魔王ちゃん、メチルたちと合流する
「それで、シルフィのほうはまだ見つからないんだな?」
メチルの問いに、サキュバスは魔王ちゃんの上を浮かび、角をにぎにぎしながら頷く。
「どういう原理かは分からないけどー、真我乖離が一切通用しないんだよねー」
「たぶん大気中の魔力を操れるんだと思う……」
魔王ちゃんの呟きにメチルは溜息を吐いた。
サキュバスの真我乖離はメチルの知る限りこの世界で最も高等な索敵技能だ。
その索敵を搔い潜るというのだから、シルフィの相手は常に後手後手になってしまう。
メチルは魔王ちゃんのほうに視線を戻した。
白く華奢な体躯に艶やかな黒髪。
そして羊や山羊のような、黒い巻いた角。
魔王ネメス――。
魔王の名を冠するその魔物の少女と再会したのは、つい昨日の事だ
昨夜の爆発によってメチルやウンディーネ、魔王ちゃんたちはみな現場へと駆けつけた。
しかし、一同が駆けつけた頃には、既に戦場には焼け爛れたクレーターしか残されていなかった。
消えたシルフィと勇者シアン。
その行方を追うために、一同は一度魔王城へと向かった。
人族と魔族……。
魔王、夢魔、魔法使い、剣鬼、国王、甲冑、反逆者……。
様々な立場の人と魔が、ここ魔王城に集結している。
サキュバスの真我乖離によって既に勇者シアンの居場所は把握し、先代剣聖のニトロを向かわせている。
パルパ半島での一件以来、シアンはサキュバス対策の耐性スキルを常に発動していたが、現在はそのスキルを持続する魔力すら残っていないらしく、彼女を見つけ出すことは難儀しなかった。
対してシルフィの居場所は未だ以て不明のままだ。
魔王ちゃんの言うとおり、恐らくシルフィは身の周りの大気を操り、その副次的な効果として自らに接する空間魔力を絶つことが出来るらしい。
そうなれば、いくらサキュバスとてシルフィの中を覗き見ることは出来ない。
なにせ媒介する魔力が彼女に触ることが出来ないのだから。
この仮説の信憑性はかつてシルフィの配下として活動していたウンディーネの証言が担保している。
彼女が言うには、シルフィは目標上空の大気を操ることでレンズを作り出し、太陽の熱を集約して地上を焼くことが出来る。
それだけの制御が出来るのなら、自らに触れる魔力を断絶することだって可能だろう。
現に、サキュバスが見たシアンの最後の記憶……。
そこにはシアンの感知能力を完全に遮断し、レンズによって彼女と自分との距離を錯覚させる一幕があった。
「とにかく、シアンの安否は確認出来てる。ニトロが向かえば、みすみすシルフィに殺されることはないだろう」
「問題はシルフィがどこにいるのかだね……」
「我々の足で直接探す他にないだろうな。テトの街で猫を探した時のようにはいかないだろうが」
甲冑の軽口にネメスは軽く微笑む。
そこへ国王ラジウムが口を開いた。
「状況は概ね掴めた。シルフィの目的はレーゼンアグニの奪取ということだが、私は一度アルカディアに戻って王宮の状況を把握したい」
「ま、シルフィがレーゼンアグニを欲しがってるのも、もしかしたら陽動の可能性だってあるはずだしねー」
カンナビスの言葉に、国王と魔王は頷く。
シルフィの最終的な目的が分からない今、彼女が本当にレーゼンアグニを求めているのかすらラジウムたちには分からないのだ。
すると、ここ、ネヴィリオでの出来事のすべてが囮の可能性は大いにあり得る。
人族の首都・アルカディアの地下には未だシルフィの死々繰が埋もれている。
もしあれが地上に放たれれば……。
「それすらも、私たちの戦力を削ぐために用意された状況なのかもしれない。だけど、私はもしものために備えておきたい。ラジウムさん、人族の方々をお願いします」
魔王の言葉にラジウムは頷く。
種族は違えど、二人が王であることには変わりない。
「人族のことは私に任せろ。魔王ネメス、ここはお前に任せた」
魔王ネメスは国王ラジウムに人族を任せる。
逆に、シルフィとシアンのことはネメスに任せる。
二人は握手を交わし、ラジウムは早速、甲冑と共に王の間を後にする。
その背にネメスは言った。
「人族と魔族……。なぜ私たちは二つの種族に分けられたんだろうって、ずっと疑問に思っていました。だけど、その理由が今分かった気がします」
魔王ちゃんはにこりと笑って、ずっと抱いていたその疑問に答えを出した。
「きっと私たちは、互いに分かり合うために分けられたんです。魔族の力だけで救えるのは、きっと世界の半分だけだと思う。だから、もう半分を救うためには人族の力を借りなきゃいけない。そのために、私たちは互いのことを理解する必要がある。理解する努力をしなくちゃならない。だから、あえて私たちは違う存在として作られたんだと思う」
同じ人族同士では、理解した気になって終わるかもしれない。
だけど、人族と魔族では根本からして全く違う。
体の構造や精神の構造、歴史や文化もなにかも……。
全く違うものを理解することは難しい。
だから本当に相手を理解出来たのか、何度も話しあう必要が生まれてくる。
この世界の問題は根深い。
正しい"解"が得られなければ多くの生命が失われる。
だからこそ、理解する必要がある。
この世界の理を。
人族と魔族との対話はそのための第一歩だ。
どちらか片方では正しい解は得られないから。
「世界の半分だけなら簡単だ。だけど、私は世界のすべてが欲しい」
魔王の言葉に国王は笑った。
「同感だな」




