働くように軍に金も出させよう。これなら湊の気も済むか……?」
湊は瞳を輝かせると、イッサに女のように抱きついた。
「イッサ様!すごいや!それなら俺も安心です!」
イッサは湊の背を数度叩いてやり、嫌そうにぼやいた。
「……あぁ、イズアルド……。頼むから孫の教育くらいちゃんとしてくれよ……。本当にもー……」
イッサが湊をひっぺがすと、小道の入り口からリリーが駆け込んだ。
「湊様!アルケリマンに行く時はリリも行きます!」
「り、リリ。聞いてたの?」
「はひ!私も行きます!」
湊の両手を取ったリリーは何故か瞳を輝かせて湊を見上げた。
イッサはリリーの様子に呆れ返り、ぐったりしたように呟く。
「リリ。湊はよその国になんか行かせないし、行かないで済むようにするから物騒な事を言うのはやめなさい……」
「バウマン様、私は覚悟の話をしてるんです!もし湊様がお出になる時には私も行きます!」
「……イズアルド……。後輩の教育もちゃんとして行けよぉ……。君は私から何を学んだんだ……」
イッサはわしわしと後ろ頭をかくと小道を出て行ってしまった。
湊は申し訳なさそうに苦笑いをするしかない。
「湊様、どちらかへ行く時には必ずリリをお連れ下さいね」
手を引っ張られると、湊の視界はリリーでいっぱいになった。
「……いや、もし本当にアルケリマンに行くことになっても、リリは連れて行けないよ」
「湊様、見習いは自分の先達がどこかへ行く時には必ず一緒についていくものです!」
「そりゃ祖父ちゃんだったらついて行くべきなんだろうけど、今ここにいるのは俺だし先輩としてはほとんど役に立たないよ。それに、俺さ。一個とんでもない魔法陣を作る予定だし……近くにいるだけで危ないかも」
何回力塊誤作動を起こすか分からない。最悪建物ごと歪みそうな気もする。
「湊様は私を導く方です。危なくてもそばにいます」
「……また頑固なこと言ってる」
湊が溜息混じりに言うと、リリーは真夏よりも明るく頷いた。
「ありがとうございます!」
「褒めてないってぇの……。リリ、言っておくけど俺は祖父ちゃんじゃないんだよ?」
「分かってます!」
「いやぁ……分かってないでしょ。いつか思うよ。あ、こいつやっぱり平文じゃないじゃんって。その時に後悔してほしくないし、俺も落ち込むリリを見たくないわけ。分かる?」
「ありがとうございます。でも、リリは湊様といたいと……ニホンにいた時に言った通りです」
恥ずかしそうに頬を赤くして俯いたリリーに湊はパチンっと自分の顔を叩くように目を覆った。
「あぁ〜……相手は何も分かってない小娘だよぉ……」
口に出すと、リリーは何か言いたげに湊を見上げ、頬を膨らませた。
「子供みたいな顔して……」
「小娘でも子供でもありません!十分にもう大人です!」
「……はいはい。おめでとうございます。行きますよ」
湊は心の中で「ちゅらい」と呟き、リリーの手を引いて小道を出た。
道の外では、イッサがヤージャやマクモンド、軍、憲兵に真面目な話をしているようだった。
緊迫した空気が流れる中――
(祖父ちゃん、プレイボーイだったんだなぁ……)
湊は関係のないことを考えていた。
今年最後の投稿です!
来年もまたよろしくお願いいたします。
皆様、どうぞ良いお年を!




