魔王ちゃん、サキュバス、ウンディーネ、食卓を囲む
「じゃあ勇者ちゃんはちゃんと大人しくしてるんだね?」
「うーん。まあ暴れはしてるみたいだけどー、レベルが足りなくて無力って感じかなー?」
サキュバスちゃんからの近況報告を受けて、魔王ちゃんは安心したように少しだけ微笑んだ。
「それならよかった。そろそろメチルちゃんとニトロさんが合流するはずだし、あっちはもう心配なさそうだね」
「そうだねー。それより、本当に詳細は言わなくていいのー? 結構面白いことになってるけどー?」
サキュバスはニヤニヤしながらシアンの状況を思い出す。
そんな彼女の表情に首を傾げ、ネメスは軽く頷いて答えた。
「うん。たぶん勇者ちゃんと次会う時には仲直りのお話になると思うから。だから事前の情報は最低限にしておきたいの。しっかりと目の前に立ってお話をして解決したいから……」
魔王ちゃんの言葉にサキュバスは「ふーん」とつまらなそうに息を吐き、隣に立って目の前の奇妙な形状の鍋を眺める。
「この鍋、オーガと一緒にシアンが使ってたやつと同じだー。これ何なの魔王ちゃんー?」
サキュバスの疑問に魔王ちゃんはニヤリと笑い、鍋をコンコンとつつく。
「ふっふっふ~! これはね、サキュバスちゃん。この辺りの郷土料理"タジン鍋"だよっ!!」
「タジン鍋ー?」
サキュバスが見ているスライムのような形状の鍋に、魔王ちゃんは予め用意していた具材を突っ込んでいき、火をかけた。
彼女が入れたのは各種野菜と肉だけで水はほとんど入れていない。
サキュバスには鍋というより蒸し焼きのように思えるが、ネメスが言うにはこれはれっきとした鍋ということらしい。
「今日は特別に、サキュバスちゃんにこのお鍋の凄いところを教えてあげよう!!」
「やったー」
ツノを掴みながら浮かぶサキュバスに魔王ちゃんは楽し気に続ける。
「このお鍋はね、水の少ない砂漠地帯に適した構造になってるんだよ!!」
「そういえばさっき水入れなかったねー?」
「そう!! 密封状態で蒸された野菜から出てきた水分が、この尖った部分で結露して、雫になって滴るんだよ!! 具材の水分を最大限に活用できる構造なの!!」
目をキラキラにしながら語る魔王ちゃんに、サキュバスはうんうんと頷く。
サキュバスは正直調理器具の構造に興味はないが、魔王ちゃんが楽しそうなのが何よりも嬉しい。
「凄いねー。工夫を感じるねー」
「でしょ!? そろそろ出来たかな……!?」
魔王ちゃんはタジン鍋の中身を確認すると、一口味見し、満足そうににっこりと笑顔を浮かべる。
「えへへ~今日はネヴィリオの郷土料理でパーティだね!! しかも今日は私とサキュバスちゃんだけじゃなくてウンディーネちゃんもいる!! 楽しみだ~!!」
魔王ちゃんは鍋を持って魔王城の居間へと運んでいくと、落ち着かない様子で待っていたウンディーネが顔を上げた。
「あ、出来たなら私が運びますよ!!」
「いいよいいよ~っ! もう持ってきちゃったし」
「あわわ……魔王様に料理を運ばせてしまうなんて……」
「魔王ちゃんはそんな大したもんじゃないから気にしなくていいよー」
「それサキュバスちゃんが言うの!? 確かにその通りではあるけど!!」
三人はワイワイしながら食卓を囲み、タジン鍋の蓋を開いた。
香辛料多めの鍋は当初入れた具材からは考えられないほどに水分が出ており、しっかりと鍋としての体を成している。
「おおー、辛そうだけど美味しそー」
「魔王様の手料理……これは一体どういう状況なのでしょうか……」
「違う地域の食材で料理するの楽しいんだよね~! 二人のお口に合うといいけど」
魔王ちゃんがよそった器を二人に渡し、それから三人は頂きますの挨拶をして、それぞれ料理を口にした。
「美味しいー!! 羊の肉が良い感じの触感ですごくいいねえー」
「砂漠の夜は冷えますから、辛めの味付けが体を温めてくれてありがたいです……」
二人の感想を聞く限りどうやらタジン鍋は好評のようだ。
出来ればメチルたちにも食べて欲しかったのだが、メチルとニトロはオーガの村にシアンの様子を見に行っているところだし、ラジウムとカンナビスと甲冑の男は首都アルカディアへと戻っている。
探索能力に優れたサキュバスとシルフィに詳しいウンディーネがここに残るのは当然として、ニトロは心を読むという対話に向いた能力があり、メチルは元勇者パーティであるためシアンの様子見にオーガの村へと向かうのに適している。
ラジウムは国王であるため必然的に首都へと戻ることになるし、一人で複数の剣を操るカンナビスは護衛として優秀だ。
そういった理由から現状ここ、ネヴィリオでシルフィの捜索に当たっているのはウンディーネとサキュバスとネメスの三人だけだ。
「それにしても、魔王様は凄いですね……」
ふとウンディーネがそんなことを呟くのを聞き、ネメスは首を傾げる。
「うん……? 私何かしたかな……? あと、"魔王様"じゃなくて、"魔王ちゃん"ね?」
「そんな、魔王様にちゃん付けなんておこがましいです……」
「気にしなくていいのにー」
魔王ちゃんは様で呼ばれるのがあまり好きではない。
確かに上に立つ存在としての威厳は大切だ。
しかし、それ以上に魔王ちゃんはみんなと仲良くしたいという気持ちのほうが大きい。
必要があるから魔王をやっているだけで、本来の魔王ちゃんは、ただの魔物としての"ネメス"でしかない。
魔王ちゃんがあまりにもしつこくちゃん付けで呼ぶように言ってくるので、ウンディーネはちゃん付けで続ける。
「魔王ちゃんはやっぱり、魔王として一番の適任者だと思います」
「えー? どこがー??」
「サキュバスちゃん、その疑問形はなあに??」
ムッとするネメスとニヤニヤと「なんでもー?」とからかうサキュバスを見て、ウンディーネは微笑む。
「ほら、腹が減っては戦は出来ぬって言うじゃないですか? あとは"何とかを落とすなら胃袋を掴め"とか……。魔王ちゃんは人の心を安心させて、接しやすい雰囲気を作る天才だと思うんです」
「"男を落とすなら胃袋を掴め"だねー。あれれぇ、魔王ちゃんー、もしかしてそんな媚びたことのためにお料理してるのー?」
「っ……!!! ひ、酷いよサキュバスちゃん!!! 私全然そんな素振り見せてないでしょ!?」
「いやーわりとあざといと思うけどねー?」
「ぐぬぬぅ……っ」
話が無限に脱線していく二人にウンディーネは苦笑いしながら続ける。
「料理以外にも、釣りとか道具作りとか、色々な趣味があって誰とでもお話が出来て……。それに、なんだか"魔王"って感じがしないじゃないですか……?」
「ほら!! 結局そこに着地するよね!!! サキュバスちゃんも破壊神ちゃんもみんなそう!!! 私だって頑張ってるのに!!!」
「ちょっと黙って聞いてもらえます……?」
「ひぃ……! ごめんなさい……」
魔王ちゃんはウンディーネの圧にしゅんとしてしまう。
「こんな感じで、魔王ちゃんはみんなが対等に接することが出来るような雰囲気を出すのが上手いんです。それって凄く難しいことだと思いますし、それが逆に"王の器"なのかもしれないなぁって私は思ってて……」
「逆に王の器ー?」
サキュバスの問いにウンディーネは頷く。
「自分の国を良くしようと思う国王様は沢山います。ひとりで頑張って、その結果空回りして、結局みんなを苦しめてしまう。そんな愚王は、沢山います……。そういう人たちは下々の心が分からないんです。確かにみんなのためを思って頑張っていたはずなのに、みんなが本当に求めているものが見えなくて、ズレた答えを出してしまうんです」
サキュバスとネメスは顔を見合わせ、それから再びウンディーネのほうへと視線を向ける。
「魔王ちゃんは正しい答えを出せる人だと思います。色々な人とお話をして、実際の生活を体験して、世界中の様々な場所を巡ってきた。上に立ちその責任を負いながらも、あたかも自分と民とが同等であるかのように振る舞う。そして、誰にもそれを感じさせない自然さもある。これが出来る魔族はそうそういないと思います」
それを聞き、魔王ちゃんは考え込むような仕草を見せる。
「あれ、私ってもしかして凄い魔物なのかな……? なんだかウンディーネちゃんの言ってること聞いてると自分が凄い存在な気がしてきたよっ!!」
「それ、絶対にウンディーネの深読みだねー。魔王ちゃんはそこまで考えてないよー」
「サキュバスちゃ~ん……?」
魔王ちゃんにほっぺをつねられながら何かを言って笑っているサキュバス。
二人のそんな姿を見て、ウンディーネはタジン鍋の肉を頬張り口端を上げる。
こうやって楽しい時間を作れるのが魔王ちゃんの凄いところだ。
本当なら現状は危機的だ。
ディオリスシアは虐殺され、アルカディアの地下には死々繰ダンジョンが置かれいつ地上を襲うかも分からない。
世界を焼く炎は依然として止める手段が見つからず、レベル999の勇者シアンは風魔シルフィに惨敗した。
この世界は着々と終末に向かっている。
死と戦に塗みれた消えゆく世界だ。
そんな中にいて、みんなに希望を見せ、笑顔を作る。
それが出来る目の前の彼女になら、もしかしたら本当にこの世界を救うことだって出来るのかもしれない。
何の根拠もないけれど、ウンディーネは自分の全ての未来を魔王ネメスに賭けようと思っている。
(シルフィ……全部が全部あなたの思い通りにはならない……。魔王ネメスはジョーカーだ。誰も彼女の奥底を見ることが出来ない)
この世界を燃やし尽くそうと企むかつての仲間に想いを馳せる。
シルフィは、必ず止めなければならない。




