魔王ちゃん、ダンジョンを発見する
いろいろと散々な目に遭いひとしきり泣き喚いたネメスは、目の端を赤くしながら「もう海見たくない! 森がいい! サキュバスちゃんもそう思うでしょ!?」と言い放ち、無理やり彼女とゴーストを引っ張って森の中へと入って行った。
「ほら、サキュバスちゃん、森っていいよね! 緑が豊か! お花が咲いてる! 鳥さんも歌ってるよ!」
魔王ちゃんはくるくると踊りながら森の中を進んでいく。
肩に留まった小鳥を指で撫で、至極ご満悦の様子だ。
「いいけど魔王ちゃん、海の問題を解決しないと今後困るよー?」
「それはそうだけど仕方ないじゃん。今はどうしようもないんだから」
実際、現状船での移動は絶望的だ。
サキュバスちゃんとゴーストは空中浮遊、ネメスは泳いで移動するしかない。
船が使えないと自分たち以外の魔物を別の島へと移動させることも、白のテリトリーへと渡ることも出来ない。
「出来ないことをどうこう言っても何も進まない。今はとりあえず魔王城を再建することを優先しよう。出来ることからやってくしかないんだ」
正直、やることなすこと何も上手くいかない状況なんてものには慣れきっている。
魔王ちゃんはいつもどんな時でも、必ず何かが欠けた状況下で魔王軍の指揮を執ってきた。何もかも全ての条件が上手く運ぶことなんてありえないのだ。万全の状況が整うなら、とっくに領域戦争は解決している。
結局、いま満たされている条件の中で最適解を見つけていくしかないのだ。
それに、
「どんな酷い状況の中でも、何かひとつくらいはいいことあると思うよ!」
茂みを抜けて森の奥へと進んでいく。
海の魔物が狂暴で厄介なのに比べて、この森には大した脅威は見受けられない。
せいぜい毒蛇や猪くらいのものだ。
しばらく散策を続け、水場や植生を観察し、やがて大きな洞穴の前へと辿り着いた。
「あった!ダンジョンだよっ!」
濃密な魔力の香りを漂わせる黒い大穴。
ダンジョンはレベル15以上の魔物が自らの力を使って作り上げた、魔王城の劣化版のようなものだ。
本来闇夜に生きる魔物にとって、太陽の光の降り注ぐ日中の活動は控えたいものだ。
魔物は本能的に暗がりを欲する。
その目的を果たすためのシェルターがこの洞穴というわけだ。
とはいえ、これを作った魔物が存命かどうかも分からない。
基本的にダンジョンの作成主は主と呼ばれ、それ以外の魔物は主のねぐらの同居人に過ぎない。
これを作った主が既に没しているのなら、ありがたく魔王城建築のためのベースとして使わせてもらう。存命しているのなら別を当たろう。レベルが高いからといって、相手に知性があるとは限らない。
「じゃあ、さっそくここを魔王城にしちゃおっかー。幹部権限として、大きくてふわふわで肌触りの良いベッドを所望しまーす」
「ダメだよサキュバスちゃん!ちゃんと中まで調べてから決めないと! まだ主がいるかもしれないでしょ? それに、すーっごく住みにくいダンジョンかもしれないし」
「そうだねー、私たちの愛の巣になるんだから、ちゃんと決めないとねー」
サキュバスの冗談に、ネメスは耳まで真っ赤にしてあわあわと取り乱す。
「あ、愛の巣!? 変な言い方しないでよサキュバスちゃんっ!! で、でも実質二人暮らしなわけだし……。やだっ……サキュバスちゃんが変なこと言うから意識しちゃうよ……っ」
「ごめんごめんー。まさかそんなに真剣に受け止めてくるとは思ってもみなかったからー」
「もーっ! からかわないでよぉ!! でも、サキュバスちゃんになら、わたし……」
「はいはい、そういうのもういいからー。行くよー、魔王ちゃん」
サキュバスに手を取られ、ネメスはダンジョンの中へと入って行った。