表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/147

二つの戦い その一

 夢――


 それは人の意識の生み出すもの。


 まどろみの先にある、空想

 現実を模った(かたどった)、虚構

 どこにもない、どこか……


 誰もがそれを体験し、しかし実体がなく、意味もなく、価値もない。


 サキュバスの剣がシアンの胴を裂き、世界は再び赤に染まる。


 数千、数万という死を越えて、それでもなお、世界は赤く濡れ続ける。

 剣は煌めき、夕陽は沈まず、意味も価値もないその世界で、勇者と悪魔は終わらない殺しあいを続けている。


 ひぐらしが鳴く。

 からすも鳴いた。


 剣が冴え、波が飛沫を上げて岩が赤に染まる。


 海岸の攻防はどれだけの時間を経ても黄昏を越えず、昼と夜の境界で在り続けた。

 太陽の下に生きる人族と、闇夜に生きる魔族。


 その二人の戦いを、その境界はずっと静かに見守っている。


 シアンはサキュバスの剣を左手で受け、右のレーゼンアグニを叩きつける。

 サキュバスは彼女の左腕を切り落とし、即座に聖剣に対応。

 無傷のまま彼女を八つ裂きにし、心臓を破壊。


 次の瞬間にはシアンがもう一度斬りかかる。


 サキュバスはシアンの剣が初期より上達していることに気付いていた。

 ある程度までこちらの剣を先読みし、二、三回は互角の斬り合いにまでもつれ込んだ。


 その互角の斬り合いでシアンはスキルと魔法を織り込んだ独自の剣を使ってきた。

 そして今、それを使わないのはその剣に勝機を見出したからに他ならない。


 ここぞというタイミングを以て、自分の出しうる最強の剣で敵を斬る。

 今はまだ、そのタイミングを探している。


 しかし、これが現実なら一度の斬撃で勝敗は決している。


 サキュバスはシアンを両断し、四肢を破壊し喉を裂き、レーゼンアグニを遥か向こうまで弾き飛ばした。

 この時点でシアンは三度死んだことになる。


 両断され死に、四肢を破壊され反撃の機会を奪われ、喉を裂くことで魔法を封じ、オマケに武器を弾き飛ばす。


 "反撃のタイミング"を探しているのなら、残念だがその機は絶対に来ない。

 サキュバスは常に、シアンに対して"確実な死"を突きつける。


 一部の隙もない完全な剣技。


 だからこそ、勇者シアンはその剣を凝視していた。


 シアンの突きを回避し、くるりと舞うサキュバス。

 そして気付いた時にはシアンの腹は裂けている。


(これは1399回前の斬撃と同じ……)


 裂けた腹に構わず、死ぬ気で間合いを詰め、懐から引き抜いたナイフで相手の首元を裂きにかかる。

 しかしサキュバスはその刃をするりと避け、鳩尾に強烈な打撃を加える。


 遠のく意識の中、シアンはグッと奥歯を噛み意識を保つ。


(2万4348回前と同じパターン……)


 レーゼンアグニを翻しサキュバスに間合いを取らせる。

 このパターンでは近接のまま、左手のナイフを奪われ逆に喉を切られてしまう。


 シアンに回復を呟く時間を与えず、サキュバスは再度間合いを詰めに来る。


(……今か!!!)


 何故かは分からない。

 しかしシアンの本能がそう告げたのだ。


 レーゼンアグニを解放し、目の前にカーテン状の炎の幕を張る。

 シアンもサキュバスも、炎に遮られ相手のことは視認出来ない。


 しかし、シアンだけはこの状況に対応出来る。


 魔力の流れを読み、幕の向こうの相手の動きを読む。


「だぁああああアアアアアアア゛ア゛ッ!!!!」


 炎を破り、レーゼンアグニを振りかざすシアン。

 桜色の瞳、輝く剣筋、血飛沫と手応え……


 今放てる全てを放ったシアンは、着地点で膝を着き、息も出来ず、ただ真っ白な砂の上を見つめていた。


 ()()()……のか?


 確かに手応えがあった。

 レーゼンアグニの刃は確かに何かを切断した。

 そして、この世界で手応えを感じさせるようなものは、敵である彼女しかいない。


 見つめていた真っ白な砂の上に、ぽたりぽたりと赤い血が滴る。

 レーゼンアグニの刃を触れ、その刀身が濡れていることを確認する。


「ふーん……まあ、一回くらいはこういうこともあるかもねー」


 シアンが立ち上がり、振り返ると、そこには左腕から血を流すサキュバスの姿があった。


「掠っただけ……なのか……」


 即座に閉じていく傷口を眺め、それからシアンは自らの腹部へと視線を落とす。


 裂けた腹からはもう何が何だか分からないほどズタズタになった臓器が溢れている。

 よく見ると左腕も切断され、辛うじて皮だけで繋がっているような状態だ。


「……どうやったらそこまで強くなれるんだ?」


 気付けば、そんな言葉が溢れていた。

 聞こうと思って出た言葉ではなかった。


 ただ、純粋に、シアンの本心が漏れ出ただけのそれに、サキュバスはレイピアを翳す。


「私は……自分の生まれてきた意味を知りたい」


 シアンはその言葉に思わず息を飲んだ。


 敵意と憎悪だけだった相手だ。

 解答など期待していなかった。


 しかし、シアンもサキュバスも目の前の相手に対してある感情を抱き始めていた。


 それは、"畏敬"……。


 これだけの剣の境地に至るまで、剣を担い続けた者への畏敬。

 これだけの死を乗り越え、戦い続けられる相手への畏敬。


 種と立場と過去を越えるだけの相手への敬意が、僅かながら両者の心の奥底に灯っている。


 サキュバスは敵を見据え、続ける。


「私は過去の全てが見える。技も歴史も心も気持ちも、何があってどうなったのかも全部知ってる。……だけど、魔王ちゃんは私が知らないことを教えてくれた。全く分からないことをやろうとして、私をそれに誘ってくれた」


 夢の悪魔。

 人の意識を伝い、何もかもが分かる、虚構世界の悪魔。

 それは過去の何もかもを知るが故に、全てに対して意味を見出せなくなっていた一人の少女。


 だけど、今は違う。

 自分の知らないことがあるかもしれない未開の境地を目指している。


 未来という名の、不確定な世界へと。


「魔王ちゃんが私の手を引いてくれた。魔王ちゃんはこの世界のルールを壊す存在。みんなが悲しむ世界を破壊して、みんな笑顔で楽しく暮らせるように、今もずっと頑張ってる。だから、私は魔王ちゃんの力になりたい。そのためなら、どんな苦境も関係無い。出来ることは全部やる。魔王ちゃんのためなら全然苦しくない」


 目の前の悪魔の言葉に、シアンは自分の過去を振り返った。


 自分はそこまで尽くせただろうか……?


 剣の鍛錬も、魔法の技術も、聖剣の扱いも、全て才能頼りだった。

 何の努力も重ねず、ただ今ある圧倒的な力に甘えて、これでもう充分だろうと高を括っていた。


 何が充分だ。


 全然だ。

 全然足りない。


 剣の技術も、魔法の技術も、スキルや聖剣の扱い、そもそもの戦闘の経験……

 全部、足りていないのだ。


 こんな自分が魔王ネメスを倒す?

 ちゃんちゃらおかしな話だ。

 なぜなら、魔王ネメスを倒すには、今目の前にいる彼女を避けては通れないのだから。


「……続けよう。100万回死ぬまで。お前を……殺せるまで……」


「……やってみなよ。あなたの意志がどれだけのものか、私が確認してあげるからさ」


 シアンは自らの喉元にレーゼンアグニを突き立てた。

 これでまた全てが元通りだ。


 赤い夢の中、また無限に続く殺陣が繰り広げられる。


 この夢は剣の夢。

 そして、覚悟と信念を試す夢。


 サキュバスはシアンにとって因縁の相手だ。

 パルパ半島で初めての敗北を喫した相手だ。


 故に、乗り越える必要がある。


「……行くぞ」


 勇者は砂浜を蹴り、夢の悪魔に聖剣を斬り付ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on ↓↓こちら平行して書いている異世界音楽ファンタジーです!↓↓

『Mephisto-Walzer』

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ